第67話:勇者と宿と部屋割り
村の中へ入った俺たちは、まず今日泊まれる場所を探すことにした。
ちょうど近くを歩いていた村人を見つけ、俺は声をかける。
「すいません。俺たち、今日の宿を探してて」
「ん?」
村人は足を止めると、俺たち五人をじっと見つめた。
「……お前さん方、冒険者か何かか?」
「あぁ、まぁ……」
「この村には行商人くらいしか普段は来ないんだが、一体何の用でさ?」
村人は少し訝しむような目で、俺たちを見渡している。
まぁ、こんな森の中にいきなり武器を持った五人組が現れれば、警戒するのも当然か。
そんな時だった。
「驚かせたようですまない」
モリアが颯爽と前へ出た。
「私たちは、こういう者だ」
そう言うと、モリアは胸元から勇者の証である紋章を取り出した。
「……ひぇっ!?」
それを見た村人の表情が一変する。
「そ、そいつは失礼しました、勇者様!」
「いや、構わない」
「しかし、なんでこんな森の中の村に……?」
村人は不思議そうに首を傾げた。
「アルゼンに用があってな」
モリアは何でもないような顔で答える。
「あの街へ行くなら、第二王都から一直線に歩いた方が早いだろう?」
「あぁ……なるほど」
村人は納得したように何度も頷いた。
「しかし、道中ホーンラビット共に襲われやしませんでしたか?」
「いや。一度もな」
「それは失礼しました。しかし、あの悪路を踏破してまでアルゼンへ急行されるとは……流石は勇者様でございます」
「機嫌取りはいい」
モリアが平然と言い放つ。
「それより、今日の宿を貸してくれないか? 無論、宿代は支払う」
「あ、はい。それでしたら……」
村人はそう答えかけたところで、何かを思いついたように動きを止めた。
「……」
少し考え込んだあと、ポンと手を叩く。
「……それでしたら勇者様!」
「ん?」
「魔物避けの石に、魔力を補充してはくださりませんか?」
「はいはーい」
その言葉を聞いて、セシルが一歩前へ出た。
「そういうのは魔導士の私の方が得意だよ、モリアさん」
「そうか。なら任せよう」
それを聞いた村人は、ほっとしたように笑った。
「ありがとうございますっ! では、さっそく本日の宿に使っていただく空き家と、夕食用の食材。それから、魔力が空になった魔物避けの石をお持ちしますね!」
「あぁ、すまない。助かるよ」
そのまま俺たちは村人に案内され、村の端にある空き家へ向かった。
案内された空き家は、村の端に建つ平屋の家だった。
中へ入ると、まず少し広めの居間があり、その奥に台所がある。
廊下の先には寝室が二部屋。
どちらも三人くらいなら余裕を持って寝られそうな広さだった。
さらに家の端には、風呂とトイレまで付いている。
「……思ってたより、ちゃんとしてるな」
てっきり物置みたいな家を想像していたが、五人で一晩過ごすには十分すぎる。
多少古びてはいるものの、埃もほとんどなく、普段から旅人用に手入れされているらしい。
「ここを使ってください」
「助かる」
荷物を下ろしていると、しばらくして別の村人たちがやってきた。
片方は夕食用らしい野菜や肉の入った籠を抱え、もう片方は大きな桶を両手で持っている。
「お待たせしました。こちらが食材で……」
村人が桶を床へ置く。
「こちらが、魔力を込めていただきたい魔物避けの石です」
「……」
中を覗き込んだセシルの顔が引きつった。
桶いっぱいに、小さな石がぎっしりと詰まっている。
「……うげっ!?」
セシルが思わず声を上げた。
「思ってたより多い!?」
村人はセシルの言葉を聞くと、少し気まずそうに笑った。
「すいません、魔導士様。ちょうど第二王都まで行って、魔力を詰め直してもらおうと思っていたんですが……」
「……ですが?」
「そこへ、ちょうど勇者様方がいらっしゃったもので……」
村人は愛想笑いを浮かべながら、桶の中をちらりと見る。
「もちろん、全部とは言いません。出来る限りで構いませんので……」
「……うぅ」
「では、よろしくお願いします」
そう言うと、村人は桶を部屋の隅へ置き、そのまま頭を下げて出ていった。
「……」
残されたセシルは、桶いっぱいに詰まった魔物避けの石をじっと見つめる。
「うぐぐぐ……」
腕を組みながら、まるで敵でも見るような目で石の山を睨んでいた。
俺はそんなセシルを横目に、空き家の台所へ向かった。
村人から渡された籠を台の上へ置き、中の食材を確認していく。
野菜に肉。それなりに揃っている。
「……さて」
俺は袖を軽く捲った。
「んじゃぁ、俺は今日の夕食でも作りますかねぇ~」
「あぁぁっ!!」
「ん?」
振り返ると、セシルが桶の前から俺を指差していた。
「カイルの裏切り者! 鬼! 悪魔!!」
「なんでそうなる……」
セシルの抗議を聞き流しながら、俺は台所で夕食の準備を進めていく。
そんな中、モリアが桶の前まで歩いていき、そのままセシルの隣へ腰を下ろした。
「こんなものは、とっとと終わらせるぞ」
そう言うと、モリアは桶の中から魔物避けの石を一つ掴んだ。
「……」
次の瞬間、石に魔力が流れ込んでいく。
あっという間に魔力を込め終えると、モリアは次の石へ手を伸ばした。
「……うぅ」
その様子を見たセシルも、渋々といった顔で桶へ手を伸ばす。
魔物避けの石を一つ掴むと、魔力を込め始めた。
「うぁぁぁぁ……すーわーれーるー……」
わざとらしい悲鳴が部屋に響く。
「黙ってやれ!」
「黙ってやれ!」
「二人して酷い!」
モリアだけでなく、思わず俺まで声を揃えてしまった。
そんなセシルたちを差し置いて、リリアは二つの寝室を交互に覗き込んでいた。
「わぁ……どっちの部屋も結構広いですね!」
「ベッドもちゃんとありますよ、ミナ!」
「本当ですね。思っていたよりずっと綺麗です」
ミナも寝室を覗き込みながら感心したように頷く。
そんな二人を見ながら、俺はふと気付いた。
「……そういや」
二つの寝室。
そして俺たちは五人。
「部屋割り、どうすんだ?」
リリアは俺の言葉を聞くと、何故か少しそわそわした様子でこっちを見た。
「ど、どっちにしますか!?」
「どっちって何がだよ?」
俺は何を言ってるんだと首を傾げる。
「別に部屋の大きさに変わりないだろ?」
「違いますっ!!」
リリアが頬を膨らませながらも、どこか面白がるように俺を指差した。
「今日はカイルさんがどっちの部屋で寝るのか? って話です!」
「は?」
「つまり、私かセシルのどっちを選ぶか? って話です!!」
「ぶっ!?」
その言葉を聞いたセシルが、魔物避けの石を握ったまま思いっきり咳き込んだ。
「な、なんで私まで入ってるの!?」
「だって二部屋しかないじゃないですか!」
「そういう問題!?」
そんな二人のやり取りを見ていると、今度は隣にいたミナがすっと真顔になった。
「おい」
「ん?」
「私も混ぜろ」
「ミナまで何言い出してんだよ!?」
ミナはそう言われると、少しだけ表情を崩した。
「だって、なんだか楽しそうだったんで、つい」
「つい、じゃないよ……」
俺は呆れながらため息を吐く。
「やめなさい、年頃の娘が……」
「それで?」
「ん?」
ミナは楽しそうな顔のまま、俺を見る。
「カイルさんは、私とリリアとセシル。誰を選ぶんですか?」
「まだ続けんの!?」
「あ、三人全員はダメですよ?」
「選ばねぇよ!」
「それは欲張りというものです」
「聞けよ!」
俺は思わず大きな声を上げた。
「……三人とも選びません!!」
「……となると」
その時、魔物避けの石へ魔力を込めていたモリアが、ぽつりと口を開いた。
「私か……」
「は?」
モリアは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らす。
「……困ったな」
「お前もこの悪乗りに乗るのやめんかっ!!」
俺が叫ぶと、モリアは堪えきれなかったように吹き出した。
「あははっ、すまんすまん」
「ったく……」
モリアはまだ少し笑いながら、俺たちを見渡した。
「しかし、本当に仲がいいな。お前らは……」
しかし、リリアは少し困ったような顔で首を傾げた。
「でも、部屋割り……ほんとにどうしましょう?」
「まだ考えてたのかよ」
「だって、カイルさんがセシルとミナ、どちらか二人と一緒の部屋になって、なんか怪しい雰囲気になったら……」
リリアは真剣な顔で続ける。
「今後のパーティーの風紀が……」
「いや、子供に手は出さないから……」
俺が呆れながら答えると、魔物避けの石に魔力を込めていたセシルまで口を挟んできた。
「……確かに、それは困る」
「お前まで何言ってんだよ」
「愛憎渦巻く勇者パーティーって、娯楽本にはあるけど……現実では嫌だ」
「あるんかい!? そんな本が!?」
思わずセシルへツッコミを入れる。
「……それで、本当にどうしましょうかねぇ」
今度はミナが真面目な顔で言った。
「んー……」
俺は少し考えてから、何気なくモリアを見る。
「まぁ、そういうことならモリア。俺と一緒の部屋でいいか?」
「……」
その瞬間。
モリアが魔物避けの石へ流していた魔力が、ぴたりと止まった。
「……貴様」
「ん?」
「子供には手を出さないということは、つまり……」
モリアがギロリと俺を睨んでくる。
「んなわけあるか」
俺は呆れながら即座に否定した。
「悪乗りにいつまでも乗りすぎだ」
「……」
モリアはしばらくぽかんと俺を見たあと、少し気まずそうに視線を逸らした。
「……すまん。失言だった」
俺のその言葉を聞いたリリアが、真っ先に声を上げた。
「えーーっ!? なんでモリアさんなんですか!? 会ったばかりなのに!?」
「いや、そこ関係あるか!?」
すると、今度はセシルまで魔物避けの石を握ったまま、声高に叫ぶ。
「酷いっ! 長年連れ添った私たちより、その新しい女がいいのっ!?」
「長年ってほどでもねぇだろ!」
「見損ないましたよ、カイルさん!!!」
「ミナまで!?」
三人から次々と非難を浴びせられ、俺は一通りツッコミを入れたあと、隣のモリアを見る。
「……な?」
「ん?」
「分かったろ、モリア」
モリアは一瞬きょとんとしたあと、クスリと笑った。
「……確かに」
まだ不満そうな顔をしている三人を見渡す。
「これだと誰かがカイルと一緒の部屋で寝たら、明日以降が面倒そうだな」
「だろ?」
俺は大きくため息を吐いた。
「酷い!」
「私たちをそんな風に思ってるなんて!?」
「カイルさん、ノリ悪いですよ!」
「だまらっしゃい」
俺は三人の抗議を聞き流しながら、台所で料理を続ける。
「それより、リリアとミナとセシルは、さっさと風呂入ってきなさい!」
「えぇー」
「あと、ちゃんと歯も磨くのよ? 分かった?」
「……はーい」
「なんで急にお母さんみたいになってるんですか……」
「いいから行ってこい」
三人はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、渋々といった様子で居間から出ていった。
少しして、廊下の奥から三人の話し声が聞こえてくる。
「……楽しそうなパーティーだな」
魔物避けの石に魔力を込めながら、モリアがぽつりと言った。
「ん?」
「いや。随分と賑やかだと思ってな」
「騒がしいだけだよ」
俺は苦笑しながら、鍋の中をかき混ぜる。
「毎日こんな感じだ」
「……そうか」
モリアは小さく笑った。
だが、その視線は三人が出ていった廊下へ向けられたままだった。
どこか羨ましそうで。
それでいて、少しだけ寂しそうにも見えた。




