第97話:勇者たちの夕食事情
悲壮感たっぷりの顔をしているリリアとセシルの後ろから、エステルが顔を覗かせた。
「二人とも、急に飛び出していくから驚きましたよ。『助けを呼んできます』って、こちらのことだったんですか?」
「こっちも驚いたよ。モンスターが来たのかと思ったぞ」
俺が答えると、リリアが気まずそうに肩をすくめる。
「……すみません。でも、私たちにとっては一大事で……」
「夕飯だろ?」
「はい……」
どうやら、そこは譲れないらしい。
エステルは呆れたように二人を見ていたが、部屋へ入ってきたところで、ふと足を止めた。
「……あれ? いい匂い……」
視線が、火にかけた鍋へ向く。
「村の方が、料理まで用意してくださったんですか?」
「いや、ちげーよ」
ダグラスが笑いながら、俺を指した。
「作ってんのは、カイルだ」
「……カイルさんが?」
「あぁ。分けてもらった食材で、適当に作ってるだけだよ」
俺が鍋をひと混ぜすると、湯気と一緒に肉と野菜の匂いが広がった。
エステルが近づき、鍋を覗き込む。
「……すごい。宿で出てくる料理みたい……」
「まだ出来上がってねぇけどな」
「旅の途中でも、いつもこんなふうに作られるんですか?」
「台所が使えりゃな」
「私も先ほど知ったばかりですが、子供の頃から料理をされていたそうですよ」
ユリウスがそう言うと、リリアとセシルも勢いよく頷いた。
「そうなんですっ! カイルさんの料理、すごくおいしいんですよ!」
「だから、呼びに来たの」
「……なるほど」
エステルは二人を見てから、もう一度、鍋へ目を向けた。
しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟く。
「……ずるいです」
「あん?」
ダグラスが眉を寄せた。
「何がだよ」
「ダグラスとユリウスだけ、こんな料理を食べるつもりだったんでしょう?」
「いや、別に隠してたわけじゃねぇぞ?」
「私たちは、黒パンを温めて、乾燥肉を炙って、野菜を洗っただけなんですよ?」
「いつもそんなもんだろうがよ」
「だから、私たちもこういうのを食べたいんですっ!」
エステルが鍋を指す。
なるほど。
どうやら、この人もこいつらの味方になったらしい。
「……ユリウスも、教えてくれればよかったのに」
「いえ、私もまだ食べていませんし……」
「でも、食べるつもりだったんですよね?」
「それは……まぁ……」
ユリウスが困ったように笑う。
エステルは、今度は俺へ向き直った。
「カイルさん」
「……はい」
「お願いがあるんですが……私たちの分も、作っていただけませんか?」
にっこりと笑いかけられる。
その両脇から、リリアとセシルまで期待に満ちた顔を向けてきた。
「…………」
さっきまで、リリアとセシルの二人だったはずなんだが。
増えてやがる。
「……分かったよ。こっちの飯が出来たら、そっちにも作りに行ってやるから」
「カイル」
セシルがすぐに口を開いた。
「なんだよ」
「お腹減った」
「だから、あとで作るって言ってんだろ」
「今、減ってる」
「…………」
嫌な予感がする。
リリアまで、右手をそっと上げた。
「……私も、とってもお腹が減っています」
「お前ら、先にそっちを作れって言ってんのか?」
「……出来れば」
「うん」
俺は思わず額を押さえた。
「こっちだって、まだ食ってねぇんだよ……」
その後ろから、ダグラスの豪快な笑い声が聞こえてくる。
「だっはっは! 相変わらず頼りにされてんなぁ!」
「腹減ったって言われてるだけだろ……」
「それだけ、お前の飯が食いてぇってことだ」
「……そういうもんかね」
ユリウスも苦笑しながら、鍋へ目を向けた。
「こちらは、もう煮込むだけでしょうか? それでしたら、あとは私たちで見ておきますよ」
「おう。こっちは任せとけ」
ダグラスも自信ありげに頷く。
「味付けも、もうしてあるんだろ?」
「あぁ。弱火で煮ながら、時々混ぜてくれればいい。余計なことはすんなよ」
「分かってるって。煮込みくらいなら、俺でも出来る」
「……この前も、そう言って焦がしていましたよね?」
エステルが、疑わしそうにダグラスを見る。
「あれは、ちょっと目を離しただけだ」
「目を離しちゃ駄目なんですよ」
「分かってるよ。今回はユリウスもいるだろ?」
「私が火を見ておきますので……」
ユリウスが、二人の間に入るように答える。
俺は鍋へ目を落とした。
今作っているのは、男三人で食うつもりの量だ。
こっちを二人に任せて、別の家でまた作り始めるよりは……。
「……いや、やっぱり全員分まとめて作ろう」
「ん?」
「そっちにも、食材は残ってるんだろ?」
エステルへ尋ねると、すぐに頷いた。
「はい。まだ野菜もありますし、乾燥肉も残っています」
「台所も使えるよな?」
「えぇ。鍋もありますよ」
「なら、今作ってる鍋ごと持っていくか。そっちでもう一鍋作って、全員で食おう」
「それがいいと思いますっ!」
エステルが即答した。
「お前、そんなに俺の料理が信用出来ねぇのかよ……」
「……鍋を見ていてくださるユリウスには、申し訳ないですけど」
「俺のほうは否定しねぇのか」
ダグラスがぼやく横で、ユリウスは笑いを堪えていた。
リリアとセシルは、すでに嬉しそうな顔になっている。
「じゃあ、向こうで食う準備をしてくれ。パンもサラダも、今ある分は一緒に出せばいいだろ」
「分かりました。私も、野菜を切るのは手伝いますね」
エステルは頷き、リリアたちへ目を向けた。
「先に戻って、ルシア様とミナさんにも伝えましょう。八人で食べられるように、食器も出さないと」
「はいっ!」
「早く行こう」
来た時とは打って変わって、リリアとセシルが元気よく扉へ向かう。
「……現金な奴らだなぁ」
俺はため息を吐きながら、鍋の火を落とした。
ダグラスが、俺の横へやってくる。
「で、この鍋を運べばいいんだな?」
「あぁ。頼む。こぼすなよ」
「運ぶくらいなら、信用しろよ」
「その点は、心配してませんよ」
エステルが笑うと、ダグラスは何か言いたそうな顔をした。
だが、結局は何も言わず、鍋を運ぶための布を探し始める。
ユリウスも、並べた皿と残りの食材をまとめてくれた。
こうして、結局今日も俺が全員の夕飯を作ることになった。




