第57話:勇者からの誘い
それからもしばらく、俺たちは店を見て回っていた。
リリアとセシルは相変わらず元気だったが、さすがに一通り見て満足したのか、最初ほどあっちこっちへ走り回ることはなくなっていた。
「結構見ましたねー」
「もうこんな時間」
セシルが空を見上げる。
いつの間にか、日はだいぶ傾き始めていた。
「そろそろ宿に戻るか?」
「そうですね。夕飯もありますし」
「今日は何食べましょうか!」
「お前、さっき甘いの食ったばっかりだろ」
「甘い物は別です!」
「便利な腹してんなぁ……」
そんな話をしながら歩いていると、少し先に広場のような場所が見えてきた。
店が並ぶ通りから少し外れているせいか、さっきまでとは違って人通りも少ない。
その中央には、大きな石碑が立っていた。
「……なんだ、あれ?」
俺が足を止める。
石碑の前には、花がいくつも供えられていた。
「慰霊碑ですね」
ミナが答える。
「慰霊碑?」
「はい」
俺はなんとなく石碑のほうへ目を向けた。
すると、その前に一人の人影があることに気付いた。
地面に座り込み、石碑へ向かって何かを祈っているように見える。
片腕。
そして、片目を覆う眼帯。
「……あの人、確か……」
俺が呟いた、その時だった。
女性がゆっくりと立ち上がった。
そして、こちらへ顔を向ける。
「……カイルか」
「あぁ。モリア……だったよな?」
「覚えていたか」
モリアは少しだけ口元を緩めた。
「まぁ、一度会ったくらいで忘れねぇよ」
「そうか」
そう言った直後だった。
モリアが突然、低く姿勢を落とした。
「……っ?」
右足で地面を強く踏み込む。
次の瞬間、一気に俺との距離を詰めてきた。
速い。
そのまま真っ直ぐ来るのかと思ったが、途中で左足を強く踏み込み、俺の右側へ鋭く軌道を変える。
そして、そのまま俺へぶつかる寸前で、ぴたりと止まった。
「……なんのつもりだよ」
「……ふむ」
モリアは俺の顔を見たあと、後ろへ視線を向けた。
「え……?」
リリアが目をぱちぱちさせている。
「モリアさん……いつの間に……」
「……速すぎ」
セシルも珍しく驚いたような顔をしていた。
「なんだ? お前ら見えてなかったのか?」
「途中からですよっ!」
リリアがすぐに答える。
「姿勢を低くしたところまでは見えましたけど、その次にはもうカイルさんのところに……」
「私も。途中はほとんど見えなかった」
「そんなに速かったか?」
「速かったですよ!」
なんで俺が怒られてるんだ。
俺が首を傾げていると、モリアがこちらへ顔を近づけた。
「お前、今のどこまで見えていた?」
「どこまでって……」
俺はさっきの動きを思い返す。
「最初に姿勢を低くして、右足で踏み込んだだろ?」
「……」
「そのまま俺のほうに来て、途中で左足を踏み込んで右に切った。それで、俺にぶつかる直前で止まった」
俺がそう答えると、モリアは黙った。
「……それだけじゃないのか?」
「カイルさん……」
後ろからリリアの声がする。
「ん?」
「右足とか左足まで見えてたんですか?」
「見えてたけど」
「……」
今度はリリアまで黙った。
なんなんだよ。
モリアはしばらく俺の顔を見つめたあと、小さく頷いた。
「……良い眼だ」
「は?」
「カイル。お前に手伝ってほしいことがある」
「急だな……」
こいつ、再会してからずっと急だな。
「手伝ってほしいことってのは……?」
「……狩りだ」
「狩り?」
「あぁ」
ずいぶん短い答えだった。
「何を狩ろうってんだよ……。それに、その身のこなしで狩れない獣なんていないだろ」
「狩るのは獣ではない」
モリアはそう言って、俺から少し離れる。
「魔物のほうだ」
「魔物?」
俺が聞き返したところで、リリアが一歩前へ出た。
「……モリアさん」
「なんだ?」
「カイルさんは今、第38勇者隊が雇っている人です」
リリアは少し警戒するようにモリアを見る。
「そんな急に自分のところへ引き抜こうとするのは、協定違反ではないでしょうか?」
「引き抜き?」
俺がリリアを見る。
「勇者隊同士にも色々あるんですよ」
「へぇ……」
「カイルさんは黙っててください」
「なんでだよ」
すると、モリアがふっと笑った。
「何、別に私の個人的な頼みというわけではない」
「……どういうことですか?」
「私が狩りたいのは、王都から勇者隊へ討伐依頼が出されている魔物だ。これなら構わないだろう?」
「王都からの依頼……」
リリアは少し考えるような顔をする。
「それに」
モリアは俺の後ろにいる三人へ視線を向けた。
「別に、カイルだけに頼みたいわけではない」
「え?」
「お前たちにも頼みたいのだ」
リリアとセシル、それにミナが顔を見合わせる。
「……つまり、第38勇者隊ごと手伝ってほしいってことか?」
「あぁ。そういうことだ」
「それなら……」
リリアが少し考えたあと、頷いた。
「王都からの正式な依頼なら、問題はないと思います」
「そうか」
「ただ、私たち今日ギルドで任務はないって言われたんですけど……」
「私がほとんど請け負ったからな」
「やっぱりモリアさんのせいだったんですか!?」
「せいとはなんだ」
「いえ! 助かってますけど!」
どっちなんだよ。
モリアは特に気にした様子もなく、俺たちを見回した。
「……とは言っても、私の実力が分からないようでは連携のしようもないな」
「実力?」
「あぁ。ちょうど今、他の討伐任務も請け負っている」
またかよ。
こいつ、本当に片っ端から仕事を取ってるんだな。
「明日はそれに同行してもらい、私の実力を見てもらおうじゃないか」
「それも手伝えってことか?」
「いや」
モリアは首を横へ振った。
「明日は見ているだけでいい」
「見るだけ?」
「あぁ」
モリアは淡々と答える。
「その後で、改めて話をしよう」
何を狩りたいのかは、まだ教える気がないらしい。
「分かったよ」
「リリアたちは?」
俺が振り返ると、リリアはセシルとミナを見た。
「私は大丈夫です!」
「私も」
「私も問題ありません」
「決まりだな」
モリアが小さく頷く。
「では明日の朝、第二王都の西門で待っている」
「西門?」
「森へ続くほうだ」
「あぁ、あっちか」
「遅れるなよ」
「そっちこそな」
俺がそう返すと、モリアは一瞬だけ目を細めた。
「……面白い男だ」
「なんだよ、それ」
「褒めている」
「そうは聞こえねぇけどな」
モリアはふっと笑うと、俺たちの横を通り過ぎていった。
俺はその背中を見送る。
「……で」
「はい?」
「結局、何を狩るんだろうな」
「さあ……」
リリアが首を傾げる。
「聞けばよかった」
セシルもモリアの背中を見ながら呟いた。
「まぁ、明日分かるだろ」
それより。
俺はもう一度、モリアが座っていた慰霊碑へ目を向けた。
さっきまでのモリアとは違って、あそこで祈っていた姿は妙に静かだった。
「……」
「カイルさん?」
「いや、なんでもない」
俺は慰霊碑から視線を外した。
「そろそろ帰ろうぜ。腹減った」
「あっ、夕飯!」
「結局そこなんですね……」
ミナが苦笑する。
俺たちはそのまま慰霊碑を後にし、宿へ戻ることにした。




