第94話:救済の聖女と腐れ縁
昼食を終える頃。
ルシアは食後のお茶を一口飲んでから、リリアへ尋ねた。
「ところで、皆さんはこのあと、どちらへ向かわれるのですか?」
「私たちは、このまま北へ向かう予定です」
「……北へ?」
ルシアの視線が、リリアの吊っている左腕へ向いた。
「ですが、その腕では、しばらく戦えないでしょう?」
「あ、はい。旅をするくらいなら大丈夫なんですけど……戦うのは、まだ難しいと思います」
「その状態で北へ向かって、もし何かあったら……またカイルさんが無理をすることになりませんか?」
「…………」
リリアが口ごもった。
俺も何も言えない。
今までのことを考えると、たぶんそうなる。
ルシアはそんな俺たちの様子を見ると、小さく息を吐いた。
「でしたら、腕が使えるようになるまでは、私たちに同行なさい」
「え?」
「私たちも王都からの任務で、これから北の村へ向かいます。村の近くで危険なモンスターの痕跡が見つかったそうで、現地を調べる予定なのです」
「でも、私たちまで一緒でいいんですか?」
「構いませんよ。今、この辺りの王都の依頼は、私たちが受けたものだけですから。リリアさんは、まず腕を休めていてください」
ルシアはそう言ってから、ちらりと俺を見る。
「何かあった時は、私たちに任せてください。カイルさんが一人で頑張りすぎることもないでしょう」
「俺?」
「はい」
「…………」
やっぱり、俺まで心配されてるじゃねぇか。
リリアは少し申し訳なさそうに俺を見たあと、ルシアへ向き直った。
「……分かりました。では、お言葉に甘えさせてください」
「えぇ。ご一緒しましょう」
ルシアは満足そうに頷いた。
こうして俺たちは、リリアの腕が治るまでの間、ルシアたちと行動を共にすることになった。
昼食を終えた俺たちは、そのまま街の馬車乗り場へ向かった。
村へ向かう大型馬車はすでに用意されていて、御者が荷物を積み込んでいるところだった。
出発までは、もう少しかかるらしい。
俺は少し離れた場所で待っているルシアへ目を向けた。
「なぁ、セシル」
「ん?」
「ルシアさんって、実際どれくらい強いんだ?」
「……気になる?」
「そりゃな。Sランクの勇者が戦うところなんて、まだ見たことねぇし」
セシルは俺の隣から、ルシアへ視線を向けた。
しばらく、じっと見つめている。
「どうした?」
「……底が見えない」
「何が?」
「魔力」
「……そんなにか?」
セシルは小さく頷いた。
「カイルの魔力量も、普通とは桁が違う」
「お、おう……」
「でも、使う時は、奥から強引に引っ張り出してる感じ」
「強引に?」
「うん」
セシルは俺を一度見てから、再びルシアへ視線を戻した。
「でも、あの人は違う」
「違う?」
「……漏れ出る魔力を、ずっと抑え込んでる」
「…………」
俺もルシアを見る。
本人はエステルと何かを話しながら、穏やかに笑っていた。
「……抑えなきゃならねぇほど、魔力があるってことか?」
「うん。どれだけ持ってるのか、本当に分からない」
セシルは珍しく真剣な顔をしている。
「……Sランクって、化け物だな」
「カイルがそれ言う?」
「なんでだよ」
しばらくして準備が終わり、俺たちは大型馬車へ乗り込んだ。
車内はかなり広く、俺たち八人が乗ってもまだ余裕がある。
大槌を邪魔にならない場所へ置き、俺も席へ腰を下ろした。
馬車がゆっくりと動き始める。
窓の外をハルゼンの街並みが流れていくのを眺めていたところで、ふと思い出した。
「そういや、ダグラスとルシアさんって、どれくらいの付き合いなんだ?」
「あぁ?」
ダグラスが腕を組みながら、少し考える。
「どれくらいだったかねぇ……」
しばらく天井を見上げてから、思い出したように口を開いた。
「あん時は、ルシア様がまだ十代だったから……五年くらいか?」
「……ダグラス」
「ん?」
ルシアが、にっこりと笑った。
それはもう、見事なくらいの満面の笑みだった。
「女性の年齢を、そう気軽に口にするものではありませんよ?」
ダグラスの顔が、僅かに引きつった。
「いや、別に今いくつかまでは言ってねぇでしょうが……」
「ダグラス?」
「……付き合いは、五年くらいです」
「最初から、そう答えてくださればよろしいのです」
ルシアは何事もなかったように、穏やかな顔へ戻った。
……今の一瞬、妙な圧があったな。
「でも、五年って結構長いよな。どうやって知り合ったんだ?」
「あぁ、それはな」
ダグラスが席へ深く座り直す。
「俺がBランクの戦士になったばっかりの頃だ。墓参りで故郷に戻っててよ。そこで、教会の募集の張り紙を見つけたんだ」
「そういや、ベルクスで手伝ってもらった時も、婆ちゃんの墓参りに来てたって言ってたな」
「あぁ。毎年、墓参りには戻ってる」
ダグラスが何でもないことのように答える。
すると、ルシアが少し笑った。
「ダグラスは、見た目の割に律儀ですからね」
「あぁ? 見た目の割には余計だろ」
「褒めているのですよ?」
「ほっとけ」
ダグラスが眉を寄せる。
俺は二人のやり取りを見てから、話を戻した。
「それで、何の募集だったんだ?」
「勇者代理の随行員だ。当時は勇者がかなり減っててな。教会も、その穴を埋めるために動いてたんだよ」
それを聞いて、俺はルシアを見る。
「その頃、ルシアさんは何をしてたんです?」
「教会で、司教代理補佐を務めていました」
「司教代理補佐?」
「司教代理を補佐する役目です。教会機関の運営を手伝ったり、各地の教会との連絡を取り次いだりしていました」
「へぇ……」
今とは随分違う仕事をしていたらしい。
「ただ、私は生まれつき魔力量が多かったものですから。勇者が不足していたこともあり、勇者代理として活動することになったのです」
「ルシア様も、最初は勇者代理だったんですね……」
ミナが興味深そうに身を乗り出した。
「えぇ。最初から正式な勇者だったわけではありませんよ」
「知りませんでした……」
「何度か任務をこなしたあと、正式に勇者として認められました。それから、第27勇者隊が編成されたのです」
「なるほどなぁ……」
「で、その勇者代理様の前衛募集を見つけたのが、俺ってわけだ」
ダグラスが続ける。
「仕事としても悪くなさそうだったしな。とりあえず応募してみたんだ」
「とりあえず、ですか」
ルシアが呆れたようにダグラスを見る。
「ずいぶん気軽に応募なさったのですね」
「仕事探す理由なんて、そんなもんでしょうが」
「面接の時も、そんな調子でしたね」
「五年前のこと、まだ覚えてんですか?」
「もちろんです」
「根に持ってんなぁ……」
「根に持っているわけではありません」
「その顔で言われても、説得力ねぇですよ」
また始まった。
「でも、そこから五年も一緒にいるんだろ?」
「あぁ」
「他の隊に移ろうとか、考えたことはねぇのか?」
俺が尋ねると、ルシアがニコリと笑った。
「腐れ縁というものでしょうね、カイルさん」
「腐れ縁ねぇ……」
「まぁ、確かに腐れた縁だよなぁ……」
ダグラスが大きく息を吐く。
「ちょっと、ダグラス?」
「俺だって、もっと可愛い子がいる冒険者パーティにでも入りてぇんだけどよ」
ルシアの笑顔が、僅かに固まった。
向かいに座っていたリリアも、思わずダグラスを見る。
「ルシアさんの前で、それを言うんですか……」
「俺は素直な男だからな」
「そういう問題じゃないと思いますけど……」
リリアが困ったように笑う。
ダグラスは気にする様子もなく続けた。
「まぁ、なんだかんだ、抜けたいとも思えなくてな。気づいたら、ずるずると五年だ」
ルシアの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
その変化に気づいたのか、エステルが小さく笑う。
「ふふっ……」
「……エステル?」
「い、いえ。なんでもありません」
エステルは慌てて口元を押さえた。
隣のユリウスは、何も言わずに視線を逸らしている。
……なんだ?
この二人には、何か分かるのか?
「それにしても、ダグラス」
「なんです?」
ルシアは、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
「私が隣にいるのに、まだよその可愛らしい女性のお話ですか?」
今度はミナが目を丸くした。
「ルシア様も、そういうことをお気になさるんですね……」
「ミナ?」
「あっ、いえっ! いつも穏やかでいらっしゃるので、何を言われても笑って受け流されるのかと……」
ミナは慌てて両手を振る。
「私だって、何を言われても気にならないわけではありませんよ?」
「そ、そうですよねっ!」
ミナが妙に嬉しそうに頷いた。
憧れていた相手の意外な一面が見られて、むしろ喜んでいるようだ。
「あー……はいはい。ルシア様はお綺麗ですよ」
ダグラスが面倒くさそうに答える。
「……ずいぶん気のないお返事ですね」
「だって、それ何回目のやり取りです?」
「回数は関係ありません」
「毎回同じこと言われりゃ、返事だって同じになりますって」
「でしたら、そろそろ学習なさってください」
「何をです?」
ルシアは、一瞬だけ黙った。
「……何でもありません」
「なんなんですか、もう」
「……あの」
リリアが遠慮がちに口を開いた。
「お二人って、本当に仲がいいんですね」
「よくありません」
「よくねぇよ」
二人の声が、ぴたりと重なった。
俺とリリアは、思わず顔を見合わせる。
「……やっぱり仲いいよな?」
「……私も、そう見えます」
「リリアさんまで……」
ルシアが少し困った顔をする。
俺は向かいに座っているユリウスとエステルへ、小声で尋ねた。
「……もしかして、いつもこんな感じなんですか?」
「えぇ。最初は、私も驚きましたよ」
ユリウスが苦笑しながら頷く。
「普段のルシア様とは、随分違いますから」
「私もです。今では慣れましたけどね」
エステルも小さく笑った。
「やっぱり……」
すると、エステルが少し声を落として続ける。
「ルシア様に面と向かって『面倒くさい女』なんて言えるのは、ダグラスさんくらいですよ。本当に」
「あぁ?」
聞こえていたらしい。
ダグラスがこちらへ顔を向けた。
「実際、面倒くさいだろ。ルシア様は、色々と」
「ダーグーラースーさーん?」
「…………」
わざわざ「さん」を付けて呼ばれ、ダグラスが僅かに身構えた。
「ル、ルシア様……聖女様が暴力に頼っちゃ駄目ですよ……?」
「お黙りなさい」
ゴツンッ!
「痛っ!」
ルシアがダグラスの額を、拳で軽く叩いた。
「だから、暴力は駄目だって言ってるでしょうが!」
「これは教育です」
「何が違うんですかね!?」
ダグラスは額を押さえながら、恨めしそうにルシアを見る。
その横で、ミナが目を丸くして固まっていた。
「……ルシア様にも、こういう一面があるんですね」
ルシアは少し呆れたようにしながらも、微笑んだ。
「私だって、腹を立てることくらいありますよ」
「そ、そうですよね……」
ミナは少し照れたように笑った。
ユリウスとエステルは、その様子を見ながら揃って苦笑していた。
ダグラスがまだ額を擦っていても、二人とも特に気にした様子はない。
どうやら五年も一緒にいると、これが普通になるらしい。




