第9話:市場と調味料。あと俺をお母さんと言うのをやめろ。
「さて、どこから回ったらいいもんか」
俺は中央広場にある街の案内図を見ながら呻いていた。
武器防具屋とか? でも、この世界の剣も槍も見たしな。
魔法店?
別に俺、魔法使えないしなぁ。でも、マジックアイテムとかには興味が……って、使えない俺がそんなものを見たところで、ただの冷やかしか。
うーん、となると……
俺が呻いていると、背後から声がした。
「考え事?」
振り返ると、そこにはセシルが立っていた。
「どこを見て回るか考えていたんだよ。田舎育ちの俺には、こういうところはどこを見たらいいもんか、わかんないしな」
俺が素直に言うと、セシルはニヤリと笑った。
「なら、私が案内してあげようか?」
「セシルはこの街に来たことあるのか?」
「ない」
「ないんかいっ!」
なら、どうやって案内しようというのか。
そんなことを思っていると、セシルは当然のように言った。
「基本的な作りは、どの街も一緒だよ。だから、大体は案内できる」
なるほど、そういうもんなのか。
「なら、ちょっと見に行きたいところがあるんだが」
「どこ? 武器屋? 魔法屋? それとも女の子と遊べる場所?」
セシルは淡々と聞いてきたが、最後のは明らかにからかっているように聞こえた。
「どっちもちげーよ。ってか、最後のは余計だ。食材を見に行きたいんだよ」
武器はあるし、魔法はそもそも使えない。
防具に関しても、ホーンディアくらいなら問題なく狩れるだろう。となると、今欲しいのは食材だ。
「流石、パーティーのお母さんなだけあるね」
「……セシル、お前もか……」
ついに、ミナだけではなく、セシルまでも俺のことをお母さんと呼ぶようになってしまった。
ぐったりとため息をつく俺を見て、セシルは「ふふっ……」と楽しそうに笑う。
……まぁ、女の子の笑顔を守るのも男の仕事か。
そんなことを考えながら、俺はセシルに案内を任せることにした。
「じゃあ、とりあえず、案内してもらいますかね」
「任せ――」
その時だった。
横から声がかかった。
「ちょぉぉぉっと待ったぁ!」
そこに立っていたのはリリアだった。
こめかみに青筋を立てたリリアは、今にも怒り出しそうな気配をまとっている。
「おいおいおい、セシルぅぅぅくぅぅぅん。困るよぉぉぉ、そんな勝手なことをしてもらっちゃあぁぁぁ」
まるで恫喝するような口調で、リリアがセシルに近づいていく。
「なに? いたの? リリア」
それに対して、セシルはしれっといつもの冷淡な口調で返した。
「いたの? じゃないよ。カイルさんはみんなのモノんだから、そんな勝手なことをしてもらっちゃ困るよ、セシル」
「ちょっと、俺をモノ扱いしないで……」
俺のささやかな抗議を無視して、セシルは続ける。
「なら、リリアもついてくればいいじゃない」
「そりゃあ、言われなくてもそうしますとも」
淡々と返すセシルに対して、リリアはさも当然のように言い放った。
「じゃあ、行きましょうか、カイルさん」
「……あー……はい、わかりました」
女性陣二人の何やらただならぬ勢いに負けて、俺はただひたすら後ろからついていくことしかできなかった。
……こんな調子で、ちゃんと買い物なんかできるんかねぇ。
***
リリアとセシルに先導されて、俺は食料市場に無事辿り着くことができた。
「ついたけど、こんなところで何を探すの? カイル」
セシルは俺の方を見て尋ねてくる。
「んー……まぁ、調味料かなぁ……」
俺はそう答えると、食料市場の中へと入っていった。
リリアとセシルは顔を見合わせて、
「「調味料??」」
とだけ声を揃えるのだった。
食料市場を少し進んだところで、俺はとある露店の前で立ち止まった。
「あ、おやっさん。これ一個売ってくれ」
俺は拳大ほどの岩のようなものを手に取り、店主に話しかけた。
「あいよ、毎度あ――」
俺が支払いを済ませようとすると、リリアが横から慌てて止めに入ってきた。
「カ、カイルさん、なんで岩なんか買おうとしてるんですか!?」
「カイル、女の子にプレゼントする宝石なら、せめて研磨されたほうがいいと思う」
セシルの謎の助言は無視して、俺は二人に説明する。
「いや、これは岩塩だよ……見たことくらいあるだろう……」
そう言いながら、俺は支払いを済ませた。
購入した岩塩を背嚢に入れていると、リリアが恥ずかしそうに口を開く。
「……すいません、変なこと言っちゃって。いつも見る岩塩は、細かく砕けたものしかなかったので……」
その言葉を聞いて、俺は軽くフォローを入れた。
「まぁ、岩塩をそのまんま置いてる家庭も店もないし、仕方ないかね。それにセシルのほうがもっと変なことを言ってるから大丈夫だ……」
そう言いつつセシルの反応を見るが、
「……私、何か変なこと言ったっけ?」
……うん、この子がちょっとズレてるのは、今に始まったことじゃないか……。
「まぁ、いい……とりあえず、まだ探し物があるんだ。ついてくるか?」
女子二人をこのままつまらない買い物に付き合わせるのもどうかと思い、俺は二人に声をかける。
しかし、セシルはしれっとした顔で言った。
「カイルが迷子になったら探すの大変だから、ついていってあげるよ」
「ならんわっ!」
思わずツッコんでしまったが、セシルはそれを楽しそうに笑っている。
その様子を見て、リリアも笑いながら言った。
「まぁ、私も宿に戻っても夕食まで時間ありますし、暇なんで付き合いますよ」
結局、二人ともそのままついてくることになった。
それから俺たちは食料市場を進み、途中で糖蜜と小瓶の油を購入した。
「……あっ! カイルさん! 精製糖が売ってますよ! あれも買っていきましょうよ!」
精製糖。
いわゆる砂糖なのだが、価格を見ると一袋で銀貨数枚もする代物だった。
「あれ一袋買ったら、数日分の食費が吹っ飛ぶぞ……我慢しておけ」
「……はーい……」
リリアは残念そうに答える。
だが、セシルはわざとらしく肩を落とした。
「私たちの価値は銀貨数枚分にも劣るってことなのね……悲しいわ、カイル……」
シクシクと目元を拭うセシルを見て、俺は、
「……やかましいわ」
と、もはやツッコむのも諦めて適当にいなすのだった。
そのまま奥へ進み、ようやく探し求めていた最後の品を見つけた。
「おっ! おねーさん、その膨らし粉を一袋くださいなっ!」
店主のおばちゃんに声をかけると、彼女はにんまりと機嫌よさそうに笑った。
「……あらぁ、やだ。この子ったら、口がうまいわねぇ。ちょっと安くしてあげるわよ」
店主のおばちゃんは上機嫌で、少し値下げしてくれた。
俺は丁重に礼を言いながら、膨らし粉を一袋受け取る。
その様子を見ていたリリアは口元を押さえ、わなわなと震えながら俺に問い詰めてきた。
「……カイルさん……まさか女性の趣味はそっち寄りでしたか……」
「……リリアくん……」
俺が呆れてリリアを見つめると、リリアはバツの悪そうな顔をしながら答えた。
「……すいません、つい……」
どうやら、セシルとミナのおふざけがうつってしまったようだ。
そのセシル本人はというと、俺が先ほど買った膨らし粉の袋をじっと見つめていた。
「……カイル、それで何を作る気?」
興味津々といった顔で、セシルが聞いてくる。
「んー……まぁ、乾燥豆を煮る用に買ったんだけど、一応これで簡単な菓子も作れるわな」
菓子という単語に、二人が目を輝かせた。
「お菓子ですか!?」
「それはどんなお菓子?」
二人の圧に押されながら、俺は答える。
「ま、まぁ、今夜にでも試しに作ってやるから……」
俺がそう言うと、二人は楽しそうに言い合うのだった。
「流石カイルさんです。前衛に家事洗濯、さらにお菓子作りまでも……!」
「これは、お母様と崇め奉らなければならない……」
なんだか、俺の評価があらぬ方向に行っている気がするが……。
……まぁ、女子二人が楽しそうにしてるならいいか。
そう思い直し、俺たちは宿への道を戻るのだった。




