第70話:魔力と性格
翌朝。
俺は皆より少し早く目を覚ますと、一人で台所に立っていた。
昨晩余った野菜を細かく刻み、鍋で簡単なスープを作る。
その横では、残っていた肉を小さく切って卵と一緒に炒め、パンも火のそばで軽く炙っていく。
「……こんなもんか」
ちょうど料理が出来上がり始めた頃。
廊下の奥から、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「おはようございます、カイルさん……」
眠そうな顔をしたリリアが居間へ入ってくる。
その後ろから、セシルとミナも続いてきた。
「おはよ」
「おはようございます」
「おぅ、おはよう」
俺は鍋の中を軽くかき混ぜながら三人を見る。
「朝飯もうすぐ出来るから、先に歯磨きと顔洗っちゃえよー」
「はーい」
「……眠い」
「寝ながら歯磨くなよ」
「しない」
「本当かぁ?」
セシルが半分閉じた目のまま洗面の方へ向かっていく。
リリアとミナもその後を追っていった。
俺はそんな三人を見送りながら、小さく笑った。
「……ったく、朝からいつも通りだな」
しばらくすると、今度はモリアが寝室から出てきた。
「おはよう、カイル」
「おぅ、おはよう」
俺は振り返ってモリアを見る。
「歯磨いたか? 顔も洗ったか?」
「……私をリリアたちと一緒にするな」
「確認しただけだよ」
モリアは呆れたように言いながら、居間の卓へ腰を下ろした。
「ほら」
俺は淹れておいた茶を一杯、モリアの前へ置く。
「朝飯もうすぐ出来るから、それでも飲んで待っててくれ」
「あぁ」
モリアは湯気の立つ茶を手に取り、一口飲んだ。
「……旨いな」
「そいつはどうも」
俺はそう返しながら、再び台所へ戻る。
卵をかき混ぜ、刻んだ肉を入れながら火にかけていると、背後からモリアの声が飛んできた。
「カイル」
「んー?」
「お前、将来は良い嫁になれそうだな」
「……」
俺の手がぴたりと止まった。
「昨日のお母さんネタ、まだ引っ張る気かよ……」
振り返ると、モリアは茶を飲みながら楽しそうに笑っていた。
しばらくして、顔を洗い終えたリリアたちも戻ってきた。
「いい匂いですっ!」
「お腹減った」
「朝から元気だな、お前ら……」
俺は出来上がった朝食を卓へ並べていく。
肉入りの炒り卵に、野菜のスープ。それと軽く炙ったパン。
「いただきます!」
五人で卓を囲み、そのまま朝食を取り始めた。
「美味しいです!」
「卵、もっとある?」
「今日はこれで終わり」
「……残念」
「朝からどんだけ食うつもりだよ」
そんなやり取りをしながら朝食を済ませると、俺たちは荷物をまとめ、借りていた家を出た。
家の前には、昨日俺たちを案内してくれた村人が待っていた。
「おはようございます、勇者様方。昨晩はよく眠れましたか?」
「あぁ。十分休めた。世話になったな」
モリアがそう答えると、村人は嬉しそうに頭を下げた。
「それは良かったです」
「それと、これ」
セシルたちが持ってきた桶と、俺たちの分の魔物除けの石をまとめて村人へ渡す。
「昨日頼まれたやつな」
「ありがとうございます!」
村人は桶を受け取ると、中を覗き込んだ。
「それで……どれがまだ空の石でしょうか?」
「ん?」
俺はその言葉を聞いて、モリアを見る。
「そういや、俺たちの分は全部やったけど……」
「あぁ」
「セシルたちの方、どれが空か聞いてなかったな」
俺が三人を見ると、セシルが得意げに胸を張った。
「ふふん」
「なんだよ、その顔」
「私たちも全部充填してある」
「え?」
村人が目を丸くした。
「全部……ですか?」
「全部」
セシルが満足そうに頷く。
その横で、リリアも何故か同じように胸を張った。
「三人で頑張りました!」
「途中からミナまで巻き込んだけどな」
「……でも、ちゃんと全部終わらせましたよ」
ミナが苦笑する。
村人は改めて桶の中を覗き込むと、慌てたように顔を上げた。
「ま、まさか……本当に全部、魔力を込めていただけるとは思ってませんでした!」
「出来る限りでいいって言ってたしな」
「いえ、それでも十分ありがたかったんです。それをまさか全部とは……」
村人はしばらく感激したように桶を見ていたが、やがて何かを思い出したように懐へ手を入れた。
「あの……これを」
「ん?」
差し出されたのは、銀貨が数枚と銅貨だった。
「昨日のお宿と食事だけでは、さすがに申し訳ありませんので……ほんの少しですが、お礼です」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「受け取ってください。これだけ魔力を込めてもらったなら、しばらく村も安心して過ごせますから」
俺がモリアを見ると、モリアは小さく頷いた。
「なら、ありがたく頂こう」
「ありがとうございます」
俺は村人から硬貨を受け取った。
「こっちこそ、泊めてもらって助かったよ」
「また近くを通ることがあれば、いつでも寄ってください」
「あぁ。その時はまた世話になる」
モリアがそう言うと、村人は深く頭を下げた。
「道中、お気をつけて!」
「はい! ありがとうございました!」
リリアが大きく手を振る。
俺たちも村人へ礼を言い、そのまま村を後にした。
村を出た俺たちは、再び森の中を北へ向かって歩いていた。
相変わらず先頭を歩くのはモリアだ。
そして昨日と同じように、その身体からは周囲のモンスターを遠ざけるような殺気が滲み出ている。
「……なぁ、モリア」
「なんだ、カイル」
「その殺気っていうか……モンスター避けのオーラっていうの?」
「オーラ?」
「なんて言えばいいんだよ。お前がずっと出してるそれだよ、それ」
モリアが少し不思議そうに俺を見る。
「それがどうした?」
「いやさ」
俺はモリアの隣まで歩いていく。
「それ、ずっとやってると疲れるだろ?」
「……」
「昨日も一日中やってたしさ。俺にも出来るなら、少しくらい代わってやりたいなと思って」
モリアは僅かに目を見開いた。
「……どうした、急に」
「別に急でもねぇよ。ずっとお前一人にやらせるのも悪いだろ」
「……ふっ」
モリアは小さく笑った。
「なら、試してみるか」
「おっ。出来るのか?」
「難しいことではない。自分の魔力を周囲へ広げ、その中へ敵意を乗せるような感覚だ」
「敵意ねぇ……」
「昨日、魔物除けの石へ魔力を込めただろう?」
「あぁ」
「あれを今度は外へ向けて広げると思えばいい」
「なるほどな」
俺は歩きながら、自分の中にある魔力へ意識を向けた。
昨日感じ取った、身体の中を流れる妙な感覚。
それを外へ。
周囲へ広げるように意識してみる。
そしてそこへ、近づくなという意思を乗せる。
「……こんな感じか?」
すると。
身体の奥から、漆黒の魔力がゆっくりと溢れ出した。
「……っ」
後ろを歩いていたリリアたちが、揃って僅かに身体を震わせた。
「……なんですか、これ」
「ゾクッとした……」
セシルが自分の腕を擦る。
「怖いって感じじゃないんですけど……」
ミナも少し戸惑ったように俺を見る。
「なんというか……変な感じがしますね」
「変?」
俺が首を傾げた、その時だった。
「カイル。止めろ」
「え?」
モリアが真剣な顔で俺を見る。
「もういい。魔力を引っ込めろ」
「お、おぅ」
言われるまま意識を切る。
周囲へ広がっていた漆黒の魔力も、ゆっくりと消えていった。
「……なんか失敗したか?」
「いや……やり方自体は間違っていない」
「じゃあ何で止めたんだよ?」
モリアは少し考えるように俺を見る。
「キミの魔力は、普通の人間のものとは少し質が違う」
「質?」
「あぁ。恐怖を感じるわけではない。だが……妙に異質だ」
「……」
「このまま森の中で撒き散らしていれば、下手をすれば他の冒険者にモンスターと間違われかねん。やめておけ」
「そんなに!?」
「少なくとも、私は勧めない」
「マジかよ……」
俺が自分の両手を眺めていると、ふと思い出した。
「……そういや」
「なんだ?」
「前にダグラスも、似たようなこと言ってたな……」
「ダグラス……?」
モリアが少し考えるように眉を寄せた。
「……ルシアに雇われている戦士のことか?」
「あぁ、そのダグラス」
俺は思わずモリアを見る。
「……って、一発で分かるってことは、ダグラスってもしかして有名人なのか?」
「いや。あの男が、というより……ルシアの方だな」
「ルシアが?」
「あぁ。勇者の中でも名の知れた一人だ。実力もある。それに……」
モリアは少しだけ間を置いた。
「少々、変わり者でもある」
「……あぁ」
その一言で、以前会った時のことを思い出した。
『カイルさん。その方々から、何か無理を強いられてはいませんか?』
農民の俺が勇者パーティーと旅をしていると知った途端、やたらと深刻な顔で心配されたっけ。
挙げ句の果てには、俺が自分で同行していると言っても、しばらく納得してくれなかった。
「……確かに、ちょっと変わってたな」
「知っているのか?」
「前に会ったことあるんだよ。悪い奴じゃないんだけどさ……なんつうか、人を助けることに全力すぎるっていうか」
「それがルシアだ」
「有名だったんだな、あいつ……」
俺は今さらながら、妙に納得した。
「で、そのダグラスが言ってたんだけどさ」
話を戻す。
「ロックベアと戦った時、俺の魔力があいつの大剣に残ってたらしくてな」
確か、俺を担いで街へ戻る途中。
ひび割れた大剣に残っていた俺の魔力を嫌がって、モンスターがまったく近寄ってこなかったと言っていた。
「その時は、便利なもんだなぁくらいにしか思ってなかったけど……」
「……なるほど」
モリアが少し考えるように目を細めた。
「やはり偶然ではなさそうだな」
「嬉しくねぇ確認のされ方だな……」
「カイルさんの魔力って……性格と全然一致しないですよね」
リリアが困ったように笑う。
「ん?」
俺はリリアを見る。
「魔力の色って、性格に反映するもんなのか?」
すると、リリアだけでなくセシルとミナ、モリアまで揃って頷いた。
「ある程度はな」
モリアが答える。
「本人の性質や感情が、色や質に表れることは珍しくない」
「へぇ……」
俺は改めて自分の手を見る。
「じゃあ、なんで俺は漆黒なんだよ」
「……もしかして、腹黒……」
セシルがぼそりと呟いた。
「誰が腹黒だ」
「でも……」
リリアが少し考えるように首を傾げる。
「必死で戦ってる時は、そこまで気にしてませんでしたけど……カイルさんの魔力って、やっぱり他の人とちょっと違うんですよね」
「違う?」
「はい。なんというか……変異してるっていうか……」
「変異って、お前……」
随分と不穏な言い方をする。
「……まぁ」
俺は少し考えてから、苦笑した。
「きっと人生経験ってやつだろ」
「人生経験?」
「そ。色々あんだよ、俺にも」
もちろん、七歳の時に思い出した前世のことまで話すつもりはない。
適当に濁したつもりだったのだが。
「……ラウム村って、そんな大変なところでしたっけ?」
リリアが不思議そうに首を傾げた。
「いや、それは……」
「ブラックボアより強い人たちが普通にいるっていう、あの村で……人生経験に苦労?」
セシルまで訝しげな顔で俺を見る。
「それとこれとは別だろ……」
「……もしかして」
ミナが何かに気付いたような顔をした。
「お嫁さん探しに苦労してたり?」
「なんでそうなる!?」
「……なるほど」
セシルが妙に納得したように頷く。
「何がなるほどだよ」
「仕方ないなぁ」
セシルは少し呆れたような顔をしながら、俺を見る。
「もし、いつまで経ってもお嫁さん見つからなかったら、その時は相談乗ってあげるよ」
「私もっ! 私もっ!」
何故かリリアまで勢いよく手を挙げた。
「お前らなぁ……」
俺は困ったように二人を見る。
「余計なお世話だわっ!」
俺がそう返すと、隣から小さな笑い声が聞こえた。
「……くくっ」
見ると、モリアが肩を揺らして笑っている。
「なんだよ……」
そんな俺の肩を、モリアがぽんぽんと叩いた。
「モテる男は大変だな、カイルよ」
「モテるってか、からかわれてんだよ……」
俺は苦笑しながら返す。
けれど。
笑っているモリアの顔を見て、昨日の夜に見た姿が一瞬だけ頭に浮かんだ。
どこか遠くを見ているような、あの顔。
今にも、そのまま消えてしまいそうだったモリアの顔。
「……」
それに比べれば。
今、こうして笑っている方がずっといい。
俺は少しだけ安心しながら、前を向いた。
「ほら、行くぞ。次の村までまだあるんだからな」
「あぁ」
「はーい!」
俺たちはそんなくだらない話をしながら、再び森の中を歩いていった。




