第74話:一人には戻さない
俺たちはギルドで教えてもらった宿へと向かった。
ギルド御用達というだけあって、宿は大通りから少し入った場所にある、そこそこ立派な建物だった。
「いらっしゃいませ」
中へ入ると、受付にいた女性が俺たちを迎えてくれる。
「冒険者ギルドから話が来ていると思うんだが」
モリアがそう告げると、女性はすぐに頷いた。
「はい。モリア様御一行ですね。お部屋は三部屋ご用意しております」
「三部屋?」
「はい。三人部屋が一つと、一人部屋が二つになります」
なるほど。
五人だから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「じゃあ、俺とモリアが一人部屋で、リリアたちは三人部屋でいいか?」
「はい!」
「私はどこでもいいよ」
「私も構いません」
特に異論もないようだ。
部屋の鍵を受け取り、それぞれ荷物を置いてから一階へ戻る。
すると、すでに食堂のほうから肉の焼ける匂いが漂ってきていた。
「お肉っ!」
「肉厚なお肉!」
「お前ら、さっきからそれしか言ってねぇな……」
リリアとセシルが吸い寄せられるように食堂へ向かっていく。
「ほんと、元気ね……」
ミナが呆れたように二人の後を追う。
「……まぁ、飯にするか」
「あぁ」
俺とモリアもその後に続いた。
食堂では、大きな皿に盛られた焼肉と、パン、それに野菜のスープが出てきた。
「おぉ……」
「肉厚ですっ!」
「肉厚だね」
「良かったな……」
二人とも随分嬉しそうだ。
俺たちはテーブルを囲み、夕飯を食べ始めた。
「そういや、明日はどうするんだ?」
肉を口に運びながら、俺はモリアへ尋ねる。
「山へ向かうつもりだが……その前に一つやっておきたいことがある」
「なんだ?」
「装備を整えたい」
「あぁ……」
そういえば。
モリアが使っていた聖銀の剣は、マンティコアとの戦いで失ってしまっていた。
「剣か」
「あぁ。この街の武器屋を何軒か回ってみる」
「ギルドには代わりになる剣はないって言ってたもんな」
「聖銀ほどの物は期待していない。だが、今持っている予備の剣よりはまともな物が欲しい」
モリアはそう言いながら、自分の腰に差している剣を見る。
確かにマンティコアとまた戦うなら、少しでもいい武器があったほうがいいだろう。
「なら、明日の朝一で買いに行くか」
「あぁ。それと」
モリアが今度は俺を見る。
「カイル。お前も防具を変えろ」
「俺?」
「あぁ」
俺は自分の身体を見る。
今着ているのは、ベルクスで買ってからずっと使っている革鎧だ。
「これじゃ駄目か?」
「駄目とは言わんが……お前、自分がこれから何と戦うのか分かっているのか?」
「マンティコア」
「AAAランクの、だ」
「分かってるよ」
「なら、もう少しまともな防具を着ろ」
モリアが呆れたように言う。
「でも動きづらくなるのは嫌なんだよなぁ」
「誰も重装鎧を着ろとは言っていない。今より丈夫で、動きを邪魔しない物を探せばいい」
「そんな都合のいいもんあるのか?」
「この辺りは前線にも近い。探せばあるだろう」
「そういうもんか」
「そういうものだ」
なんか最近、装備に金がかかるようになってきたな。
農民やってた頃は、鎧なんか着たこともなかったんだが。
「カイルさん、ちゃんとした防具買ってくださいね?」
リリアまで口を挟んでくる。
「分かったよ」
「絶対ですよ?」
「分かったって」
「カイルは放っておくと、その革鎧のままマンティコアと殴り合いそう」
「殴り合わねぇよ」
「サイクロプスとは殴り合ってたじゃない」
「……あれは成り行きだ」
「成り行きでサイクロプスと殴り合う人、初めて見ました」
ミナまで呆れたように言う。
「うるせぇなぁ……」
俺がそう返すと、モリアが小さく笑った。
「ふっ……なら決まりだな。明日の朝、私の剣とカイルの防具を見に行く」
「あぁ」
それからは、明日の出発時間や持っていく物について軽く話し合った。
夕飯を食べ終える頃には、長旅の疲れもあったのか、リリアたちは欠伸をし始めていた。
「ふぁぁ……」
「眠い」
「今日は早めに休みましょうか」
「そうだな。明日からまた移動なんだし」
食事を終え、俺たちはそれぞれの部屋へ戻ることにした。
部屋に戻った俺は、ベッドへ腰を下ろした。
「ふぅ……」
今日は随分歩いた。
明日は朝から装備を買いに行って、そのまま山へ出発か。
「……寝るか」
そう思ってベッドへ横になろうとしたが。
「ん?」
何気なく窓の外を見ると、宿の裏庭に人影が見えた。
片腕。
見間違えるはずもない。
「……モリア?」
こんな時間に何してんだ、あいつ。
少し気になった俺は、部屋を出て一階へ降りることにした。
裏口から外へ出る。
モリアは庭の端に立ち、ぼんやりと空を眺めていた。
「モリア」
「……カイルか」
「寝れないのか?」
「いや」
モリアは小さく首を横に振る。
「眠れないわけではない」
「じゃあ、こんなところで何してんだ?」
「少し……考え事をしていた」
「考え事?」
「あぁ」
モリアはそれ以上何も言わなかった。
俺は少し迷ってから、その隣へ歩いていく。
「なんか悩みがあるなら、聞くぞ」
「……」
「俺で良けりゃだけどな」
モリアはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「リリアが話していただろう」
「ん?」
「勇者を辞めたあと、普通に暮らしたいと」
「あぁ」
「それを聞いてから、少し考えていた」
モリアは自分の残った右手へ視線を落とした。
「マンティコアを倒したあと……私は何をしたいのだろうとな」
「……」
「考えてみたんだ」
モリアが僅かに笑う。
けれど、その目は笑っていなかった。
「何も浮かばなかった」
「モリア……」
「仇を討つ。それだけを考えて生きてきた」
モリアは静かに続ける。
「だが、それが終われば……私の中には、もう何もない」
そう言ったモリアの目は、どこか虚ろだった。
「……そういう時はさ」
「ん?」
「誰かと一緒に飯食って、くだらないことでも話して、笑えばいいんだよ」
「……」
「別に今すぐ、これから何をしたいとか決めなくてもいいだろ」
俺だって、そこまで立派に将来のことを考えて生きているわけじゃない。
腹が減れば飯を食う。
疲れたら寝る。
楽しいことがあれば笑う。
それでいいじゃないか。
だが、モリアはしばらく黙ったあと。
虚ろな目のまま、ぽつりと言った。
「……だから」
「ん?」
「誰と、そんなことをすればいいんだ」
「……」
俺は一瞬、何を言ってるんだこいつと思った。
「そりゃ俺達とさ」
「……え?」
モリアがきょとんとした顔をする。
「俺とか、リリアとか、セシルとか、ミナとか」
「……」
「今だって一緒に飯食って、くだらないこと話してるだろ?」
「……そうだな」
モリアは少しだけ表情を緩めた。
「今は……それでいいのかもしれない」
「おう」
「だが、その後はどうすればいい?」
「その後?」
「マンティコアを倒して、この旅が終わったあとだ」
「……」
俺は少し考えた。
けれど、答えなんてとっくに決まっていた。
「だったら、この先も俺達と来ればいいじゃん」
「……何?」
「目的が見つかるまでの間だけでもいいからよ」
モリアが目を見開く。
「第25勇者隊のまま、お前達と同行しろということか?」
「いや」
俺は首を横に振る。
「そのままだったら、王都からまた魔導士と聖職者を送ってくるだろ?」
「……まぁ、そうなるだろうな」
「でもお前、どうせそいつら放り出して、一人で任務に行くつもりだろ」
「……」
モリアは何も答えなかった。
否定しないってことは、図星なんだろう。
「それじゃ駄目なんだよ」
「……カイル」
「リリアたちにも相談はするけどよ。第38勇者隊に入ればいい」
「……本気で言っているのか?」
「あぁ」
「一つの勇者隊に勇者が二人いるなど、前例がない」
「あぁ、そうなの?」
「そうなの、ではない」
呆れられた。
「勇者隊は勇者一人に、魔導士と聖職者が一人ずつ。それが基本だ」
「でも俺いるじゃん」
「お前は勇者ではないだろう」
「農民だな」
「そういう問題ではない」
「じゃあさ」
俺は頭を掻く。
「前例がないなら、前例を作っちまえばいいじゃん」
「……」
モリアが黙った。
「無茶を言うな、お前は……」
「そうか?」
「そうだ」
モリアは呆れたようにため息を吐く。
「もし王都側から何か言われたら、どうするつもりだ?」
「なんか言われるのか?」
「言われるだろう」
「へぇ」
「他人事のように言うな」
モリアが眉間に皺を寄せる。
「私が第38勇者隊へ加わるとなれば、王都の規則にも関わってくる。下手をすれば、お前まで面倒事に巻き込まれるぞ」
「知るか」
「……何?」
「自分らは安全なところでぬくぬくして、勇者や魔導士や聖職者を死地に送り込んでんだろ?」
「……」
「それで、少しでも死なないようにやり方を変えようとしたら、前例がないだの規則だのって」
考えているうちに、なんだか腹が立ってきた。
「そんなもんまで聞いてられるか」
「カイル……」
「邪魔するってんなら、殴ってでも黙らせる」
「……」
モリアが驚いたように俺を見る。
「お前……本気で言っているのか?」
「本気だよ」
「王都の貴族連中が黙っていないかもしれんぞ」
「知らん」
「お抱えの騎士団を差し向けられる可能性だってある」
「そんときはそんときだ」
「……」
「少なくとも、そんな連中の言うこと聞いて、お前をまた一人に戻す気はねぇよ」
モリアが目を見開いた。
しばらく、何も言わない。
すると。
「……ふっ」
「ん?」
「ふふっ……」
モリアが突然笑い始めた。
「なんだよ」
「ははははっ!」
「そんな笑うことか?」
「いや……すまない」
そう言いながらも、モリアは笑うのを止めない。
「本当に無茶苦茶な男だな、お前は……」
「そんなことねぇだろ」
「そんなことはある」
「なんだよ」
「王都の規則に逆らい、邪魔をする者は殴ってでも黙らせる、か」
「向こうが邪魔してきたらな」
「そんなことをすれば、お前のほうが討伐対象になるぞ」
「そんときは……まぁ、その時考える」
「はははっ!」
「だから笑うなって」
「無理だ」
さっきまでの虚ろな表情が嘘みたいに、モリアは楽しそうに笑っていた。
「ほんと……なんて男だ」
「褒めてる?」
「どうだろうな」
「なんだよ」
俺もつられて少し笑った。
しばらくして、モリアの笑い声が落ち着いたところで、俺は改めてモリアを見る。
「だからよ、モリア」
「ん?」
「戦いが終わったら、俺達と一緒に来てくれよ」
「……」
「その先どうするかなんて、後から考えりゃいい」
モリアは驚いたように俺を見つめた。
それから少しすると、優しく笑った。
「……そうだな」
「お?」
「お前だけにリリアたちを任せると、そのうちお前が食われそうだからな」
「……は?」
「お前を守る奴も必要か」
「食われるってなんだよ……」
俺は眉をひそめる。
「とって食われるわけでもあるまいし……」
「……」
何故かモリアが俺をじっと見た。
「なんだよ」
「いや……」
モリアは再び笑い始める。
「まぁ、実際に食われてから、あーだこうだ言うお前を見るのも楽しいかもしれんが、それだと少し可哀想だからな」
「な、なんのことだよ、さっきから」
「ははは……」
モリアは俺の言葉には答えず、楽しそうに笑った。
「まぁ、理由も出来たし、いいだろう」
「……ん?」
「お前達について行ってやる」
「……ほんとか?」
「あぁ」
その返事を聞いて、俺はほっと息を吐いた。
「そっか」
自然と笑みが浮かぶ。
俺はモリアへ右手を差し出した。
「あぁ、これからよろしくな、モリア」
「……あぁ」
モリアは俺の手を見ると、残った右手でしっかりと握り返してきた。




