第60話:勇者とブレードパンサー
俺は、首を失って絶命したアッシュベアの死骸を見ながら、その場で絶句していた。
……リリアの聖剣や、エリオの雷の聖剣もすげぇが……。
モリアのは、格がちげぇ……。
そう思いながら、俺はモリアへ目を向ける。
当の本人は、倒れたアッシュベアをつまらなさそうに見下ろしていた。
やがて赤熱していた剣から熱が引いていくと、そのまま剣を鞘へ納める。
「さぁ、先を急ごう」
「え?」
「この騒ぎを聞きつけて、獲物に逃げられても困る」
それだけ言うと、モリアは何事もなかったかのように再び森の奥へ歩き始めた。
「……いや、ちょっと待て」
「なんだ?」
「これ、置いてくのか?」
俺は地面に転がっているアッシュベアの死骸を指差した。
「そうだが?」
「ちと勿体ねぇな……」
俺はアッシュベアの巨体を見る。
「あれだけの熊なら解体すれば、魔核はもちろん、毛皮や爪なんかも売れるだろうに」
「……」
その言葉を聞いたモリアが、ふいに足を止めた。
そして、少しだけ目を見開く。
「……そうか」
「ん?」
「……そうだな」
モリアはもう一度、アッシュベアの死骸へ目を向けた。
ほんの少しだけ、懐かしむような顔をしたように見えた。
「なら、ブレードパンサーを仕留めたあと、ここへ戻ってくるとしよう」
「おう。そのほうがいいだろ」
「あぁ」
モリアはそう答えると、ふっと笑った。
さっきまで見せていた不敵な笑みとは、どこか違う笑い方だった。
……なんだ?
俺、そんな変なこと言ったか?
だが、モリアは何も説明することなく、再び森の奥へ歩き始めた。
俺たちもその後を追う。
森の奥を進みながら、リリアはモリアに話しかけていた。
「あのっ! モリアさん!」
「……なんだ、リリア」
モリアはリリアを横目に見ながら口を開いた。
「モリアさんの聖剣、凄かったです!! 火属性に適性をお持ちなんですね」
「あぁ、そうだよ」
モリアは少し口元をほころばせた。
「リリアは光属性に適性があるのかい?」
リリアはそう聞かれると、少し恥ずかしそうに答えた。
「……はい。光属性に適性があると言われています」
「道理で、身のこなしが素早いわけだ」
モリアはそう言って、優しく微笑んだ。
「……素早いでしょうか」
リリアは少し困ったように笑う。
「その……モリアさんの身のこなしを見せられたあとに、それを言われると少し恥ずかしいです」
それを聞いたモリアは、また小さく笑った。
「大丈夫だ。まだキミは若い」
「……はい」
「あと数年もすれば、私くらいにはなれると思うよ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。少なくとも、キミの歳の頃の私は、そこまで強くなかった」
「……!」
その言葉がよほど嬉しかったのか、リリアは照れ臭そうに頬を緩めていた。
俺は二人のやり取りを聞きながら、隣を歩いていたセシルへ小声で話しかけた。
「……実際、モリアの強さって他の勇者隊と比べてどうなんだ?」
そう聞くと、セシルはモリアに励まされ、嬉しそうにしているリリアを横目に見た。
「……私たちの同期って30番台の隊ばかりだから、20番台の勇者隊のことはあんまり分からないけど」
「けど?」
「強いよ。ありえないくらい」
「……やっぱそうか」
昨日の動き。
ブラックボアを殺気だけで追い払ったこと。
そして、さっきのアッシュベア。
あれだけ見せられれば、俺にだって分かる。
……いったい、どれほどの死線を潜ってきたんだろうな。
それも、仲間を失うほどの……。
ミナは、その会話を聞いていたようだった。
「……でも、私はリリアには、モリアさんのようにはなってほしくないと思います」
「どうしてだ?」
俺が不思議に思って聞くと、ミナは少し寂しそうな目で、前を歩くモリアの背中を見つめた。
「……だって」
ミナは少しだけ間を置く。
「あんなに強いのに、あんなに寂しそうじゃないですか……」
「……」
俺は何も答えられず、もう一度モリアの背中へ目を向けた。
確かに、そうかもしれない。
強くなった理由が、仲間を失ったことと関係しているのだとしたら。
そんな強さなら、リリアには必要ない。
少なくとも、俺はそう思った。
そのまま森の奥へ進んでいくと、突然、少し先の木が大きく揺れた。
「……ん?」
俺が目を向けた、その瞬間だった。
バサッ!!
大きな黒い影が、木から木へ飛び移った。
「なっ……!?」
さらにもう一度。
今度は反対側の木が大きく揺れる。
黒い影は一本の木に留まることなく、幹や枝を足場にしながら、俺たちの周囲を凄まじい速度で跳ね回っていた。
右。
左。
上。
視線を向けた頃には、もう別の場所へ移っている。
「……速っ」
セシルが息を呑む。
リリアも周囲を見回しながら、剣を握り締めた。
「……これが……」
そして、大きく声を上げる。
「ブレードパンサーッ!!」
ようやく現れたか。
俺も大鉈へ手を掛けながら、木々の間を飛び回る黒い影を目で追った。
「くっ……」
リリアは声を漏らしながら、どうにかブレードパンサーの影を目で追い続けていた。
セシルも、俺たちの周囲を飛び回る黒い影を見上げる。
「……駄目。影しか目で追えない」
俺も最初は同じだった。
速すぎて、黒い何かが木から木へ飛び移っていることしか分からない。
だが、何度もその動きを追っているうちに、少しずつ目が慣れてきた。
「……見えてきた」
黒い影の中に、ようやくその姿を捉える。
全長は三メートルほど。
黒い豹のような身体。
そして、その口元からは二本の大きな刀身のようなものが伸びていた。
「……刃物が生えるって、どういう生態系だよ。まったく……」
思わず悪態をつく。
すると隣で、モリアがゆっくりと剣を鞘から抜いた。
「それがモンスター、というものだ」
赤熱し始めた剣を構えながら、モリアは飛び回るブレードパンサーを見据える。
「考えても埒があかん」
「……ここは流石に協力しようぜ」
俺は大鉈を構えながら、モリアへ声をかけた。
「モリアの実力を見せてくれるって話だったが、これだと流石に一人じゃきついだろう?」
だが、モリアは俺の言葉を聞くと、ふっと不敵に笑った。
「言っただろう?」
「ん?」
「ただのAAごとき、造作もないと」
「……まじかよ」
この状況でも、まだそんなことを言えるのか。
そう思った、その時だった。
木々の間を飛び回っていたブレードパンサーの動きが変わる。
「……っ!」
次の瞬間。
黒い巨体が、一直線に俺たちへ向かって飛び込んできた。
狙いは俺でも、リリアでもない。
「ミナッ!!」
後ろにいるミナだ。
どうやら、一番戦闘力の低い相手から仕留めるつもりらしい。
「っ……!」
リリアも咄嗟に動こうとした。
だが、先ほどのアッシュベアとの戦闘から間もない。
聖剣スキルを起動するのが、一瞬遅れた。
「ミナッ!! 伏せろ!!」
「っ……!」
ミナが息を呑み、咄嗟に身体を低くする。
俺は叫ぶと同時に、大鉈を大きく振りかぶった。
飛び込んでくるブレードパンサーへ狙いを合わせる。
その時だった。
横から、モリアの赤熱した剣が凄まじい速度で振り下ろされた。
「……ッ!」
ブレードパンサーも寸前でそれに気付いた。
慌てて身体を捻り、口元から伸びた二本の刀身をモリアへ向ける。
ガギンッ!!
モリアの剣とブレードパンサーの刀身が激しくぶつかり合った。
「うおっ!?」
凄まじい衝撃が辺りに広がる。
だが、その直後だった。
ドンッ!!
ブレードパンサーの巨体が横へ吹き飛んだ。
「なっ……!?」
俺は思わずモリアを見る。
モリアは片足を高く上げたまま、吹き飛んでいくブレードパンサーを見ていた。
……まさか。
蹴り飛ばしたっていうのかよ……。
ブレードパンサーはそのまま木へ激突する。
バキィッ!!
大きく木が揺れ、葉がばらばらと落ちてきた。
「グルルルルル……」
だが、さすがはAAランク。
すぐに身体を起こすと、低い唸り声を上げながら再びモリアを睨みつけた。
モリアはそんなブレードパンサーを見て、満足そうに口元を吊り上げる。
「さて」
赤熱した剣をゆっくりと構え直す。
「狩りの時間だ」
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