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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
モリア編

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第71話:勇者が望む普通の暮らし

 その日の夕方。

 俺たちは予定通り、二つ目の村へと辿り着いた。


 村の入口まで来たところで、近くにいた村人へモリアが声をかける。


「すまない。この村で一晩泊めてもらいたいんだが、宿はあるか?」


「おぉ、旅人か! ちょうど良かった!」


「……ちょうどいい?」


 モリアの表情が僅かに険しくなる。


「なんだ。モンスターでも出たか?」


「いやいや、そんなんじゃない!」


 村人は慌てて首を横に振った。


「今日は村で豊穣祭をやっててな。金を使ってくれる旅人でも来ないかなぁって思ってたところなんだ!」


「……」


 随分と現金な理由だった。


「宿なら空き家が一軒あるぞ。一晩銀貨一枚で貸してやる」


「一軒丸ごとか?」


「あぁ。ただし飯は出さん!」


「出ないのかよ」


「夕飯は祭りで買って食ってくれ!」


「……なるほど」


 完全に祭りで金を落としていけということらしい。


「まぁ、一軒銀貨一枚ならいいか」


「そういうことだ! いっぱい食ってってくれ!」


 そうして俺たちは空き家を借り、荷物を置いたあと、そのまま村の祭りへ繰り出すことになった。


 村の中央にはいくつもの屋台が並び、普段は静かであろう村に大勢の人が集まっていた。

 肉を焼く匂い。

 酒を飲みながら騒ぐ大人たち。

 走り回る子供たち。


「……なんか、見たことあるような」


 俺は祭りの中心から少し離れた、広場の端にある石段へ腰を下ろし、その光景をぼんやりと眺める。

 前世でも、こんな祭りがあったような気がする。

 いつだったか。

 どこだったか。

 そこまでは、どうにも思い出せない。


「……前世の記憶かな」


 七歳の頃に思い出した前世の記憶は、こうして時々、妙なところだけ引っかかることがある。

 けれど、思い出そうとすると肝心なところはぼやけてしまう。


「……ま、いいか」


 考えても思い出せないものは仕方ない。

 そんなことを思いながら祭りを眺めていると、


「カイルさん」


「ん?」


 顔を上げると、リリアが立っていた。


「隣、いいですか?」


「おぅ」


 俺が少し横へずれると、リリアが隣へ腰を下ろした。

 二人でしばらく祭りの様子を眺める。


「……こういうの、いいですよね」


「ん?」


「長閑で」


「あぁ。そうだなぁ」


 屋台で飯を買う奴。

 酒を飲んで騒いでいる奴。

 子供を連れて歩いている家族。

 俺からすれば、どこにでもありそうな普通の光景だ。


「私……こういうところを見ると、たまに思うんです」


「何を?」


 リリアは少し考えてから、ぽつりと呟いた。


「普通の暮らしって……なんなんですかね?」


「普通の暮らし?」


「はい」


 随分と難しいことを聞いてくるな。


「んー……」


 俺は腕を組みながら考える。


「農民やったり、商人やったり、鍛冶師やったり……そういうんじゃねぇの?」


「職業の話ですか?」


「いや……まぁ、それも含めてっていうか」


 なんて言えばいいんだろうな。


「朝起きて飯食って、仕事して。休みの日にはこういう祭りに来たりしてさ」


「……」


「何するか自分で決めて、腹減ったら飯食って、疲れたら休んで……そんな感じじゃねぇの?」


「……そんな感じ」


「俺も普通の暮らしってなんだって聞かれたら、よく分かんねぇよ」


 俺が苦笑すると、リリアも小さく笑った。


「カイルさんらしいですね」


「なんだよ、それ」


「ふふっ」


 リリアはまた祭りへ視線を戻した。


「……私、そういう暮らしをしたことがないんですよね」


「孤児院にいた頃も?」


「小さい頃は普通だったと思います。でも……途中から」


「途中から?」


 リリアは膝の上に置いた自分の手へ視線を落とした。


「孤児院に、王都から鑑定士の人が来たんです」


「鑑定士?」


 聞き覚えのある言葉に、俺は眉を上げた。


「ジョブとかスキルを見る奴か?」


「はい」


「あぁ……俺も昔、見てもらったぞ」


「カイルさんもですか?」


「変な喋り方する奴だったけどな」


 今でも妙に覚えている。

『オニイサン、タダの農民ね。スキルナンモナイネ』

 あれ以来、俺は自信を持って自分のことを農民だと言っている。


「俺は見事に農民で終わったけど、お前は違ったわけか」


「……そうですね」


 リリアは小さく頷いた。


「他の子たちと一緒に見てもらって、その時は何も言われなかったんです。でも、一週間くらいしたら王都から迎えが来ました」


「そんなすぐに?」


「はい」


「……で、そのまま王都へ?」


「孤児院には、かなりのお金が支払われたみたいです」


 リリアは少し遠い目をする。


「私一人じゃなくて、セシルも一緒でした。セシルにも魔導士として高い適性があったみたいで」


「二人とも、そのまま連れていかれたのか」


「はい」


 そこから王都での生活が始まったらしい。


「毎日、戦闘訓練ばっかりでした」


「戦闘訓練?」


「剣の使い方とか、身体強化とか、モンスターの知識とか……」


「セシルも?」


「セシルは魔法の訓練ですね。戦うための」


「……」


「何年か経ったら、今度は勇者隊として編成されてました」


 リリアはそう言って、小さく息を吐いた。


「気付いたら、ずっと戦うためのことばっかりやってました」


「……勇者になりたかったわけじゃなかったんだな」


 俺がそう言うと、リリアはすぐに首を横へ振った。


「なりたくなかったです」


 迷いのない答えだった。


「心底、なりたくなかったです」


「……そっか」


「こんな素質なんて、なければ良かったって……何度も思いました」


 思っていたより、ずっとはっきりした言葉だった。


「孤児院を出たら、どこかでのんびり暮らしたかったです」


 その言葉に、何か引っかかった。

 そういえば以前、セシルからも似たような話を聞いたことがある。

 リリアは昔から、孤児院を出たらどこかでのんびり暮らしたいと言っていた。


「……だからか」


「何がですか?」


「最初の街のギルドでさ」


「はい?」


「護衛依頼を直接振られた時、お前すぐに受けなかっただろ」


「あぁ……」


「なんで俺たちに直接頼むんだ、掲示板に出せば他の冒険者が受けるんじゃないかって」


「……覚えてたんですね」


「妙に印象に残っててな」


 あの時の俺は、少し不思議に思っていた。

 勇者ってのは、困っている人がいたら真っ先に助けに行くもんじゃないのか、と。


「他に受けられる人がいるなら、その人たちに任せればいいと思っただけですよ」


「結局、適した冒険者が出払ってるって聞いたら受けてたけどな」


「必要ならやります」


 リリアは少し困ったように笑う。


「でも、怖いですから」


「……うん」


「誰かが困っていて、私たちしかいないなら戦います。でも……他に戦ってくれる人がいるなら、わざわざ私たちが戦わなくてもいいじゃないですか」


「そりゃそうだ」


「勇者だからって、戦えるからって……戦うのが好きなわけじゃないです」


 祭りの中を、何人かの子供たちが笑いながら走っていく。

 リリアはその姿を目で追った。


「本当は、こういうところで普通に暮らしたかっただけなんです」


「……」


 今なら、あの時のリリアの態度も分かる。

 人助けが嫌いなわけじゃない。

 必要なら戦う。

 ただ、必要のない戦いまで進んで背負いたくなかった。


「……私も、なれますかね?」


「ん?」


「農民とか、商人とか、鍛冶師とか……そういう普通の人に」


「なれるさ」


 俺はそのまま答えた。


「やったことないなら覚えりゃいいし、向いてなかったら別のことすりゃいいだろ」


「……そうですか」


「ってか、お前らって四魔将を一人でも倒したら、勇者の任務から解放されるんだろ?」


 以前、エリオたちと一緒に馬車へ乗っていた時のことを思い出す。

 四魔将を一人でも討ち取れば、勇者の任務から解放され、名誉国民として迎えられる。

 あの時リリアは、それを目標にしていると話していた。


「名誉国民になったら、あとは好きに暮らせるんじゃねぇの?」


「……私は、名誉とかそういうのには興味ないです」


 リリアは小さく首を横に振った。


「出来ることなら……今すぐセシルを連れて、勇者なんか辞めたいです」


「……」


「でも……」


 リリアの声が少し小さくなる。


「そうやって私たちが逃げたら……ミナがどうなるのかなって」


「……ミナか」


 以前セシルから聞いた話では、リリアが勇者である以上、セシルとミナも、そこから勝手に外れることはできない。

 しかもミナは教会機関の人間だ。


「お前とセシルが勝手に逃げたら……ミナの立場は相当まずそうだな」


「はい……」


「下手すりゃ、教会から責任を問われるか」


「……それが怖いんです」


 リリアは小さく頷いた。


「ミナは、私たちにすごく良くしてくれています。だからって、教会まで私たちの勝手を許してくれるわけじゃないですから」


「まぁ、そうだよな」


「それに……」


「ん?」


「ミナなら、私たちが逃げるって言ったら、一緒に来てくれると思うんです」


「俺もそんな気がする」


「だから余計に嫌なんです」


 リリアは苦笑する。


「私たちが勇者を辞めたいってだけで、ミナまで巻き込みたくないです」


「……そりゃ、簡単に逃げるわけにもいかねぇわな」


「はい……」


 セシルは昔から一緒にいる。

 ミナも今では、大事な仲間なんだろう。

 自分が逃げれば、それで終わる話じゃない。

 勇者ってのは、本当に面倒なもんだ。


「……難しい話をしているな」


「うぉっ」


 突然後ろから声をかけられ、俺は振り返った。

 そこにはモリアが立っていた。


「いつからいたんだよ」


「今来たところだ」


「モリアさん」


 リリアが少し姿勢を正す。


「そういや、セシルとミナは?」


「あぁ。向こうで祭りを楽しんでいるよ」


 モリアが屋台の並ぶ方へ顔を向ける。


「セシルがあれこれ買い食いしていてな。ミナが『ほんと、どこにそんなに入るのよ……あんたもリリアも……』と呆れながら付き合っていた」


「セシル……」


 リリアが苦笑する。


「お前も同類扱いされてるぞ」


「私はまだそんなに食べてませんよっ!」


「まだ、な」


「カイルさん!」


 俺は笑いながら、もう一度祭りの方を見る。


「なぁ、モリア」


「なんだ?」


「普通の暮らしって、なんだろうな?」


「……普通の暮らし?」


 モリアは少し意外そうな顔をした。

 それから、祭りの様子へ視線を向ける。


「……そうだな」


 しばらく考えたあと、モリアは口を開いた。


「したいことをすればいい」


「したいこと?」


「あぁ。難しく考える必要なんてないさ」


 モリアはリリアを見る。


「何かやりたいことがあるなら、やればいい。住みたい場所があるなら、そこへ行けばいい」


「……」


「勇者でなくなった後くらい、自分の人生を自分で決めればいいさ」


 リリアは少し驚いたようにモリアを見る。

 やがて、小さく頷いた。


「……はい」


「ただ……」


 モリアは一度言葉を止めた。


「その、したいことが残っているうちに……よく考えておいた方がいい」


「……モリアさん?」


「後になってから考えようとしても、遅いこともあるからな」


 それだけ言うと、モリアは僅かに笑った。


「さて。私は先に宿へ戻るよ」


「もう戻るのか?」


「あぁ。少し休みたい」


「そっか」


「キミたちは、もう少し祭りを楽しんでくるといい」


 モリアは俺たちに背を向けると、そのまま祭りの人混みから離れていった。


「……」


 俺は何も言わず、その背中を眺める。

 昨日、モリアはマンティコアを倒した後のことを、考えられないと言っていた。

 リリアは、普通に暮らしたい。

 何をするかまでは決まっていなくても、その先を考えている。

 けれどモリアには、今のところそれすらない。


「……したいことがないなら」


「え?」


「いや……」


 俺は頭を掻く。


「見つかるまで探せばいいのになって思ってさ」


「……モリアさんのことですか?」


「まぁな」


 すぐに見つからなくたっていい。

 何年かかったっていい。

 昨日あれだけ話しておいて、マンティコアを倒したら、はい終わり。

 そんなのは違うだろ。

 したいことが見つかるまで。

 この先どうするか決められるまで。

 誰かと一緒にいたっていい。

 一人でいる必要なんてないはずだ。


 俺は祭りから離れていくモリアの背中を、しばらく眺めていた。

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