第81話:怪物との死闘
崩れ落ちた土壁の向こうで、マンティコアが俺たちを睨みつけている。
「…………」
モリアは炎を纏った剣を強く握りしめた。
「……尻尾の頭が使っていた魔法よりも、遥かに威力が上か……」
その額から、冷や汗が流れている。
だが、モリアはすぐに何かに気付いたように目を細めた。
「…………」
マンティコアが先ほどから、ぜぇぜぇと大きく息をしている。
「……連発は出来ないようだな……不幸中の幸いといったところか……」
モリアが再び剣を構え直す。
「モリアさんっ!」
リリアが大声を上げた。
「私が注意を引きます! そしたら、やつを!」
「あぁ!」
リリアが低く身体を沈める。
太ももへ魔力が集まっていくのがわかった。
そして。
ドンッ!!
地面を割るほどの勢いで踏み込み、一気にマンティコアとの距離を詰めた。
「はぁぁぁっ!!」
だが。
「…………っ!?」
マンティコアは、迫ってくるリリアを意にも返さなかった。
その視線は、その後ろ。
セシルとミナへ向いている。
「まずいっ!!」
マンティコアが走り出した。
リリアは慌てて聖剣の出力を引き上げ、その側面へ剣を叩き込む。
ギャリリリッ!!
マンティコアの毛皮を削ぎ取るような音が響いた。
血が飛び散る。
それでも。
止まらない。
「そんなっ!?」
マンティコアはリリアの攻撃を無視したまま、セシルたちへ突っ込んでいく。
「……っ!」
セシルの顔が強張った。
眼前まで迫った巨大なマンティコアを見て、咄嗟に腕を前へ突き出す。
だが、間に合わない。
魔法を構成する時間がない。
「セシルッ!!」
俺は全力で駆け出した。
間に合えっ!
その時だった。
マンティコアの横から、光り輝く何かが飛んできた。
「っ!?」
ナイフだ。
光で作られたような小さなナイフが、そのままマンティコアの顔へ直撃する。
パキンッ!!
だが、簡単に砕け散った。
傷一つついていない。
それでも、顔の前で弾けた光にマンティコアが一瞬目を閉じる。
「なんだ今のは!?」
考えてる場合じゃない。
出来たのは、ほんの一瞬の隙。
俺はマンティコアの横へ飛び込んだ。
「おらぁっ!!」
大鉈を後ろ脚へ思い切り叩きつける。
ズガンッ!!
「…………っ!」
やっぱり斬れない。
だが、衝撃でマンティコアの巨体が大きく揺れた。
体勢を崩す。
「炎よっ!」
セシルの声が響く。
至近距離。
マンティコアへ向けられた手の先から、炎の槍が放たれた。
ドォンッ!!
炎がマンティコアの身体を包み込む。
その動きが止まった。
「今だ!」
俺はすぐにセシルたちの元へ走った。
セシルを右肩へ担ぎ上げる。
そのままミナを左腕で抱えた。
大鉈を右手に握ったまま、一気にその場から離れる。
マンティコアから十分に距離を取ったところで、二人を降ろした。
「怪我はないか、二人ともっ!」
「大丈夫」
セシルがすぐに答える。
「……死ぬかと思いました……」
ミナは胸を撫で下ろしていた。
その右手には、先ほど飛んできたものと同じ、光り輝く小さなナイフが握られている。
「……よかった」
二人の無事を確認し、俺はすぐに振り返る。
「…………」
マンティコアは、まだ炎に包まれていた。
だが。
平然と立っている。
「嘘だろ……」
マンティコアが大きく翼を広げた。
そして。
バサァンッ!!
巨大な翼を地面へ向かって一気に振り下ろした。
「うぉっ!?」
凄まじい爆風が吹き荒れる。
砂埃と小石が周囲へ飛び散り、マンティコアを包んでいた炎まで一気に吹き飛ばされた。
「…………」
ファイアランスを至近距離で喰らって、あれかよ。
多少毛皮が焦げているだけ。
ほとんど効いているようには見えない。
「はぁぁぁっ!!」
そのマンティコアへ、リリアが再び突っ込んだ。
白金色の光を纏った剣を振り下ろす。
マンティコアが前足を振り上げた。
巨大な爪がリリアへ迫る。
ガキィンッ!!
リリアは聖剣でその爪を弾いた。
「っ!」
そのまま踏み込み、前足へ剣を斬り込む。
ギャリッ!
血が滲んだ。
だが。
浅い。
「…………!」
マンティコアが反対側の前足を振り上げる。
「リリアっ!」
「っ!」
リリアが咄嗟に斬り込んでいた剣を引き戻した。
振り下ろされた爪を聖剣で受け止める。
ガァンッ!!
「ぐぁっ!?」
受け止めた。
それでも、その衝撃までは殺しきれなかった。
リリアの身体が凄まじい勢いで吹き飛ぶ。
「リリアっ!?」
そのまま岩壁へ激突した。
ドゴォンッ!!
壁が砕ける。
さらにリリアの身体はそのまま壁を突き抜け、俺の視界から消えた。
「…………」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「リリアァァァッッ!!!」
俺は叫んだ。
「…………」
マンティコアがこちらを見る。
そして。
ニヤリ。
人間みたいな顔に、壮絶に嫌な笑みを浮かべた。
「……てめぇ……」
マンティコアが口を開く。
「っ!」
やばい。
「ኦ፣ ነበልባል」
またあれだ。
「させるかよぉぉぉっ!!」
俺は一気に前へ飛び出した。
右腕へ魔力を集中させる。
筋肉が膨れ、血管が浮かび上がる。
そして。
マンティコアの開いた口へ向けて、大鉈を全力で振り抜いた。
ガァンッ!!
大鉈がマンティコアの口へ叩き込まれる。
「…………っ!!」
マンティコアの口が閉じた。
次の瞬間。
口の中から赤い光が漏れた。
「なっ!?」
ドォンッ!!
爆発。
マンティコアの口内で爆炎が炸裂した。
閉じた口の隙間から熱風が噴き出し、俺の頬を焼いた。
「ぐっ!?」
俺の手に凄まじい衝撃が走る。
そして。
バキンッ!!
「…………あ」
大鉈の刃が砕け散った。
「グギャァァァァァァッ!!!」
マンティコアが初めて大きな悲鳴を上げる。
口元から煙を上げながら、怒り狂ったように前足を振り上げた。
「くそがっ!」
俺は残った柄を握ったまま、後ろへ飛び退く。
巨大な爪が、さっきまで俺がいた場所を抉った。
「…………!」
マンティコアが俺を睨みつける。
完全に俺へ意識が向いている。
その時だった。
「……ようやく、決定的な隙を見せたな」
「っ!?」
声がした。
マンティコアの背中から。
「モリア!」
いつの間に!?
モリアがマンティコアの背へ飛び乗っていた。
炎を纏った剣を握りしめている。
「…………!」
マンティコアも気付いたらしい。
人間じみた顔に、明らかな驚きが浮かんだ。
モリアの剣を包んでいた炎が、さらに激しく燃え上がる。
「もう遅い」
モリアが剣を振り抜いた。
ゴォォォッ!!
巨大な炎が走る。
マンティコアの片翼へ、炎剣が深く食い込んだ。
「グォォォォォォッ!!!」
絶叫。
そして。
マンティコアの巨大な片翼が、炎を上げながら地面へ落ちた。




