第54話:最高の訓練相手
昼飯を食べ終えた俺たちは、そのまま第二王都の大訓練場へと向かった。
中へ入ると、今日も大勢の冒険者や兵士たちが、それぞれ剣や槍を手に稽古をしていた。
高い天井の下には、武器同士がぶつかり合う音や、訓練をする者たちの掛け声が響いている。
地面には砂が敷き詰められており、あちこちに何度も踏み込んだ跡が残されていた。
「すげぇな。やっぱ人多いな」
「第二王都ですからね。ここを使う人も多いんだと思います」
リリアはそう言いながら、どこか楽しそうに辺りを見回していた。
さっきまでは昼飯を食べて満足そうにしていたのに、訓練場へ入った途端、目が輝いている。
やっぱり勇者だけあって、身体を動かすのが好きなんだろうか。
俺たちは空いている場所を探して、大訓練場の中を歩いていく。
何人かで組み手をしている冒険者たちの間を抜け、比較的人の少ない場所へ向かおうとした時だった。
「おい、そこのあんた」
「ん?」
声をかけられて振り返ると、立派な鎧を身につけた冒険者が何人かこちらへ歩いてきた。
先頭にいた男の視線は、リリアの胸元にある紋章へ向いている。
「その紋章……あんた、勇者か?」
「はい。そうですけど」
リリアが答えると、男は少し嬉しそうな顔をした。
後ろにいた仲間たちも、興味深そうにリリアの姿を眺めている。
「やっぱりそうか。これから稽古するんだろ?」
「はい。カイルさんに相手をしてもらおうかと」
「そいつに?」
男はそこで初めて俺を見る。
革鎧に、背中には大鉈。
俺の格好を上から下まで一通り見たあと、男は自分の立派な装備を見せつけるように胸を張った。
「だったら、俺が稽古つけてやるよ」
「なんなの、こいつら」
セシルが露骨に嫌そうな顔をする。
「おい、セシル」
「だって急に出てきた」
まぁ、それはそうなんだが。
俺が断ろうとしたところで、リリアが何か思いついたように男を見た。
「わぁ、ありがとうございます。じゃあ、少し胸をお借りしますね」
「え?」
思わずリリアを見る。
だが、本人はニコニコしていた。
どうやら断るつもりはないらしい。
「あぁ、任せておけよ」
男も気を良くしたのか、自信満々に頷いている。
後ろにいた仲間たちも、面白いものが見られそうだとばかりに笑っていた。
……なんか嫌な予感するんだけど。
それから二人は、訓練場の端に並べられていた木剣を一本ずつ手に取った。
周囲にいた者たちが少し場所を空け、二人は数歩ほど距離を取って向かい合う。
「安心して打ち込んでこいよ。俺はスキル使わねぇからよ」
「別に使ってもいいですよ?」
「ん?」
「私は聖剣を顕現させませんので、安心してください」
「……あ、あぁ」
男が一瞬だけ妙な顔をした。
どうやら自分が思っていた答えとは違ったらしい。
「じゃあ、始めますね」
リリアが木剣を構える。
腰を落とし、右足をわずかに後ろへ引く。
さっきまでの柔らかい表情が消え、目の前の男へ真っ直ぐ視線を向けていた。
男も遅れて木剣を構えた。
次の瞬間。
リリアが地面を蹴った。
足元の砂が小さく跳ね上がる。
左右へ細かく身体を振りながら、一気に男との間合いを詰めていく。
「ん?」
俺は思わず首を傾げた。
「リリアのやつ、普段より遅いけど大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫」
セシルはまったく心配していない様子で答える。
「いや、でも結構抑えてるだろ、あれ」
すると、隣にいたミナが俺のほうを見た。
「……カイルさん」
「ん?」
「普通、あの速度でもBランク以下の冒険者だと、どんな動きをしているのかも分からないんですよ」
「そうなのか?」
「そうなんです……」
ミナは何故か呆れたような顔をしている。
「カイルは普通に見えてるから分からない」
「なんだよ、その言い方」
そうこうしている間にも、リリアは男の目の前まで迫っていた。
男の表情から、先ほどまでの余裕が消えていく。
「なっ!?」
男が慌てて木剣を構える。
「なんだよ、そのスピードは!? 聖剣スキルって、そんな速いのか!?」
「これですか?」
リリアは走りながら答えた。
「ただの身体強化ですよ」
「はぁ!?」
その直後。
ガンッ!
リリアの木剣が、冒険者の木剣へ叩き込まれた。
乾いた音が訓練場の中へ響く。
「ぐっ!」
冒険者はなんとか受け止めたものの、そのまま身体ごと後ろへ弾き飛ばされた。
「うおっ!?」
二、三歩たたらを踏み、足元の砂を大きく蹴り上げながら、なんとか転ばずに踏みとどまる。
後ろで見ていた仲間たちの笑みも、一瞬で消えていた。
俺はその様子を見ながら、思わず呟く。
「リリアって、何気に剣圧強いんだな……」
「カイルさん」
「ん?」
「剣圧なら、エリオさんのほうが圧倒的ですからね?」
「え、そうなのか?」
「はい。あの人、破壊力全振りなだけあって、威力は相当上です。リリアはスピードタイプなので」
「……あれでスピードタイプなのか」
「そうですよ。それに、エリオさんのあれをBランク以下の人が受けたら、もっと酷い吹き飛ばされ方をしますよ」
「そんなにか?」
「はい。下手したら、受けた腕の骨が折れるかもしれません」
「……マジで?」
「マジです」
ミナは呆れたように俺を見る。
「それをカイルさん、普通に受け止めてましたからね?」
「いや、普通っていうか……結構重かったぞ?」
「重かったで済ませてる時点でおかしいんですよ……」
「そうなのか?」
「そうなんです」
そんな話をしている間にも、リリアは冒険者へ次々に木剣を打ち込んでいた。
男が体勢を整える前に、右から、左からと木剣が振るわれる。
「ちょっ、待っ!」
ガンッ! ガンッ!
冒険者は必死に木剣で受け続けるが、完全に防戦一方だ。
リリアが一度踏み込むたびに、男は少しずつ後ろへ押し込まれていく。
「ん、いいですね」
「な、何がだよ!」
「もう少しスピード上げてもいいですか?」
「ちょっ! ちょっと待ってくれ!! これ以上は!」
だが、その直後。
リリアの姿が男の正面から消えた。
そう見えた次の瞬間には、その木剣が冒険者の喉元へ真っ直ぐ伸びていた。
「っ!?」
木剣の先端は、その喉元すれすれでぴたりと止まる。
冒険者は目を見開いたまま固まっていた。
「……ちょっと、準備運動には物足りませんね」
リリアは少し不満そうに言うと、木剣を下ろした。
力が抜けたのか、冒険者はその場にへたり込み、自分の喉元を見つめている。
後ろにいた仲間たちが慌てて駆け寄ろうとしたが、男は片手を上げてそれを止めた。
どうやら怪我はないらしい。
俺はその様子を見ながら、隣にいたミナへ小声で聞いた。
「……なぁ」
「はい?」
「もしかして、リリアって強いの?」
「……」
ミナは一瞬だけ黙ったあと、何かを察したような顔をした。
「……ブラックボアに苦戦してた私たちの印象って、相当弱いんですね……」
「いや、まぁ……」
「強いですよ、リリアは。冒険者ランクで言えば、Aランクの戦士くらいの実力はありますよ、あの子」
「……マジか。でも、Aランク?」
「はい」
Aランク。
ダグラスって、前に会った時はAAランクだったよな。
その一個下ってことは……。
俺がそんなことを考えていると、ミナが俺の顔を見た。
「……カイルさん、今ちょっと微妙そうな顔しました?」
「いや、悪い意味じゃないぞ。ただ、ダグラスってAAだったよなって思って」
「あぁ……」
ミナは納得したように頷いた。
「そういえば、カイルさんはその辺の制度に疎いんでしたね」
「まぁな」
「ランクって、上げるの相当きついんですよ」
「そんなに?」
「はい。一つ違うだけでも、だいぶ変わると思っておいてください」
「へぇ……」
俺はもう一度、木剣を持ったまま少し不満そうにしているリリアを見る。
俺の知っているリリアは、ブラックボアに苦戦していた女の子だ。
サイクロプスとの戦いでも、あまり攻撃が通っているようには見えなかった。
だが、それは相手が悪かっただけらしい。
……あいつ、そんなに強かったのか。
「それではカイルさん! 次いいですか!?」
リリアが嬉しそうにこちらを振り返る。
「え? あ、あぁ……」
さっきミナから聞いた話が頭に残っていたせいか、俺は少し戸惑いながら返事をした。
リリアは座り込んだままの冒険者へ顔を向ける。
「興味があるなら、見ていってくださいね」
「お、おう……」
男はまだ若干引きつった顔をしていたが、その場から動く気はないらしい。
その仲間たちも、男のそばに立ったまま、今度は俺のほうへ視線を向けていた。
俺も訓練用の木剣を一本借りると、リリアと少し距離を取って向かい合った。
木剣は普段使っている大鉈よりもずっと軽い。
何度か軽く振って感触を確かめてから、両手で握り直す。
「じゃあ、いきますね!」
「おう」
俺が木剣を構えた、その直後だった。
リリアの身体から、一気に力が溢れ出す。
目に見えない何かが膨れ上がったように、周囲の空気がわずかに震えた。
「ちょっと待て!? それ使うんかい!?」
「大丈夫です! 聖剣そのものは顕現させません!」
「そういう問題か!?」
「使うのは、聖剣スキルによる身体強化だけです!」
言い終わると同時に、リリアが地面を蹴った。
踏み込んだ場所から砂が大きく跳ね上がる。
さっきとは比べ物にならない速度で、左右へ細かく蛇行しながら一気に距離を詰めてくる。
「……まぁ、この動きなら普段見てるしな」
何度も戦闘で見てきた動きだ。
俺はリリアの身体を目で追いながら、木剣を握り直した。
すると、さっきまで座り込んでいた冒険者が、呆然とした声を漏らす。
「すげぇ……ほとんど残像くらいにしか見えねぇ……」
「え?」
俺は思わずそっちを見そうになった。
「前見てください、カイルさん!」
「おっと!」
慌てて視線を戻した瞬間、リリアの木剣が横薙ぎに飛んでくる。
俺はそれを木剣で受け止めた。
ガンッ!
木剣を通して、両腕に重い衝撃が伝わってくる。
「おっ」
そのまま身体に力を入れ、足を踏ん張って正面から受け止める。
確かにエリオの一撃よりは、少し軽いかもな。
そんなことを考えていると、周りで見ていた冒険者たちがざわつき始めた。
「おい……今の見たか?」
「あぁ。あれ受け止めて、びくともしてねぇぞ」
「どんな体幹してんだ、あの兄ちゃん……」
俺はちらりと周りを見る。
……そんなに変か?
「本気で打ち込めるっていいですね!」
リリアは嬉しそうに笑いながら、さらに木剣を振るってくる。
右から振るわれた一撃を受けると、すぐにリリアが身体を捻り、反対側から次の一撃を打ち込んでくる。
「満足してもらったなら、よかったよ」
「しかも、カイルさん相手なら私が怪我する心配もいりませんし、怪我させる心配もいりません!」
「ん?」
「最高の訓練相手です!」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「俺は高性能なカカシか!?」
「そしたら、さらに本気でいきますよ!」
「いや、ちょっと待て」
リリアの身体を覆う力が、先ほどよりも強くなる。
髪と服の裾が、風もないのに小さく揺れていた。
「おい!? まだ出力上げるのか!?」
「大丈夫です!」
「大丈夫じゃねぇよ! それ以上やったら、俺の木剣じゃ折れちまって訓練にならないだろ!?」
「出力は抑えます!」
「そういう問題じゃ……」
「聖剣スキルの出力を抑える練習にも付き合ってください!」
「おい、リリア!」
俺の制止も聞かず、リリアが一気に間合いを詰めてくる。
「……ったく!!」
次の瞬間、木剣同士が激しくぶつかった。
ガンッ!!
先ほどよりも大きな衝撃が両腕へ伝わる。
足元の砂を踏みしめながら、俺はどうにかその場に踏みとどまった。
リリアはすぐに木剣を引くと、今度は角度を変えて叩き込んでくる。
俺は木剣を握りしめ、そのまま連続で飛んでくる攻撃を受け止めていった。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
踏み込むたびに地面の砂が舞い上がり、俺たちの周りに砂埃が立ち始める。
「まだいきますよ!」
「好き勝手やりやがって!」
俺は悪態をつきながらも、次々に飛んでくるリリアの木剣をどうにか受け止め続けた。
右。
左。
正面。
横へ回り込んだと思えば、すぐに反対側へ駆け抜けていく。
動きが速いせいで、木剣同士がぶつかる音が途切れない。
いつの間にか、周りが騒がしくなっていた。
さっきまで訓練していた兵士や冒険者たちが手を止め、俺たちの周りに集まり始めていた。
「おー、すげぇな」
「見た目はただの女の子なのに、なんつう振りの速さだ」
「っていうか、相手の男も何者だ? 見た目は低ランクの冒険者みたいなのに、あれ全部捌いてるぞ」
「全然吹っ飛ばされねぇじゃねぇか……」
人垣は少しずつ大きくなっていく。
訓練場の別の場所にいた奴まで、何事かとこちらへ歩いてきていた。
俺はリリアの木剣を受けながら、ちらりと周囲を見る。
「……なんか、人増えてないか?」
「そうですね!」
「嬉しそうに言うことか!?」
そんなやり取りをしていると、人垣の外からパンパンッと手を叩く音が聞こえてきた。
「リリアー! カイルさーん!」
ミナの声だ。
「見物客も増えてきたので、この辺でお開きにしませんかー?」
「だってよ、リリア!」
俺が声をかけるが、リリアは止まらない。
「はい! あと少しだけ!」
「聞いてたか!?」
リリアは俺の周りを高速で駆け回りながら、次々に木剣を打ち込んでくる。
「せいっ!」
「おっと!」
ガンッ!
正面から受け止めると、今度はすぐに横へ回り込んでくる。
「まだです!」
「リリア! そろそろお開きだってよ!」
「これで最後です!」
「ほんとかよ!」
リリアが地面を強く蹴った。
一瞬で加速し、真っ直ぐ俺へ向かってくる。
これまでよりも強い一撃が来る。
そう感じた俺は、木剣を両手で握り、腰を落として構え直した。
次の瞬間、リリアの木剣が正面から叩き込まれる。
ガンッ!!
大きな音と一緒に、俺たちの足元から砂埃が舞い上がった。
木剣から伝わってきた衝撃で、腕がわずかに痺れる。
だが、俺はその場から動かず、どうにか一撃を受け止めた。
「……よし! 終わり!」
「はぁ……はい!」
ようやくリリアが木剣を下ろした。
頬は少し赤くなっていたが、その表情は随分満足そうだった。
俺も構えを解き、息を吐く。
手元を見ると、握っていた木剣の刀身には細かなひびが何本も入っていた。
「ほら見ろ。やっぱりひび入ってるじゃねぇか」
「あっ……すいません」
「まぁ、折れなかっただけマシか」
俺が木剣を軽く動かすと、ひびの入った部分から小さな木屑が落ちた。
近くで見ていた兵士の一人が木剣を受け取りに来たので、そのまま手渡す。
「どうも」
兵士は受け取った木剣のひびを見て、一瞬だけ困ったような顔をした。
額に浮いた汗を腕で軽く拭っていると、セシルがこっちへ近づいてくる。
そして、俺の前まで来ると少し不満そうに口を尖らせた。
「えー。今度は私のファイアランスの的になってほしかったのに」
「それはやめろ。殺す気か……」
「大丈夫。カイルならたぶん平気」
「たぶんで撃つな」
その後、周りに集まっていた見物客も少しずつ散っていき、俺たちは大訓練場をあとにした。
外へ出ると、さっきまで響いていた剣の音や掛け声が一気に遠くなる。
俺は肩を軽く回しながら、隣を歩くリリアへ声をかけた。
「そういや、リリア」
「はい?」
「なんで、あの冒険者の誘い受けたんだ?」
「え?」
「最初から俺とやるつもりだっただろ。別に断ってもよかったんじゃないか?」
俺がそう聞くと、リリアは少しだけ笑った。
「だって、そのほうがカイルさんの凄さが周りに分かるじゃないですか」
「……俺の?」
「はい」
リリアは何でもないことのように頷いた。
「最初はみんな、カイルさんのことを見てもよく分からないと思うんです。でも、あの人と私が戦ったあとにカイルさんと戦えば、どれくらい凄いのか分かりやすいかなって」
「お前、最初からそのつもりだったのかよ……」
「えへへ」
リリアは少し照れたように笑った。
……なるほど。
あの時ニコニコしながら誘いを受けたのは、そういうことだったのか。




