第65話:第二王都からの旅立ち
モリアは店主へ声をかけた。
「すまないが、地図を借りてもいいか?」
「はい。少々お待ちください」
店主はそう答えると、カウンターの奥から丸められた地図を取り出し、モリアへ渡した。
「どうぞ」
「すまない」
モリアは地図を受け取ると、そのままテーブルの上へ広げた。
「ここから北へ向かい、村を二つ越えた先にアルゼンという地方都市がある」
そう言いながら、地図の一点を指差す。
「そこからさらに馬車で二日ほど進んだ先に岩山がある。その山頂付近に、目的のマンティコアの寝床がある」
モリアは指をゆっくりと地図の上で動かした。
「私が向かいたいのは、ここだ」
「……随分、離れたところにありますね」
リリアが地図を覗き込みながら言った。
「モリアさん」
今度はセシルが口を開く。
「その場所って、やっぱりアルゼンのギルドから受けた任務?」
「……あぁ」
モリアは短く答える。
「長らく勇者として過ごしてきたが……今回は初黒星だな」
「……」
「それも、相当な痛手の……」
そう言うと、モリアは自分の左腕があったはずの場所を、静かに撫でた。
それを聞いて、俺は地図からモリアへ視線を移した。
「……それなら、思いっきりやり返してやろうや」
「……」
「弔い合戦も兼ねてよ」
モリアは一瞬だけ黙った。
それから、ほんの少しだけ笑う。
「……あぁ」
静かに頷いた。
「そうだな」
マンティコアの寝床へ向かうため、俺たちは必要な準備について話を進めていた。
ふと、地図を見ながら気になったことを聞く。
「そういや、村を二つ越えるって言ってたけど、その村まで馬車は出てるのか?」
「いや。出ていない」
「出てねぇのかよ」
モリアは地図の別の場所を指差した。
「馬車を使うなら、一度北東の街まで向かう必要がある。そこからならアルゼン方面へ向かう馬車が出ている」
「北東の街からアルゼンまでなら、どれくらいかかる?」
「そうだな……」
モリアは少し考え込む。
「まず西の都市行きの馬車に乗る。そこから北の街へ向かい、さらに……」
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「それ、街いくつ越えるんだよ……」
俺が聞くと、モリアは指を地図の上で辿っていく。
「四つ目で北東の都市に着くな」
「四つ!?」
「あぁ。乗り継ぎが上手くいけば、半月ほどだろう」
「半月……」
俺は思わず地図を見つめた。
「じゃあ、村を経由して歩いた場合は?」
「三日だな」
「……三日?」
「あぁ」
半月と三日。
比べるまでもなかった。
「仕方ねぇなぁ……」
俺は小さくため息を吐く。
「久々の徒歩旅だな」
「じゃあ、久々にカイルさんの手料理の出番ですね!」
リリアが嬉しそうに声を上げた。
「……楽しみ」
セシルも、少しだけ頬を緩めている。
「お前らなぁ……」
まだ出発すらしてないのに、もう飯の話かよ。
「……ほぅ」
モリアが少し意外そうに俺を見る。
「カイル、お前、料理なんか出来るのか?」
「なんかってなんだよ」
「見かけによらず、料理美味いんですよ……この人」
ミナがさらっと付け足す。
「モリアもミナも……」
なんで揃いも揃って、俺が料理できなさそうな前提なんだよ。
「なら、決まりですね!」
リリアがぱっと顔を明るくした。
「確かに……」
セシルもこくりと頷く。
「……?」
モリアだけが、何の話か分からないといった顔で二人を見た。
「なんだ? 二人とも」
「……はぁ……」
その横で、ミナだけは何を言い出すのか分かったらしく、早くも頭を抱えている。
次の瞬間。
「さぁ、行きますよ!」
「善は急げ」
「うおっ!?」
リリアとセシルが左右から俺の腕を掴み、そのまま無理やり立ち上がらせた。
「お、おい!? お前ら何を!?」
「何って決まってるじゃないですか!」
リリアが当然のように言い放つ。
「食材の買い足しですよ!」
「お肉! お肉!」
「やっぱりそれかよ!」
そのまま俺は、リリアとセシルに両脇を固められたまま、市場まで連れてこられた。
「ったく……自分で歩けるっての」
「逃げるかもしれませんから」
「逃げねぇよ!」
市場には野菜や干し肉、豆、パンなんかが所狭しと並んでいる。
三日分。
しかも五人分となると、それなりの量が必要だ。
「まずは干し肉と豆、それと日持ちする野菜だな」
「お肉!」
「はいはい」
俺は店先の商品を見ながら、店主へ声をかけた。
「この干し肉、これだけまとめて買うから少し安くならないか?」
「んー……この量なら、銅貨三枚くらいなら引いてやれるぞ」
「もう一声」
「兄ちゃん、結構言うなぁ」
「豆と野菜もここで買うからさ」
「……分かった分かった。なら、全部まとめてこれでどうだ?」
「よし、それで頼む」
そんなやり取りを何軒か続けていると、後ろで見ていたモリアが感心したように声を漏らした。
「……ほぉ」
「ん?」
「カイル。お前、農民だけでなく商人の真似事まで出来るのか?」
「真似事って」
モリアは少し笑う。
「便利な男だな」
「……」
俺は困ったように笑った。
「なんか、その台詞……どっかで聞いたことあるような気がするな」
買い出しを終えた俺たちは、一度宿へ戻ることにした。
俺の両手には、干し肉や豆、日持ちする野菜なんかが入った袋がぶら下がっている。
「……買いすぎたか?」
「五人分ですからね!」
「三日分」
「お前らが肉、肉うるせぇから増えたんだよ……」
そんなことを言いながら宿へ戻ると、そのまま俺たちはそれぞれの部屋へ向かった。
部屋に入った俺は、買ってきた食材を床へ並べる。
干し肉、乾燥豆、野菜。それと途中で買い足したパン。
三日歩くことを考えれば、これくらいは必要だろう。
「さて……こいつをどう詰めるか」
俺が背嚢を開いたところで、後ろからリリアとセシルが入ってきた。
「カイルさん、これもお願いします!」
そう言って、リリアが袋を一つ置く。
「なんだこれ」
「干し肉です!」
「……こっちも」
今度はセシルが別の袋を置いた。
「だからなんで俺のところに持ってくるんだよ」
「料理する人が持ってた方が便利じゃないですか?」
「合理的」
「都合のいい時だけ合理性を持ち出すな」
とはいえ、食材を分けて持っても仕方がない。
俺はため息を吐きながら、二人が持ってきた袋も背嚢へ詰めていく。
「……重くなってきたな」
「頑張ってください!」
「他人事みたいに言うな」
その横では、ミナが自分の荷物をまとめながら呆れた顔をしていた。
「二人とも、少しくらい自分で持ちなさいよ」
「えー」
「……カイルが持てる」
「持てるかどうかの話じゃねぇんだよ」
俺がそう返すと、入口に立っていたモリアが背嚢を見ながら小さく笑った。
「随分と頼られているな」
「頼られてるっていうか、押し付けられてる気がするけどな……」
「似たようなものだろう」
「全然違うわ」
荷物をまとめ終えた俺は、膨らんだ背嚢を背負って立ち上がった。
「よし。忘れ物ないな?」
「大丈夫です!」
「たぶん」
「たぶんって言うなよ」
最後に部屋を軽く見回してから、俺たちは一階へ降りた。
受付には、ここへ来た時にも見た宿の主人が座っている。
「おや、もう出るのかい?」
「あぁ。ちょっと遠出することになってな」
「そうかい。随分長く泊まってくれたから、少し寂しくなるねぇ」
「また第二王都に戻ってきたら、その時は世話になるよ」
「はいよ。その時はまたよろしく頼むよ」
俺たちは部屋の鍵を返し、残っていた宿代を精算する。
「忘れ物はないね?」
「たぶんな」
「カイルさんまで言わないでくださいよ!」
「さっき誰かさんが言ってたからな」
リリアがむっとした顔をする横で、セシルが知らん顔をしていた。
こうして宿のチェックアウトを済ませた俺たちは、荷物を背負って外へ出た。
数日過ごした宿を振り返る。
「……結構世話になったな」
「ご飯、美味しかったです」
「そこなんだな」
「大事ですよ!」
まぁ、リリアらしいか。
「よし」
俺は背嚢を背負い直した。
「じゃあ、北門に向かうか」
「はい!」
こうして俺たちは、第二王都を出るため北門へ向かった。
しばらく歩いていると、やがて北門が見えてくる。
門の向こうには、第二王都の外へ続く街道が伸びていた。
久しぶりの徒歩旅。
しかも、今回はその先にAAAランクのマンティコアが待っている。
「……さて」
俺は背嚢を背負い直した。
「行くか」
俺たちはそのまま、北門を抜けた。
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