第12話:勇者の本気と代償
荷馬車に揺られること、数時間が経過したころだった。
俺は、棍棒を抱えながら荷馬車から見える景色をぼーっと眺めていた。
見渡す限りの草原と、木々が茂る世界。
前世の記憶は、まさにコンクリートジャングルばかりで、こんな世界に来るとは思ってもみなかった。
「何か目ぼしいモノでも見つかりましたか?」
ふいにリリアが話しかけてきた。
俺はフッと笑いながら、
「……いや、何にも。ただ、こういう長閑な風景はいいなぁって……」
俺は思っていたことを口にした。
「カイルさんの村もこうした草木に覆われた地域でしたからね」
「俺には街でバタバタ働くより、農作業してるほうが、もしかしたら性に合うかもしれん」
転生後の身体は疲れにくく、少し寝るだけで全回復できる。
若い身体だから、というのもあるんだろうが、前世の俺からしたら、これがどれだけ羨ましいことか……ただ、こんな身体なのも、恐らくこの世界ならではの人類の適応した先の進化なのかもしれない。
「しかし、ホーンディアを警戒しての護衛任務の割に、こんなに長閑でいいんかねぇ? こんなんでお金貰っていいんかね?」
だが、その言葉に前の席で馬を操っていた行商人が口を開いた。
「勇者様のお連れ様……ホーンディアになんか遭遇した日にゃぁ、そりゃ生きるか死ぬかの瀬戸際になりますよ……いくら勇者様と言えど、下手すれば死にかねませんって……」
ホーンディア……端的に言えば、獰猛でデカい鹿なのだが、一般市民からすると脅威の対象となるようだ。
……いや、俺も農民で一般市民なんだけどな……。
「なるほど……遭遇しないに越したことはないと……ちなみにブラックボアとホーンディアってどっちが強いの?」
俺は率直な疑問を投げかけた。
その問いに対して、リリアが頭を悩ませていた。
「うーん……ブラックボアの恐ろしさは、頭から胴体にかけての頑丈な皮膚を生かした突進攻撃なんですよね……で、ホーンディアは長い脚を生かした機動力で翻弄してきたかと思えば、急に角によるかちあげ攻撃が怖くて……ランク的には同格ではあるんですが……」
「つまり、どっちも強いと?」
どっちつかずな意見に、俺は端的に今受けた説明の感想を述べた。
「はいっ!」
俺は肩を落としそうになるのを堪えながら、
「……まぁ、もし遭遇することになったら、俺とリリアで前衛だな……」
「頑張りましょう……」
リリアは嫌そうな顔をしながら、右手を上げるのだった。
「ちなみに次の街まであと、どれくらいで着くんだ?」
俺は次の街までの時間をリリアに聞いた。
これがもし、あと三日続きます。と言われたら、座る尻が痛くて敵わない。
「次の街はベルクスで、このまま何もなければお昼過ぎには着くんじゃないでしょうか?」
リリアが思い浮かべたような顔で算出した答えに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「そいつは良かったわ。なら、次の街着いたら、何食うか考えておこうか。ちょうど今朝稼いだ大銅貨四枚あるし、路銀が減る心配もないな」
「いえ……それはカイルさんが稼いだお金なので、カイルさんのために使ってくださいよ」
……なるほど、俺が単独で稼いだ金は勇者パーティーの共有財産ではなく、俺個人の財産にしておけ。ということか。
そう思った矢先、セシルが何やらニヤニヤした顔で俺に言ってきた。
「ただ、そのお金を女の子のために使いたいというなら、止めないよ、カイル」
「やめなよ、セシル……それは流石にいくらカイルさんがパーティーのお母さんといえど、困っちゃうでしょ」
セシルの際どい発言を、ミナが制止しようと割って入る。
「……んま、確かにリリアの言い分はごもっともだな。これは俺が自由に使わせてもらうよ」
「ちっ……」
セシルは残念そうに舌打ちした。
「はい、そうしてください。それがカイルさんのためですし」
「ってわけで、ベルクスに着いたら、これでみんなで昼食食べようぜ」
リリアが同調する中、俺はあえて、リリアの意向を無視する形で提案した。
「えぇ……そんなことしていいんですか?」
リリアが困惑の表情を浮かべるが、俺は、
「いいのいいの。飯はみんなで食べたほうが旨いし、活動支援金だって無限に貰えるもんでもないんだろ? それなら、節約できるところは節約したほうがいいに決まってるしな」
ニヤっと笑いながら答えた。
それを見たリリアたちは、
「……カイルさん……本当に良い人ですね」
「カイル、さすがお人好し」
「……お母さん」
三人は同じように感心していたようだが……。
「だから、俺をお母さんと呼ぶなと、何度言えばわかるんだ……ミナ……」
「あ……すいません、つい」
ミナの俺に対する評価である「お母さん」に頭を悩ませつつ、荷馬車の中で他愛ない雑談をしながら、時間を潰していたのだった。
***
それからしばらく経ってのことだった。
突然、荷馬車が前進を止めた。
リリアは、行商人に声をかけた。
「どうかされましたか?」
「勇者様……道を……ベルクスに続く道をホーンディアが塞いでおります……」
俺も窓から確認すると、全長三メートルくらいの身体と立派な角を持った鹿が三体で道を塞いでいた。
「……わかりました。排除します」
リリアはそう言い、剣を手に立ち上がった。
だが、その剣を握る手がかすかに震えているのを俺は見過ごせなかった。
「俺も手伝うよ」
俺はそう言いながら、棍棒を手に立ち上がった。
リリアはこちらを見て、微笑み、
「ありがとうございます」
そう静かに告げるのだった。
荷馬車の幌布をめくり、外に出たときには、セシルとミナも同様に降りてきた。
セシルは前方の三体を眺めながら呟いた。
「私は真ん中の奴をやる。リリアは左のを。残った右は最後に仕留めるよ」
そう指差しながら、セシルの周囲には魔素が張り巡らされていく。
「でもよ、ブラックボア一体に苦戦してたのに、同格のホーンディア三体やるって結構厳しくないか? とりあえず、俺が突撃して場をかき乱すから、その隙にってのはどうだ?」
最初に出会った頃の苦戦具合と悲鳴を思い出した俺は思わず提案してしまったが、その言葉にリリアは苦笑いしながら答えた。
「大丈夫です。今までは私が動けなくなるとセシルとミナが危なかったので使えないスキルがあったんですが、今はカイルさんがいます」
リリアはそう言うと、前方の一体に目標を絞ったようだ。
「……ん? 待って、それってもしかして……!?」
俺は、リリアが口にした「私が動けなくなる」という言葉に嫌な予感を覚え、咄嗟に止めようとした。
だが――。
「行きますっ!!」
俺の制止を振り切るように、剣を構えたリリアは一瞬だけ姿勢を低くした。
次の瞬間、踏み込んだ足元に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
土が爆ぜ、砂埃が壁のように舞い上がった。
その砂煙を置き去りにするように、リリアは一気にホーンディアとの距離を詰めていく。
――速いっ!
これが、ブラックボアに苦戦していたリリアなのか?
そう思った直後、リリアの剣から白金色の魔力が迸った。
一瞬で距離を詰められたホーンディアは、逃げることもできず、決死の形相で巨大な角を突き出す。
だが、その角がリリアに届くより早く、剣にまとわりついた光が巨大な刃の形を取った。
リリアは、その光の剣を一気に振り抜く。
次の瞬間、ホーンディアの角ごと、胴体が叩き斬られていた。
俺は、その一瞬の出来事に息を呑む。
「……これが、勇者ってやつかよ……!」
「カイルッ! ぼーっとしないでっ!」
セシルの叫びが、俺の意識を現実へ引き戻した。
こんな圧倒的な一撃を見せられたあとで、一体何を警戒しろというのか。
そう思った矢先、遠く離れたリリアが大地に膝をつくのが見えた。
肩で息をし、剣を支えにしなければ立っていられないほど、消耗している。
『私が動けなくなる』ってのは、そういう意味か!?
一撃がでかい代わりに、身体の自由が利かなくなる技なのか!
そう理解した瞬間、俺の身体は自然とリリアのいるほうへ駆け出していた。
残ったホーンディア二体が、膝をついたリリアへ狙いを定める。
俺はさらに足に力を込め、強く大地を蹴った。
――間に合えっ!
棍棒を握り込んだ、その瞬間だった。
一本の巨大な火の槍が、俺の横を高速で通過した。
火槍はリリアへ迫っていたホーンディアの一体を貫き、その巨体を炎に包み込む。
確認するまでもない。
セシルの魔法だ。
最後の一体となったホーンディアが、仲間を失った怒りに駆られたのか、低く首を下げて俺へ突進してくる。
俺は足を踏み締め、全体重を棍棒へ乗せるように腰を捻った。
「――らぁぁぁぁっ!!!」
全力で棍棒を振り抜く。
ホーンディアの角が砕け、そのまま頭部へ棍棒がめり込む。
絶命の声すら上げられず、巨体は勢いを失ったまま地面へ崩れ落ちた。
「リリアっ!」
俺はホーンディアが完全に動かなくなったのを確認するより早く、膝をついたリリアのもとへ駆け寄った。
リリアは剣を地面に突き立て、どうにか身体を支えている。
顔色は悪く、呼吸も浅い。
「……どうですか、カイルさん……これが勇者の本当の力ってやつです……」
ぜぇぜぇと息をしながら、リリアは俺に向かって指でVサインを作ってみせた。
「確かにあの一撃には驚いたけど、せめて先に説明してくれよ」
俺がそう言うと、ミナが慌ててリリアのそばにしゃがみ込み、治癒のための魔力を込め始めた。
セシルも肩で息をしながら、俺の隣まで歩いてくる。
「だから言ったでしょ。今はカイルがいるって」
「……どんだけ俺、信用されてんだよ……」
そうぼやきながら、俺はさっきリリアが斬り伏せたホーンディアの残骸へ目を向けた。
確かに凄まじい一撃だった。
だが、その代償に前衛が動けなくなる。
今まで使えなかったという意味が、ようやく分かった。
「……ったく……リリア」
俺が声をかけると、リリアは苦しそうに顔を上げた。
「次からは、撃つ前にちゃんと言え。もし俺が間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ……」
「……カイルさんなら、きっと全力で割って入ってくれるって自信がありましたので」
苦しそうにしながらも、リリアはニヤリと笑った。
そんな顔を見て、俺は小さく息を吐く。
「……そりゃそうさ。でも、お前に何かあってからじゃ遅いんだからな。女の子なんだから、もうちょっと身体を大事にしろ」
「……お父さん」
「やめぃ」
そう言うと、リリアはいつも通り、楽しそうに笑ったのだった。




