第79話:餌場と魔王の尖兵
翌朝。
村人から貰った食材で簡単に朝飯を済ませた俺たちは、マンティコアの寝床がある岩山へ向けて村を出た。
時刻は朝の七時を少し回ったところ。
ここからマンティコアの寝床までは、歩いて半日ほどらしい。
村を離れてしばらくすると、周囲から畑が消え、次第に岩の多い道へと変わっていった。
「そういやモリア」
「なんだ?」
「マンティコアって、実際どれくらいデカいんだ?」
「体長は五メートルほどだ。翼を広げれば八……いや、十メートル近くあるだろうな」
「でけぇな……」
ブレードパンサーだって三メートルほどあった。
それよりさらにデカいのか。
「以前も話したが、人間に似た顔をしている。翼があり、尻尾の先には蛇の頭があった」
「その蛇が魔法を使ってきたんだよな?」
「あぁ。だが尻尾は前に私が切り落としている。少なくとも、以前のように尻尾から魔法を使ってくることはないはずだ」
「なるほどな」
それなら少しは楽になってるってことか。
そんなことを考えていると、リリアがモリアへ尋ねた。
「マンティコアって、どれくらいのスピードで動けるんですか?」
「ブレードパンサーより若干遅い程度だな」
「…………」
リリアの顔が固まった。
「……あの巨体で、ブレードパンサーより少し遅い程度ですか……」
「そういうことだ」
俺もブレードパンサーとの戦いを思い出す。
あいつはリリアたちじゃ、まともに目で追えていなかった。
それより少し遅いだけ……。
「…………」
俺は右腕へ意識を集中した。
身体の中にある魔力を、右腕へ。
少しずつ。
なんとか右腕だけに集めるようにイメージする。
しばらくすると、腕の筋肉が膨れ始めた。
血管がメキメキと浮かび上がっていく。
「……ふぅぅ……」
どうにか発動した。
「……うげ」
「うげ、とはなんだ、うげとは。カッコいいだろ」
横にいたセシルを見る。
「……限度があるよ……人間の腕の血管超えてるって……」
「失礼な奴だな」
そんなに酷いか?
俺が右腕を眺めていると、モリアがこちらを見る。
「カイル」
「ん?」
「それでマンティコアの突進を止めるつもりか?」
「……なんでわかったんだよ」
「お前が急に身体強化を始めれば、そのくらいわかる」
モリアは呆れたように息を吐いた。
「お前たちが相対したAAAランク相当のサイクロプスと比べれば、マンティコアは一撃の膂力では下回るだろう」
「なら、いけるんじゃねぇの?」
「最後まで聞け」
「はい」
「だが、それはその場で打ち合った時の話だ」
モリアが前方の岩山を見る。
「あの巨体と速度から繰り出される突進は、止められると思うな。受け流せ」
「…………」
五メートルの巨体が、ブレードパンサーとほとんど変わらない速度で突っ込んでくる。
言われてみれば、正面から止めるのは流石に無茶か。
「わかった。覚えとく」
俺は右腕の身体強化を解除した。
まだこれを発動するだけでも結構集中力を使う。
サイクロプスと戦った時みたいな力には到底及ばないが、それでも少しずつ扱えるようにはなってきた。
さらに岩山を進んでいく。
「ん?」
途中、妙なものが目に入った。
岩壁に、黒っぽい何かが深く突き刺さっている。
「なんだ、あれ」
俺が近づこうとすると、
「触るな」
モリアに止められた。
「それはマンティコアの翼の爪だ」
「これが?」
「あぁ。奴は翼に生えた爪を弾丸のように飛ばしてくる」
「……こんなのが飛んでくんのかよ」
岩にかなり深く食い込んでいる。
まともに当たったら、革鎧くらいじゃ普通に貫かれそうだ。
「それだけじゃない」
モリアが続ける。
「爪には神経毒が混じっている。まともに喰らえば身体が動かなくなるぞ」
「毒まであんのかよ……」
ミナが岩に刺さった爪を見ながら尋ねる。
「解毒魔法で解除できるものでしょうか?」
「出来はする」
モリアは即答した。
「だが、奴との戦いは高速戦闘になる。その場で治療する余裕はないと思え」
「……わかりました」
ミナが真剣な顔で頷く。
つまり喰らったら、治せるかどうか以前に、その場で動けなくなる可能性があるってことか。
ますます一発も喰らいたくねぇな。
それから少し進んだところで、今度はリリアが足を止めた。
「……これ……」
「ん?」
地面に大きな骨が転がっていた。
一つや二つじゃない。
岩の隙間や道端に、巨大な骨がいくつも散らばっている。
「普通の動物じゃないよね、これ……」
セシルが少し嫌そうな顔で骨を見る。
モリアも一つ確認してから、
「おそらくBランク程度のモンスターだろう」
と淡々と言った。
「Bランク……」
リリアが周囲を見回す。
そこで何かに気付いたように眉をひそめた。
「ここ……Bランク以上のモンスターがやけに少ないですね」
「ああ……ここは奴の餌場でもあるからな」
「餌場……」
俺は散らばった骨を見る。
嫌な言葉だな。
「……聞きたくねぇけど、この餌場のモンスターが減ってきたら、奴はどうするんだ?」
「当然、餌場を変える」
モリアは何でもないことのように答えた。
「王都が討伐依頼を出している理由もそれだ。次の餌場が街になるか、別の場所になるか予測できない」
「街を餌場にされたら……?」
「その犠牲は計り知れない」
モリアは少しだけ表情を険しくした。
「最悪、街一つが滅ぶ」
「…………」
そりゃ放っておけないわな。
セシルが散らばった骨を見ながら、小さく呟く。
「……さすが魔王の尖兵……」
「……そうだね……」
リリアも表情を曇らせた。
「魔王が生きてる限り、人類が平和に生きるなんて……」
「…………」
その時だった。
モリアが、何かを考えるように呟いた。
「……モンスターは魔王に操られていて、人間を襲う……か……」
「ん?」
なんだ?
今の言い方。
「………なんか気になることがあるのか?」
俺が聞くと、モリアは少し黙った。
「……いや、いい。この話は今すべきじゃない」
「…………」
「それに、何の証拠もない私の予測にすぎん」
リリアとセシルが揃って首を傾げている。
「?」
「?」
モリアは二人を見ると、
「余計な雑念は今は捨てよう。今はとにかくマンティコアの討伐が最優先だ」
と言った。
「はいっ!」
「そうだね」
二人もすぐに頷く。
俺たちは再び歩き始めた。
「…………」
……モリアもなんか引っ掛かったことがあるのか?
気にはなったが、モリアが今話すことじゃないと言うなら仕方ない。
俺も頭を切り替えることにした。
それから歩きながら、俺は昨夜モリアに教えられたことを思い出していた。
魔力を身体の外へ放出する。
「…………」
俺は右手を開く。
昨日、モリアに魔力を吸い出された時の感覚。
あれを今度は自分から外へ出す。
そんなイメージで手のひらへ意識を集中する。
「…………」
…………。
「…………出ねぇ」
「何をしている?」
モリアが振り返った。
「昨日言ってた魔力の放出。試してんだけどよ」
「そうか」
「さっぱりわからん」
「一晩で出来たら苦労しない」
「昨日は出来そうな言い方してたじゃねぇか」
「出来る可能性があると言っただけだ」
「この野郎……」
「ふっ」
モリアが小さく笑う。
俺はもう一度試してみたが、やっぱり何も起きなかった。
「……駄目だな」
「今はそれでいい。感覚だけ忘れるな」
「はいはい」
そう簡単に新しいことが出来るようにはならないらしい。
それからさらに岩山を登り続けた。
太陽も随分高くなっている。
時刻はもう昼前だった。
「一度休むぞ」
先頭を歩いていたモリアが足を止めた。
「ここから先は?」
「奴の寝床が近い」
「……いよいよか」
「あぁ」
俺たちは岩陰に荷物を下ろした。
水を飲み、保存食を取り出す。
ここから先は、もうのんびり飯を作ってる場合じゃない。
パンと干し肉を口へ運びながら、俺は少し先に見える岩山の上を眺めた。
マンティコア。
AAAランクのモンスター。
今まで話だけは散々聞いてきたが、もうすぐ実際に相対することになる。
俺は水を一口飲んだ。
そして、大鉈の柄を握り直す。
これが最後の休憩だ。




