第84話:勇者、再び
マンティコアの残った片翼が、根元から斬り落とされた。
「グォォォォォォッ!!!」
マンティコアが絶叫する。
モリアはぜぇぜぇと息を切らしながら、ゆっくりと奴に近づいていった。
「……ハァ……ハァ……終わりだ……これで決着をつけてやる」
炎剣の輝きが、さらに増していく。
両翼を失ったマンティコアは、モリアを睨みつけたまま動かない。
次の一撃で、終わる。
そう思った、その時だった。
「……ぐっ!?」
突然、モリアの膝が折れた。
「モリア……?」
モリアはその場に崩れ落ち、胸を押さえた。
「がっ……はぁ……っ!」
苦しそうに息を吐く。
同時に、あれほど大きくなっていた魔力の左腕が、炎を散らしながら消えていった。
「……っ!」
限界かっ!
気付いたときには、俺は飛び出していた。
マンティコアも、モリアが動けなくなったことに気付いたらしい。
地面を蹴り、真っ直ぐモリアへ飛び掛かる。
「させるかよっ!!」
俺は間一髪でモリアを抱きかかえ、その場から跳び退いた。
直後、俺たちがいた地面をマンティコアの爪が抉る。
「……危ねぇっ!」
俺はモリアを抱えたまま、さらに距離を取った。
マンティコアがこちらへ向き直る。
追ってくるかと思ったが、奴もすぐには動かなかった。
俺はその隙に、モリアをそっと地面へ下ろした。
「……そこで休んでろ」
そう言って立ち上がり、左腕を軽く振ってみる。
「……よし」
まだ痺れは残っている。
だが、どうにか動く。
ミナが解毒してくれたおかげか。
俺は顔を上げた。
マンティコアは、俺の後ろにいるモリアをじっと睨みつけていた。
「グルルルル……」
よほどモリアが憎いらしい。
尻尾も両翼も斬り落とされたんだ。無理もねぇか。
今は真っ先にモリアを殺したいんだろう。
だったら、セシルやミナに襲い掛かる心配は少ないかもしれない。
俺は腰を落とし、右拳を構えた。
「かかってこいよ、バケモンが」
「……カ……イ……ル……」
背後から、モリアのかすれた声が聞こえた。
「まだ生きてんな。そのまま俺に任せて寝てろ」
そう言って、俺は眼前のマンティコアへ意識を集中させた。
奴が姿勢を低くする。
来るっ!
「グォォォッ!!」
マンティコアが突進してきた。
俺は咄嗟に跳び上がり、迫ってきた頭の上へ飛び乗った。
「おらぁっ!!」
残った片目を狙って、右拳を振り下ろす。
だが、マンティコアが頭をずらした。
ドゴッ!!
拳が頭の横にめり込む。
「このやろっ!」
俺はそのまま頭にしがみつき、もう一発。
ドゴンッ!!
さらにもう一発。
「おらぁっ!!」
ドゴッ!!
「グォォォォッ!!!」
マンティコアが頭を激しく振り回した。
「うぉっ!?」
振り落とされた俺は、空中で身体をひねって受け身を取った。
だが、着地した瞬間。
「……っ!?」
視界がぐにゃりと歪んだ。
くそっ、まだ毒が……!
次の瞬間、マンティコアの前足が目の前に迫っていた。
「ぐぁっ!!」
爪撃を受け、身体が吹き飛ばされる。
地面を転がりながら、どうにか体勢を立て直した。
「……っ、くそ……!」
右腕に、深い裂傷ができていた。
血がぼたぼたと地面へ落ちる。
俺は右腕へ魔力を集中させ、身体強化の出力を引き上げた。
どうにか出血は止まった。
だが、傷は完全には塞がらない。
「……くそっ、こいつをぶっ倒すにはもっと集中しねぇといけねぇのに、毒が邪魔だっ!」
その時だった。
「……っ!?」
また、視界がぶれた。
目の前にいたはずのマンティコアの姿が、見えなくなる。
どこだっ!?
ジャリッ!!
左側から、地面を踏む音がした。
俺は反射的に右へ跳んだ。
ブォンッ!!
さっきまで俺がいた場所を、巨大な爪が空振りする。
「危ねぇっ……!」
だが、着地するや否や、マンティコアが口を開いて飛び掛かってきた。
噛みつきかよっ!!
「おぉぉぉぉっ!!!」
俺は迫ってきた顎を、下から思いきり蹴り上げた。
ガンッ!!
「グォッ!?」
マンティコアの頭が跳ね上がる。
そのまま踏み込み、右肘を口元へ打ち据えた。
バリッ!!
嫌な音とともに、マンティコアの口元の歯が何本もまとめて砕けた。
「これでもう噛みつけねぇなっ!」
だが、マンティコアは怯まなかった。
「……っ!?」
巨大な前足が、横から迫ってくる。
俺は咄嗟に身を引き、爪をかわした。
だが。
ドゴォッ!!
「ぐふっ!?」
前足そのものが、俺の身体を殴りつけた。
凄まじい衝撃が全身を襲う。
俺は地面をゴロゴロと転がり、岩にぶつかってようやく止まった。
「……っ、ぐ……!」
立ち上がろうとする。
だが、身体に力が入らない。
なんだよ、今の……。
鋼鉄でぶっ叩かれたみてぇだ……。
「グォォォォォォッ!!!」
マンティコアが雄叫びを上げる。
その時だった。
「放てっ!!」
セシルの声が響いた。
ドドドドッ!!
無数の岩が、凄まじい勢いでマンティコアにぶつかった。
「グォッ!?」
いくつかは皮膚に突き刺さり、残りは硬質化した毛皮に弾かれる。
弾かれた岩が、俺のすぐ近くへ転がってきた。
「……セシル……?」
俺は声のしたほうを見た。
セシルはふらつきながらも、マンティコアを睨みつけていた。
もう魔力がほとんど残ってねぇんじゃ……。
「グルルルル……」
マンティコアが、セシルたちへ顔を向けた。
「……っ!」
その前に、ミナが立つ。
「……顕現せよ」
ミナの手元に、小さな光のナイフが現れた。
それを握り、セシルを背にして構える。
身体はガタガタと震えていた。
セシルも、定まらない視線のままマンティコアへ手のひらを向ける。
その周囲の空気が、微かに歪んだ。
「……やめろ……」
俺は近くに転がっていた岩を掴んだ。
さっきセシルが放ったロックバレットの一つだ。
「そっちじゃねぇだろうがっ!!」
無理やり立ち上がり、マンティコアへ投げつける。
ドンッ!!
「グォッ!?」
岩が胴体に命中し、マンティコアの身体が大きく揺れた。
奴が、憎々しげに俺を振り返る。
「お前の相手は俺だろうがっ!!」
マンティコアが口を開いた。
「ኦ፣ ነበልባል」
「……っ!」
口の奥に、炎が宿る。
「くそがっ!」
今の身体で、あれを避けられるか……!?
その時、セシルが地面へ手をついた。
「隆起せよっ!!」
ゴゴゴゴッ!!
俺の目の前に、土の壁がせり上がった。
「セシルッ!?」
セシルのほうを見ると、そのまま地面へ倒れ込んでいた。
魔力が尽きたのか……!
だが、マンティコアは構わず炎を吐いた。
ゴォォォォッ!!!
土の壁に、炎が叩きつけられる。
爆炎じゃない。
奴も弱ってるのか、それとも舌がまだ完全に再生してねぇのか。
だが。
ピシッ!!
「……っ!」
目の前の壁に、亀裂が走った。
セシルも限界だったんだ。
さっきみたいな強度はねぇ。
ピシピシッ!!
亀裂が、みるみる広がっていく。
こうなりゃ……賭けだ。
俺は痺れの残る左腕へ、魔力を流し込んだ。
身体強化と再生を、無理やり全開まで引き上げる。
「……っ、ぐぅ……!」
また吐き気が込み上げてきた。
だが、構ってられるかよっ!!
バキィィンッ!!
土の壁が砕けた。
炎が一気に溢れ出す。
「おぉぉぉぉっ!!!」
俺は左腕を顔の前にかざし、そのまま炎の中へ突っ込んだ。
「ぐあぁぁぁっ!!」
左腕の肉が焼ける。
焼けたそばから魔力を流し込み、無理やり再生させていく。
熱い。
痛ぇっ!!
だが、止まれるかっ!!
俺は炎を吐き続けるマンティコアへ、全力で突っ込んだ。
「この野郎ぉぉぉっ!!」
奴の口元へ飛び込み、右腕をその中へ突っ込む。
「……っ!!」
舌だ。
こいつの舌を……!
指先が、ぬるりとしたものを掴んだ。
「掴んだぞっ!!」
マンティコアが顎を閉じる。
バキッ!!
砕けた歯が、俺の右腕へ食い込んだ。
「ぐっ……!」
だが、噛みちぎれるほどの歯はもう残ってねぇ!
俺は舌の根元を掴み直した。
「おらぁぁぁぁっ!!!」
全力で引っ張る。
ブチブチッ!!
「グォォォォォォッ!!!」
マンティコアが絶叫した。
その口から、舌が根元ごと引きちぎられる。
俺は無理やり右腕を引き抜いた。
「ぐあっ!!」
折れた歯の残骸に引っかかり、右腕に凄まじい裂傷ができる。
だが、知ったことか。
俺は引きちぎった舌を握りしめ、マンティコアを見上げた。
自然と、口元が吊り上がる。
「これでもう炎は吐けねぇな! 化け物!!」
「グォォォォォォッ!!!」
マンティコアが絶叫した。
血を流しながら、苦悶の表情で俺を睨みつけている。
両翼もねぇ。
まともな歯も舌も失った。
もう終わりだろ。
俺は舌を放り捨て、右腕へ全魔力を集中させた。
こいつをぶっ倒して、終わりにしてやるっ!!
だが。
「……っ!?」
マンティコアが、前足を振り上げた。
ドゴォォッ!!
「ぐはっ!!」
まともに喰らった。
身体強化を右腕に集中させていたせいで、胴体を守る余裕がなかった。
身体が吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
「……がっ……!」
息ができねぇ。
立とうとしたが、手足に力が入らない。
俺は地面を這いながら、どうにか顔を上げた。
「……くそ……」
マンティコアが、ゆっくりと近づいてくる。
あいつも、まともに動ける状態じゃない。
だが、まだ立ってやがる。
くそっ……。
ここまでやって、まだ倒れねぇのかよ……。
その時だった。
ガラッ……。
背後で、岩の崩れる音がした。
「……?」
俺はゆっくりと振り返った。
砕けた岩壁の向こうから、一人の少女が歩いてくる。
「……リリ……ア……?」
リリアだった。
右手には、モリアから譲り受けた剣を握っている。
だが、左腕は力なく垂れ下がっていた。
骨折してるのか……?
あいつまで、そんな状態で……。
「……リリ……ア……みんなを連れて……逃げろ……」
どうにか、それだけを口にした。
だが、リリアは答えなかった。
俺を見ていたリリアの表情が、変わる。
「…………」
今まで見たこともないほどの怒りが、その顔に浮かんでいた。
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!!
「……っ!?」
リリアの身体から、凄まじい魔力が噴き出した。
なんだ、これ……!?
さっきのモリアにも負けないほどの魔力が、周囲へ溢れ出していく。
「グルルルル……」
マンティコアも足を止め、リリアを睨みつけた。
リリアの左腕が、びくりと動く。
「……っ!?」
さっきまで、だらりと垂れ下がっていたはずの腕が……。
関節を無視するような、不気味な動きで持ち上がっていく。
リリアはその左手で、腰に差していた自分の剣を引き抜いた。
二刀流……?
まさか、あの腕で……!?
その瞬間。
二本の剣から、白金色の光が溢れ出した。
聖剣スキルだ。
リリアが顔を上げる。
「その人から離れろぉぉぉぉぉっ!!!」
怒声が響いた。
直後、リリアが地面を蹴る。
「……っ!?」
速い。
俺の目でも、追えねぇ……!
白金色の光を纏ったリリアが、マンティコアへ向かって突っ込んでいった。




