第14話:王都と勇者と革鎧
ベルクスのギルドは、俺が想像していたよりもずっと大きな建物だった。
石造りの壁に、厚い木の扉。
中へ入ると、受付の前には武器を背負った冒険者たちが何人も並んでおり、酒場らしき併設スペースからは、昼間だというのに賑やかな声が聞こえてくる。
……なるほど。
ここが、この街の冒険者たちの拠点ってわけか。
「まずは護衛任務の報告ですね」
リリアがそう言って受付へ向かう。
俺も一緒についていこうとしたが、自分の手を見て足を止めた。
ミナに『クリーンアップ』の魔法はかけてもらったが、それでもホーンディアを解体したせいで、まだ手に血と脂の匂いが残っている。
「悪い。俺、ちょっと手を洗ってくるから、報告済ませておいてくれ」
「あ、はい。わかりました」
報告はリリアたちに任せ、俺はギルド職員に洗面所の場所を聞いて奥へ向かった。
水道水で手を洗い、爪の間に挟まった汚れを落としていると――。
「……え!? 王都からですか!?」
リリアの驚いた声が、受付のほうから響いてきた。
何事かと思い、俺は手早く水気を拭って受付へ戻る。
そこには、緊張で表情を強張らせた三人が立っていた。
三人の視線の先では、一枚の封書を手にした受付嬢が、淡々と説明を続けている。
「……はい。ベルクスの街に立ち寄った勇者様がいらっしゃれば、この任務を依頼するよう、王都より仰せつかっております」
仰々しい口調を一切崩すことなく、受付嬢は封書を開いた。
俺が横からちらりと覗くと、そこには何やら洞窟の場所らしきものが記されていた。
「危機レベルと規模については、明日、支部長よりご説明させていただきます。本日はこちらで用意した宿でお休みください」
その口調からは、一切の拒絶を許さないという意思が滲んでいた。
……王都の指示ってのは、勇者の格よりも上なのか?
それに、立ち寄った勇者がいれば、って……まるで勇者はリリアたちだけじゃないみたいな言い分だな……。
俺はそんなことを思いながら、リリアの顔を覗き込んだ。
リリアは何か嫌なことを想像しているように、口元をきゅっと結んでいた。
***
俺たちは受付嬢から一枚の案内状と、護衛任務の報酬である銀貨四枚を受け取ると、足早にその場を後にした。
暗い雰囲気をまとった三人をどうにか元気づけようと、俺は努めて明るく声をかける。
「……まぁ、何があったかはわからんが、まずは腹に何か入れようか。腹も膨れれば、少しは明るく考えられるだろ?」
「……いえ、まずはカイルさんの防具が優先です……」
リリアは俺の提案に首を横に振り、真っ先に俺の防具を買おうと言い出した。
その顔は、何かを決意したように固く、とても断れる雰囲気ではなかった。
そのまま街の案内板を確認し、防具屋を目指してつかつかと前を歩くリリア。
俺たちは、黙ってその背中についていく。
……重い。
さっきまで飯の話で目を輝かせていた子と同一人物とは思えないほど、リリアの背中から妙な緊張感が漂っていた。
俺はその沈黙に耐えきれず、隣を歩いていたミナに声をかけた。
「……なぁ、王都からの依頼って、そんなに重いのか? 嫌なら断ることってできないのか?」
そう尋ねると、ミナは表情を曇らせたまま、小さく首を横に振った。
「……まず断れません……勇者の義務のようなものです。それに、危険もついて回ります」
なるほど。
だから、あれほど空気が一気に重くなったわけか……。
「具体的には、何をすることが多いんだ?」
俺は思い切って、前を歩くリリアに聞いてみることにした。
リリアは足を止めることなく、少しだけ迷うように視線を伏せる。
「そうですね……近隣の通常の冒険者では手に負えない案件が多いですね……」
「なるほど……」
俺は改めて三人を見回した。
「ど、どうされました……?」
リリアが不安そうにこちらを振り返る。
「ま、本当に危ない時は、俺がお前ら三人を担いで逃げてやるから安心しろよ」
俺は三人の華奢な身体を見ながら、軽く肩をすくめた。
三人くらいなら、担いで逃げるくらいどうとでもなるだろう。
「そ、そんな無茶な……モンスターに追われている状態で、私たち三人を担いで逃げ切るだなんて……」
「なんとかなるって……ほら、見よ。畑仕事でついた俺の筋肉をっ!」
俺はそう言って、力こぶを作ってみせた。
これで少しでも、彼女たちの不安が和らげばいいんだが……。
「……でも、勇者が敵前逃亡なんて……王都に何を言われるか……」
リリアは不安そうに唇を結んだ。
「そんときゃあ、連れてきた農民が勝手に判断して、三人を抱えて逃げ出したとでも言えばいいさ」
俺は笑ってそう返した。
「勇者の判断じゃない。俺の独断だ。文句があるなら、俺に言えってな」
リリアはようやく、ふっと小さく微笑んだ。
張り詰めていた肩から、少しだけ力が抜けたように見える。
「カイルさん……」
その様子をじっと見ていたセシルが、リリアの肩に腕を回した。
「リリアは色々考えすぎ。悪いことばっかり考えたって、事態は好転しないよ? それに、今はカイルもいるんだし、もっと気楽に考えよ?」
セシルはそう言いながら、リリアの頬を人差し指でぐりぐりとつつく。
「ちょ、セシル……!」
ミナもリリアの隣に並び、穏やかに微笑みかけた。
「そうですよ。きっと大丈夫です。ブラックボアもホーンディアも一撃で倒してしまうような人が、今の私たちにはついているんですから」
「セシル……ミナ……うん、そうだね……!」
なんとか明るい表情を取り戻したリリアを見ながら、俺は胸の奥に小さな不安を覚えていた。
……これは、この子らのためにも、カッコ悪いところは見せられなくなっちゃったなぁ……。
三人から向けられる期待の視線をどうにか受け止めながら、俺はそんなことを考えていた。
***
防具屋の扉を開けるなり、リリアは店主へ勢いよく詰め寄った。
「あのっ! すみません、この人にこの店で一番良い鎧をください!!」
「……っ!! 任せておけっ!! ちょうど質の良い黒鉄の全身鎧が入荷したところなんだ!! 金貨五枚でどうだ!?」
店主はリリアの要望を聞くや否や、瞳を輝かせて、カウンターの奥に飾られた豪華な黒鉄の鎧を指差した。
俺は慌てて、二人の間に割って入る。
「やめろやめろっ! 俺は普通の革鎧とかでいいよっ! 第一、金貨五枚とか、そんな大金どこにあるんだ!?」
止められたリリアは、口先を尖らせる。
「それは……そこにいるセシルを売ります」
「おいこら、ポンコツ勇者」
セシルが間髪入れずにツッコミを入れた。
睨み合う二人を横目に、俺は店主へ向き直る。
「すみませんね、連れが騒いじゃって……それで、革鎧って置いてます?」
「あるにはあるが、一応、兄ちゃんの予算は?」
店主は訝しげに俺を眺めた。
最初に大口を叩いたくせに、金貨五枚はないと言ったのだから、当然の反応だ。
「俺、今まで農民してたから、鎧の相場とかわかんないんだよね……」
そう言いながら店内を見渡していると、一着の革鎧が目に留まった。
価格表には、銀貨五枚と書かれている。
「ん? ちょうどいいのあるじゃん。おやっさん、これを一着、俺に売ってくれよ」
「別にそいつは構わねぇが……いいのか? それはただの馬の革をなめした普通の革鎧だぞ?」
そう言われ、俺は革鎧の生地に触れて確かめてみた。
確かに、狩り慣れたブラックボアの革と比べると、随分と頼りない。
「ふーむ……これだと、お守り程度か。冒険者になりたてです、って子らが着るもんなのかねぇ」
「んまぁ、そういうこったな……そこの嬢ちゃんがマジもんの勇者様で、その付き人がお前さんなら、最低でもブラックボアの革でできた革鎧くらいは欲しいところだわなぁ……」
店主はそう言いながら、店の奥に並べられた黒い革鎧を指差した。
ブラックボアの革。
突進攻撃を多用するあの猪の頭部付近の革なら、確かに他の獣やモンスターの一撃でも、どうにか凌げはするだろう。
「ちなみに、それはおいくらほどで……」
「んまぁ、こいつはブラックボアの革以外に特殊なもんは使ってねぇから、銀貨二十枚ってところだな」
俺は思わず頭を抱えた。
その革鎧一着で、ホーンディア三体分の収入の約半分が吹き飛ぶからだ。
「では、それを買いますっ!」
俺の迷いとは裏腹に、リリアが何の躊躇いもなく言い切った。
「お、おい、リリア」
俺はどうにか止めようとするが、セシルとミナもあっさりリリア側についた。
「いいんじゃない? カイルが捌いて稼いだお金なんだし」
「そうですよ。それに、防具に出し渋ってカイルさんが怪我をしたら、それこそ一大事です」
「……本当は、その黒鉄の全身鎧を買って差し上げたいのですが、今は手持ちがそんなにありませんし……出せるとしたら、せいぜい銀貨五十枚が限界です……」
リリアはしゅんと肩を落とした。
いや、銀貨五十枚が限界って、それほぼ全財産なんだが。
だが、それを聞いた店主は、すかさず別の商品を勧めてくる。
「五十枚か。なら、黒鉄の全身鎧には劣るが、鋼の胴鎧なんかはどうだ? 今なら脚当てもサービスするぜ?」
「わかりましたっ! では、それを――」
「待った待った!!」
リリアがパーティーのほぼ全財産である銀貨五十枚を即決で差し出そうとしたため、俺はまた慌てて止める羽目になった。
「俺はただの力があるだけの農民なんだから、そんな動きにくい鎧を着てたら、逆に危ないって……! 俺は革鎧くらいがちょうどいいの!! なっ!?」
こうして、どうにか俺は胴鎧ではなく、ブラックボアの革鎧を銀貨二十枚で購入することになった。
なぜかリリアは、隣でぶつぶつと文句をこぼしている。
「……動きにくいって、そんなの別に調整してもらえば……」
そこは聞こえなかったことにして、俺は購入した革鎧を身体に合うよう、店主に調整してもらうことにした。
採寸のため、店主が俺の腕や肩に触れながら感心したように呟く。
「……しかし、兄ちゃん。農民だってのに、めちゃくちゃ良い身体してんな」
「……そうか? 俺の村だとこれくらいが普通なんだが……」
それを聞いた店主は、豪快に笑い出した。
「これが普通って、どんな村だよっ……! この辺の戦士でも、こんなに魔力の循環がいい身体はそうそうしてねぇよ」
「そうなの? でも、俺は筋力はあっても、スキルとかは使えないからなぁ……やっぱ戦士には劣るよ」
素直に思ったことを口にすると、店主は俺の背中をバンッと叩いた。
「何を自信なさげなこと言ってんだよ。それでも勇者様方に頼りにされてるじゃねぇか。もっと自信持てよ、兄ちゃん」
そう言われ、俺は改めてリリアたちへ視線を向けた。
三人は楽しそうに、防具屋に並ぶ品々を眺めている。
ついさっきまで王都からの任務で沈んでいたはずなのに、今は年相応の少女たちらしく、あれこれ言い合いながら目を輝かせていた。
……まぁ、確かに。
あんな子たちに頼られたら、大人として少しは頑張らないといけないかね……。
「……そうですねっ! まぁ、一応俺、男の子なんで。ただの農民だけど、頑張りますかっ!」
「おうっ! その意気だ!! 気張れよ、あんちゃん!!」
店主はそう言うと、俺の肩を強く握った。
こうして俺は革鎧を調整してもらい、リリアたちと一緒に防具屋を後にした。
「よっし……カイルさんの防具も買ったことですし、遅めのお昼ご飯にしましょう!」
「どこか、まだやってるかな……?」
「この時間なら、お店よりも屋台のほうがいいかもね」
三人は楽しそうに話していたが、リリアがふと俺のほうを振り向いた。
「カイルさん、何か食べたいものありますか?」
「こういう時は、セシルに聞くのが早いと思うっ!」
食べたいものを聞かれたが、咄嗟に思いつかなかった俺は、セシルへ話を振った。
「お肉がいい。ミートサンドイッチ」
「まぁ、それなら屋台でもありそうですね」
ミナが同意すると、リリアが呆れたように笑った。
「もう、セシルったら、いつもお肉ばっかり……」
「このセクシーボディを維持するには、お肉が必須なんだよ、リリア」
そんな軽口を叩き合う三人を眺めながら、俺は自然と頬を緩めていた。
自分がただの農民であることは、よくわかっている。
それでも。
どうにかして、この子たちを守りたい。
俺はいつの間にか、そんなことを当たり前のように思うようになっていた。




