第13話:農民ですが、鹿の素材も売れますか?
ホーンディア三体を討伐したあと、まず俺たちがやるべきことは、勝利の余韻に浸ることではなかった。
リリアの介抱。
馬車の安全確認。
行商人の無事確認。
そして――。
「さて、と……こいつら、早めに処理しないとな」
俺は倒れたホーンディアの巨体を見下ろしながら呟いた。
全長三メートルほどもある巨大な鹿が三体。
一体はリリアの光の剣で、角ごと胴体を叩き斬られている。
一体はセシルの火槍に貫かれ、半ば焼け焦げていた。
最後の一体は、俺が棍棒で頭を叩き潰したせいで、見事に頭部が原形を留めていない。
……うん。
素材としての状態で言えば、かなりバラつきがあるな。
「カイルさん……処理って……?」
ミナに治癒を受けながら、リリアが青白い顔でこちらを見上げてきた。
「解体だよ、解体。放っておいたら肉も皮も悪くなるだろ」
「……今、さっきまで私たちを殺そうとしていたモンスターを、肉と皮の心配で見ています?」
「大丈夫だ。こいつらはただのデカい鹿だと思え」
俺がそう答えると、リリアは何とも言えない顔になった。
「……ただのデカい鹿……」
リリアは何か思うところがあるようで、倒したホーンディアをぼーっと眺めていた。
セシルは焼け焦げたホーンディアを見ながら、少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「……ちなみに、私が焼いたやつは?」
「皮は厳しそうだな。肉も表面は焦げてるが、削れば中は使えるんじゃないか?」
「よかった。全部台無しにしたかと思った」
「何言ってんだ。お前のおかげでリリアが助かったんだ。もっと胸を張れよ」
そう言うと、セシルは少しだけ驚いた顔をしたが、
「そうだね。ありがとう」
フッと微笑むのだった。
俺は荷馬車の運転席で茫然としている行商人に声をかけた。
「もう終わったんで安心してください」
「……あっ! はいっ!! いやはや、驚きました……。さすが勇者様御一行……普通の冒険者パーティーならもっと苦戦……というか全滅必至の状況だというのに……」
……ふむ。
どうやら冒険者パーティーの格も、随分と上から下まで差があるようだ。
俺はそんなことを思いながら、行商人に聞いた。
「すいません。斧か鉈ってありますか? 解体しちゃいたいんですけど」
「……え……? お、斧ならありますけど……ただ、モンスター解体用の巨大斧じゃないので……」
「なら、その普通の斧を貸していただけますか?」
行商人はそれを聞き、驚きに目を丸くしながらも、荷台から薪を割るための手斧を一つ貸し出してくれた。
「ど、どうぞ……」
差し出された斧を受け取り、俺はゆっくりと肩を回しながらホーンディアの死骸に近づいた。
「さて、腕が鳴るなぁ」
俺はホーンディアの死骸の真横に立つと、大きく斧を振りかぶった。
――バスンッ!!
振り下ろした斧がホーンディアの外皮を破り、厚い皮に深々と切れ込みを入れた。
その切れ目に手を突っ込み、俺は一気に皮を剥いでいく。
その様子を見た行商人が、リリアたちに声をかけたようだった。
「あ……あの、もしかしてお連れ様ってAAAランクの戦士様でしょうか……?」
「いえ、カイルさんはただの農民ですよ」
行商人の問いかけに対して、リリアはさらっと答えた。
「農民の方ですか!? でも、あんな怪力の農民の方なんて見たこともないですよっ!?」
「……大丈夫。私たちもカイルみたいな農民なんか見たことないから……」
驚愕する行商人をよそに、セシルが淡々と答え、ミナが呆れたような声を出した。
「でも、カイルさんのラウム村だと、あれくらい普通らしいのが本当に脅威というか、なんというか……」
「……ラウム村……ですか? 私も長らく行商人をしておりますが、そのような名の村は聞いたこともありません……」
どうやら、俺の村は余程の辺境に位置する農村のようだ。
村長……これって新しい商家との取引ルート探すの一苦労なんじゃ……。
そんなことを思いながら、俺はホーンディアを解体していった。
それからおよそ小一時間が経過したときだった。
どうにか三体とも解体が終わり、俺は使えそうな革と角と肉を分けていた。
「ふぅ……行商人さん、この場で買い取れるものって何があります?」
「……まさか、この短時間にお一人で解体を済ませるなんて……。そうですね……魔核もお譲りいただけるのでしょうか……?」
そういえば、魔核なんてものがあったな。
Bランク以上のモンスターにのみ存在する、心臓付近にあるという石。
俺はそれを聞くと、心臓付近を開き、肉が張り付いたどす黒い石を見つけた。
おもむろにそれを掴み、肉から引き剥がす。
「これですか?」
「はい! そちらです!!」
行商人が鼻息を荒くしながら近づいてきた。
「……失礼します……。討伐直後の魔核……エネルギーが外に漏れ出ていない状態の魔核なんて、そうそうありませんよ……。一つ銀貨十枚でいかがでしょうか……?」
「銀貨十枚!?」
リリアが素っ頓狂な声を上げた。
「三体で合わせて銀貨三十枚か……肉や革や角はどうします?」
「そちらも買い取りたいのは山々なのですが、流石に荷馬車に積める量などを考えると……。一応、魔物除けの石も配置して、あとから取りに来ますが、誰かが持って行ってしまうことも考えますと……んー……魔核三個と、持ち帰れるだけの革と角。合計で銀貨四十五枚でどうでしょうか……?」
ふむ……まぁそんなもんだろう。
俺はそう考えながら答えた。
「五十枚で。あとからこいつらを持ち帰れる可能性のほうが高いだろ。魔物除けの石が配置されてるって、すぐに感知できるのか? できないなら、周りの獣が寄ってくる可能性を考えると、すぐにこの場を去るんじゃないか?」
少なくとも、ホーンディアより弱い獣が、自分より強い獣の死骸がある地点にわざわざ近づくとは思えない。
俺はその考えを口には出さず、行商人の反応を待った。
「うーん……そうですね……わかりました。五十枚で手を打ちましょう!!」
「よっしゃっ、取引成立だな!!」
俺はニヤリと笑い、交渉成立の合図とした。
握手くらいしたかったが、血まみれの手で握手されても困るだろうしな……。
そこへセシルが近づいてきた。
「……カイル……そんなに稼いだなら、今日のお昼ご飯と夕飯、豪華なのが食べたい」
「わーっ! セシル! 解体したのカイルさんなのに、そんなこと言って!!」
リリアがセシルを止めようとするが、俺はニヤッと笑い答えた。
「そうだなっ! よし、今日は奮発して良い肉食おうぜっ!」
「やったっ!」
セシルは喜び、その場で跳ねていた。
その様子を見て、リリアは頭を抱え、ミナは俺を見つめながら、
「流石おかあ――」
「お母さん禁止」
俺は予測できていた単語を、先回りで制限するのだった。
***
その後、一時間程度でベルクスまで着いた俺たちは、行商人に別れを告げた。
行商人は俺たちと別れてすぐ、他の行商人に話しかけている様子だった。
恐らく、俺たちが仕留めたホーンディアの残りの素材を持ってきてくれるよう、頼み込んでいるのだろう。しっかりしてるわ、ホント。
「何を見てるんですか、カイルさん」
俺が遠く離れた行商人を見ていることに気づいたリリアが、不意に話しかけてきた。
「……いんや、大したものじゃないよ。さぁ、さっさと行こうや。この場合は、ギルドに護衛任務達成を知らせに行くんだろ?」
「はいっ! じゃあ、すぐ行きましょう! 私、お腹減っちゃって」
リリアが微笑み、前を向いて歩き始めた。
その横で、セシルが何やら楽しそうに話しかけてくる。
「……もしかして、他の女の子見てたの? 私たちがいるのに?」
こいつ……その顔には、俺が次に何を言い出すのか楽しそうに想像している表情が浮かんでいた。
……さて、どう返したもんか。そんなわけないだろ、って返しても面白みがないしな……。
「……いや、俺は別に若い女性を見てたわけじゃない。むしろ、もっと若い子だ」
「……は?」
「そうっ! 俺が見てたのは、三歳くらいの子供だっ!」
「はぁっ!?」
セシルは思わず変な声をあげた。
どうやら、見当違いの言葉を聞かされて、頭がパニくっている様子だった。
俺はすかさず畳みかけた。
「農村にとっては子供は宝だからな……俺もゆくゆくは、ああいう子供を持てる親になりたい……最近、そう思うんだ」
「……な、なる……ほど……?」
セシルは額と目元を押さえながら、天を仰ぎ、そのまま立ちすくんでしまった。
「どうした? 置いてくぞ?」
「置いてくな……ったく……カイルが変なこと言うから、思考が完全に止まった……」
大きく溜息をつき、俺を睨むセシル。
だが、俺はセシルの顔を見ながらニヤッと笑った。
「たまにはいいだろ。普段は俺がやり込められてんだからさ。意趣返しってやつよ」
「……もぉ……意地悪っ!」
セシルはふくれ面になると、早足で俺を追い抜いていった。
そんなやり取りを横で見ていたミナが、俺をじっと見つめていることに気づいた。
「どうした? ミナ。なんか気になることでもあったか?」
「い、いえ……ただ、あのセシルをああも簡単にあしらっている姿を見ていると……その……カイルさんが、たまに凄く年上の方に見えるというか……なんというか……」
……確かに前世から数えると、もう精神年齢はとっくに四十を過ぎているんだが……。
「……まぁ、あれよ……人生経験の差ってやつよ……」
「……まさかカイルさん……ラウム村では……」
ミナはごくりと唾を飲み、真剣な表情で俺をじっと見た。
……いや、この子もなんか変なこと考えてないか……?
「……ミナくん……教わらなかったのかね? 人には多少、秘密があったほうが、より魅力的に映るんだよ……」
俺は話題を逸らすために、適当に思いついたことを言ってみたが……。
「……まさか……カイルさん……その歳で隠し子とか……」
「いねぇわっ!! いたらいたで隠し子にするかっ! 可哀想でしょ!」
ミナの一言で話が別の方向に逸れてしまったため、俺は慌てて軌道修正した。
そんな焦る俺の顔を見て、ミナはクスクスと楽しげに笑うのだった。
……ほんと、俺を見ては、よく笑う子らだよ……まったく……。
俺はそう思いながらも、不思議と嫌な気持ちにはならず、ギルドを目指して歩く三人の後ろを、軽い足取りでついていくのだった。




