第98話:聖女と夕食と、ひとつの疑問
作りかけの料理と残った食材を持って、俺たちは女性陣が使っている借り宿へ移動した。
ダグラスが鍋を運び、ユリウスは食材や皿を抱えている。
広間では、ミナとルシアが並んで革張りの長椅子に腰掛けていた。
ミナはルシアの話を熱心に聞いていたが、俺たちが入ってくると、嬉しそうに顔を上げた。
「カイルさんっ!」
「あら。皆さんの夕食も作ってくださるそうですね。エステルから伺いました」
ルシアもこちらを見て、柔らかく微笑んだ。
「ええ。こっちの台所も借りて、まとめて作ろうと思いまして」
「ありがとうございます。……それにしても、いい匂いがしますね」
ルシアの視線が、ダグラスの持っている鍋へ向く。
「料理がお得意だとは、知りませんでした」
「カイルさん、すごく上手なんですよっ!」
ミナが、なぜか自分のことみたいに嬉しそうに言う。
「旅の間も、ほとんどカイルさんが作ってくださってますから」
「……ほとんど?」
ルシアが俺を見る。
その表情に、また心配の色が浮かび始めた。
「いや、好きでやってるだけですからね?」
変な方向へ話が進む前に、先に言っておく。
「自分の飯も作るんですし、人数分まとめて作ったほうが楽なんですよ」
「そうですか……。ですが、何か手伝えることがあれば言ってくださいね」
「ええ。助かります」
俺たちはそのまま台所へ向かった。
運んできた鍋を火にかけ、ひと混ぜしてから味を確かめる。
こちらはもう味付けを済ませてある。あとは、肉と野菜が柔らかくなるまで煮込めばいい。
隣では、エステルがもう一つの鍋を用意してくれていた。
「こちらの野菜は、全部使って大丈夫ですか?」
「あぁ。洗ってくれた分から切っていくよ」
「分かりました」
俺は野菜を受け取り、皮を剥いて食べやすい大きさに切っていく。
乾燥肉も細かく切り、野菜と一緒にもう一つの鍋へ入れた。
肉に塩気があるので、こちらは煮てから味を見ればいいだろう。
乾燥させた香草も少し加えると、二つの鍋から漂う匂いが台所に広がった。
気づけば、ルシアが台所の入口からこちらを覗いている。
その横には、ミナもいた。
「……ずいぶん手際がよいのですね」
「ずっと作ってますからね。慣れですよ」
「ルシア様。カイルさん、お菓子も作れるんですよっ」
「お菓子まで?」
「はいっ。プリンとかカルメ焼きとか。揚げパンも作ってくださいました!」
「ミナ。なんでお前が自慢してんだよ」
「だって、本当じゃないですか」
ミナは楽しそうに笑った。
「カイルさんっ! 私たちの分も、いっぱいお願いしますねっ!」
広間から、リリアの声まで飛んでくる。
「分かってるって。ちゃんと八人分作ってるから」
俺が返すと、ルシアが小さく笑った。
「なるほど。皆さんが楽しみにされるわけですね」
その視線が、俺の手元へ戻る。
「私たちは、剣や魔法の修練を優先してきましたから。こういうことは、つい後回しになってしまって」
「まぁ、俺は俺で、飯を作れなきゃ食えませんでしたし」
「それぞれ、必要なことを覚えてきたということなのでしょうね」
ルシアは少し考えてから、続けた。
「ただ、気づけば身の回りのことが苦手なまま、大人になってしまいました」
「ルシア様。それ、私たちも含まれていますよね……?」
エステルが、野菜を洗う手を止める。
「えぇ。もちろん、私自身も含めてですよ」
「そんなに堂々と仰られても……」
「出来ないことは、出来ませんから」
「……そこは、覚えようって話になるんじゃないですかね」
ダグラスが、台所の外から口を挟んだ。
ルシアはそちらへ顔を向け、にっこりと笑う。
「その通りですね。では、ダグラス。貴方も料理を覚えなさい」
「なんで俺に来るんですかね!?」
「作れる人が増えれば、エステルも助かるでしょう?」
「それはそうですが、ルシア様も覚えりゃいいでしょうが」
「私は教会への報告や、勇者としての仕事がありますので」
「俺だって、鍛錬や武器の手入れがあるんですが!?」
「そのあと、よく暇そうにしているではありませんか」
「暇なんじゃなくて、休んでるんですよ!」
ダグラスが声を上げる。
その横から、エステルがあっさりと口を挟んだ。
「でも、作れるようになってくれたら、私は嬉しいです」
「エステルまで?」
「今までは、私が作ることが多かったですから」
「お前の飯は、別に嫌いじゃねぇぞ?」
「味の話ではなくて、交代してほしいんです」
「……あぁ、そういう話か」
ダグラスが少し言葉に詰まる。
食材を置き終えたユリウスも、こちらへやってきた。
「私も、簡単なものから覚えようとは思います。交代で作れたほうがいいですし」
「お前もやるのか?」
「えぇ。今のまま、エステルに任せきりというのも悪いですから」
「でしたら、二人で覚えてくださいね」
ルシアが満足そうに頷く。
ダグラスは、じっとルシアを見た。
「……で、ルシア様は?」
「私も、時間のある時には」
「その言い方だと、いつまで経ってもやらねぇでしょうが」
「そんなことはありませんよ」
ルシアは、楽しそうにクスクスと笑っている。
ダグラスも文句は言っているが、本気で怒っているわけではなさそうだった。
……また、この二人のやり取りが始まったな。
「ほんと、仲いいですね」
「どこがですか?」
ルシアがすぐに俺を見る。
「今のを見てたら、そう見えますけど」
「私は、料理を覚えるように勧めただけです」
「……おい、カイル」
今度はダグラスが、じっとこちらを見ていた。
その目が、余計なことを言うなと訴えている。
「はいはい。野菜切るんで、続きはそっちでやってください」
「続きって……」
ルシアが困ったような顔をする。
エステルは小さく笑い、ユリウスも何か言いたそうにしていたが、結局は黙って食器を運び始めた。
そんなやり取りをしているうちに、料理も出来上がった。
二つの鍋を広間へ運び、用意されていたパンやサラダと一緒に並べる。
俺たちは、そのまま八人で夕飯を食べることになった。
「んーっ! やっぱりカイルさんの料理はおいしいですっ!」
「うん。これこれ」
リリアとセシルは、いつも通り夢中になって食べている。
さっきまで、この世の終わりみたいな顔をしていたのが嘘みたいだ。
「……おいしい」
エステルも一口食べたあと、少し驚いたように呟いた。
「あの乾燥肉と野菜で、こんなふうになるんですね……」
「煮込んだだけだけどな。香草も少し入れたし」
エステルはもう一口食べ、俺へ顔を向ける。
「カイルさん。明日もお願いしていいですか?」
「まだ今日の飯食ってる途中だろ!」
ダグラスが、横で吹き出した。
「もう明日の分まで頼まれてやがる」
「お前も他人事みたいに笑ってんじゃねぇよ」
「いや、うまいぞ。こりゃ頼みたくなるわ」
「……ったく」
ルシアも料理を口へ運び、小さく頷いた。
「確かに、皆さんが呼びに行った理由も分かりますね。カイルさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう答えたところで、ルシアが空になった器を鍋のほうへ差し出す。
「もう少し、いただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。まだありますよ」
「ルシア様も、おかわりですか?」
エステルが少し笑うと、ルシアも微笑み返した。
「おいしいものは、おいしいですから」
「そうですよね。私も、あとでいただきます」
ミナまで嬉しそうに頷いている。
ルシアたちも最初こそ少し遠慮していたが、気づけば二つの鍋の中身は随分と減っていた。
俺は一足先に食べ終えると、食器を置いて立ち上がった。
「さて、と……」
「カイルさん、どちらへ?」
ミナが尋ねてくる。
「風呂の準備。裏に太い薪が置いてあったから、先に割っとこうと思ってな」
「私もお手伝いしましょうか?」
「いいよ。まだ食ってるだろ。食い終わったら、皿をまとめといてくれ」
「では、洗い物は私たちでしておきますね」
ミナの言葉に、エステルも頷いた。
「お料理を作っていただいたんですから、それくらいは」
「おう。頼む」
この家には、奥に小さな風呂場が備え付けられていた。
湯を沸かすには薪を使うらしい。
俺は裏口から外へ出て、置かれていた薪と斧を確認した。
「……これだけありゃ足りるか」
太めの薪を台へ乗せ、斧を振り下ろす。
――カンッ!
乾いた音とともに、薪が真っ二つに割れた。
もう一本。
さらにもう一本。
夕飯を作ったと思ったら、今度は風呂の薪割り。
旅に出る前と、やってることがあんまり変わらねぇな。
薪を割り終え、風呂場の焚き口のそばへ運ぶ。
風呂に水を張ってから火を入れ、薪が燃え始めたのを確かめた。
あとは、時々様子を見ればいいだろう。
「さて……」
俺たちが使っているほうの風呂も、準備しておくか。
そう思って表へ出たところで、村の広場に出来た人だかりが目に入った。
「……ん?」
もう日は落ち、家々には明かりが灯っている。
その広場の端で、仕事を終えた村人たちが何事かと足を止めていた。
中心にいるのは、ルシアとダグラスだ。
ルシアは地面に座った村人の前へしゃがみ込み、その腕に手を添えている。
淡い光が、手元から漏れていた。
「何してるんですか?」
近づきながら尋ねると、ルシアがこちらへ顔を向けた。
「あぁ、カイルさん」
治療していた村人から手を離し、柔らかく微笑む。
「軽い怪我をされている方を見かけまして。治療をしたのですが……」
そこで、周囲へ目を向けた。
ルシアの前には、何人もの村人が並んでいる。
「それを見ていた方々も、診てもらえないかと」
「……なるほど」
「聖女様が診てくださるらしいぞ」
「腰も見てもらえるのか?」
「お前、それ何年も前から痛いって言ってるだろ」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
列の後ろでは、子どもまで顔を覗かせている。
ルシアの手元が光るたびに、小さな声が上がっていた。
よく見れば、切り傷や擦り傷を負っている者や、腰を押さえた老人までいる。
命に関わるような怪我をしている奴はいない。
それでもルシアは、一人ずつ順番に診ていた。
「で、ダグラスは?」
「見張りと、列の整理だ」
少し離れた場所に立っていたダグラスが答える。
「治療してる時は、ルシア様も手元に集中するからな。周りを見ておく奴がいたほうがいい」
「お前がついてるのか」
「俺かユリウスだ。前に、治療中なのに無理やり割り込もうとした奴がいてな」
「そんな奴もいるのかよ」
「いるんだよ、たまにな」
「ダグラス」
ルシアが治療を続けながら、声をかけた。
「皆さんにも聞こえていますよ。心配させるような話は、そのくらいに」
「……はいはい。今は、ちゃんと順番に並んでくれてますよ」
「でしたら、いいのです」
ダグラスは少し肩をすくめ、また列へ目を向ける。
村人たちは治療が終わるたび、何度も頭を下げていた。
「聖女様、本当にありがとうございます」
「お気になさらず。ただ、今日はあまり無理をなさらないでくださいね」
「はい」
「では、次の方どうぞ」
夕飯を食べ終わったと思ったら、今度は村人の治療か。
この人、本当にじっとしてねぇな。
俺は少し離れたところで、その様子を眺めていた。
ダグラスたちが話していた、教会でのことを思い出す。
なるほど。こうして次から次へと人が来たら、なかなか終われないわけだ。
しばらくして、最後に並んでいた村人の治療も終わった。
「ありがとうございました、聖女様」
「いえ。どうかお大事になさってください」
何度も頭を下げて去っていく村人を見送り、ルシアが立ち上がる。
俺は、そこで声をかけた。
「ルシアさん。少し、変なことを聞いてもいいですか?」
ルシアは顔を向け、にっこりと笑った。
「年齢と体重以外でしたら、喜んでお答えしますよ?」
「ぶっ……」
少し離れたところで、ダグラスが吹き出す。
「……ダグラス?」
「いや、なんでもねぇです」
ダグラスが顔を逸らした。
俺も少し笑ったが、何から聞けばいいのか迷い、すぐには言葉が出なかった。
第2王都の図書館で読んだ本には、魔王や四魔将の恐ろしさばかり書かれていた。
だが、具体的な姿や、どんな力を持っているのかは分からなかった。
この人なら、俺よりも北の事情を知っているんじゃないだろうか。
ずっと引っかかっていたことを、今のうちに聞いてみたくなった。
俺は一度、息を吸う。
「……四魔将や魔王って、本当に存在していると思いますか?」
それまで浮かんでいたルシアの笑みが、僅かに止まった。




