第95話:勇者の在り方
村へ着いた頃には、すでに日が傾き始めていた。
馬車を降りた俺たちは、出迎えに来ていた村人から事情を聞くことになった。
「被害が出たのは、村の端にある家畜小屋です」
「家畜が襲われたのですか?」
ルシアが尋ねると、村人は暗い顔で頷いた。
「はい。何頭か食い荒らされていまして……」
「村の方に、お怪我はありませんか?」
エステルも心配そうに尋ねた。
「幸い、人は無事でした。ただ、また来るんじゃないかと……」
「……そうですよね」
村人に案内され、俺たちはそのまま村の外れへ向かった。
しばらく歩くと、木造の柵に囲まれた家畜小屋が見えてきた。
柵の一部は大きく壊され、中には血の跡も残っている。
「……結構派手にやられてるな」
近くまで行くと、地面には大きな足跡のようなものも残されていた。
やっぱり、かなりデカい奴らしい。
ユリウスも足跡のそばへしゃがみ込み、壊された柵と交互に見比べている。
「かなり大きなものが、ここを通ったようですね……」
俺はその横で、少し考えた。
村には魔除けの石が置かれている。
本来なら、ある程度のモンスターは村へ近づくことすら嫌がるはずだ。
それなのに、わざわざ聖域の中へ入り込んできたってことは……。
よほど腹を空かせていたのか。
それとも、かなり凶暴になっているのか。
「……魔除けの石は、どちらに?」
ルシアが村人へ尋ねた。
「え? あぁ、すぐ近くです」
村人はそう言うと、家畜小屋から少し離れた場所へ俺たちを案内した。
そこには、腰ほどの高さの石柱が立っている。
「これです」
「少し、失礼しますね」
ルシアは魔除けの石へ近づくと、そっと表面へ手を触れた。
しばらく目を閉じる。
俺には、何を調べているのかまでは分からない。
だが、セシルは何か分かるのか、じっとその様子を見ていた。
「……やはり、魔力が少し減っていますね」
「魔力が?」
「えぇ。石の効きが弱まって、モンスターが入り込みやすくなっていたのかもしれません」
そう言うと、ルシアはもう一度、魔除けの石へ手を添えた。
次の瞬間。
俺にも、うっすらと魔力の流れが感じられた。
ルシアの手が触れている石が、淡く光り始める。
その光は少しずつ強くなり、やがて安定したところで止まった。
ルシアは石から手を離す。
「これで、元の力に戻ったはずです」
「直ったんですか?」
「えぇ。足りなくなっていた魔力を補っておきました」
ルシアは村人へ微笑んだ。
「ほ、本当ですか!?」
「はい。ただ、また魔力が減ることもありますので、定期的に確認していただいたほうがいいですね」
村人は何度も頭を下げていた。
俺はそんなルシアを見ながら、さっきセシルが言っていたことを思い出す。
……漏れ出るほど魔力がある、か。
普段はよく分からねぇが、今の流れは俺にも感じられた。
やっぱり、ただ者じゃねぇんだな。
「そういえば、最近、村の近くの森で何か変わったことはありませんでしたか?」
ルシアが、村人へ尋ねた。
「変わったこと……ですか?」
村人は少し考えてから、何かを思い出したように顔を上げた。
「数日前に、薪を拾いに森へ入った者がいるんですが……何かが争ったような跡があったそうです。周りの木も、何本も薙ぎ倒されていたとか」
「その場所は、どのあたりでしょう?」
「ここから一時間ほど東へ行った森の中です」
村人が柵の向こうを指差した。
ユリウスが立ち上がり、その方角へ目を向ける。
「その方から、詳しい場所を伺えますか?」
「えぇ。今は村に戻っていますから、呼んでくることも出来ますが……」
「では、あとでお話を聞かせてください」
ユリウスがそう答えたところで、ルシアも森の方角へ目を向けた。
「……まだ、完全に日が落ちたわけではありませんね」
「え?」
「場所だけでも確認しておきましょう。行きますよ」
「えっ!? 今からか?」
思わず声が出た。
もう日はかなり傾いている。
「そこまで一時間だろ? 今から行ったら、帰る頃には真っ暗だぞ」
「場所は分かっているのでしょう?」
「分かってても、暗いもんは暗いだろ。何か潜んでたら、気づく前に襲われちまうぞ」
ルシアが俺を見る。
どうやら、本気で行くつもりだったらしい。
「……では、危険があれば、すぐに引き返しましょう」
「いや、その危険に気づけるかって話なんだが……」
俺が困っていると、ルシアはリリアたちへ目を向けた。
吊ったままの左腕を抱えているリリアと、目が合う。
リリアは気まずそうに目を伏せた。
ルシアも、少しだけ考え込む。
「……そうでしたね」
ようやく諦めたかと思った。
「では、リリアさんたちは村で待っていてください。私たちだけで向かいます」
「そっち!?」
ユリウスが、困ったように息を吐いた。
「ルシア様。私も、カイルさんの言う通りだと思います」
「ですが、すでに家畜への被害が出ています」
「えぇ。だからこそ、きちんと調べたいのです。暗い森では、肝心の痕跡を見落とすかもしれません」
ユリウスは森の方角を見てから、ルシアへ視線を戻す。
「今日は場所を知っている方から話を聞き、明日の朝に向かいましょう。そのほうが、確かなことが分かるはずです」
「明日の朝まで、何もせず待つのですか?」
「何もしないわけではありませんよ、ルシア様」
エステルも静かに口を開いた。
「今夜は村に残って、こちらを警戒しましょう。もしまた何か来ても、私たちがここにいれば対応できます」
「…………」
「村の方々も、そのほうが安心されると思います」
ルシアは村人を見た。
村人は、どう答えたものかと困った顔をしている。
「……ですが、調べる場所は分かっているのです」
ルシアは再び、森へ視線を向けた。
「人数を減らせば、もっと早く動けるでしょう。私とダグラスで向かいます」
「人数の問題ではないと思うのですが……」
ユリウスが額へ手を当てる。
ルシアは、その言葉には答えず、ダグラスを見た。
「ダグラス。異存はありませんね?」
ダグラスは腕を組んだまま、きっぱりと言った。
「異存しかねぇ」
ルシアがじろりと睨む。
「臆しましたか?」
「臆してなんかねぇです。わざわざ暗い森に、こっちから入っていく必要があるんですかって話ですよ」
「今は家畜だけで済んでいます。ですが、明日もそうとは限りません」
ルシアの声が、少し強くなった。
「調べる場所が分かっていて、私たちには調べる力もある。それなのに、暗くなるというだけで待つのですか?」
「その『暗くなる』が、十分な理由なんですよ」
ダグラスが、やれやれと首を振る。
「魔除けの石は直したんでしょう? 今、村が襲われてるわけでもない。今日はここで警戒して、明日の朝から動く。それでいいでしょうが」
「……ダグラスの言う通りです」
ユリウスも頷いた。
「ここへ来た目的は調査でしょう。今夜、無理に森へ入ることではありません」
ルシアは明らかに納得していなかった。
それでも、しばらく黙っていたあと、小さく息を吐く。
「……分かりました」
「おっ」
ダグラスが少し安心した顔をした。
「では、私一人で向かいます」
「分かってねぇじゃねぇか!」
「皆さんが危険だとおっしゃるのであれば、私一人なら――」
「ルシア様」
今度はエステルが、少し強く呼び止めた。
「私たちは、ルシア様にも危険なことをしてほしくないんです」
「私は大丈夫です。すぐに確認して戻りますから」
ルシアは気にせず、そのまま歩き出そうとした。
だが、その前にダグラスがすっと近づく。
「はいはい。今日はここまでです」
「え?」
ダグラスはルシアの腰に腕を回すと、そのまま軽々と肩へ担ぎ上げた。
「なっ!?」
「ったく、毎度毎度、うちの勇者様は……」
「は、離しなさい、ダグラス!」
ルシアが肩の上で足をばたつかせるが、ダグラスはまったく気にしていない。
「まだ村の近くにいるかもしれないのですよ? 助けを求められているのに放っておくなど、神からも見捨てられてしまいます!」
「放っとくんじゃなくて、明日の朝に調べるって言ってるでしょうが」
「でしたら、今からでも――」
「はいはい。信心深いのは結構ですが、自分の身も大事にしてください」
「私は一人でも問題ありません!」
「そういうところを言ってんです」
「ダグラス!」
ユリウスは大きく息を吐いたあと、村人へ向き直った。
「お騒がせして申し訳ありません。先ほどのお話は、あとで詳しく伺わせてください。調査には、明日の朝から向かいます」
「は、はい……」
エステルも、呆気に取られている村人へ声をかけた。
「今夜は、皆さんにも村の外へ出ないようお伝えいただけますか。何かあれば、私たちを呼んでください」
「分かりました……」
「ってことで」
ダグラスも村人へ顔を向ける。
「ひとまず今夜、一泊出来るところを借りられないか?」
「聞いているのですか、ダグラス!」
「聞いてますよ」
「では、降ろしなさい!」
「嫌です」
「…………」
村人は二人を見上げたあと、ハッとしたように答えた。
「ちょうど貸し出し用の空き家が二軒あります。男女に分かれていただければ、泊まれるかと」
「助かる」
「ありがとうございます。案内をお願い出来ますか?」
エステルが礼を言うと、村人は頷いた。
俺たちは、そのまま村の中へ戻ることになった。
もちろん、ルシアはまだダグラスの肩に担がれたままだ。
「……っ! ダグラス、もう降ろしなさい!」
「降ろしたら、また森に行こうとするでしょうが」
「もう行きません! 今日は行きませんから!」
「本当ですかねぇ」
「本当です!」
ルシアはそう言ったあと、肩の上から周囲を見回した。
村人たちが、何事かとこちらを見ている。
「……っ! ですから、早く降ろしてくださいっ!」
「今度はなんです?」
「こんな姿を民に見られたくありません! 勇者としての尊厳に関わります!」
ダグラスも周囲を見回した。
「まぁ、それはそうか」
「ダグラスさん。今日は行かないと仰っているのですから、もう……」
エステルも困ったように声をかける。
「……分かりましたよ」
ダグラスは、ようやくルシアを肩から降ろした。
「まったく……!」
地面に降りたルシアは、乱れた服を整えながら大きく息を吐いた。
ユリウスが、念を押すように尋ねる。
「では、明日の朝に出発するということで、よろしいですね?」
「……えぇ」
「承知しました」
ユリウスは、ようやく少し表情を緩めた。
……なんか変わってる人だとは思ってたけど、ここまでとはな。
隣を見ると、リリアも呆気に取られたようにルシアを見ていた。
「……私も、勇者ならあれくらいしないと駄目なんでしょうか……」
「いや、真似すんな」
「でも、ルシアさんは困っている人のために、一人でも行こうとしてましたし……」
どうやらリリアは、あの行動を勇者として正しいものだと思っているらしい。
俺はリリアの頭に手を置き、軽く撫でた。
「ああいう人が世界を救うのかもしれねぇけど、あの人は特別だ。お前まで同じことする必要はねぇよ」
「……そうでしょうか?」
「あぁ。お前は、お前に出来ることをすりゃいいだろ。まずは、その腕を治せ」
リリアは少し考えてから、小さく頷いた。
「……はい」
「カイル」
「ん?」
横からセシルが顔を寄せてきた。
そのまま、俺の前へ頭を差し出す。
「私には?」
「……なんでお前まで撫でられ待ちなんだよ」
「リリアだけずるい」
「張り合うところ、そこじゃねぇだろ!」
セシルは不満そうな顔をしながら、頭を引っ込めた。
少し前では、ルシアが何事もなかったような顔で村人のあとを歩いている。
さっきまでダグラスに担がれていたとは思えない。
その後ろを歩くリリアは、まだ何か考えているようだった。
勇者にも、色んな奴がいるもんだ。
そんなことを考えながら、俺も貸してもらえる空き家へ向かった。




