第76話:旅支度と焼き菓子
魔鋼の剣を買ったモリアは、それまで腰に下げていた剣を外した。
「リリア」
「はい?」
「これを持っていけ」
そう言って、モリアはリリアへ剣を差し出した。
「え……でも、これギルドからの貸与品じゃ……?」
「いや、それは私の私物だ。特にギルドへ返却する義務もない」
「いいんですか?」
「あぁ。長年使った剣だ。マンティコアの外殻を貫くには不十分だが、散々私が使ってきた剣だけあって、魔力の通りがいい」
「ありがとうございますっ!」
リリアは嬉しそうに剣を受け取った。
その瞬間、
「……重い……」
リリアの腕が少し下がった。
「これを片手で……?」
「慣れればどうということはない」
「そ、そうなんですか……?」
どう見ても、そう簡単に慣れる重さには見えないけどな。
リリアは何度か剣を持ち直したあと、腰へ帯剣した。
その間に、俺は店主に買ったばかりのロックベアの革鎧を合わせてもらっていた。
「少し失礼しますね」
「あぁ」
店主が革鎧の紐や留め具を調整していく。
「これで良さそうですね。あと、せっかくなのでこちらもお付けしておきましょう」
「ん?」
店主が持ってきたのは、膝を守るための防具だった。
「膝甲です。こちらはサービスでお付けしますよ」
「いいのか?」
「ええ。金貨二枚もする革鎧を買っていただきましたから」
そう言って、店主は俺の脚に膝甲を取り付けていく。
しばらくして、ようやく装備が整った。
「おお……」
自分の身体を見下ろす。
今までは普通の革鎧を着ていただけだったが、黒鉄で補強された革鎧に膝甲まで付くと、随分見た目が変わった。
「カイル、なんかちゃんと冒険者っぽくなったね」
セシルが俺を見ながら言った。
「ちゃんとってなんだよ」
「今までは、一般人が革鎧着てる感じだったから」
「悪かったな」
俺がそう言うと、セシルが突然、俺の革鎧の腹のあたりを拳で殴った。
「……硬い……」
セシルは眉をひそめながら、自分の拳をさすった。
「どれくらい硬くなったのかなって」
「……お前が殴ったところで、なんでも硬いだろうが……」
「あっ、じゃあ私もっ!」
リリアが嬉しそうに拳を握った。
その拳に、うっすらと魔力が集まり始める。
「それはやめろ……」
「えー」
「えー、じゃねぇよ」
鎧の性能を確かめるために怪我してどうすんだよ。
ようやく武器屋を出た俺たちは、そのまま市場へ向かった。
これからマンティコアのいる岩山へ向かう。
山へ入れば、当然飯屋なんかあるはずもない。
俺たちは市場を回りながら、干し肉やパンなんかの日持ちする食料を買い揃えていった。
「カイルッ!」
「ん?」
「あれ見て!」
突然セシルが俺の腕を引っ張った。
指差した先には、焼き菓子を並べている店があった。
黄色っぽい生地を四角く切った焼き菓子で、見た目は前世で食べたカステラに少し似ている。
「あれも買おうっ!」
「いいですねっ!」
即座にリリアまで乗っかった。
「……お前らな……」
俺は二人を見る。
「保存食買いに来てるのに、保存きかないものを買うやつがいるかよ……」
「えー……」
「美味しそうなのに……」
二人揃って露骨に残念そうな顔をする。
その様子を見ていたモリアが、
「……まるで、親にねだる子供だな……」
と呆れたように呟いた。
「そうですよ。遊びに来てるんじゃないですよ」
ミナまでそう言う。
「…………」
「…………」
リリアとセシルは揃ってシュンとしてしまった。
「…………」
なんなんだよ、その顔は。
「……しかたねぇな……」
「えっ?」
「買えばいいんだろ、買えば」
「やった!」
「カイル大好き!」
「はいはい」
結局、俺は店へ行って人数分の焼き菓子を買った。
「……おい、カイル」
モリアが呆れた顔で俺を見る。
「なんだよ」
「お前、自分で保存がきかないと言っていただろう」
「あぁ」
俺は買った焼き菓子を一つモリアへ渡した。
それから自分の分を一口食べる。
柔らかくて、ほんのり甘い。
やっぱりカステラにちょっと似てるな。
「……そしたら、今買って食べちまえばいいんだよ」
「おおっ!」
「さすがカイルさんですっ!」
リリアとセシルが嬉しそうに焼き菓子を食べ始める。
「…………」
ミナが俺をじっと見た。
「……さすがお母さん……」
「誰がお母さんだよ」
「ふっ」
隣でモリアが笑った。
「娘にねだられて断れない父親のようだな」
「お前まで言うな」
なんで俺が一気に父親と母親になってんだよ。
それから必要な食料を一通り買い揃えたところで、モリアが口を開いた。
「では、馬車のある広場へ向かうか」
「馬車?」
「あぁ。岩山まではまだ距離があるからな」
そういや、アルゼンからさらに二日ほどかかるって言ってたな。
「でも、マンティコアの岩山まで一直線で行ける馬車なんて出てるのか?」
俺が聞くと、モリアは首を横に振った。
「いや、あの岩山まで出ている馬車は存在しない」
「だよな」
「マンティコア以外にも、当然モンスターが多く住んでいるからな。わざわざそんな場所まで馬車を走らせる者はいない」
「んじゃあ、馬車を使うってのは……」
「あぁ。岩山に一番近い村まで行って、そこからは徒歩だ」
「なるほどな」
「ただし、普通の馬車ではないぞ」
「ん?」
「魔導馬車を使う」
「魔導馬車?」
聞いたことのない名前だった。
「車体に魔物除けの石が組み込まれ、車輪も魔力で補助されている長距離用の馬車だ。普通の馬車より料金は高いが、多少危険な地域でも速く移動できる」
「そんなのあるのか」
「あぁ。普通の馬車なら最寄りの村まで二日ほどかかるが、魔導馬車なら一日で着く」
「半分かよ」
「その分、料金も高いがな。それに中も広い。横になる程度のスペースならあるから、長旅には向いている」
ほぉ……。
そんな馬車まであるのか。
そうして俺たちは、馬車の発着場がある広場へ向かうことになった。
魔導馬車か……。
どんな馬車なんだか……。




