第63話:稽古の約束
ギルドを出たあと、俺たちはそのまま素材屋へ向かった。
店の奥にいた男へ、肩に担いでいたブレードパンサーの毛皮と、残っていた口元の刃を見せる。
「こいつを買い取ってほしいんだが」
「ほう……ブレードパンサーか」
男は毛皮を広げると、何度か手で撫でながら状態を確かめていく。
次に口元の刃を持ち上げ、光に透かすように眺めた。
「随分と綺麗に剥いであるな。刃も片方は無傷か」
「いくらになる?」
「そうだな……銀貨九十枚でどうだ?」
やっぱりモリアの言っていた通りか。
だが。
「金貨一枚」
「は?」
「金貨一枚で買ってくれ」
「いやいや、兄ちゃん。銀貨九十枚でも十分高く見積もってるぞ?」
「そうか?」
俺は台の上に置かれた毛皮を見る。
「これだけ綺麗なブレードパンサーの毛皮なんだろ?」
「あぁ。状態はかなりいいが……」
「だったら、お貴族様にはさぞ喜ばれるだろうなぁ」
「……」
男の動きが止まった。
「毛皮だけじゃなく、刃まで一本綺麗に残ってる。飾り物にしてもいいし、武器の素材にもなるんじゃないのか?」
「まぁ……そうだが」
「銀貨九十枚で仕入れて、お貴族様にはいくらで売るつもりなんだ?」
「……兄ちゃん。商売人みたいなこと言うな」
「俺は農民だよ」
「余計にたち悪いわ」
男はしばらく毛皮と俺の顔を交互に見ていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かった。金貨一枚だ。それ以上は出さんぞ」
「よしっ!」
俺は即座に頷いた。
代金を受け取り、素材屋を出る。
扉が閉まったところで、俺は握った拳を小さく突き上げた。
「よっしゃ!」
「……ほんと、よくやるやつだ。お前は……」
隣を歩いていたモリアが、呆れたように俺を見る。
「十枚も上がったぞ?」
「分かっている。だから呆れているんだ」
「いいじゃねぇか。向こうだって納得して買ったんだから」
「まぁ、そうだが……」
モリアは小さくため息を吐いた。
さて。
素材も売った。
金も手に入った。
「よし! 飯食いに行こうぜ!」
「やったぁぁぁっ!」
「お肉ぅぅぅ!」
リリアとセシルが揃って両手を上げる。
「お前ら、本当に肉しか頭にないな……」
「今日はちょっといいお肉ですっ!」
「金貨一枚あるから」
「全部使う気じゃねぇだろうな?」
俺たちがそんな話をしていると、モリアが足を止めた。
「では、私はここで失礼する」
「ん?」
「カイル。明日、私の狩りの場所について話がしたい。ギルド前に集合でいいか?」
「あぁ、それはいいけど」
俺はモリアを見る。
「何言ってんだよ?」
「……何がだ?」
「ここまで来たら、飯に付き合えよ。モリア」
「……」
モリアが黙った。
一瞬だけ、何かを思い出したような顔をする。
その瞳が、ほんの少しだけ潤んだように見えた。
だが、すぐにいつもの表情へ戻る。
「……そうだな」
モリアは小さく笑った。
「そうしよう」
俺には、その時のモリアが何を考えていたのか分からなかった。
「よし。じゃあ肉だな!」
「「お肉ぅぅぅ!!」」
「お前らうるせぇよ!」
俺たちはそのまま、飯屋を探して歩き始めた。
飯屋に入った俺たちは、俺が素材屋から吊り上げた銀貨十枚を使って、少し豪華な夕飯を食べることにした。
「焼肉っ! 大盛りでお願いしますっ!」
「私も大盛り」
席に着くなり、リリアとセシルは迷うことなく焼肉を注文する。
「本当に肉しか食わねぇな、お前ら……」
「今日はいいお肉を食べるって決めてましたからっ!」
「そのために頑張った」
「お前らは素材屋で何も頑張ってねぇだろ」
俺がそう言うと、二人は聞こえないふりをしていた。
「私は……焼き野菜とスープにします」
ミナは二人とは正反対に、野菜中心の料理を注文する。
「んじゃ、俺は……おすすめでいいや」
「私も同じものを頼もう」
俺に続いてモリアも本日のおすすめを注文した。
しばらくして料理が運ばれてくると、俺たちはそれぞれ食事を始めた。
リリアとセシルは早速、山盛りの肉を次々と口へ運んでいる。
……ほんと、よく食うなぁ。
俺も本日のおすすめだという肉と野菜の煮込みを食べていると、不意にモリアが口を開いた。
「リリア」
「はい?」
「お前、明日は時間があるか?」
突然話を振られたリリアが、少し驚いたように顔を上げる。
「え? あ、はい。ありますけど……」
「そうか」
モリアはそう言うと、少しだけ笑った。
「なら、少し稽古をつけてやる」
「えっ!?」
「ブレードパンサーの動き、見えていなかっただろ?」
「うっ……」
リリアが分かりやすく言葉に詰まる。
確かに、あの時のリリアはほとんどブレードパンサーの動きを追えていなかった。
「……おいおい」
俺は食事の手を止めて、モリアを見る。
「明日は狩場の説明なんだろ? どういう風の吹き回しだよ」
「少し気が変わった」
「気が変わった?」
「あぁ。それに、リリアたちも一緒についてきてくれるのであれば、身体強化を一部に集中させる『部分強化』にも慣れさせておきたい」
「部分強化……」
俺はその言葉を小さく繰り返した。
そういえば、身体強化については何度か聞いているが、詳しい使い方まで教わったことはない。
「……なぁ、モリア」
「なんだ?」
「その稽古、俺にもつけてくれないか?」
「……」
モリアが呆気に取られたような顔で俺を見る。
「……なんだよ?」
「いや……」
しばらく俺の顔を見つめたあと、モリアが確認するように口を開いた。
「まさかとは思うが、カイル」
「ん?」
「自分でも使えていることに気付いていないのか?」
「……は?」
何を言っているんだ、こいつは。
「ど、どういうことだよ……」
俺が聞き返すと、モリアは呆れたようにため息を吐いた。
「……あのな」
そして、俺の目を指差す。
「いくら動体視力が良くても、あのブレードパンサーの動きを、人間が素の状態で追えるわけがないだろう」
「……え?」
俺は固まった。
「お前はあの時、無意識に身体強化を目へ集中させていた。だから動きを追えたんだ」
「……」
「しかも、あの速度を捉えられるほどにな」
「…………マジで?」
「何故、私が嘘をつく必要がある」
俺は自分の目元へ手を当てた。
今まで、見ようと思ったから見ていただけだ。
速いものを追う時も、遠くを見る時も。
ただ集中していただけ。
……だと思っていた。
「……俺、身体強化使えてたのかよ……」
「使えてた、というのは少し語弊があるな」
モリアはそう言って、俺の目元を見る。
「身体強化自体は誰でも多少は無意識に使っている。だが、お前はそれを無自覚のまま、戦闘に使える域まで引き上げている」
「……」
「まったく。末恐ろしい一般人もいたものだ」
そう言ってモリアが笑った、その時だった。
「あ、カイルさんの身体強化って、凄いんですよ」
「ん?」
リリアが焼肉を口いっぱいに頬張ったまま、何でもないことのように言う。
「特殊個体のサイクロプスと、殴り合って倒してますし」
「……は?」
モリアの表情が止まった。
だが、そんなモリアへセシルがさらに追い打ちをかける。
「自己治癒力を限界まで高めて、傷をその場でうにょうにょ再生させてた」
そして、肉を一口食べる。
「キモかった」
「……言うに事欠いてキモいとはなんだ、キモいとは……」
俺は胸元を押さえ、わざとらしく顔を伏せた。
「あたしの教育のせいで、セシルが不良に……」
「うぅぅ……」
「ふふっ……!」
俺が泣き真似をすると、セシルが楽しそうに笑った。
そんな俺たちを、モリアはしばらく呆気に取られたように見つめていた。
「……格上げされたサイクロプスと殴り合い、傷もその場で再生か……」
やがて、何とも言えない顔で俺を見る。
「勇者隊でも、そんなことをするやつは見たことがないな」
「……そんなに変か?」
「変だ」
即答だった。
モリアがそんなことを言っている間にも、リリアとセシルの皿からは凄い勢いで肉が消えていく。
「……お前ら、少しは味わって食えよ」
「味わってますよっ!」
「美味しいから早くなるだけ」
「それ味わってるって言うのか?」
俺が呆れていると、リリアが最後に残っていた一切れへ箸を伸ばした。
だが、その直前。
横から伸びてきたセシルの箸が、先に肉を攫っていく。
「ああっ! セシルっ!」
「早い者勝ち」
「今のは私のですよっ!」
「名前書いてなかった」
「書けるわけないでしょうっ!」
「お前ら、子供かよ……」
向かいではミナが、野菜を食べながら困ったように笑っている。
「もう一皿頼んだらどうですか?」
「頼みますっ!」
「大盛りで」
「まだ食うのかよ!」
思わず声を上げると、隣から小さな笑い声が聞こえた。
「……ふっ」
「ん?」
見ると、モリアが口元を押さえながら笑っていた。
「なんだよ?」
「いや……随分と騒がしい勇者隊だと思ってな」
「悪かったな」
「悪いとは言っていない」
モリアはそう言うと、もう一度小さく笑った。
「……なんか、楽しそうだな」
「私が楽しそうではおかしいか?」
「いや。普段ずっと仏頂面だからさ」
「……余計なお世話だ」
そう言いながらも、モリアの表情から笑みは消えていなかった。
「カイルさん! 追加頼んでいいですよね!」
「もう頼む気満々じゃねぇか!」
「今日は金貨一枚ですからっ!」
「十枚分しか使わねぇよ!」
「えぇぇぇっ!?」
「当たり前だろ!」
またリリアたちが騒ぎ始める。
そんな俺たちを見ながら、モリアはしばらく何も言わずに笑っていた。
食事を終え、俺たちは店の外へ出た。
夜風に当たりながら、それぞれ宿へ戻ろうとしたところで、モリアがリリアへ声をかける。
「リリア」
「はい?」
「明日の朝、大訓練場の前に来てくれ」
「大訓練場……ですか?」
「あぁ。約束通り、少し稽古をつけてやる」
リリアは一瞬きょとんとしたあと、すぐに嬉しそうな顔をした。
「はいっ! お願いしますっ!」
モリアは小さく頷く。
「では、明日の朝にな」
「はいっ!」
そう言い残すと、モリアは俺たちに軽く手を上げ、そのまま夜の通りを歩いていった。




