第62話:勇者とランク
ブレードパンサーを討伐したあと、俺たちは一度アッシュベアを倒した場所まで戻っていた。
目的は当然、魔核の回収だ。
アッシュベアとブレードパンサー。
二体分の魔核を回収し、ついでにブレードパンサーからは毛皮と、モリアに斬られずに残っていた口元の刃も採取しておいた。
アッシュベアの毛皮も欲しかったのだが、さすがに全長五メートルもある熊の毛皮まで抱えて帰るのは無理だった。
そんなわけで。
俺はブレードパンサーの毛皮を肩に担ぎながら、第二王都へ続く道を歩いていた。
「……くっそぉ。アッシュベアの毛皮も取っておきたかったなぁ」
思わずぼやく。
すると、前を歩いていたモリアがふっと笑った。
「欲張りめ。そんな量を取ったところで、運ぶのも一苦労だし、そもそもどこに売る気だ?」
「第二王都にも素材屋あるだろ? そこに売りつけようかと」
俺が何気なく答えた、その時だった。
「「おにく~、お・に・く~、イエィ!!」」
パンパンッ!
後ろから妙に楽しそうな声と、手を叩く音が聞こえてきた。
振り返ると、リリアとセシルが嬉しそうに互いの手を叩いている。
「……お前ら、何やってんだよ」
「帰ったら、その素材を売るんですよね!」
「いっぱいお金になる」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、お肉食べに行きましょう!」
「今日はちょっといいやつ」
「もう使う話してんのかよ……」
「おにく~!」
「お・に・く~!」
「「イエィ!!」」
パンパンッ!
「まだやるのかよ」
戦っていた時の緊張感はどこへやら。
二人はすっかり夕飯のことで頭がいっぱいらしい。
その様子を見ていたモリアが、若干呆れたような顔をした。
「……戦闘時の二人から見ると、まるで別人だな」
そう言いながら、今度はミナへ目を向ける。
「いつもこうなのか?」
「……お恥ずかしながら」
ミナが少し恥ずかしそうに答えた。
「任務が終わると、大体こんな感じです……」
「そうか……」
モリアはやれやれといった様子だったが、その口元には僅かに笑みが浮かんでいる。
そして、再び俺のほうへ顔を向けた。
「カイル」
「ん?」
「お前が持っているそのブレードパンサーの毛皮と刃。それだけで銀貨九十枚ほどにはなるだろう」
「九十枚!? マジか!?」
俺は思わず肩に担いでいる毛皮を見る。
これだけで銀貨九十枚。
「……なんか、採集してるだけでめっちゃ稼げないか?」
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
考えてみれば、これまで勇者隊に支払われた依頼料よりも、モンスターの素材を売った時のほうが儲かっている気がする。
「だから欲張るなと言っている」
「なんでだよ。アッシュベアの毛皮も持って帰れば、もっと金になっただろ?」
すると、モリアは呆れたように俺を見る。
「仮に持って帰れたとして、その素材屋がそれ以上買い取れるとでも思っているのか?」
「え?」
俺は首を傾げた。
「店なんだから、買い取れるんじゃないの?」
「お前な……」
モリアが小さくため息を吐く。
「素材屋とて、金が無限にあるわけではない。買い取った素材が、その日のうちに金へ変わるわけでもないのだぞ」
「……言われてみれば確かに」
店に売った瞬間、どこかから金が湧いてくるわけじゃない。
素材屋だって、その素材を誰かに売って初めて利益になる。
「一日、あるいは数日の間に買い取れる素材の金額には限度がある。それ以上を持ち込んだところで、今度は店側が買い取りに難儀するだけだ」
「なるほどなぁ……」
「ましてや、お前が持っているそれだけで銀貨九十枚前後だ。アッシュベアの毛皮まで一度に持ち込まれれば、店によっては断られても不思議ではない」
「じゃあ、やっぱりアッシュベアの毛皮まで持って帰っても仕方なかったのか」
「そういうことだ」
「くそぉ……金になるのに……」
「まだ言うか」
モリアが呆れたように笑った。
「だって、モンスター倒したら素材は回収するもんだろ?」
そう言うと、何故かリリアたちが揃って微妙な顔をした。
「……それは……」
「……まぁ、カイルだしね」
「なんだよ」
セシルの言い方が妙に引っかかる。
「普通は、そこまで自分たちで回収しない」
「え?」
「大型のモンスターなんかは、討伐した場所を報告して、あとから回収屋に任せることが多いんですよ」
リリアがそう説明する。
「回収屋?」
「素材の回収を専門にしてる人たちです」
ミナが続けた。
「冒険者は魔核や、持ち運びやすい高価な部位だけ持ち帰ることが多いですね」
「……じゃあ、毛皮とかは?」
「回収屋の仕事」
セシルがあっさり答える。
「マジかよ……」
俺の中では、倒した獲物は自分で捌いて持って帰るものだった。
どうやら、そこからして違っていたらしい。
「村じゃ獣を狩ったら、その場で捌くのが普通なんだけどな……」
「だから、その村の普通をこっちに持ってくるな」
モリアが呆れたように言った。
「それに、解体に時間をかければ血の匂いで他のモンスターを呼び寄せる可能性も高い」
「まぁ、それはそうか……」
さっきの森だって、ブレードパンサー以外にもブラックボアやアッシュベアがいた。
長々と解体していれば、別のモンスターが寄ってくる可能性は十分ある。
「それに第一」
モリアは俺が担いでいる毛皮へ目を向けた。
「モンスターの硬い身体から、毛皮をそこまで綺麗に剥げるやつが、そうそういてたまるか」
「……そうなの?」
「そうなんですよ」
またしてもリリアが即答する。
「カイルさん、普通みたいな顔してますけど、それ普通じゃないですからね?」
「またかよ……」
最近、何をしてもそれを言われている気がする。
そこで、ふと引っかかった。
「……ん?」
俺はモリアを見る。
「モリアも、アッシュベアの素材を回収することに賛成してなかったっけ?」
「……」
俺が疑うような目を向けると、モリアは一瞬だけ黙った。
それから、軽く咳払いをする。
「お前はサイクロプスを討伐して、平然と帰ってくるような奴だからな」
「それがなんだよ」
「素材を回収したいと言うくらいだ。何か方法があるのだろうと思っただけだ」
「……つまり?」
モリアは俺の肩に担がれたブレードパンサーの毛皮へ視線を落とす。
「まさか、本当に自分でここまで綺麗に剥ぎ取るとは思っていなかった」
「おい」
「実際に見て驚いたぞ」
「いや、村じゃ獣を捌くくらい普通にやるぞ?」
「その『普通』がおかしいと言っているんだ」
「またそれかよ……」
俺が顔をしかめると、後ろを歩いていたセシルが小さく頷いた。
「今回はモリアさんが正しい」
「なんでお前まで混ざってくるんだよ」
「だって正しいし」
「ちくしょう……」
俺がそう言うと、後ろからリリアたちの小さな笑い声が聞こえてきた。
そのまま第二王都へ戻った俺たちは、モリアと一緒にギルドへ報告に来ていた。
入口を潜ると、モリアは迷うことなく受付へ向かう。
俺もその後を追い、持っていた二つの魔核をモリアへ渡した。
「ほら」
「あぁ」
モリアはそれを受け取ると、そのまま受付の職員へ一つ目の魔核を差し出した。
「指定のモンスター、ブレードパンサーを狩ってきた。その証拠がこれだ」
「……え?」
職員は差し出された魔核へ目を落とす。
そして、少し遅れてモリアの顔を見た。
「それと、道中でアッシュベアにも遭遇した」
モリアがもう一つの魔核を受付台へ置く。
「こっちの魔核も買い取ってもらいたい」
「……ええっ!?」
今度は明らかに大きな声が出た。
職員は二つの魔核を交互に見たあと、目を丸くしてモリアを見上げる。
「も、もう倒されたんですか……?」
「あぁ」
「この依頼を受けていただいたの、先日でしたよね? 猶予期間は確か、まだかなり……」
モリアは不思議そうに職員を見る。
「何か文句があるのか?」
「い、いえっ!」
「早いに越したことはないだろう」
「し、失礼いたしましたっ!!」
職員が慌てて頭を下げる。
……まぁ、気持ちは分かる。
AAランクの討伐依頼を受けて、数日も経たずに帰ってきた。
しかも途中でAランクのアッシュベアまで一体追加されている。
俺だって事情を知らずにこの二つを並べられたら、同じような反応をすると思う。
「……あの」
職員は気を取り直すように一度息を吐くと、今度は俺たちのほうへ視線を向けた。
「ちなみに、後ろの方々は……?」
「ん?」
「胸元に勇者隊の紋章をつけられておりますが……」
そう言われたモリアは、一度だけリリアたちへ目を向けた。
「……あぁ。少し用があってな」
そして、何でもないことのように続ける。
「今回は第38勇者隊のリリアと、その連れと共に行った」
「第38勇者隊……」
職員はリリアの胸元にある紋章を確認すると、すぐに帳簿を取り出した。
何枚かページを捲り、そこへ何かを書き込んでいく。
「承知いたしました!」
やがて帳簿を閉じると、俺たちへ頭を下げた。
「それでは討伐報告の確認と報酬のお渡しがありますので、奥の支部長室へお越しください」
「分かった」
モリアは短く答えた。
俺たちもそのまま、職員に案内されてギルドの奥へ向かうことになった。
支部長室へ通された俺たちは、部屋の中央に置かれたソファーへ腰を下ろして待っていた。
ギルドの受付とは違い、部屋の中は随分と静かだ。
俺が物珍しく室内を眺めていると、しばらくして扉が開いた。
「お待たせいたしました。勇者モリア様」
入ってきたのは、このギルドの支部長だった。
やたら丁寧な口調でモリアへ頭を下げる。
そのまま俺たちの向かい側のソファーへ腰を下ろすと、手にしていた小さな木製の盆をテーブルの上へ置いた。
その上には、ずっしりと膨らんだ革袋が二つ乗っている。
「まず、こちらがブレードパンサー討伐の報酬、銀貨五十枚となります」
支部長はそう言って、一つ目の革袋をモリアの前へ差し出した。
「そして、こちらがアッシュベアの魔核の買取代金、銀貨三十枚です」
「分かった」
モリアは淡々と答える。
銀貨八十枚。
大金のはずなのに、モリアは革袋の中身を確かめようとすらしなかった。
それが当然と言わんばかりに、二つの革袋を自分の前へ寄せる。
「しかし、本当に次々と勇者隊の任務を達成していただいて、頭が下がります」
支部長は改めて深く頭を下げた。
「流石は、Sランク勇者のモリア様でございます」
「……え?」
隣から、リリアの小さな声が聞こえた。
見ると、少し青ざめた顔でモリアを見つめている。
「……モリアさんって、Sランク……なんですか?」
モリアはそんなリリアを不思議そうに見る。
「そうだが?」
「……」
リリアが固まった。
何がそこまで凄いのか。
俺には、いまいち分からない。
「……なんかSランクって聞くと凄そうなんだが」
「凄そうって……」
リリアが呆れたように俺を見る。
「リリアたちのランクはいくつなんだ?」
「……Aランクです……」
何故か、急に自信なさげになった。
「Aって十分高そうじゃないか?」
「……正直に言うと」
セシルが横から口を挟む。
「勇者としては最低ランクでもある」
「えっ?」
俺は思わずセシルを見る。
「そうなの?」
「そう」
セシルはあっさりと頷いた。
「勇者になった時点でAランクからだから」
「へぇ……」
すると、ミナが少し苦笑しながら続ける。
「勇者隊は各地を移動しながら、高ランクのモンスターと戦うことになりますからね」
「まぁ……そうだな」
「Bランク相当の冒険者と同じくらいの強さでは、道中で旅が終わってしまいます」
「……旅が終わるって」
俺が聞き返すと、ミナは少しだけ困ったように笑った。
「……そういう意味です」
「……なるほど」
それ以上は聞かなかった。
終わるというのが、旅をやめて村に帰るとか、そういう意味ではなく、明確な死を意味していた。
俺は改めてモリアを見る。
「じゃあ、Sランクって相当上なのか?」
「相当どころじゃないですよっ!」
さっきまで固まっていたリリアが、急にこっちへ顔を向けた。
「Sランク勇者なんて、本当に一握りですからね!?」
「んー……」
そう言われても、やっぱりいまいちピンとこない。
「なんかいい例えないか?」
すると、セシルが何か思いついたように人差し指をぴんと立てた。
「……ダグラス三人分」
「……」
俺は一瞬だけ考える。
ダグラス。
三人。
「……そいつは頼りになるわ」
あのダグラスが三人。
それなら分かりやすい。
さっきのブレードパンサーをあっさり倒したのも納得できる。
モリアは俺たちのやり取りを聞きながら、少しだけ呆れたように眉を上げていた。
「ところで」
今度は支部長がリリアのほうへ向き直った。
「貴女たちが第38勇者隊ですね?」
「は、はいっ。そうですが……」
ふいに話を振られ、リリアが慌てて姿勢を正す。
すると、支部長はにっこりと笑った。
「いいお知らせがございます」
「いいお知らせ?」
「第38勇者隊は、これまでの功績を加味され、この度AAランクへと昇格されました」
「……え?」
リリアが目を丸くする。
「AA……?」
セシルも珍しく驚いたような顔をした。
「はい。これに伴い、王都から支給される活動資金も、一カ月につき金貨一枚となります」
「き、金貨一枚!?」
リリアの声が裏返った。
さっきまでSランクの話をしていたせいで忘れそうになるが、金貨一枚だ。
普通に大金である。
「おめでとうございます」
支部長はそう言うと、別に用意していた革袋から金貨を一枚取り出し、丁重にリリアへ差し出した。
リリアは両手でそれを受け取る。
「あ、ありがとうございますっ!」
手のひらに乗せられた金貨を、何度も確かめるように眺めている。
俺も横からそれを覗き込んだ。
「……すげぇな。一カ月に金貨一枚も活動資金が出るのか」
「そうみたいですっ!」
リリアはまだ信じられないような顔で、手のひらの金貨を見つめている。
そこで、俺はふと隣のモリアへ目を向けた。
「……なんだ?」
モリアが俺を見る。
「いや……」
ちょっと気になった。
「Sランク様って、月の活動資金はいくら支給されるんだ……?」
俺が素直に聞くと、モリアはつまらなさそうな顔で答えた。
「……金貨三枚だ」
「三枚!?」
「そうだ」
「毎月!?」
「毎月だ」
「……」
俺は思わず黙った。
金貨三枚。
毎月。
俺はモリアと、目の前でやたら丁寧に対応している支部長を交互に見る。
……そりゃ、こんな扱いにもなるわ。




