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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
モリア編

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第90話:勇者モリアの終わり

 村に着くと、村の広場を歩いていた村人と目が合った。


「……ゆ、勇者様方っ!! ど、どうしたんですか!? 皆さんボロボロじゃないですか!?」


 そう言いながら、村人は慌てた様子で俺たちに近づいてきた。


「ああ、あの岩山に住み着いてたマンティコアを狩ってきたんだが、めちゃくちゃ強くてな……」


 俺がそう素直に言うと、村人は驚いたあと、嬉しそうな表情を浮かべた。


「あの岩山の主をっ……!! ギルドに討伐依頼した甲斐がありましたっ!! 今日は勇者様方の祝勝会を準備しないとっ!」


「気持ちはありがたいが、遠慮しておくよ」


 俺はそう言うと、後ろの面々を指差した。

 リリアは左腕を吊ったままで、鎧もあちこち傷だらけ。

 セシルもローブは土と埃にまみれ、まだ顔色が悪い。


 ミナも治癒魔法を使い続けたせいか、見るからに疲れ切っていた。

 そしてモリアは、鎧がほとんど壊れ、全身傷だらけ。まともに立っているのも辛そうな有様だった。


 村人はその様子を見ると、慌てたように頭を下げた。


「……これは失礼をっ! 今すぐ今日泊まれる空き家を手配します!!」


 そう言うと、村人はそのまま村の中へ走っていった。

 少し離れたところから、


「おいっ! 英雄様方のご帰還だっ! 今すぐ風呂を沸かせっ!! 客人用の空き家に食べ物を運べっ!」


 と、大声を張り上げているのが聞こえてきた。

 どうやら、歓迎自体はちゃんとしてくれるようだ。


 少し待っていると、すぐに別の村人がやってきて、俺たちは広いスペースのある空き家へ案内された。

 案内された家は、村の空き家にしてはかなり広かった。


 玄関を入ると、すぐに皆で使える広めの居間があり、その奥には簡単な料理が出来る台所もある。

 寝室は二つ。

 一つは二人で寝るには十分な広さで、もう一つはそれより少し広く、三人くらいなら問題なく寝られそうだった。


「五人で泊まるには丁度いいな」


 俺は家の中をざっと見回してから、荷物を居間の端へ下ろした。

 すると、リリアはすぐにミナの治療を受けることになった。


 床に座ったリリアの左腕へ、ミナが治癒魔法をかけている。

 俺はその様子を少し離れたところから見ていたが、やっぱり気になって声をかけた。


「左腕、大丈夫か?」


 リリアは治療中の左手を軽く握ってみる。

 だが、すぐに顔をしかめた。


「……日常生活は出来るとは思いますけど……剣を握るのは、ちょっと厳しいですね……」


「そうか……まぁ、無理すんなよ」


 俺はそう返しながら、村人から貰った食材をテーブルの上に並べていく。


「……すいません。私、勇者なのに……こんな体たらくで……」


「気にすんなよ。あんな化け物相手に五体満足でいられたんだ。それだけでも十分だろ」


 俺がそう言うと、少し離れたところからセシルの声が飛んできた。


「カイルー。私も怪我してるー」


「……お前はただの魔力切れだろ……」


 セシルは不満そうに頬を膨らませた。


「とりあえず、村の人がご厚意で風呂沸かしてくれてるんだから、お前ら先に入って来いよ」


「カイルさんはどうするんですか?」


「俺まで一緒に行ったら、飯は誰が作るんだ」


 そう言って、俺は四人を風呂へ送り出した。


 一人になった俺は、そのまま台所に立ち、村人から貰った食材を使って夕飯の準備を始める。

 しばらく包丁を動かしていたところで、ふと手が止まった。


 俺は自分の右腕へ視線を落とす。

 さっきまで何度も傷ついていたはずなのに、今ではほとんど痕も残っていない。


「……あんな化け物……ね」


 そう呟いて、部屋の端に置いてあるマンティコアの魔核へ目を向けた。


「……俺は果たして、人間なのかねぇ……」


 小さく息を吐くと、俺は再び料理を始めた。


 それからしばらくして、風呂から上がった四人が戻ってきた。

 ちょうど料理も出来上がっていたので、そのまま全員で夕食を取ることにした。


 さすがに今日は全員腹が減っていたらしく、いつもより会話も少ない。

 それでも、温かい飯を腹に入れているうちに、少しずつ表情も戻ってきた。


 食事をしている途中、俺はふと思い出してモリアへ声をかけた。


「そういや、今後の名前なんだけどよ」


「ん?」


「ノーラでいいか?」


「……ノーラ?」


 モリアは少し考えるように眉を寄せた。


「どこぞの村娘みたいな名前だな……」


「それでいいんだよ。これから田舎で暮らすんだから」


「……まぁ、確かにな」


 モリア――いや、これからはノーラか。

 本人も特に異論はないようだった。


 すると、リリアが少し不安そうな顔をする。


「……でも、名前を変えたところで、ここの村の人にはモリアさんの姿を知られてますし、本当に大丈夫ですかね?」


「案外、有名人って名前と今までの姿をワンセットで覚えてるもんなんだよ」


「そういうものですか?」


「あぁ。髪型とか服装とか雰囲気まで変わったら、意外と分からなくなるもんだ」


「……確かに」


 リリアは少し考え込んだ。


「エリオさんが、もし来年あたりに身長がカイルさんと同じくらいまで伸びて、筋骨隆々になってたら……私、分からないかもしれません……」


「私も分かる自信ない……」


 セシルまで真顔で頷く。

 するとミナも、


「エリオさんは、あの小生意気な感じと華奢な身体がセットでしたからねぇ……」


「お前ら散々な評価だな……」


 俺は思わず呆れた声を漏らした。


 食事を終えると、俺は食器を片付けながら四人へ声をかける。


「ほら、食い終わったらちゃんと歯磨けよー」


「……カイルさん、またお母さんみたいなこと言ってますね」


「うるせぇ。虫歯になってから泣いても知らんからな」


 そんなことを言い残して、今度は俺が風呂へ向かうことにした。


 村人が用意してくれた公共の風呂場には、今のところ俺以外に誰もいない。

 身体を洗って湯船に浸かると、思わず大きく息が漏れた。


「ふぅぅぅ……」


 広い風呂場には、俺一人しかいない。

 湯に身体を沈めてぼんやり天井を眺めていると、今日の戦いが頭の中に浮かんできた。


 マンティコアが吐き出した炎を、土の壁を作って防いだセシル。

 治癒士なのに、光のナイフを投げてまで俺たちを助けようとしていたミナ。

 左腕を折られて、それでも二本の剣を握ってマンティコアへ向かっていったリリア。


 あの腕でどうやって剣を振ってたんだよ……。


 そして、モリア。

 身体強化を捨ててまで聖剣に魔力を注ぎ込み、マンティコアの片翼を斬り落とした。

 さらに失ったはずの左腕まで炎で作り出し、あの大爆発をまともに食らっても立ち上がった。

 それどころか、逃げようとしたマンティコアを炎の左腕で捕まえ、残った片翼まで斬り落とした。


『これで終わらせるぞ、カイルッ!!』


 あの時の声まで、妙にはっきりと思い出せる。

 俺は湯船の縁に後頭部を預けた。


「……勇者って、やっぱすげぇな……」


 俺だったら、あんな真似出来るんだろうか。

 少なくとも、自分の腕が折れてるのに剣を二本持って突っ込むなんて発想はない。


 ……いや。

 そう考えたところで、別の声が頭の中に蘇った。


『その人から離れろぉぉぉぉぉっ!!!』


「…………」


 マンティコアに吹き飛ばされた俺を見て、リリアが叫んだ声だった。

 あんな顔で怒っていたのも、結局は俺が心配をかけたせいだ。


 俺は両手で頬をパンパンと叩いた。


「……女の子に心配されるなんて、男失格だぞカイル……しっかりしろ」


 誰もいない風呂場で一人そう呟き、俺は深く湯船へ沈み込んだ。


 風呂を上がった俺は、そのまま借りている家へ戻った。

 居間の明かりはすでに消えている。

 どうやら、みんな先に寝たらしい。


 俺も物音を立てないように寝室へ入ると、ベッドに横になっていたモリアがこちらへ顔を向けた。


「……起きてたのか。大丈夫なのか?」


「あぁ。少し寝たからな」


 モリアはそう答えると、ゆっくり身体を起こした。


「カイル」


「ん?」


「……お前には、きちんと礼を言っておきたくてな」


「礼?」


「あぁ。今日のことだけではないぞ」


 モリアは俺を見て、少しだけ笑った。


「私を、お前たちの仲間に誘ってくれただろう」


「……あぁ」


「嬉しかったんだ。あの時は、うまく言えなかったがな」


 俺はベッドの端へ腰を下ろした。


「お前たちと一緒に旅をするのも、悪くないと思った。仇を追うこと以外に、何かを楽しみにしたのは久しぶりだったよ」


「……そうか」


「あぁ」


 モリアは一度、目を伏せた。


「そのうえ、仇討ちにまで付き合ってもらった。おかげで、ようやくあいつらの仇を討てた」


「お前だって、散々戦っただろ」


「そうだな。だが、一人では無理だった」


 そう言って、モリアは俺へ視線を戻した。


「生きて戻れたのも、お前たちのおかげだ」


「…………」


「私は、あいつを倒したあとにどう暮らすかまでは、考えていなかった。だが、お前は……私がこれからどこで暮らすかまで考えてくれた」


 モリアは小さく息を吐いた。


「仇を討って、それで終わりのつもりだった私に、身体を休めて、その先のことを考えろと言うんだからな」


「……そりゃ、せっかく生きてるんだからよ」


「……あぁ」


 モリアが静かに頷いた。


「まだ、何をしたいのかは分からん。だが……まずは、お前の言う通り休んでみようと思う」


 少しだけ間を置いてから、モリアは続けた。


「ここまで世話を焼いてくれて、本当にありがとう、カイル」


「……やめろやめろ」


 俺は片手を振った。


「お前にそんなに礼を言われると、なんかむず痒くなる」


「少しくらい我慢しろ。私も、こういうことを言うのは慣れていないんだ」


「……じゃあ、もう十分聞いたって」


「……ふっ」


 モリアは小さく笑った。


「お前らしいな」


 翌朝。

 朝食を済ませた俺たちは、村の人たちに礼を言って出発の準備をしていた。


 俺たちが昨日乗ってきた魔導馬車も、御者がこの村で一晩休んでいたらしく、これからアルゼンへ戻るという。


「昨日乗ってきた方たちだろ?どうせアルゼンまで戻るところだから、今なら半額の一人銀貨五枚でいいよ」


「一人五枚か……」


 四人で銀貨二十枚。


「……高いな」


 俺がそう呟くと、隣にいたモリアが呆れたように口を開いた。


「別に大した額でもないだろう」


「いや、二十枚だぞ?」


「そのマンティコアの魔核をギルドに引き渡せば、金貨数枚にはなるだろう」


「……マジか?」


「あぁ。AAAランク、それもあれだけの個体だ。安く買い叩かれることはない」


 俺は荷物の中に入れてあるマンティコアの魔核を見る。


「…………」


 そんなにすんのか、あれ。


「それなら……まぁ、いいか」


 結局、俺たち四人は帰りの魔導馬車に乗せてもらうことにした。

 マンティコアの魔核と、戦いで折れた聖銀の剣も荷台へ積み込んでいく。


 一方、モリアは俺たちとは別だ。

 しばらくすると村へやってきた南行きの乗合馬車へ乗り、のんびりとラウム村を目指すことになっている。


「本当に、一人で大丈夫か?」


「あぁ。聖剣は使えんが、別に剣の振り方まで忘れたわけではない。そこらの魔物程度なら問題ない」


「……まぁ、お前なら大丈夫か」


「今さら急ぐ旅でもないからな。途中で休みながら向かうさ」


「分かった。無茶だけはすんなよ」


 俺は持っていた地図を広げた。


「ラウム村は……この辺だな」


 そう言って、地図の一角を指差す。

 モリアは俺の指先を目で追ったあと、しばらく黙り込んだ。


「…………」


「どうした?」


「いや……」


 モリアは地図へ顔を近づけた。


「まさか、こんなところに村があるとは……」


「あるんだよ」


「街道から随分離れているぞ?」


「だから役人も滅多に来ないんだろ」


「……なるほどな」


 モリアは納得したような、していないような顔で地図を眺めている。


「途中までは南へ下って、そのあとはこの道を使えばいい」


「分かった」


 モリアは地図を受け取ると、丁寧に折り畳んだ。


「では、ありがたく借りておこう」


「あぁ。なくすなよ」


「子供扱いするな」


「場所が場所だから心配なんだよ」


「ふっ……それもそうだな」


 そこへ、リリアたちもやってきた。


「ノーラさん……本当に行っちゃうんですね」


 リリアが少し寂しそうに言う。


「あぁ。いつまでもお前たちについて行くわけにもいかんからな」


「……また、会えますよね?」


 モリアは一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく笑った。


「もちろんだ。別に今生の別れではない」


「絶対ですよっ!」


「あぁ。今度会う時は、もう少しまともな姿で会いたいものだな」


「それは私たちもです……」


 ミナが苦笑する。


「次はマンティコア抜きで会いたい」


 セシルがぼそりと言うと、モリアも肩を揺らして笑った。


「まったくだ」


 そんな話をしているうちに、南行きの馬車の御者が出発を知らせる声を上げた。

 モリアは俺たちを見回した。


「……世話になったな」


「昨日も聞いたよ、それ」


「最後くらい言わせろ」


「はいはい」


 俺は苦笑しながら、モリアの荷物を馬車まで運んだ。


「ラウム村に着いたら、ザックって奴を探せ。俺の名前を出せば話は通じると思う」


「あぁ」


「それと、ちゃんと休めよ。着いて早々、何か仕事しようとか考えんなよ」


「……本当にお前は母親みたいなことを言うな」


「うるせぇ」


 モリアは馬車へ乗り込もうとして、ふと足を止めた。


「カイル」


「ん?」


「……また会おう」


 俺は少しだけ笑った。


「あぁ。またな、ノーラ」


 モリアは頷くと、今度こそ馬車へ乗り込んだ。

 やがて馬車がゆっくりと動き出す。


「ノーラさーん! また会いましょうねーっ!」


 リリアが大きく手を振る。

 窓から顔を出したモリアも、残った右手を軽く上げた。


 馬車はそのまま南へ向かい、少しずつ小さくなっていく。

 俺たちは、その姿が見えなくなるまで見送っていた。


「……さて」


 俺は一度だけ息を吐いて、後ろに止まっている魔導馬車へ目を向けた。


「俺たちもアルゼンに戻るか」


 魔導馬車に乗り込んでから、しばらく経った。

 俺は窓際の席に座り、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。


「…………」


 ここまで、随分いろいろあったな……。

 ロックベアに殺されかけた。

 サイクロプスと戦った時は、自分でも止められないくらい暴走しかけた。

 そして、今回のマンティコア。


 あの時は、一瞬だけリリアたちの言っていることが分からなくなった。

 身体の傷も、どんどん治るようになっている。


「……これから俺、どうなっちまうんだろうな……」


 小さく呟いてから、俺は窓から車内へ視線を戻した。

 リリアとセシルが何やら楽しそうに話している。

 ミナもその隣で笑っていた。


「…………」


 まぁ……。

 こいつらを守れたなら、そんなの些細なことか。


 俺は再び窓の外へ目を向けた。

 それよりも――。


「……魔王か……」


 本当にいるんだろうか。

 いるとすれば、AAAランクのマンティコアなんかより、遥かにヤバい奴なんだろう。


 でも、それなら少し妙な気もする。

 そんな化け物が本当に存在するなら、なんでこの国は今も普通に残っているんだ?


 モンスターはそこら中にいる。

 北では今も戦いが続いているらしい。

 それでも、俺たちが旅してきた街や村は普通に人が暮らしていた。


「…………」


 魔王ねぇ……。

 本当にそんな奴、いるのかね。


「カイルさん?」


「ん?」


 不意に呼ばれて振り返ると、リリアが俺の顔を覗き込んでいた。


「さっきから考え事ですか?」


「あ、あぁ。悪いな。ちと色々考えちまってた」


 すると、セシルがこちらを見た。


「もしかして、お昼ご飯、何にするか悩んでた?」


「…………」


 俺は思わず額を押さえた。


「マジでお母さんじゃねぇか……」


「違うの?」


「……ったく、もうそれでいいよ。んで、何が食べたい?」


 俺が聞くと、セシルは少し考えてから答えた。


「カイルが作るものならなんでもいいよ」


「私も同じくっ!」


 リリアまで元気よく手を上げる。


「…………」


 俺は頭を抱えた。


「それ一番悩むやつじゃねぇかっ!!」


「ふふっ」


 その様子を見ていたミナが笑う。


「さすがはこのパーティのお母さん兼お父さんですね。これからも頼りにしてますよ?」


「せめてどっちかに寄せてくれぇぇぇっ!!」


 俺の文句を聞いて、三人がまた笑った。

 まったく、好き勝手言いやがって。


 けれど、その顔を見ていると、俺も少しだけ肩の力が抜けた。

 昨日はあれだけ必死に戦っていたのに、今はこうして昼飯の話をしている。


 ……まぁ、こいつらが笑ってるなら、それでいいか。

 俺は背もたれに身体を預け、三人の話を聞きながら、昼飯に何を作るか考え始めた。

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