第11話:薪割りと魔核と勇者
翌日の朝。
俺はいつものように目覚めると、一人、宿の外に出で背伸びをしていた。
「ふぁぁぁ……いい朝だなぁ……」
朝の冷気が、眠気を飛ばすのにはちょうど良かった。
そんなときだった。
宿屋の裏庭から、
――ドスンッ!
という音が鳴り響いたのは。
俺は、その音がするほうに足を運んだ。
「ん? 朝が早いね、兄ちゃん」
そこにいたのは宿屋の主人で、薪小屋の前で斧を振るい、玉切りにされた丸太を割っているところだった。
近くには、買い付けたであろう薪材が積み上げられている。
「農民なもんで、どうしても自然と起きちゃうんですよね」
「お、そうなのか」
宿屋の主人は返事をしながら、額に汗を流しつつ薪を割っていた。
「手伝いましょうか?」
俺はこのままリリアたちが起きるのを待つのも暇なため、店主に手伝いを申し出るのだった。
「……いいのか? そんなに報酬出せないぞ?」
「いいんですよぉ。それに、身体動かさないとなまっちゃいそうで」
俺がそう言うと、店主は嬉しそうに俺へ斧を渡してきた。
「悪いね、兄ちゃん。それなら頼むとするよ。適当な数を割ったら教えてくれ。俺は中で宿の帳簿つけてるから」
「わかりました~」
俺はそう言い、斧を握りしめて、薪材に向かって斧を振り下ろした。
***
――ドスンッ!
振り下ろした斧と共に、用意されていた薪材を全て割った俺は、ふと朝日を眺めるのだった。
「……小一時間くらいは時間潰せたかな」
俺は中に入り、店主に話しかけた。
「おやっさん、薪割り終わりました」
「お? ありがとよ、兄ちゃん、助かったよ! それで、何本の薪を割ってくれたんだ?」
店主は俺に問いかけてきた。
「あ、やべ。数えてなかった」
俺は素直に答えた。
店主はふっと笑うと、
「しかたねぇなぁ……どれ、何本できたか確認してやるよ。支払いは割ってくれた薪三本くらいで銅貨一枚でいいか?」
「はい! 全く問題ありませんっ!」
俺はそう答えて、店主と共に裏庭に回った。
裏庭に着いた店主は、周辺に目を向けた。
「……ん? 兄ちゃん、割る前の薪材はもしかして、仕舞ってくれたのか?」
「いえ、そんなに量はなかったんで、全部割って、薪小屋にしまっておきましたよ」
俺がそう答えると、店主は驚いた顔をしながら薪小屋の扉を開けた。
そこには俺が丁寧に積み上げておいた薪が、きっちりと並んでいた。
「……まじかぁ……あの量の薪材をこの短時間で全部割っちまったのかぁ……」
「俺の村だと、薪割りなんか子供が小遣い欲しさにやる仕事なもんで、俺も昔はよく割ってたんですよぉ」
俺は事実をそのまま述べたが、店主は驚きとバツの悪そうな顔をした。
一瞬何事かと思ったが、店主は申し訳なさそうに、大銅貨四枚を俺に差し出してきた。
「こんだけやってくれたのに、銀貨で払えないのが申し訳ないが、手持ちがねぇんだ……そうだっ! 兄ちゃん、汗かいちまったろ? 朝風呂入ってさっぱりしていってくれ。金は取らねぇよ。あと……よし……これを隣の飯屋の店主に渡してくれ」
「えー……いいんですか? じゃあ、ありがたく……」
俺はそう言いながら、大銅貨と店主が書いた紙を受け取った。
その紙には、要約すると『この兄ちゃんたちの朝食代は宿屋の店主につけておいてくれ』と手書きされていた。
思わぬ収入と朝風呂の権利を手に入れた俺は、リリアたちが起きるまでの間、朝風呂を楽しませてもらうことにしたのだった。
***
「ふぅー、さっぱりした」
俺は朝風呂を楽しんだあと、服に着替えていた。
その服は店主の奥さんが『クリーンアップ』をかけてくれたようで、嫌な臭いひとつしない。
上機嫌に水を飲んでいると、二階からリリアたちが降りてきた。
「ふぁぁぁ……おはようございます。カイルさん」
「おはよー、カイル」
リリアとセシルは、まだ少し眠そうにしながら降りてくるが、
「む……? カイルさん、朝からもしかしてお風呂に……? 朝風呂って確か有料ですよね……?」
ミナはめざとく俺の変化に気付いた。
「おう、朝早く起きちまって暇だったから、薪割りの仕事させてもらったんだ。その報酬が、朝風呂と大銅貨四枚と……これよっ!」
俺は自慢げに、朝食代のつけについて書かれた紙を見せつけた。
ミナはそれを確認し、頭を抱えた。
「………どんだけ割ってきたんですか、この短時間に……」
「ん? 三十秒に一本だから……」
俺が計算しようと考え出すと、ミナがすかさず制止してきた。
「いや、そのスピードは普通じゃないんで……」
ミナが呆れているのか感心しているのか分からない顔をしている横で、リリアとセシルは目を輝かせて聞いてきた。
「その朝食無料って、私たちも入ってますか!?」
「どうなの、カイルッ!?」
流石、食べ盛りの二人である。
素晴らしい食欲だ……。
「兄ちゃん『たち』って入ってるから、これは四人全員無料っぽいな」
その言葉に、リリアとセシルは上機嫌になるのだった。
そのまま、俺たちは宿屋をチェックアウトし、店主から紹介された飯屋で朝飯をいただいた。
リリアとセシルに至っては、
「「大盛りでっ!!」」
真剣な眼差しで注文するのだった。
出てきた朝食は、厚切りの黒パンが二切れと、豆と野菜の入った温かいスープ。それに、塩漬け肉を軽く焼いたものと、ゆで卵が一つ。
リリアとセシルには、厚切りの黒パンが一切れ多く盛られていた。
「街の食事って、結構この塩漬け肉が多いよなぁ」
俺は思ったことを口にした。
リリアはその言葉を聞くと、ため息をつきながら答える。
「普通はどこもこんなもんですよ。カイルさんの村みたいに、食材が売るほどあるっ! っていうところのほうが稀です」
「実際、新鮮な肉とかはなかなか食べられないよ、カイル」
セシルも何かを悟ったように言ってくる。
どうやら、二人とも食には苦労しているようだ。
「まぁ、俺の村はしょっちゅう猪が出るからなぁ……あいつら一頭だけで結構な肉が手に入るしなぁ」
ブラックボア――俺が以前に投擲一撃で倒している、全長三メートルくらいの猪。
俺はあの肉を思い出していた。
だが、その言葉を聞くと、リリアは呆れたような顔で俺を見てきた。
「いや……あんなのがしょっちゅう出る時点で、普通は住めないですからね……だいたい、ぶ厚いブラックボアの皮とかどうやって捌いてたんですか……?」
「鉈で、ずばっと」
俺は解体作業に使っていた道具を思い出して答えた。
リリアはますます頭を抱える。
「ずばっとって……私の剣で薄傷しか付けられないのに、なんで鉈で切れるんですか、本当に……」
「そりゃあ、リリアの細腕と俺の腕を比較されたら、そーなるわなぁ」
俺が笑いながら答えると、リリアはついに理解をやめたというような神妙な顔になった。
「……そうですね……そうかもしれませんね……ところで、モンスターの魔核はどうしてたんですか? 心臓付近についてる石みたいなやつなんですけど」
「ん? あれって胆石かなんかじゃないのか? いつも処理は村のみんなに任せてたしなぁ。俺は行商との交渉役はあんましてなかったし、そもそも魔核って何だ……?」
俺は初めて聞いた単語に驚きながら質問した。
すると、セシルが何やら楽しそうに答えてきた。
「私が教えてあげるよ、カイル。いい? 魔核っていうのはね……」
セシルが楽しそうに説明したことをまとめると、どうやら魔核は動力資源のようなものらしい。
薪や炭は今でも使われているが、街では魔核に蓄えられたエネルギーを使って、照明や厨房の魔道具を動かしているのだとか。
また、Bランク以上のモンスターにしか発生しない代物のようで、売ると結構な額になるらしい。
「でも、だいたいの場合は魔法で吹き飛ばしちゃったり、そもそも倒してもその場で解体できなかったりするから、なかなか手に入らないんだけどねぇ……だから、鉈で解体できる時点で大概なんだよ、カイル……」
そう言いながら、セシルも呆れたような口調で俺を見るのだった。
……あれ? もしかして、俺の村って結構異常なんだろうか……?
そう思いながらも、それを俺が口にすることはなかった。
***
朝食を食べ終えた俺たちは、そのまま護衛依頼のため、トルカの街の門前まで足を進めていた。
門前では、行商人と荷馬車が既に待っており、俺たちの到着を今か今かと待っていたのだった。
そんな中、リリアはつかつかと行商人の前に歩みを進めた。
「お待たせしました。ギルドから紹介を受けました、勇者リリアです。どうぞお見知りおきを」
そう言い、右手を差し出した。
勇者と聞いた行商人は目を見開くと、リリアの右手をしっかりと両手で包み込んだ。
「こ、これはこれは……ギルドから腕の立つ人材を派遣してくださると伺っておりましたが、まさか勇者様御一行がこのような通常任務を受けてくださるとは……」
リリアはその言葉を聞きながら、普段の明るい態度とは打って変わった態度で聞き流している様子だった。
「問題ありません。王国のほうには、ギルドから要請が出されております。さて、悠長に話している暇もありませんし、目的地に向かうとしましょう」
「さ、左様でございましたか……では、どうぞこちらへ……」
行商人は後ろの荷馬車に回り、入口に垂れていた幌布をめくった。
どうやら、問題が起きるまではここで座っていろ、ということなのだろう。
俺たちは案内されるがままに、荷馬車の中へと入っていった。
行商人は俺たちが全員入ったことを確認すると、馬に鞭を打ち、ゆっくりと荷馬車を進めるのだった。
荷馬車の中で座りながら、俺はリリアに話しかけていた。
「なんか、リリアって俺と話してるときと、ギルド関係の人と話してるときの態度が違うのは気のせいか?」
なんとなく感じたことを口にした。
それを指摘されたリリアは、なんと答えたらいいものか、というような顔で口を開いた。
「気のせいではないね……うーん……何て言えばいいのか……」
リリアが答えに困っていると、横からミナが答えた。
「……ギルド関係の仕事になると、我々の仕事ぶりも王国に報告されるときがあるんですよ。だから、普段カイルさんが見ているリリアの態度と、仕事モード中のリリアはちょっと別なんですよ」
「……なるほど……まぁ、勇者様だもんな。人々の希望である勇者様が、実はのほほんとした女の子でした、なんてことになったら、それこそ騒ぎになりかねないか……」
俺は納得して、ウンウンと頷いた。
やはり勇者も楽ではないようだ。
だが、言われたリリアはなぜか落ち着かない顔で、
「……希望ですか……そうですね。そうだといいですね……」
そのリリアの言葉に、荷馬車の中の空気は少し重いものになっていた。
……以前に言っていた、四魔将の一人でも討ち取れれば大金星という言葉。
あれには相当重い覚悟が満ちていたようだ。
勇者が、その代で魔王ではなく幹部一人討ち取れれば良いというこの世界。
俺が想像していた明るい勇者がいる世界ではなく、魔王と人類圏の壮絶な生存権争いが起きている世界なのではないだろうか……。
……そんな重い責任を、こんな女の子三人に背負わせる世界も、どうかしている。
俺はこの時、初めてこの世界の成り立ちに違和感を覚え始めていた。




