第10話:魔導士とカルメ焼き
トルカの街についた日の夜。
俺たちは宿屋近くにある小さな飯屋で夕食を取っていた。
俺たち以外に、三パーティくらいしか入れない、家を少し改造したような飯屋だった。
そんな静かな飯屋の席にて、並べられた料理を前にリリアが盃を掲げ、元気よく声をあげた。
「この出会いを祝してっ!」
その声にセシルとミナも呼応して盃を掲げた。
「「祝してっ!!」」
そんな歓迎ムードの中、俺はいたたまれない気持ちになりながら、盃を掲げた。
「こ、これはどうも……」
俺は、早ければこの街に着いた時点か、もしくは他の獣とリリアたちが戦って大丈夫そうなら、帰る気だったのに……これは本当に数ヶ月の付き合いに……。
「カイルさん、もっと嬉しそうにしてくださいよ。カイルさんの歓迎会なんですから」
リリアが楽しそうに笑いながら、盃をこちらへ向けてくる。
「いや、だから本当に戦士が見つかるまでの繋ぎだからさ……」
それを聞いたセシルの顔が、急に不機嫌になった。
「まだ言ってる……」
「諦めの悪い方ですね……」
ミナはそう呆れたような顔で俺の顔を眺めた。
「いや……諦めが悪いって……」
俺はどうにか抗議しようとしたが、リリアがその先を潰した。
「だって、カイルさんより頼りになる戦士なんて、そう簡単に見つかると思います?」
「それは……探してみないと分からないだろ」
「少なくとも、ブラックボアを一撃で倒せて、ホーンラビットを素手で叩き落として、木人を粉砕できて、料理ができて、洗濯ができて、野営の準備もできて、お菓子まで作れる人ですよ?」
リリアは指折り数えながら言う。
……途中から戦士の条件じゃなくなってないか?
「それ全部できる戦士を探すの、たぶん魔王を倒すより難しいと思うんです」
「料理からのくだりはいらなくないか……?」
「でも、パーティーには欲しい要素でもあることには変わりない」
セシルが淡々と追い打ちをかけてくる。
「前に言ったように、肉壁がリリアだけだと不安。ホーンラビットの時みたいに奇襲された際に、後衛を守る人が今のうちには足りてない。それに、カイルがいれば、野宿でも美味しいご飯が食べられる。手放す理由がない」
「勇者を肉壁って……そういえば、ミナは聖職者だよな? ってことは、回復支援ができるってことであってるんだよな?」
問われたミナは、特に面白くもなさそうに答えた。
「そうですよ。簡単な怪我くらいなら治せます」
「食器の汚れを取ったあの『クリーンアップ』も聖職者由来なのか?」
それを聞いたミナは半眼になりながら答えた。
「……カイルさん……あれは、数ある遠征用に編み出された生活魔法の一つです……別に聖職者でなくても、ある程度魔法に素養があって、訓練すれば誰でも使えます……」
「……なるほど……それで、セシルは何ができるんだ?」
俺はなんとなく思っていたことをセシルに聞いた。
リリアを肉壁と言うくらいだ。おそらく魔法職とは思っているが、未だに彼女の活躍をこの目に拝んだことはない。
聞かれたセシルは目を丸くし、焦りながら答えてきた。
「……え? なに? もしかして、私って何もできない子扱いされてる?」
「べ、別にそういうわけではないんだが……」
聞き方がまずかったのか、セシルが若干イラついた様子を感じ取った俺は、咄嗟に弁明を始める。
すると、その様子に大きく溜息を吐きながら、セシルはぶっきらぼうに答えた。
「私は遠距離から大火力を出す魔導士を担当してる。ただ、攻撃に使えるだけの構成は組むのに時間がかかるから、活躍の機会に恵まれてないだけ」
「……なんか呪文とか唱えて、ババーンと発動する代物ではないの?」
構成を組む……。
俺は聞き慣れない言葉に、思わず口にしてしまった。
その言葉に、セシルではなくミナが苦笑した。
「魔法ってそんな単純じゃないんですよ……特に攻撃系は……」
「……カイル、人間から出る静電気で爆発を起こそうと思ったら、何を調整すればいいと思う?」
「……酸素濃度、とか?」
「惜しい。でも酸素だけじゃ燃えない。酸素は燃焼を助けるだけ。実際には、燃えるもの、火種、距離、湿度、空気の流れ、全部を揃えないといけない」
「……魔法って、そんなに面倒なのか?」
「面倒。たとえば、私が火炎系の魔法を撃つ場合、ただ火を出してるわけじゃない。私から敵までの間に、燃焼しやすい魔力の通り道を作って、そこに火種を走らせてる」
セシルは指先で机の上に一本の線を引くような仕草をした。
「だから、構成を組むのに時間がかかる。リリアみたいに前で抑えてくれる人がいないと、私は大火力を撃つ前に潰される」
「……なるほど。だからリリアを肉壁って言ったのか」
「言い方は最低だけど、役割としてはそう」
「だからって、勇者様を肉壁呼びするなよ……」
それを聞いていたリリアは手のひらをパンパンと叩いた。
「まぁまぁ、とりあえず夕飯が冷める前に食べちゃいましょうよ」
「まぁ、そうだな。ここで色々話しても埒が明かんか」
その提案を受け入れて返答した俺に続き、
「賛成」
「そうですね」
セシルもミナもそれに同調し、俺たちは夕飯を食べ始めることにしたのだった。
***
その後、宿に戻ったリリアたちは、自分たちの部屋で寛いでいた。
そんな中、俺はというと……。
「……これ作るのも久々だな……」
宿屋の簡素な厨房を借りて、糖蜜を煮ていた。
甘い匂いに釣られて、セシルが厨房に顔を出した。
「何作ってるの? カイル」
「カルメ焼き……まぁ、ビスケットみたいなもんだ」
俺は煮詰めて泡立った糖蜜に膨らし粉を入れた。
膨れ上がった糖蜜を一気にかき混ぜて、形を整える。
「……へぇ……どこでそんな料理を覚えたの?」
「どこでって……まぁ、旅の行商人から小さい頃教わって、見よう見まねで覚えたもんだよ」
流石に前世で覚えました、とも言えないため、俺は適当に返事をした。
少し冷ましてから、小鍋から剥がして、皿に移した。
「ふーん……」
そう言いながら、セシルは皿に移したカルメ焼きを手に取り、一口頬張った。
「……!! ……結構美味しいね、コレ……」
「……セシル……せめて、リリアたちの所にも持って行ってやんなさいよ……」
俺はセシルに言いながら、次のカルメ焼きを作り始めた。
ボリボリと食べながら、セシルは言う。
「カイルはさ、本当に戦士が見つかったら、あの村に帰っちゃうの?」
「……最初からそういう約束だろ? あ、もしかして、報奨金のこと、気にしてんのかぁ? 別に金貨五十枚も用意しなくていいぞ。適当に帰るだけの費用でも用意してくれりゃあ」
このパーティーの懐事情を見るに、金貨五十枚は厳しいことは分かっていた。
「……こうして気軽に話せる人って、珍しいんだよね。普通の冒険者なら、勇者のお供として活動した際に国から出る報奨金目当ての人が多いから」
セシルが何かを思い出したかのように目を伏せて話し始めた。
「……ん? なら、もしかして、今まで俺以外にもパーティーに誰かを受け入れたことがあったのか?」
「何度かはね。でも、みんな長くは続かなかったよ。数週間務めて、国から出る報奨金の銀貨数十枚を貰ったら抜けていったよ。割に合わないって」
セシルの目には、何かつまらないことを思い出しているかのような表情が見て取れた。
「……でも、セシルやミナはリリアを見捨てなかったんだな……他の人は割に合わないって言って抜けていくのにさ」
俺が何気なく言った言葉に、セシルは何か思い悩んだかのように考えたあと、口を開いた。
「カイルって本当に田舎者なんだね」
「何を急に!?」
セシルがいきなり俺のことを田舎者呼ばわりしてきたことに驚きながら反応すると、セシルはいつになく冷淡な口調で言ってのけた。
「私もミナも勇者みたいなもんなんだよ」
「……はい?」
唐突に暴露された事実に、俺は驚いた。
だが、セシルは淡々と説明を続けた。
「勇者も無敵じゃない。だから、勇者を中心に、魔導士と聖職者が一人ずつ選定される。前に立つ者、火力を出す者、傷を塞ぐ者。役割は違うけど、扱いとしては三人で一つの勇者。リリアが勇者である限り、私とミナもそこから外れることはない」
「……な、なるほど……思ったより大変そうなんだな……」
勇者として選ばれたリリアの他にも、さらにリリアのお付きも決められて、役目を終えるまで辞めることができない仕事か……。
俺はようやく勇者のことを少し理解できてきた。
「だから、カイルにはできれば、この先も一緒についてきてほしいんだ。それも嫌々ではなく……」
強制力を強いるような言葉とは裏腹に、セシルの瞳には、何か俺に懇願するような想いが滲み出ていた。
「……分かった分かった……じゃあ、次探す相手は、勇者様御一行に金ではなく心酔してついてきてくれそうな戦士が見つかるまで。ってことでいいか? 過去に何があったかは知らんが、たぶん野良の冒険者を信じられない感じなんだろ。で、そんな時に、話しやすい。ご飯も作ってくれる。身体も張ってくれる俺を見つけて、丁度いいのが見つかった! こんなとこだろ?」
俺は今、自分に理解できた範囲のことをセシルに話した。
それを聞いたセシルは気まずそうにしながら言う。
「有体に言えばそうなるかもしれないけど……別に、カイルを都合のいい駒扱いするつもりはないんだけど……」
セシルもうまく説明できない様子で、モジモジとしていた。
そんな様子を見ながら、俺はできたカルメ焼きの山をセシルに渡す。
「ま、別に俺は逃げも隠れもしないから、安心しなよ。それよりも、できたてほやほやのお手製菓子をリリアたちにも食べさせてやんな。これ、時間が経つと食感が微妙なんだ」
「……うん……ありがとう」
セシルはそう言うとカルメ焼きを受け取り、パタパタと二階の自分たちの部屋に駆け上がっていくのだった。
俺は、その様子を見つめながら……。
「適性ジョブとか、どうでもよくて、要は信頼できる仲間が欲しい。そんなとこかね……」
過去のいざこざは容易に想像がついた。
黒猪と同格の獣、もしくはモンスターに苦戦した様子を見た野良の冒険者に何か言われたんだろう。
勇者とは、その程度か! のような、罵倒に近いものを。
だから、彼女らは三人パーティーだったのか。
そこへ丁度いいところに、話しやすい俺が現れたと……。
……俺はそんな彼女らの過去に察しがつくとともに、村長やザックに申し訳が立たなくなっていた。
……村長、ザック……ごめん。マジで数ヶ月は村に帰れないかも……。
だが、セシルから勇者事情を聞いてしまった以上、彼女らを見捨てる気にもなれなかった。




