第93話:新しい武器と銀髪の勇者
店主はしばらく俺とミナの顔を見比べていたが、やがて面白そうに口元を緩めた。
「……なら、あれなんかどうだ?」
「ん?」
店主が顎で鍛冶場の奥を示す。
壁際に、人の丈ほどもありそうな巨大な大槌が立てかけられていた。
「……でかっ」
思わず声が漏れる。
柄も太く、先端の鉄塊もかなり大きい。
どう見ても、武器を打つために使うにはデカすぎる気がする。
「……あれって、鍛冶用じゃないよな?」
「あぁ。魔鋼を含んだ鉱石を砕くための大槌だ」
「鉱石を……?」
「買い付けた塊を、そのまま扱えるわけじゃねぇからな。まずは、あいつで細かく砕くんだよ」
店主は大槌へ目を向けた。
「取り柄は、とにかく頑丈なこと。それだけだ」
「……俺が欲しいのも、そこなんだけどな」
「なら、ちょうどいいじゃねぇか。銀貨五十枚でどうだ?」
「五十枚?」
「あぁ。材質は黒鉄だ。ただ、頑丈な分、重くてな。そろそろ魔鋼と聖銀の合成品に切り替えようかと思ってたところなんだ」
「なるほど……」
買い替えるなら、こいつが余るってことか。
俺が改めて大槌を眺めていると、ミナが店主へ尋ねた。
「傷んでいるところはありませんか?」
「頭はまだまだ使える。柄も今のところ問題ねぇが、気になるなら、自分で確かめてくれ」
「じゃあ、ちょっと持ってみてもいいか?」
「あぁ、いいぜ。ただ、見た目以上に重いから気をつけろよ」
「そんなにか?」
「普通の奴なら、持ち歩くだけでも嫌になる重さだ」
俺は大槌の柄を掴んだ。
「よっ……」
グッと力を入れて持ち上げる。
確かに重い。
だが、持てないほどじゃない。
軽く上下させて重さを確かめ、柄や頭の取り付け部分にも目を向ける。
目立った傷みも、ぐらつきもなさそうだ。
以前使っていた大鉈よりは重いが、これなら扱えそうだな。
「……いいな、これ」
「持ち歩くのも、大丈夫そうですか?」
ミナの問いに、俺は頷いた。
「あぁ。このくらいなら問題ねぇよ」
「それなら、値段も助かりますね。ギルドで借りるより安く済みますし」
「だろ?」
俺は店主へ向き直った。
「買わせてもらおうかな」
「へへっ……物好きな戦士だな。毎度あり」
俺は懐から銀貨五十枚を取り出し、店主へ手渡した。
「はい。五十枚」
「確かに」
その様子を見ていたリリアが、頭を押さえながら呟いた。
「カイルさん……本当に買っちゃったんですね……」
「気に入ったんだから、いいだろ」
「……せっかく可愛い子たちと旅してるのに」
セシルまで不満そうに俺を見る。
「少しくらい、格好つけてくれてもいいと思う」
「なんだそれ……」
俺は呆れながら二人を見た。
「武器に格好いいも悪いもあるかよ。ちゃんと敵に効くなら、それでいいだろ」
二人とも、納得していない顔をしている。
すると、店主が何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ。見栄えが気になるなら、包装用のリボンがあるぞ。柄にでも巻いて――」
「やめてくれ……」
大槌にリボンを巻いたところで、何も解決しねぇよ。
こうして俺は、新しい武器を手に入れた。
鍛冶屋を出た俺たちは、昼飯を食べられる店を探して大通りを歩いていた。
買ったばかりの大槌を担ぎ、辺りの店を眺めていると。
「……カイル?」
「ん?」
「カイルじゃねぇか!」
聞き覚えのある声に、俺は足を止めた。
顔を向けると、大剣を担いだ屈強な体格の男がこちらを見ている。
「おっ! ダグラス! 数日ぶりだな!」
「おう!」
ダグラスは嬉しそうにこっちへ歩いてきた。
「ダグラスさんっ! お久しぶりです!」
リリアも笑顔で挨拶する。
「お久しぶりです」
「久しぶり」
ミナとセシルも続けた。
「まったく……急に大声を上げたかと思えば、どなたを見つけたのですか? ダグラス」
凛とした声が聞こえた。
ダグラスの後ろへ目を向けると、銀髪の勇者がこちらへ歩いてくるところだった。
「……ルシアさん?」
以前と変わらず、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。
その後ろには、見覚えのない二人の姿もあった。
一人はローブを纏った魔導士。
もう一人は、聖職者らしい格好をした女だ。
どうやら、あの二人がルシアの仲間らしい。
ルシアも俺に気付いたようで、少し目を見開いた。
「……あら、カイルさんではありませんか」
「どうも。お久しぶりです……」
俺は軽く頭を下げた。
以前、第2王都で会った時。
ルシアには、農民の俺が勇者パーティーに同行していると知った途端、随分心配された。
勇者に頼まれて断れず、危険な戦闘を任されているんじゃないか。
男だから女の子を守らないといけないと思わされて、善意を利用されているんじゃないか。
本人である俺が否定しても、なかなか信じてもらえなかったくらいだ。
その人の前で、今もリリアたちと一緒にいるところを見られると……どうにも気まずい。
何を話そうかと考えていた、その時だった。
「ル、ルシア様っ!?」
「え?」
後ろから、ミナの素っ頓狂な声が聞こえた。
振り返ると、ミナが目を見開いたままルシアを見つめている。
「ほ、本物ですか!?」
ルシアはそんなミナへ、ニコリと笑いかけた。
「はい。第27勇者隊の勇者、ルシアです。貴女は?」
こういう反応には慣れているのか、落ち着いた様子で尋ねる。
「は、はいっ! 第38勇者隊に随行する治癒士のミナですっ! よろしくお願いしますっ!」
ミナの返事を聞くと、ルシアの目が僅かに細くなった。
「……なるほど。貴女方が、第38隊の……」
笑顔は浮かべたままだ。
だが、その視線はミナからリリアへ、リリアからセシルへと移り、最後に俺のところで止まった。
……また何か心配されているような気がする。
俺はルシアから目を逸らし、まだ緊張しているミナへ声をかけた。
「……なんで、そんなに緊張してんだよ」
「そりゃあ、緊張しますよっ!」
ミナは興奮した様子で俺を見る。
「ルシア様といえば、教会機関初の勇者で、『救済の聖女』と謳われている方なんですよ!」
「……へぇ」
希少なSランクの上位勇者だとは、以前に聞いていたが……。
そんな二つ名まであったのか。
ルシアは俺たちを一通り見回してから、口を開いた。
「せっかくですし、皆さんとも少しお話をしてみたいですね」
「え?」
「私たちもちょうど昼食を摂るところでした。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
俺が返事をするより先に、ミナが答えた。
「ぜひっ!」
「お、おう……」
随分と前のめりだな。
ルシアはそんなミナを見て、少し楽しそうに笑った。
俺たちはそのまま、ルシアたちと一緒に飯屋へ向かうことになった。
大通りを歩いている途中、ルシアが後ろの二人へ目を向ける。
「そういえば、まだ紹介していませんでしたね」
まず、ローブを纏った男を示した。
「こちらは魔導士のユリウスさん。とても優秀な方なんですよ」
「……どうも」
ユリウスは短く答えると、俺たちへ軽く頭を下げた。
「そして、聖職者のエステルさん。私に劣らないくらい優秀な治癒士なんです」
「そ、そんな……ルシア様ったら……」
エステルは照れたように笑い、頭を下げる。
「よろしくお願いします」
最後に、ルシアはダグラスへ目を向けた。
「こちらの大男は、戦士のダグラスです」
「……おい、ルシア様。俺だけ雑じゃねぇか?」
「皆さんは、もうご存じでしょう?」
「それでも、もうちょっと言い方があるだろ」
「では、とても大きな戦士のダグラスです」
「大きさの話から離れてくれませんかね……」
どうやら、この二人は相変わらずらしい。
近くの飯屋へ入ると、俺たちは八人で大きなテーブルを囲んだ。
大槌は壁際に立てかけ、俺も席につく。
料理を注文したところで、ルシアがその大槌へ目を向けた。
「カイルさん。その大槌は、討伐でお使いになるのですか?」
「えぇ。さっき買ったんです。鉱石を砕くための道具らしいんですけど、頑丈そうだったんで」
「……道具、ですか」
ルシアは少し考え込んでから、向かいに座ったリリアへ視線を移した。
「リリアさん。カイルさんに、あまり無理をさせてはいませんか?」
「無理……ですか?」
リリアが不思議そうに首を傾げる。
「えぇ。カイルさんは、元々農民だったと伺っています。討伐にも同行されていると聞いて、少し気になりまして」
「あぁ、それなら大丈夫ですよっ!」
リリアは笑顔で答えた。
「むしろ私たちのほうが、いつもお世話になりっぱなしですから!」
「……お世話になりっぱなし?」
「はいっ! 料理も作ってくれますし、旅の途中でも色々助けてくれますし。戦闘でも、何度も助けてもらってます!」
ルシアの笑顔が、少しだけ薄くなった。
「……戦闘にも参加されているのですか?」
「はい。すごく頼りになるんですよ!」
なんだろう。
リリアが褒めるほど、ルシアの表情が険しくなっている気がする。
そこへ、注文した料理が運ばれてきた。
俺は目の前に置かれた肉料理へ目を向ける。
「お、うまそうだな」
さっそく食べ始めたところで、ルシアが再びリリアへ尋ねた。
「その左腕も、討伐で?」
「あ、はい……ちょっと怪我をしてしまいまして」
リリアは吊っている左腕へ視線を落とす。
「しばらくは剣を振れそうにないんです」
「そうでしたか……。では、その間に王都から討伐任務が届いたら、どうされるのです?」
「それなら、私とカイルとミナでどうにかする」
リリアが答えるより先に、セシルが口を開いた。
「カイルさんには、どのような役割を?」
「前衛。私とミナは後ろ」
セシルはそう答えると、何でもないことのように肉を口へ運んだ。
「カイルさんが前を守ってくれると、私たちも動きやすいんです」
ミナも続ける。
「この前の戦いでも、何度も助けてもらいました」
「そうなんですよっ!」
リリアが嬉しそうに頷いた。
だが、ルシアは少しも嬉しそうではない。
何かを確かめるように、俺を見ていた。
「……カイルさん。その役割を、負担には感じていないのですか?」
「まぁ、危ない時はありますけど……嫌々やってるわけじゃないですよ」
俺は肉を飲み込んでから答えた。
「俺に出来ることなら、手伝いますし」
「頼まれたら、断れないということは?」
「いや、そんなことは……」
そこまで言って、少し考える。
こいつらに頼まれて断ったことって、どれくらいあったっけな。
「……まぁ、困ってるなら放っておけませんけど」
ルシアは俺を見て、それから三人の顔へ順番に目を向けた。
「……なるほど」
「何がです?」
「少し、言いにくいことなのですが……」
改めて俺へ向き直る。
「男性としてのお気持ちは、分からなくもありません」
「……はい?」
「皆さん、とても可愛らしい方々ですから。頼られたら嬉しくなるのも、当然でしょう」
「はぁ……」
確かに、全員可愛いとは思う。
それが今の話と、どう繋がるんだ?
「多少無理をしてでも、いいところを見せたいと思ってしまうこともあるのでは?」
「……えっ?」
リリアが声を上げた。
セシルも肉を運ぶ手を止め、俺とルシアを交互に見る。
「いや、そういうつもりで戦ってるわけじゃ……」
「えぇ。ですが、頼られるとつい無理をしてしまう方もいらっしゃいますから」
ルシアは心配そうに俺を見ている。
さっきの俺の返事が、引っかかったらしい。
「あの、ルシア様」
ミナが少し戸惑いながら口を開いた。
「私たちも、カイルさんにばかり任せているわけではありませんよ?」
「もちろん、皆さんを責めたいわけではありません。ただ、頼られている側が無理をしていないか、それが心配なのです」
「それは……そうですけど……」
ミナが俺を見る。
そこまで否定出来る話でもないらしい。
すると、ダグラスが食事の手を止めた。
「ルシア様。カイルのことなら――」
「お黙りなさい、ダグラス。まだ話の途中です」
「……へい」
ダグラスは口を閉じ、そのまま肉を食べ始めた。
ルシアは俺へ視線を戻す。
「カイルさん。勇者である彼女たちと、一般の方であるあなたでは、立場が違います」
「はぁ」
「頼りにされているからといって、あまり期待しすぎないほうがよろしいかと」
「……期待?」
「その……お気持ちを伝えた時に、同じ想いが返ってくるとは限りませんから」
俺はようやく、この人が何を心配しているのか分かってきた。
俺が三人の誰かに惚れて、いいところを見せようと無茶していると思ってるのか。
いつからそんな話になったんだよ。
「あの、私たちは……」
リリアが何かを言いかけたが、ルシアは心配そうに続けた。
「もし受け入れてもらえなかった時、今まで通りに旅を続けるのが難しくなることもあるでしょう?」
「まぁ……そういうこともあるんでしょうね」
「えぇ。今の関係を大切に思うなら、なおさらです。頼まれるたびに、無理をして応えようとなさらないでください」
「なるほど」
心配してくれているのは分かる。
分かるんだが、どこから訂正すればいいのか、よく分からなくなってきた。
俺がリリアへ目を向けると、リリアも困ったような顔でこっちを見ていた。
「危険だと思ったら、断ることも必要ですよ。ご自身の身体を、もっと大切になさってください」
「……はい。気をつけます」
それについては、俺も何も言い返せなかった。
ミナまで小さく頷いている。
「本当に分かりましたか?」
「分かりました。心配してくれて、ありがとうございます」
「……それなら、いいのですが」
ルシアはまだ何か言いたそうだったが、ようやく自分の料理へ手を伸ばした。
俺も、その隙に肉を口へ運ぶ。
少し冷めたが、うまい。
その間も、ダグラスは黙々と飯を食べ続けていた。
ルシアが横目でその様子を見る。
「……ダグラス。貴方はどう思うのです?」
パンをちぎっていたダグラスの手が止まった。
「さっきから黙って聞いているだけですが、何か言ったらどうですか?」
ダグラスはゆっくりと顔を上げた。
「いや、ルシア様が黙ってろって言ったんでしょうが」
「あの時は、まだ私が話していたでしょう」
「俺も話そうとしてたんですけどね?」
「ですから、今聞いているんです」
「……相変わらず面倒くせぇなぁ」
「何かおっしゃいましたか?」
「黙れっつったり、何か言えっつったり、どうすりゃいいんですか」
「普通に答えればいいでしょう!」
「答えようとしたら、さっき止めたでしょうが!」
急に言い争いを始めた二人を見ながら、俺は黙って肉を口へ運んだ。
……やっぱり仲いいな、この二人。
俺は向かいに座るユリウスとエステルへ、少し声を落として尋ねた。
「……あの二人、いつもこんな感じなんですか?」
「……えぇ」
ユリウスが困ったように苦笑した。
「我々には、とても穏やかな方なのですが……ダグラスさんが相手になると、どうにも」
「お二人は、付き合いが長いですからね」
エステルも小さく笑う。
「私たちが派遣される前から、一緒に行動されていたそうですよ」
「へぇ……」
その間に、二人の言い争いは一旦収まっていた。
ルシアは少し気まずそうにダグラスを見ている。
ダグラスも、面倒くさそうに見返していた。
「……お似合いだな」
「「は?」」
二人が揃って俺を見た。
「いや、俺の心配をする前に、自分たちのことを考えたほうが――」
「カイル。やめてくれ」
ダグラスが真顔で俺を見る。
「俺にも相手を選ぶ権利はある」
「……こちらこそ、お断りです」
ルシアも露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ何も申し込んでねぇでしょうが」
「申し込まれても困ると、先にお伝えしているのです」
「こっちだって困りますよ!」
「では、そのように失礼な言い方をなさらなければいいでしょう」
「お互い様でしょうが!」
また二人で言い争いを始める。
俺は隣のリリアたちへ目を向けた。
三人とも、なんとも言えない顔で二人を見ている。
「……やっぱり、お似合いじゃねぇか」
「どこがですか!」
「どこがだよ!」
ほぼ同時に返ってきた声に、俺は頷いた。
「そういうところだよ」
二人は顔を見合わせた。
そして、揃って頭を抱える。
……俺には、息が合ってるようにしか見えねぇんだけどな。




