第8話:勇者ってこんな感じだったっけ?
俺たちは、冒険者ギルドの奥にある訓練場へ案内された。
そこは簡素な闘技場になっており、壁際には練習用の木人が立っていた。
その木人の隣に置かれた椅子には、戦士風の男が座っている。
「おっ、冒険者志望か? 今年は試験官の仕事をのんびりやってる暇もねぇな」
案内してくれたギルド職員が慌てて口を挟んだ。
「いえ、彼は私が連れてきたんです。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
男は俺のほうをじっと見つめ、俺が持っている棍棒に目がいったようだった。
「ふむ……兄ちゃん、それ振れんのか?」
試験官の男がぶっきらぼうに尋ねてきた。
俺はその返事代わりに、棍棒を無造作に振ってみせる。
――ブンッ!
風圧を受けて、砂埃が舞い起こる。
「……へぇ……こいつはたまげた……音からして中身が空洞ってわけでもなさそうだな」
面白そうに俺のほうを見る試験官の男は、立て続けに言葉を続ける。
「で、その筋肉自慢の兄ちゃんの気になることってなんだ?」
ギルド職員は試験官の男から質問されると、何やら興味本位といった顔で答えた。
「ちょっと、そこの木人で彼の実力がどの程度か測りたくて」
なるほど……今から俺にその動かぬただの案山子をぶん殴って欲しいと……。
見世物か俺は……。
そんな事を考えていると、試験官の男は俺が何を考えているかわかったような素振りで口を開いた。
「んなことしなくても、なんなら俺が相手してやってもいいぜ?」
冒険者ギルドで試験官を任されるほどの男だけあって、先程の棍棒の風圧を見せつけられても、その態度には余裕が滲んでいた。
だが……。
「俺は別に冒険者になりたいわけではないんだよねぇ……」
俺は素直に本音を漏らした。
呆気に取られる試験官の男をよそに、ギルド職員が説明を続ける。
「……そういうわけなので、ひとまず木人でどれだけの力があるのかを見てみたくて……それに勇者様御一行が手放したくない、と言われる自称農民がどの程度強いのか興味がありまして」
「まぁ、そういうわけなら別に構わんぜ。そこにある武器から好きなモノを選んで、木人を好きにブッ叩きな」
試験官の男は事情を察すると、クイっと木人の横に置いてある木箱を指差した。
中には、木剣、木斧、木槍、棍棒が置いてあった。
俺は渋々棍棒を引き抜くと、ギルド職員に尋ねた。
「でも、好きにブッ叩けって、要は型とか、技の流れとか、スキルの有無を見たいんだろ? 俺、ほんとただブッ叩くしか出来ないけど、時間の無駄じゃないか?」
試験で使われるか訓練で使われるかの、ただの動かぬ木人相手だと普通はそんなとこだろう、と俺は想像で指摘してみたが、リリアが横から口を挟んだ。
「まぁまぁ、とりあえずカイルさんは何も考えず、思い切りブッ叩けばいいんですよ。日頃のストレス発散発散っ!」
リリアは両手を拳にして、前に突き出すようなポーズを取りながら言ってきた。
まぁ、別にこの結果が何かになるわけでもないから、気楽にブッ叩けばいいか。
俺は木人の前に歩み寄り、構えた。
「んじゃぁ、とりあえず何も考えずにブッ叩くわぁ」
腕に力を入れて、腰に捻りを加えて、全力で木人目掛けて棍棒を打ち払う。
――ズガンッ!!
辺りに、木人と棍棒が当たった衝撃音が鳴り響き、土煙が巻き起こる。
「……あっ……やべっ」
見ると、木人は打たれたところから折れてしまい、俺が持っていた棍棒も真っ二つに砕けてしまっていた。
「……すいません……ちょっと両方壊しちゃったみたいで……」
これは、弁償になるんだろうか……?
俺は一抹の不安を抱えていたが、ギルド職員と試験官の顔を見ると、そういうわけでもなさそうだった。
「……見えなかった……」
「……なんだよ、今の威力は……」
二人とも、何か恐ろしげなものを見たような顔をして固まっていた。
そんな二人を、リリアは面白がるように見ながら問いかけた。
「どうですか!? うちのカイルさんは!! 凄いでしょ!! これで自分よりも戦士を探したほうがいいっていうんですよぉ?」
「……それは……」
「砂漠の中から米粒見つけろって話だな……」
なにか納得したような顔をするギルド職員と試験官の男を見て、俺は反論せずにはいられなかった。
「いや、でも今のはほら、ただの案山子相手だったからこうなっただけで、動く相手ならこうはいかないって」
「……なら、試験官に相手していただきますか」
ギルド職員は試験官のほうを見やったが、試験官は冗談ではないという顔で口を開いた。
「やめろやめろ、死んじまうだろうが、あんなもん喰らったら」
「大丈夫ですって、避けるか武器で受けるかすれば」
俺は過大評価を覆すべく、どうにか試験官を納得させようと取り繕った。
そうでもしないと、リリアたちが「カイルさんは勇者パーティーこそが相応しい」みたいなことを言い出しかねないからだ。
だが。
「無理だから言ってんだ。なんなら今のお前さんの実力で冒険者になりたいってんなら、最初からBランクスタートでも構わんぜ」
無情にも試験官は、俺の実力を認めるような発言をしてしまうのだった。
それを聞いたリリアたちは、当然……。
「……そういうわけですので、カイルさんは当面の間は私達と一緒ですねぇ」
「……カイル。別に照れることはない。素直に私達と一緒に居たいって言ったっていいんだ」
「私、カイルさんの作るご飯好きですよ? お母さんの味って感じで」
……リリアがニマニマしながら、「まだ私達と一緒に来ますよねぇ?」って言うのはまだ筋が通るが……。
「セシルっ!? 俺は別に『こ、こんな可愛い子たちと一緒にいたい……なんて恥ずかしい事言えないよぉ、僕ぅ』みたいなことは思ってねぇぞ!? あと、ミナッ!! 俺をお母さん呼びはやめろ!!」
「「ちっ……」」
二人は舌打ちしながら俺を見た。
この二人のノリはなんなんだろうか……。
そんな俺たちを見ていると、ギルド職員がポンと手を叩いた。
「あ……そういえば、商人ギルドから護衛依頼が来てまして。丁度いいので、勇者様にお任せしてもよろしいでしょうか?」
護衛任務か。
やっぱ冒険者ギルドだとこういうのがあるんだなぁ。
そう素直に思っていると、思わぬところから指摘が入る。
「なぜ、その任務を直に我々勇者パーティに依頼するんですか? ギルドの掲示板に張り出しておけば、適したパーティが受領するのでは?」
リリアが真剣な表情でギルド職員に問いかけた。
何故、勇者に?
困っている人を助けるのが勇者の仕事だから、ではないのか?
俺の想像する勇者像と、この世界の勇者像には何か違いがあるんだろうか?
だが、ギルド職員は慣れた様子で話を続けた。
「ちょっとこのあたりの街道にホーンディアの群れが出没したと報告がありまして。本来はBランクの冒険者パーティに依頼したいところなのですが、あいにく出払っておりまして」
リリアは顎に手を置き、一拍考えると、
「……わかりました。その依頼受けましょう」
「ありがとうございます、勇者様」
そう言い、ギルド職員は深々と頭を下げた。
その様子を眺めながらリリアは言葉を続ける。
「ですが、我々も今日この街についたばかり。依頼は明日からでいいですか?」
「勿論です。それであれば宿はこちらで手配いたします」
ギルド職員は宿の場所が書かれた案内書を、慣れた手つきで胸元から出してリリアに渡した。
それを受け取ったリリアは、愛想笑いを浮かべながら答えた。
「助かるよ。勇者と言えど色々物入りで、節約できるに越したことはないからね」
リリアはそのまま、ギルド職員に背を向けて俺に声をかけた。
「さっ! 行こうカイルさん、野宿の疲れも取りたいところだしね」
先程までの愛想笑いとは打って変わって、いつもの朗らかな彼女の顔に戻っていた。
その様子に俺は一抹の不安を覚えるが、
「あ、あぁ、とりあえず行こうか」
俺は素直に彼女らのあとをついていくことにした。
***
案内書を頼りに着いた宿屋は、冒険者ギルドからほど近い場所にあった。
昼食を食べた飯屋から少し離れた場所にある、木製の古びた大きな建物だった。
宿屋の主人にリリアがギルド職員から渡された案内書を渡すと、主人は、
「女性のほうは三人部屋で、男のあんちゃんはちと狭いが空いてる個室でいいか?」
そう聞いてきたため、俺は二つ返事で答えた。
「ああ、それで問題ないよ」
だが、それを聞いていたセシルが思わぬ事を口にし出した。
「カイル。寂しくて寝れないっていうなら、私が添い寝してあげても――」
「要らんわっ!? 子供か俺は!!」
思わず突っ込んでしまった。
その反応を見て、セシルは心底楽しそうにニヤニヤと笑っている。
……うーん……ここはスルーすべきだったか……。
そんな様子を見てからか、ミナはパンパンと手を叩いた。
「ほらほら、久しぶりの自由時間なんだから、各自部屋に荷物置いてきてください。とりあえず夕飯までは自由行動ってことで。でも、自由時間だからってお金使い過ぎたらお説教ですよー」
――学級委員長か、お前は……。
まぁ、農村で育った俺からすると、この世界の街並みを見るのはなかなか無い機会だし、少し羽を伸ばそうかな……。
家から持ち出してきた金もあるし、さっき換金した銀貨もあることだし。
こうして、俺は初めて異世界の街並みを見て回る機会を得る事になった。




