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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
モリア編

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第69話:モリアの失くしたもの

 俺は魔物除けの石に魔力を込めながら、向かいに座るモリアを見た。

 モリアは片手で石を一つ掴むと、魔力を込めて横へ置く。

 そして、また次の石を掴む。

 ただ淡々と、それを繰り返していた。


「……」


 昨日から、なんとなく気になっていた。

 リリアたちと話している時は笑うこともある。

 飯を食っている時だって、普通に楽しそうにしていた。

 なのに今、目の前にいるモリアを見ていると。

 どこか寂しそうで。

 ちゃんとここにいるはずなのに、ふとした瞬間に、そのままどこかへ消えてしまいそうな。

 そんな妙な感じがした。


 俺は手に持っていた石へ魔力を流しながら、口を開いた。


「……なぁ、モリア」


「なんだ、カイル」


 モリアはこっちを見ることもなく、次の石を手に取る。


「魔力詰めてる間でいいからさ。少し聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「構わない」


「……」


 少し迷ってから、俺は口を開いた。


「マンティコアを倒して……仲間の仇を討ったらさ」


「……」


「そのあと、お前はどうするんだ?」


 モリアの手が止まった。

 石へ流れていた魔力も、ぴたりと途切れる。


「……どうにもしない」


「……え?」


「何も考えていない」


「何もって……」


 俺は思わず眉をひそめた。


「勇者を続けるとか、どっかに住むとか……なんかあるだろ?」


「……ない」


「ないって……」


「すまない、カイル」


 モリアは手の中の石を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「考えていない、というのは少し違うな」


「……」


「考えられないんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

 ようやく分かった。

 こいつには、マンティコアを倒したあとの自分がない。


「……なんかあるだろ」


 俺は石を握ったまま、どうにか言葉を探した。


「別に勇者だからって、絶対に四魔将へ挑まなきゃいけないわけじゃない」


「……」


「エリオ……別動隊の勇者みたいにさ。各地を回りながら、王都から来る依頼をこなして生きていくことだって出来る」


「……」


「それが嫌なら……」


 俺はそこで少し考えた。


「……いっそ、死んだことにして隠居する方法だって、探せばあるんじゃないか?」


「……何?」


「勇者だからって、死ぬまで勇者やらなきゃいけない決まりでもないだろ」


 自分でも、かなり無茶なことを言ってるのは分かっていた。


「名前変えて、どっか田舎で暮らすとかさ。そういう逃げ道だって……探せば一つくらいあるだろ」


「カイル」


 静かな声に、俺は言葉を止めた。

 モリアの石を握る指が、僅かに震えていた。


「……言っただろう」


「……」


「考えられないんだ」


 モリアは俯いたまま続けた。


「私には……彼らが全てだった」


「……」


「朝起きれば、二人がいた」


 ぽつり、ぽつりと。

 モリアは石を見つめながら話していく。


「飯を食う時も、依頼へ向かう時も、帰ってきた時も……いつも二人がいた」


「……」


「それが当たり前だった」


 指先の震えが、少しずつ大きくなる。


「なのに、ある日突然いなくなった」


「……モリア」


「それなのに私だけが残って……これから先、一人で何をしろと言うんだ?」


「……」


 何も言えなかった。


「何を食べればいい?」


「……」


「どこへ行けばいい?」


「……」


「誰と笑えばいいんだ?」


 モリアが、初めて俺を見た。


「私は……何のために生きればいい?」


「……」


 答えなんて出なかった。

 そんなもの、俺に分かるはずがない。


「……でもよ」


 それでも、何か言わなきゃいけないと思った。


「亡くなった仲間だって……」


「……」


「モリアがこれから幸せに生きてくれることを、あの世で願ってると思うぞ」


 言った瞬間、自分でも分かった。

 ありきたりだ。

 薄っぺらい。

 何も失っていない俺が言ったところで、何の慰めにもならない。


 モリアはしばらく俺を見つめていた。

 その瞳には、怒りもなかった。

 ただ、どうしようもないほどの悲しさだけがあった。


「……死んだ魔導士とな」


「……」


「私は、婚約していたんだ」


「……え?」


「この戦いが終わったら、一緒になろうと約束していた」


 モリアは小さく笑った。


「いつになるかも分からないのにな」


「……」


「家は小さくていい。子供は二人がいい。私は料理が苦手だから、お前が作れ。そんな話までしていた」


 胸の奥が締め付けられた。


「……聖職者の方は、私と同じ孤児院で育った子だ」


「……」


「七つも歳が離れていてな。小さい頃から、どこへ行くにも私の後ろをついてきた」


 モリアの声が少しだけ震えた。


「私を本当の姉のように慕ってくれていた」


「……」


「私も……あの子を弟だと思っていたよ」


 婚約者。

 弟。

 ただの仲間じゃない。

 モリアにとっては、本当に家族だったんだ。


 モリアは俺を真っ直ぐに見た。


「……そんな二人の代わりが」


「……」


「見つかると思うか?」


 言葉が出なかった。

 しばらく黙ったあと、俺は小さく首を振った。


「……見つからない」


「……」


「見つかるわけないよな」


 モリアの目が僅かに伏せられる。


「……あぁ」


「でも……」


 俺は続けた。


「代わりなんて、見つけなくていいんじゃないか?」


「……何?」


「だって、代わりなんかいないんだろ?」


「……」


「だったら、いないままでいいじゃん」


 自分でも、上手く言えているのか分からなかった。


「二人のこと忘れろなんて言わねぇよ。新しい誰かを見つけて、穴埋めしろとも言わない」


「……」


「ずっと大事にしてりゃいい」


 モリアが僅かに目を見開いた。


「たださ……」


 俺は少しだけ俯いた。


「だからって、お前まで二人のところへ行く必要はないだろ」


「……」


「先に逝った二人だって、お前にはまだ来てほしくないと思う」


「……何故、分かる?」


「分かんねぇよ」


 俺は正直に答えた。


「俺、その二人に会ったことないし」


「……」


「でも、大事な女とか、大事な姉ちゃんが、自分の後追って死のうとしてたら……」


 俺はモリアを見る。


「俺なら嫌だ」


「……」


「絶対に来んなって思う」


 モリアの口元が僅かに震えた。


「だから……」


 俺は手に持っていた石を置いた。


「マンティコアと戦うのはいい」


「……」


「仇を取るのも止めない」


「……」


「でも、死ぬのだけは駄目だ」


 モリアは何も答えなかった。


「お前が死ぬつもりで戦うってんなら……」


 一度だけ息を吐く。


「俺が止める」


「……カイル」


「俺がお前を、命に代えても守ってみせるよ」


 モリアは呆気に取られたように俺を見た。


「……」


 しばらくして。


「……ふっ」


 小さく吹き出した。


「なんだよ」


「いや……」


 モリアは俯きながら笑う。

 だが、その片目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。


「……昔な」


「ん?」


「私よりも弱い癖に……同じようなことを言うバカがいたんだ」


「……」


「『女なんだから、もっと俺を頼れ』」


 モリアが懐かしそうに目を細める。


「『いざって時は、俺が庇ってやる』とな」


「……その人って」


「あぁ」


 モリアは小さく頷いた。


「婚約者だ」


「……」


「何度言っても聞かなくてな」


 モリアが少し笑った。


「私の方が強い。お前に守られる必要などない。そう言っても……」


「……」


「『強いとか弱いとか関係あるか。好きな女くらい俺に守らせろ』と」


 そこで、モリアの声が止まった。


「……」


「そして……」


 少しだけ息を吸う。


「最期は、本当に私を庇った」


「……」


「マンティコアの攻撃から私を突き飛ばして……自分が代わりに受けた」


 モリアは笑っていた。

 笑っているのに。

 その残った片目から、一粒だけ涙が零れた。


「……本当に……バカな男だ」


「……」


「最後まで……言った通りのことをしやがった……」


 俺は何も言わず、その涙を見ていた。


「……なぁ、モリア」


「……なんだ」


「その人さ」


「……」


「お前を庇ったこと、後悔してないと思うぞ」


 モリアがゆっくりと俺を見る。


「……何故、そう思う」


「好きな女だったんだろ?」


「……あぁ」


「だったら、守れて良かったって思ってるよ」


「……」


「少なくとも俺なら、そう思う」


 モリアはしばらく何も言わなかった。

 やがて、零れた涙を指で拭う。


「……そうか」


「あぁ」


「……そうだな」


 モリアは泣きながら、ほんの少しだけ笑った。


「……あいつなら、そう言うだろうな」


 モリアは、まだ少し涙の残る目で俺を見た。


「……いつからだ」


「ん?」


「いつから、私に生きるつもりがないと気付いていた?」


「……」


 俺は少し考えてから、頭を掻いた。


「なんとなくだよ」


「なんとなく?」


「あぁ」


 どう説明したものかと考えながら、ゆっくり言葉を探す。


「リリアたちが楽しそうに話してる時さ。お前、なんか懐かしそうに見てただろ」


「……」


「でも、それと同時に……どっか寂しそうにも見えた」


 モリアは何も言わず、俺の話を聞いている。


「そこに、仲間を二人失くしてるって話まで聞いたらな……」


 俺は小さく息を吐いた。


「もしかして、こいつ……マンティコア倒したあとまで考えてねぇんじゃないかって」


「……そうか」


「まぁ、確信したのはさっきだけどな」


 俺は苦笑した。


「正直、外れててほしかったよ」


「……すまないな。会って間もないというのに……」


「……謝んなよ」


 俺は手に持った魔物除けの石を見ながら、少し考えた。


「それにさ。リリアたちとか、別動隊の勇者のエリオたちを見てて……なんか思うところがあってな」


「……」


「勇者って、王都に選ばれて……世界が危ないから戦えって言われるんだろ?」


「あぁ」


「断りたくても、そう簡単に断れるもんでもない」


「……そうだな」


「街じゃ勇者様、勇者様って持ち上げられるし……中には、お前らなら強いんだから戦って当然だろ、みたいな目で見る奴もいる」


 モリアは何も言わず、俺の話を聞いていた。


「でもさ……」


 俺は少し言葉を探した。


「俺には、どうしてもそうは見えねぇんだよ」


「……?」


「リリアだって怖がるし、エリオだって悩むし。飯食って笑って、くだらねぇことで喧嘩もする」


「……」


「勇者って言われる前に、普通の人間じゃねぇか」


 自分で言いながら、なんとなく胸の奥に引っかかっていたものが少しだけ形になった気がした。


「それなのに……世界が危ないからって、死ぬまで戦うのが当たり前みたいになってるのがさ」


「……」


「なんか……変だなって思うんだよ」


 四魔将がどれだけ恐ろしいのか。

 魔王がどれだけ危険なのか。

 俺には、まだ分からない。


「ここまで来たけど、俺自身はまだ……世界が滅びそうだなんて実感したこともねぇしさ」


「……カイル」


「いや、だからって王都が嘘ついてるとか、そういう話じゃねぇよ」


 俺は慌てて手を振った。


「ただ……なんつうか……」


 上手い言葉が出てこなくて、頭を掻く。


「目の前で普通に笑ってる奴らが、勇者だからって理由だけで死んでいくのは……嫌だなって」


「……」


「……死なせたくねぇなって、思ったんだよ」


 俺はモリアを見る。


「リリアも、エリオたちも……お前もさ」


 そんな俺の言葉を聞いたモリアは、しばらく黙っていた。

 やがて。

 今まで見たことのないような、優しい笑顔を浮かべる。


「……変な男だな。キミは」


「ん?」


「私たち勇者の実力を間近で見ておきながら……それでも、守るつもりでいる」


「……」


 モリアは少しだけ目を細めた。


「自分の方が弱いかもしれないなどとは、これっぽっちも考えずにな」


「いや、それは考えてるぞ……」


「ふっ……」


 モリアは小さく笑った。


「……本当に」


 その笑顔は、どこか懐かしそうで。


「……あのバカによく似ているよ」


 その言葉を最後に、俺たちの間に静かな沈黙が落ちた。

 窓の外では、夜の森を抜ける風の音だけが聞こえていた。

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