第87話:決着
俺は今ある力を限界まで振り絞り、マンティコアの首筋へ少しずつ刃を食い込ませていった。
「ぐっ……!」
奴も俺を睨みつけたまま、全力で首筋へ魔力を集中させている。
硬質化された毛皮と、漆黒の魔力を纏った聖銀の剣。
互いに押し合い、刃が僅かずつ奴の首へ沈んでいく。
さらに刃が食い込むと、マンティコアは耐えきれず顎を開いた。
肩から牙が抜け、血が噴き出す。
だが、マンティコアも俺への攻撃を止めない。
「グォォォッ!!」
砕けた爪の残る前足を振り上げ、俺の脇腹を思いきり殴りつけてきた。
ドゴォッ!!
「ぐっ……!」
身体が大きく揺れる。
口の中に、血の味が広がった。
だが。
「ははっ!! はははっ!!!」
自然と笑い声が漏れる。
「そんなんじゃ俺は殺せねぇぞ、化け物がぁぁっ!!!」
右腕へさらに力を込めた。
聖銀の剣が、また僅かに奴の首へ沈む。
ズブッ……!
「グォァァァァァッ!!!」
マンティコアが絶叫する。
そして再び、前足を大きく振り上げた。
「…………」
俺はその前足を見上げる。
今度は殴らせねぇ。
振り上げられた前足の付け根。
その関節目掛けて、左手を思いきり突き出した。
「おらぁっ!!」
ブシュッ!!
左手が、硬質化した毛皮を突き破る。
「グォッ!?」
同時に。
ゴリッ!
「……っ!」
左手の指から嫌な音が響いた。
何本か骨が砕けた。
だが、構うもんか。
そのまま腕をさらに奥へ押し込む。
すると、俺の腕を押し出すように、周囲の肉が急激に盛り上がり始めた。
「……なるほどな」
再生して、俺の腕を捻り出すつもりか。
「おおおおおおおっ!!」
俺は左手へ一気に魔力を集中させた。
ボキッ!
ボキボキッ!!
砕けた指の骨が、奴の肉の中で繋がっていく。
そのまま指を大きく開き、マンティコアの骨をがっちりと掴んだ。
「グォォォォォッ!!!」
マンティコアが激しく暴れる。
だが、左手で前足の骨を掴んで首に剣を突き立ててるおかげで、奴の動きの大部分は封じることが出来ていた。
このまま攻め続ければ勝てる。
……勝てるはずなんだ。
「ぐっ……!」
右腕へさらに力を込める。
だが、聖銀の剣から放たれる魔力は、もうこれ以上強くならなかった。
剣は奴の首へ深く食い込んでいる。
それでも、その奥にある太い骨を断ち切れない。
……くそっ……!
化け物が……!
普通の生き物なら、とっくにお陀仏になってる重傷だってのに……!!
そんな時だった。
視界の端に、何かが動くのが見えた。
リリアだ。
剣を杖代わりにしながら、ふらふらと俺のほうへ歩いてくる。
「#%◆▲ッ……*◇※■……#◆%ッ……!」
何を言っているのかはわからない。
だが。
おそらく、ロックベアと戦った時と同じだ。
俺の魔力を使って、もう一度聖剣を使うつもりなんだろう。
……けど。
今の俺に、あれを起動させるだけの魔力が残ってるのか……?
一瞬だけ、不安と希望が頭をよぎった。
「……っ!」
だが、リリアは俺のところまで辿り着けなかった。
ガクッと身体が崩れ、地面へ片膝をつく。
「はぁ……はぁ……っ」
肩で激しく息をしながら、苦しそうに胸を押さえていた。
すぐさまミナが駆け寄り、その身体を支える。
「#◆%※ッ!! *◇▲■ッ!! #%※◆ッ!!!」
何を言っているのかは、やっぱりわからない。
でも。
ミナの悲壮な顔を見れば、それだけで十分だった。
……くっそっ!!
「グルルルル……」
マンティコアの苦悶に歪んでいた顔が、僅かに変わった。
口元が、ほんの少しだけ吊り上がる。
……くそっ!!
くそっ!!!
俺が勇者だったら……!
俺に聖剣が使えたら……!
こんな奴の首なんて、今すぐにでも……!!
そんな時だった。
今まで離れたところで這いつくばっていたモリアが、剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がった。
「ゴホッ……ゴホッ……!」
苦しそうに咳き込みながら、それでもこちらへ顔を向けている。
「モリアッ! 頼む! 俺の魔力を使って聖剣を起動させてくれっ!!」
思わず大声で叫んだ。
……伝わってるのか?
無理な身体強化のせいなのか。
それとも、他に何か原因があるのか。
さっきから俺には、リリアたちの言葉すらまともに聞き取れなくなっている。
そんな状態で、俺の言葉だけはちゃんと届いてるのか……?
「グォォォォォッ!!!」
「ぐっ……!」
その時、急にマンティコアの勢いが増した。
左手で掴んでいる前足が、少しずつ動き始める。
首へ突き立てた聖銀の剣も、さっきまでのように押し込めない。
完全に封じ込めていたはずなのに……!
……いや。
違う。
俺の力が落ちてる……?
まさか……魔力が尽きかけてるのか……?
やべぇぞ、これは……!
「満身創痍のお前の魔力で起動できるか、わからん賭けをするつもりはない」
「……え?」
モリアの声が、はっきりと聞こえた。
いや。
それだけじゃない。
「ミナ……私の身体を動くようにして……。命を燃やせば、もう一回限界を超えられる」
「……っ! リリアッ!! ふざけないでっ!! カイルさんに救ってもらった命を、ここで捨てる気なの!?」
聞こえる。
さっきまで記号みたいにしか聞こえなかった二人の言葉が、はっきりと頭に入ってくる。
耳の奥で鳴り続けていた高い音も、いつの間にか弱くなっていた。
……身体強化が弱まってるからか?
そんなことを考えている余裕はなかった。
俺は思わずモリアに怒鳴った。
「ここで、賭けに出ずどうすんだよ!!」
だが、モリアは冷静だった。
いや。
その瞳には、もう覚悟が決まっていた。
「確実な方法で行く……」
モリアが短くそう言った瞬間だった。
ボウッ!!
握っていた剣から、一気に炎が噴き上がった。
「……っ!」
周囲の空気が一瞬で熱くなる。
炎はすぐに剣身を包み込み、それでも収まらず、モリアの身体の周囲へまで広がっていった。
ゴォォォォォッ!!
燃え上がる音が、辺りに響く。
「モリアッ!! やめろっ! 死ぬぞっ!!」
俺は大声で叫んだ。
だが、モリアは止まらない。
さらに魔力を注ぎ込む。
炎が膨れ上がる。
まるで、彼女の残っている力を全部喰らい尽くすみたいに。
さっきまで苦しそうに咳き込んでいた身体が、ゆっくりと起き上がった。
剣を握る手にも、もう震えはない。
「モリアッ!!」
俺がもう一度名前を叫ぶ。
それでも、モリアは俺を真っ直ぐ見た。
「これで終わらせるぞ、カイルッ!!!」
次の瞬間。
ドンッ!!
地面が大きく抉れた。
モリアの姿が、一瞬で消える。
爆炎を纏った剣を引きずるように構え、マンティコア目掛けて一直線に駆け出していた。
そのまま地面を蹴り、高く飛び上がる。
「おおおおおおっ!!!」
マンティコアの首目掛けて、炎剣を振り下ろした。
ゴォォォォォンッ!!!
爆炎が弾けた。
「グォォォォォッ!!?」
炎に包まれ、マンティコアが苦悶の叫びを上げる。
モリアの剣が硬質化した首へ食い込み、焼けた毛皮の臭いが辺りに広がった。
だが。
「……っ!!」
切れない。
モリアの爆炎をまともに受けても、奴の首は繋がったままだ。
どす黒い魔素が傷口へ集中し、剣を押し返そうとしている。
「グルルルルル……!」
炎に焼かれながらも、マンティコアの目はまだ死んでいなかった。
俺の左腕に掴まれた前足を激しく揺らし、どうにか拘束を振りほどこうとしている。
今、俺かモリアのどちらかが力を緩めれば。
その瞬間、こいつは間違いなく反撃してくる。
「……っ!!! カイルッ!!!」
モリアが叫んだ。
俺はその声に、思いきり叫び返した。
「死ぬんじゃねぇぞっ!! モリアァァァァァッ!!!!」
マンティコアの身体に突き刺していた左腕を、一気に引き抜く。
ブシュッ!!
「グォッ!!」
大量の血が噴き出した。
拘束が消えた瞬間、マンティコアの前足が動く。
俺を叩き潰そうと、大きく振り上げられた。
だが、もう遅ぇ!!
俺は空いた左手を、聖銀の剣の柄へ重ねた。
両手で握り込む。
「うおおおおおおおっっっ!!!」
残っている魔力を全部。
一滴残らず、聖銀の剣へ叩き込む。
ブワッ!!!
漆黒の魔力が一気に膨れ上がった。
剣から溢れた魔力が刃となり、マンティコアの首の内部を食い破っていく。
ザクッ!!
ザシュッ!!
ブシュッ!!
「グォァァァァァァッ!!?」
奴の首から、漆黒の刃が何本も突き出した。
血が噴き出す。
それでも奴は死なない。
振り上げた前足が、俺の頭上へ迫る。
「まだだぁぁぁぁっ!!!」
さらに剣を押し込んだ。
ズブブブブッ!!
首の奥から、硬いものにぶつかる感触が伝わってくる。
骨だ。
こいつを断ち切れば終わる!!
だが、聖銀の剣も限界だった。
ミシッ……!
刀身に亀裂が走る。
「くそっ……まだだっ!!」
その時。
「おおおおおおおおっ!!!」
反対側から、モリアの咆哮が響いた。
ゴォォォォォッ!!!
爆炎がさらに大きく膨れ上がる。
モリアの剣が、俺とは反対側からマンティコアの首へ深く食い込んだ。
炎と漆黒。
二つの刃が、奴の首の中で交わる。
「グォォォォォォォォッ!!?」
マンティコアが大きく目を見開いた。
口から。
鼻から。
そして潰れた目からも、血が噴き出す。
「モリアァァァァッ!!!」
「カイルゥゥゥゥッ!!!」
俺たちは同時に、剣へありったけの力を込めた。
バキィッ!!
首の奥から、何かが砕ける音がした。
次の瞬間。
ズバァァァンッ!!!
俺とモリアの剣が、交差した。
「…………」
マンティコアの身体が止まる。
振り上げられていた前足から、ゆっくりと力が抜けていった。
そして。
ゴトンッ!!
巨大な首が、地面へ落ちた。
首を失った身体が、その場で大きく揺れる。
ドズゥゥゥンッ!!
地響きとともに、マンティコアの巨体が地面へ倒れ込んだ。




