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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
モリア編

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第61話:勇者と因縁

 モリアがにやりと笑った。


「狩りの時間だ」


 そう言った瞬間だった。

 少し離れた場所で低く身構えていたブレードパンサーが、地面を強く蹴る。

 土が弾けた。


「速いっ!?」


 思わず声が出る。


「えっ!?」


 隣ではリリアが驚いたように声を上げただけだった。

 どうやら、今の動きは目で追えていないらしい。


 俺には辛うじて見えていた。

 黒い巨体が地面すれすれを駆け、一気にモリアとの間合いを詰める。

 その勢いのまま、口元から伸びた刃をモリアの首筋目掛けて振り下ろした。


 だが。

 モリアは一歩も退かなかった。

 悠然と立ったまま、赤熱した剣を振るう。


 ガギンッ!!


 金属同士を思い切りぶつけたような甲高い音が森に響いた。

 ブレードパンサーの刃が大きく弾かれる。


「グルルッ!!」


 すぐさま地面を蹴って体勢を立て直すと、再びモリアへ襲いかかった。

 今度は右から。

 モリアが剣で受ける。

 直後、ブレードパンサーは地面を蹴って反対側へ回り込むと、今度は左から刃を振るった。


 ガギンッ!!


 だが、それもモリアの剣が正確に捉える。

 速い。

 俺にはどうにか見えているが、少しでも目を逸らせば見失いそうだ。

 それなのに。

 モリアはその場からほとんど動いていない。


「……なんだよ、あれ」


 思わず声が漏れた。

 もう一度、剣と刃がぶつかる。


 ガギンッ!!


 その直後、ブレードパンサーが大きく後ろへ跳んだ。

 地面を滑りながら距離を取り、低く唸る。


「……ん?」


 俺は思わず目を見開いた。

 ブレードパンサーの口元から伸びていた二本の刃。

 その一本に、深い切れ込みが入っている。

 しかも、その周囲は赤く熱を持ち、僅かに溶けていた。


「……あの剣、刃まで溶かしてんのかよ」


 俺が呟く。

 刃に深い切れ込みを入れられ、激昂するブレードパンサーを前にしても、モリアはまるで余裕を崩していなかった。

 赤熱した剣を片手に、悠然と笑みを浮かべる。


「どうした、化け物」


 モリアは剣先をブレードパンサーへ向けた。


「その程度か?」


「グオオオオオッ!!」


 ブレードパンサーが大きく吠えた。

 木々の葉が揺れ、森の中に低い咆哮が響き渡る。

 その雄叫びには、さっきまでとは違う何かが混じっているように感じた。


「……なんだ?」


 次の瞬間。

 ブレードパンサーの身体へ、周囲の魔力が一気に集まり始めた。

 黒い毛が逆立ち、その巨体を包む魔力が徐々に濃くなっていく。


「まさか……」


 セシルが目を見開いた。


「そいつ……身体強化が使えるの!?」


「まずいっ……!」


 リリアも焦ったように声を上げた。


「ここで仕留めないと、特殊個体に進化する!?」


 二人の声が森の中に響き渡る。

 だが。

 モリアだけは、相変わらず余裕の表情を崩していなかった。


「使えるとは言っても、初期段階の身体強化だ」


 赤熱した剣を構える。


「脅威でもなんでもない」


 そう言った瞬間。

 モリアが地面を蹴った。


 ドンッ!!


 踏み込んだ場所から土が大きく舞い上がる。

 今度はモリアのほうから、一気にブレードパンサーとの距離を詰めた。


「グルッ!?」


 ブレードパンサーも、その速度には一瞬怯んだように見えた。

 だが、すぐに迎え撃つように身体を低く構える。

 そして、迫ってきたモリア目掛けて、口元の刃を振るった。

 モリアも剣を大きく振りかぶる。


「もう十分温まった」


 その言葉の意味を考えるより早く、赤熱した剣が振り下ろされた。

 ブレードパンサーも口元の刃で受け止めようとする。


 だが。


 ガギンッ!!


 激しい音が響いた。

 次の瞬間、ブレードパンサーの刃に赤い線が走る。


「……っ!」


 そのまま刃が切断された。

 モリアの剣は止まらない。

 ブレードパンサーの刃を断ち切り、その下にある頭から胴体まで一息に振り抜く。


 ズバッ!!


「……」


 一瞬だけ、森の中が静かになった。

 ブレードパンサーの身体が、その場でぐらりと揺れる。

 そして。

 左右に分かれた巨体が、それぞれ地面へ崩れ落ちた。


 ドサッ!!


 舞い上がった土埃の向こうで、モリアだけが立っていた。

 俺はしばらく何も言えず、その光景を見つめる。

 ……これがAAランク。

 それを、本当に一人で倒しやがった。


「……すげぇな……」


 ようやく声が出た。

 俺は倒れたブレードパンサーを避けながら、モリアへ近づく。


「めちゃくちゃ強いじゃないか……」


 そう言われたモリアは、ふっと笑った。


「そうか。そう思ってもらえたなら何よりだ」


「……そんなに強いのに、何を狩るのを手伝ってほしいんだ?」


 俺が尋ねると、モリアは少し考えたあと、木々の隙間から見える空を見上げた。


「……私の仲間を二人殺した、AAAランクのマンティコアだ」


「AAA……」


 俺は思わず眉をひそめる。

 前に戦ったサイクロプスも、確かAAAクラスまで危険度が上がった相手だった。

 あれを思い出すだけでも、嫌な汗が出てくる。


「その……マンティコアって、どんなモンスターだ?」


「今までの進化個体や特殊個体とは別ですっ!!」


 リリアが驚いたように声を上げた。


「純粋なAAAランクのモンスターですっ!!」


「……最初からAAAってことか」


「そうです!」


 嫌な言い方だな。

 俺はモリアを見る。


「……どんな見た目のモンスターなんだ……?」


 すると、今度はモリアが答えた。


「人に似た顔をしていて、背中には大きな翼がある」


「人みたいな顔……?」


「あぁ。それに、尻尾の先が蛇の頭になっている」


「蛇?」


「その蛇の頭から魔法を使ってくる」


「……」


 俺は思わず黙り込んだ。

 人みたいな顔に、翼。

 そのうえ尻尾には蛇の頭までついていて、そいつが魔法まで使うらしい。


「……なんでもありだな、そいつ」


 俺が呆れて言うと、モリアは真剣な面持ちのまま答えた。


「だからAAAランクなのだ」


「……危険な相手です!!」


 リリアが大きな声で警告する。


「純粋なAAAランクのモンスターです! それが変異や進化をすれば、Sランクにも届き得るモンスターなんですよ!!」


 だが、その言葉にモリアが被せる。


「……やつの尻尾は、私が斬り落としている」


「え?」


「魔法は使えん」


「……ですがっ!?」


 それでも、リリアの顔から恐怖は消えなかった。

 俺はセシルとミナへ目を向ける。

 二人も同じだった。

 さっきまでのブレードパンサーを相手にしていた時とは、明らかに表情が違う。

 恐怖。

 それに、行くべきかどうか迷っているのも分かった。


 三人の顔を見たモリアは、少しだけ残念そうに目を伏せた。


「……駄目か」


「……」


「まぁ、そうだな。誰でも命は惜しい」


 モリアは赤熱が収まり始めた剣を鞘へ納める。

 そして、俺たちに背を向けた。


「すまない。時間を無駄にさせた」


「……待て」


 気付けば、俺はモリアの腕を掴んでいた。


「……なんだ?」


 モリアが驚いたような顔で振り返る。


「お前のリーダーは嫌がっているぞ」


「……一人で挑んで、死ぬ気なんだろ?」


「……」


 モリアは答えなかった。

 さっきまで余裕に満ちていたその顔から、笑みが消えている。

 その沈黙だけで十分だった。


「モリアさん!!!」


 リリアが口元を押さえたあと、慌てて声を上げる。


「他の勇者隊を探しましょう!! 30番台じゃなくて、もっと古参の20番台の勇者隊を!!」


「……既に探した」


「え……」


「時間をかければ、やつが別の場所に巣を作る可能性もある」


 モリアは静かに答える。


「……時間がないんだ」


「……」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。

 森の中に、風で葉が揺れる音だけが響く。

 俺はしばらくモリアの顔を見つめた。


 仲間を二人殺した相手。

 そいつを、誰も協力してくれなければ一人で追うつもりだったらしい。

 ……放っておけるかよ。


「……モリア」


「なんだ?」


「俺が一緒についていっても、足手まといにはならないか?」


「……え?」


 モリアが珍しく、きょとんとした顔をした。


「いや……あぁ」


 少し戸惑ったあと、俺を見る。


「先ほどのブレードパンサーの動きも目で追えていたようだし、ミナへの攻撃にも反応できていた」


「おう」


「それを考えれば、十分だ」


「なら決まりだな」


「だが、お前の雇い主は……」


 そこまで聞いたところで、俺はリリアへ振り返った。


「リリアッ!!」


「は、はい!?」


「悪いが休暇をくれ!!」


「……」


 リリアの顔が固まった。

 数秒。

 そして次の瞬間。


「うがぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 頭を抱えて叫び出した。


「な、なんだよ!?」


「やっぱりこうなるんですかぁぁぁぁぁっ!!」


 その横で、セシルが半ば諦めたようにため息を吐く。


「……駄目だ。これ、エリオの時と同じだ」


「何がだよ」


「止めても勝手についていっちゃうやつ」


「勝手には行かねぇよ。今ちゃんと休暇くれって聞いてるだろ」


「そこじゃない」


 ミナも困ったように笑った。


「……はは。それでこそカイルさんですからね……」


「なんだよ、お前まで」


 俺は三人の顔を見回した。

 ……なんとなく、何を思われているのか分かった。


「ハハッ……」


「なんですか?」


「いや、わりぃな」


 俺は頭を掻いた。


「人が死にに行くって分かったら、どうしても止めないと気が済まないんだ」


「……」


 三人が揃って黙る。

 そして、しばらくしてセシルが小さくため息を吐いた。


「……ほんと、カイルってそういうところあるよね」


「悪かったな」


「褒めてる」


「そうは聞こえねぇけど」


 ミナも小さく笑った。


「でも……そんなカイルさんだから、私たちも安心できるんですけどね」


「……そうですね」


 リリアもようやく頭から手を離す。

 そして、まだ少し困ったような顔をしながら笑った。


「本当に、仕方のない人です」


「なんだよ。結局みんなして悪口じゃねぇか」


「違いますよっ!」


 そんな俺たちのやり取りを、モリアは黙って見つめていた。

 その表情は、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。

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