第58話:威圧と勇者
翌日の朝。
俺たちは約束していた第二王都の西門へ向かっていた。
西門を抜けた先には街道が伸び、その向こうには広い森が見える。
「モリアさん、もう来てますね」
リリアが前を指差した。
門の近くには、すでにモリアが一人で立っていた。
腰には一本の剣が下げられている。
剣自体は鞘に収まっていて見えないが、その鞘はところどころ擦れ、随分と使い込まれていた。
昨日の動きを見ていなかったとしても、ただ者じゃないことくらいは分かりそうだ。
「待たせちまったか?」
俺が声をかけると、モリアはこちらへ顔を向けた。
「そうでもない。私もつい数分前に着いたところだ」
「なら良かった」
俺たちがモリアの前まで来たところで、リリアがふいに周囲を見渡した。
「……あの、モリアさん」
「なんだ?」
「他の方が、まだ来られてないようですが……」
「他の?」
「はい。その……第25勇者隊の方たちです」
そう言われて、俺も辺りを見る。
確かにモリア以外には誰もいない。
勇者隊には魔導士と聖職者が随伴している。
リリアにはセシルとミナ。
エリオにもノアとクラリスがいる。
なら、モリアにも仲間がいるはずだ。
だが、モリアは少しだけ寂しそうな目をすると、ゆっくりと口を開いた。
「……彼らは、半年ほど前に命を落としている」
「……え?」
リリアが、ヒュッと息を吸った。
「……二人とも、ですか?」
ミナが静かに尋ねる。
「あぁ」
「……そう、ですか」
それ以上、ミナは何も聞かなかった。
セシルも黙ったまま、モリアを見ている。
俺も、その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
……そうだよな。
今までどうにかなってきたから、どこかで忘れていた。
俺たちが相手にしているのは、人を殺すモンスターだ。
一歩判断を間違えれば。
リリアやセシル、ミナだって。
エリオたちだって。
いつ、そうなってもおかしくない。
ふと、昨日の慰霊碑の前で祈っていたモリアの姿が頭に浮かんだ。
……もしかして、あれは。
「……すみません」
リリアが俯きながら言った。
「知らなかったとはいえ、変なことを聞いてしまって……」
「気にするな」
モリアは静かに答えた。
「知らなかったのなら、仕方のないことだ」
そうして、モリアは西門を守っていた門番へ声をかけた。
「こちらの準備はできた。通してくれ」
「はっ!」
門番はモリアへ頭を下げると、他の門番たちへ合図を送った。
しばらくして、重そうな西門がゆっくりと開いていく。
「勇者様、お気をつけて……。この先の森に潜伏しているのは、AAクラスのブレードパンサーですから……」
「……AAクラス?」
リリアが小さく呟いた。
だが、モリアはまったく気にした様子もなく、不敵に笑った。
「問題ない。通常のAAなら造作もない」
「造作もないって……」
思わず俺が呟く。
俺たちがこれまで相手にしてきた中でも、AAクラスなんて楽に倒せるような相手じゃない。
それを、まるでその辺の獣でも狩りに行くような言い方をする。
「行くぞ」
モリアはそれだけ言うと、開いた門の向こうへゆっくりと歩いていった。
「……本当に一人で倒すつもりなんでしょうか」
リリアがその背中を見ながら呟く。
「昨日、見てるだけでいいって言ってたしな」
「AAを一人で……」
セシルも少し信じられないような顔をしている。
「まぁ、行けば分かるだろ」
俺はそう言って、モリアの後を追った。
リリアたちも続き、俺たちはそのまま第二王都の西門を抜けた。
モリアの後ろを歩きながら、しばらく誰も口を開かなかった。
さっき聞いた話が、まだ頭に残っている。
そんな中、リリアがゆっくりと口を開いた。
「……あの、モリアさん」
「なんだ?」
「……新しい仲間を、入れたりしないんですか?」
モリアは前を向いたまま歩いている。
「補充申請をすれば、数週間で新しい仲間が来ますよね……?」
その言葉を聞いて、モリアの足が少しだけ緩んだ。
そして、ゆっくりとリリアへ顔を向ける。
「……リリアだったか」
「はい」
モリアは目を細める。
何かを思い出しているようにも見えた。
「キミは……」
「……?」
「もし第38勇者隊が、キミを除いて全滅した場合」
リリアの表情が固まる。
「その彼女らの代わりが欲しい。なんて思うのか?」
「……っ」
リリアは何も答えられなかった。
隣を歩いていたセシルも、ミナも黙っている。
俺も何も言えなかった。
代わり。
そんな言葉で片付けられるようなものじゃない。
少なくとも、今のリリアにとってセシルやミナがそうじゃないことくらいは、俺にも分かる。
「……すみません」
やがて、リリアが小さく呟いた。
「そういう意味で言ったわけでは……」
「分かっている」
モリアは静かに答えた。
「キミに悪気がないことくらいは分かっている」
そう言って、再び前を向く。
「ただ……私には無理なのだ」
「……」
「彼らの代わりなど、私には存在しない」
モリアはそれだけ言うと、何事もなかったように前を歩き続けた。
「……リリア」
セシルが小さく声をかける。
「うん……」
リリアはそれだけ答えると、少しだけセシルのほうへ寄った。
ミナも何も言わない。
俺たちも、それ以上モリアに何も聞けなかった。
それからしばらく森の中を進んだ時だった。
突然、少し先の森が騒がしくなる。
ガサガサと草木を跳ねのけながら、何かがこちらへ猛スピードで向かってくる。
「……まさか、ブレードパンサー!?」
リリアが身構える。
「……いや、この足音は……っ!」
俺には聞き覚えがあった。
俺はすぐに音のするほうへ顔を向ける。
次の瞬間。
「ブモォォォッ!!」
茂みを突き破り、全長三メートルほどの巨大な猪が姿を現した。
「……ブラックボアかよ」
ラウム村の近くにも出る、見慣れたモンスターだ。
ブラックボアは俺たちの姿を見るなり、その太い前脚で何度も地面を掻き始めた。
完全にこっちを外敵だと認識している。
「ったく、めんどくさいな」
俺は一歩前へ出ようとした。
「モリア、こいつの処理は俺が慣れてる。任せてくれ」
「……いや、その必要はない」
「ん?」
モリアはブラックボアから目を逸らさないまま、ゆっくりと腰の剣へ手を伸ばした。
そして、剣の柄を握る。
その瞬間だった。
「……っ」
空気が変わった。
何をしたのかは分からない。
ただ、背中に冷たいものが走る。
俺に向けられているわけでもないのに、身体が勝手に警戒していた。
隣を見ると、リリアたちも息を呑んでいる。
「……なんですか、これ……」
ミナが小さく呟いた。
「分からない。でも……」
セシルもモリアを見たまま動かない。
「すごく嫌な感じがする」
ブラックボアも同じだった。
「ブ……モ……」
さっきまであれだけ気を立てていたのに、地面を掻いていた前脚がぴたりと止まる。
モリアは剣を抜いてすらいない。
ただ、その柄を握ったままブラックボアを見つめていた。
「……猪風情が」
低い声が森の中に響く。
「そこをどけ」
「……」
ブラックボアは一歩、後ろへ下がった。
「え?」
リリアが小さく声を漏らす。
次の瞬間。
「ブモォッ!」
ブラックボアは勢いよく身体を反転させると、俺たちが来た方向とは反対へ全速力で走り去っていった。
木々の間へ巨体が消えていく。
「……逃げた?」
セシルがぽつりと呟く。
「ブラックボアが……?」
俺も思わず、その背中を目で追っていた。
「……カイル」
「なんだ?」
「ブラックボアって逃げるんだね」
「俺も初めて見たよ」
あいつらは気が立てば、相手が誰だろうと突っ込んでくる。
少なくとも、俺が今まで見てきたブラックボアはそうだった。
それが。
戦うどころか、モリアが剣を抜く前に逃げやがった。
「……お前、何したんだ?」
俺が聞くと、モリアは剣の柄から手を離した。
「何もしていない」
「いや、何もしてないやつ見て、ブラックボアはあんな逃げ方しねぇよ」
モリアは俺の言葉に答えることなく、再び前を向いた。
「行くぞ。目的はこいつではない」
「……はい」
リリアが少し遅れて返事をする。
俺はもう一度、ブラックボアが逃げていった森の奥を見る。
昨日のあの動きといい。
今のといい。
……どうやら、俺が思っていた以上にとんでもない人らしい。




