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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
モリア編

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第64話:勇者の本音とモリアの稽古

 宿へ戻った俺たちは、それぞれ寝る準備をしていた。

 そんな中、俺は一人、宿の裏庭にある椅子へ腰かけて、ぼんやりと夜空を眺めていた。


「……随分、遠くまで来ちまったな」


 ラウム村を出てから、まだ数週間程度しか経っていない。

 それなのに、村で暮らしていた頃が随分と昔のことのように感じる。

 最初は、どこか頼りなさそうに見えたリリアたちに頼まれて、仕方なくついてきただけだった。

 それから何度か死にかけたし、とんでもないモンスターにも散々遭遇した。

 それでも今は。

 こいつらについてきて、守れて良かったと心の底から思っている。

 そんなことを考えていた時だった。


 宿の裏口が開く音が聞こえた。

 振り返ると、そこにはリリアが立っていた。


「……あ、カイルさん。こんばんは」


「おぅ、リリア。なんだ? 眠れないのか?」


 俺がそう聞くと、リリアは少しだけ笑った。


「カイルさんだって……」


「まぁな」


 リリアはそのまま俺の隣まで歩いてくると、自然に腰を下ろした。

 二人でしばらく、ぼんやりと夜空を眺める。

 すると、不意にリリアが口を開いた。


「明日の稽古……不安です」


「ん?」


 俺は少し驚いて、隣を見る。


「どうしたよ。さっきまであんなに嬉しそうにしてたのに」


 リリアは少し黙ったあと、俺をじっと見つめた。


「……だって、あのモリアさんですよ」


「まぁ、そうだけど」


「私なんか、ブレードパンサーどころか、モリアさんの動きだってほとんど見えてませんでした」


 リリアの表情が少し曇る。


「気が付いた時には、ブレードパンサーが倒れていたくらいです」


「……」


 随分と不安そうな顔をしている。

 俺はどうにか慰めようと、言葉を探した。


「……どうしたよ。リリアらしくねぇな」


「え?」


「最近の頼りになる勇者様は、どこいったんだよ」


 俺は軽く笑いながら言った。

 だが。


「……頼りになる勇者ですか」


 リリアの表情が、さらに曇った。


「……そう見えてましたか?」


「……」


 その反応に、俺は一瞬固まった。

 ……やべ。

 地雷踏んだか?

 そう思っていると、リリアが静かに続けた。


「……私たちは、カイルさんと出会った時と比べて、急に強くなったりなんかしてませんよ」


 そこで一度、言葉を切る。


「……ただ……」


 俺は、その言葉の続きを待った。


「……ただ?」


 リリアは少しだけ表情を引き締める。


「……これを言うと、頼りないってまた思われるかもしれませんけど」


「うん?」


「前より、怖がらずに全力を出せるようになったんです」


「……全力を?」


「はい」


 リリアはこくんと頷く。


「カイルさんが傍にいるから、私たちは全力で戦えるんですよ」


「……俺がいるから?」


 思わず聞き返す。

 すると、リリアはもう一度頷いた。


「……ロックベアの時、覚えてますか?」


「ロックベア……」


 そう言われて、あの時のことを思い出す。

 リリアの聖剣がロックベアの腕に食い込み、動けなくなったところへ、もう片方の爪が振り下ろされた。

 俺はロックベアとリリアの間に割って入り、棍棒でその一撃を受け止めようとした。

 だが、棍棒は粉々に砕けた。

 俺はリリアを後ろへ突き飛ばし、そのまま自分の身体で爪を受けた。

 そのあと、俺一人が残って、皆を逃がすつもりだった。

 あの時、リリアが俺の魔力を使って聖剣スキルを再起動してくれなかったら、俺は確実に死んでいただろう。


「……結構危なかったよなぁ、あん時」


 俺は苦笑しながら言った。


「リリアが俺を助けてくれなかったら、俺、死んでたわ」


「……違います」


「ん?」


 リリアは、はっきりと首を横に振った。


「違いますよ、カイルさん」


 さっきまでとは違う、強い口調だった。


「あの時、カイルさんが私を後ろへ突き飛ばして、代わりにロックベアの爪を受けてくれなかったら……」


 リリアは真っ直ぐ俺を見る。


「私は、あの時にもう命を落としてます」


 リリアの言葉に、俺は黙り込んだ。

 リリアはそんな俺を見つめながら、ゆっくりと続ける。


「あの時に、確信に変わったんです」


「……確信?」


「きっと、この人なら私たちを絶対に見捨てないって」


「……」


「だから、私たちはいつも全力で戦えるんです」


 リリアの声には、何か強い思いが込められていた。


「カイルさんが傍にいれば、どんな窮地でも切り抜けられるって……そう思えるから」


「……そいつはどうも」


 俺は少し困ったように苦笑した。


「しかし、残念ながら俺は勇者でも戦士でもなんでもない。ただの農民で、一般人だからな……」


 そう言うと、リリアの表情が変わった。

 何か胸の内に秘めていたものを、口にするような真剣な顔だった。


「……私たち……いえ」


 リリアは一度言葉を止める。


「少なくとも、私にとっては……」


 そして、真っ直ぐ俺を見つめた。


「私の勇者は、カイルさんなんですよ」


「……」


「スキルがあるとか、ないとか。そんなの関係ないんです……」


 そこで、リリアは少しハッとしたような顔をした。


「……すいません。こんな話しちゃって……重いですよね……」


 急にそんなことを言われて、俺は少し返答に困った。

 だが。

 俺はリリアの頭に手を伸ばすと、軽く撫でた。


「……重くなんかねぇさ」


「……カイルさん?」


「女の子に期待されてるだけ、華ってもんだよ」


 そう言って、俺は少し笑う。


「そこまで思われてんなら、これからも気張っていかないとなぁ」


 リリアは少し驚いたように俺を見つめたあと、ゆっくりと表情を緩めた。


「……ありがとうございます」


「おぅ」


「なんか、少し楽になりました」


「そりゃ良かった」


 俺はリリアの頭から手を離した。

 すると、リリアはもう一度空を見上げる。


「……でも、明日の稽古はやっぱり怖いですけどね」


「結局怖いのかよ」


「だってモリアさんですよっ!」


「まぁ……あの人、加減するの下手そうだもんな」


「ですよねっ!?」


 さっきまでの暗い声が嘘みたいに、いつもの調子に戻っていた。


「でも、Sランクの勇者に直接教えてもらえるんだ。滅多にない機会なんだろ?」


「それはそうですけど……」


「なら、ボコボコにされてこい」


「なんでボコボコにされる前提なんですかっ!」


「大丈夫だ。骨くらいならミナが治してくれる」


「大丈夫じゃないですよっ!」


「ハハッ!」


「もうっ!」


 リリアは頬を膨らませながらも、どこか楽しそうに笑っていた。

 しばらく二人でそんなくだらない話をしていると、リリアがふいに立ち上がった。


「そろそろ戻りますね」


「もう寝るのか?」


「はい。セシルとミナも待ってると思いますし」


「そっか」


 リリアは数歩歩いたところで、俺のほうを振り返った。


「カイルさんも、あんまり夜更かししないでくださいね?」


「分かってるよ」


「本当ですか?」


「なんで疑うんだよ」


「なんとなくですっ」


「ひでぇな」


 リリアはくすっと笑う。


「それじゃ、おやすみなさい。カイルさん」


「おぅ。おやすみ」


 リリアは軽く手を振ると、宿の裏口へ向かって歩いていった。

 扉が閉まる音を聞きながら、俺はもう一度夜空を見上げる。

 さっきまで不安そうだった顔も、随分といつものリリアに戻っていた。


「……まぁ、大丈夫そうだな」


 俺は小さく呟くと、もう少しだけ星を眺めてから、俺も部屋に戻ることにした。


 翌朝。

 俺たちは約束通り、大訓練場へ向かっていた。

 入口を潜ると、すぐにモリアの姿が見える。

 訓練場の端で腕を組み、こちらを待っていた。

 だが。

 なんというか、周りの空気がおかしい。

 普段なら剣を打ち合う音や、怒鳴り声がそこら中から聞こえてくるのだが、モリアの近くだけ妙に静かだった。

 兵士たちはちらちらとモリアのほうを見るものの、目が合いそうになると慌てて視線を逸らす。

 近くを通ろうとしていた冒険者なんかは、モリアに気付いた瞬間、露骨に進路を変えていた。


「……なんか、めちゃくちゃ避けられてないか?」


「そりゃそうですよ……」


 リリアが小声で答える。


「Sランクの勇者ですからね……」


 その時、モリアがこちらに気付いた。


「来たか」


「っ!」


 近くにいた兵士たちが、何故か自分たちまで呼ばれたように背筋を伸ばした。

 ……別にお前に言ったわけじゃないだろ。

 すると、近くにいた兵士が気を利かせたのか、木剣を二本持ってこちらへやってきた。


「こちらをお使いになりますか?」


 だが、モリアはそれを見るなり首を横に振った。


「要らん。真剣でいい」


「え?」


 兵士だけでなく、リリアまで固まった。

 モリアは腰の剣へ手を添えながら、何でもないことのように続ける。


「その方が本気になれる」


「っ!? 本気ですか、モリアさん!?」


 リリアが慌てて声を上げる。


「そんなことしたら、何かあったらどうするんですか!?」


 だが、モリアは至って淡々としていた。


「心配するな、リリア」


「でも……!」


「キミには怪我をさせないように、ちゃんと加減する。安心しろ」


「そういう意味じゃないですよ!」


「ん?」


「モリアさんに何かあったらどうするんですか!? 私は上手いこと加減なんて出来ませんよ!?」


「……」


 その言葉を聞いたモリアは、一瞬だけきょとんとした。

 だが、すぐにリリアを安心させるように笑う。


「大丈夫だ」


「何が大丈夫なんですか!」


「上がりたてのAAランク勇者の剣など、私には当たるわけないからな」


「……」


 リリアの眉がぴくっと動いた。

 さっきまで心配そうだった顔が、今度は若干むっとしたものへ変わる。


「……そうですか」


「そうだ」


「……分かりました」


 声がちょっと低い。

 俺は思わず額を押さえた。

 ……モリア。

 あんた、強いのは分かったけど。

 たぶん言葉選びは、そんなに強くないぞ。


 モリアとリリアは、そのまま大訓練場の中央へ案内された。

 どうやら、Sランクの勇者が別の勇者へ稽古をつけるという話は、あっという間に広まったらしい。

 訓練をしていた兵士や冒険者たちも手を止め、少しずつ周囲へ集まり始めていた。


「おい、あれ勇者モリアじゃないか?」


「相手も勇者隊だろ?」


「Sランクが稽古つけるのか……?」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 だが、モリアは周りの視線など意にも介さず、腰の剣を抜いた。

 リリアも剣を抜き、モリアと向かい合う。


「さて、リリア」


「はい」


「瞳への部分的な身体強化は、今後の戦闘に大きく貢献するだろう」


 モリアは剣を構えながら続ける。


「今日は、キミが私の動きを追えるようになるまで続けるつもりだ」


「……あの」


 リリアが少し不安そうに口を開いた。


「私が今日中に追えなかったら、どうするんですか?」


「その場合は」


 モリアは淡々と答える。


「カイルを借りて、二人で狩りに行くつもりだ」


「……」


「無駄死にを出すつもりはない」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアの表情が変わった。

 さっきまで残っていた不安が消え、真剣な顔でモリアを見据える。


「……分かりました」


 剣を握り直す。


「では、私は本気で行きます」


 その言葉を聞くと、モリアはニヤリと笑った。


「それでいい」


 リリアは剣を構えると、魔力を使って身体強化を行った。

 低く腰を落とし、今にもモリアへ飛び込もうとしているのが分かる。

 だが、その直後だった。

 モリアも一瞬だけ低く構えると、そのまま強烈な勢いで地面を蹴り込んだ。


「っ!?」


 一気に間合いが消える。


「……反応が遅い」


 その言葉とほぼ同時に、モリアの剣先がリリアの喉元で寸止めされていた。


「……っ」


 リリアは悔しそうにモリアを見つめる。


「……まだですっ!」


 一度モリアから距離を取ると、そのまま今度はリリアが反撃に出た。

 踏み込みながら、剣をモリアへ振り下ろす。

 だが。

 モリアは表情一つ変えず、その剣を弾き返した。

 さらにリリアが続けて剣を振るう。

 一撃。

 二撃。

 三撃。

 だが、その全てをモリアは危なげなく捌いていく。

 そして、リリアの剣撃を全て捌き切ると、今度はモリアが攻勢に移った。


「くっ!」


 横薙ぎに放たれた一閃を、リリアがどうにか剣で受け止める。

 そのまま、モリアは続けざまに数撃を放った。


「そのまま集中しろ」


 モリアは平然と言い放つ。


「はいっ!」


 リリアは必死な形相で答えた。

 その返事を聞くと、モリアは口元を少しだけ吊り上げる。


「では、もう少しスピードを上げる」


 そう言った瞬間、辺りにモリアの魔力が溢れ出した。

 隻腕の筋肉が一気に盛り上がり、浮き出た血管まで大きく脈打つ。


「っ……!」


 次の瞬間。

 先ほどよりも、さらに速い斬撃がリリアへ襲いかかった。


 ギィンッ!!


 リリアがどうにか受け止める。

 だが、その直後にはもう次の一撃が来ていた。

 右。

 左。

 上。

 休む間もなく剣が振るわれる。


「な、なんだあれ……」


 周囲で見ていた冒険者の一人が、思わず声を漏らした。


「剣が……見えねぇ……」


「いや、腕すらまともに追えないぞ……」


 兵士たちも、唖然とした顔で二人を見つめている。


「これが……Sランクの勇者……」


 誰かがそう呟いた。

 だが、そんな周囲の反応など気にも留めず。

 モリアはただ淡々と、リリアへ剣を振るい続けていた。

 リリアは歯を食いしばりながら、それでもモリアの剣を辛うじて捌き続けていた。


 ギィンッ!

 ギンッ!


 剣と剣がぶつかる音が、訓練場に響き渡る。

 だが。


「まだ上げるぞ」


「っ……はいっ!」


 モリアの動きが、さらに速くなる。

 リリアも必死に食らいつく。

 一撃を受けるたびに身体が揺さぶられ、それでも足を止めずに次の剣を受ける。

 そして。


 ギィィンッ!!


 二人の剣が強くぶつかり合った瞬間、足元の土が弾けるように舞い上がった。


「うおっ!?」


 周囲で見ていた冒険者たちが、思わず一歩下がる。

 次の一撃。

 さらに次の一撃。

 剣が打ち合わされるたびに衝撃が走り、土煙が何度も舞い上がっていく。


「……これ、稽古だよな?」


「いや……もう戦闘だろ……」


「近寄れねぇぞ、あんなの……」


 兵士たちも完全に引いた顔で二人を見ていた。

 その中で、モリアだけは最後まで平然としていた。

 そして、リリアが最後の一撃を受け止めたところで、ふっと剣を止める。


「……まぁ、及第点だろう」


「はぁ……はぁ……」


「その感覚を、戦闘では一気に引き上げられるように常にイメージしておけ」


「……はい……」


 モリアはそう言うと、そのまま剣を鞘へ納めた。

 リリアも荒い息を整えながら、遅れて自分の剣を鞘へ戻す。


「はぁ……はぁ……ありがとうございました……」


 そう言って、深く頭を下げた。


 しばらく誰も声を出さなかった。

 やがて、周囲で見ていた冒険者の一人が、ぽつりと呟く。


「……これが、第一線を張る勇者の実力かよ……」


 その言葉に、周りの兵士たちも黙って頷いていた。

 モリアは周囲の声など気にする様子もなく、そのまま俺のほうへ歩いてきた。


「待たせたな」


「いや、別に」


「では、一旦場所を変えよう。そこで狩場の話がしたい」


「分かった」


 俺たちはモリアについて、大訓練場の出口へ向かう。

 その途中。


「……あれが第38勇者隊か?」


「今の金髪の子、AAランクなんだろ?」


「Sランクにあそこまで食らいつくのかよ……」


「いや、それより隣の男は誰だ?」


「勇者隊のやつじゃないのか?」


 周囲から、ひそひそと声が聞こえてくる。

 さっきまでモリアの動きに圧倒されていた兵士や冒険者たちが、今度は俺たちをちらちらと見ていた。


「……なんか見られてるぞ」


「気にするな」


 モリアはそれだけ言うと、さっさと歩いていく。


「お前は慣れてるだろうけどよ……」


 結局、俺たちは大量の視線を背中に受けながら、大訓練場を後にした。


 そこから少し離れた通りにある店へ入り、奥の席へ腰を下ろす。

 モリアは席に着くなり、店員へ声をかけた。


「茶をくれ。五人だ」


「かしこまりました」


 しばらくすると、俺たちの前に湯気の立つ茶と、小さな茶菓子が並べられた。


「おっ」


 俺は早速、茶菓子を一つ摘まむ。


「甘いな」


「お茶に合いますよ」


 ミナもそう言いながら、ゆっくりと茶を口へ運ぶ。

 リリアとセシルも、それぞれ茶菓子へ手を伸ばしていた。

 モリアはそんな俺たちを横目に、静かに茶を一口啜る。


「……さて」


 湯呑みをテーブルへ戻すと、俺たちを見回した。


「では、狩場について話そう」

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