第53話:勇者と随行治癒士
俺が声のした方向へ振り返ると、リリアとセシルが人混みを避けながら、小走りでこちらへ駆け寄ってきた。
「カイルさーん!」
「おぉ、リリア。セシルも一緒だったのか」
二人は俺の前まで来ると、リリアが少し息を整えながら口を開いた。
「もう、どこに行ってたんですか。少ししたらギルドのほうに来るかと思って、待ってたんですよ?」
「ん? あぁ、悪い悪い。途中でダグラスに会ってな」
「えっ、ダグラスさんに?」
「おう。久しぶりに会ったもんだから、ちょっと話し込んじまった」
「そうだったんですか。それなら仕方ないですけど……」
リリアは少し不満そうな顔をした。
「少ししたらギルドのほうに来るかと思って待ってたんですが、全然来ないので、市場のほうまで探しに行っちゃいましたよ」
「市場まで?」
「はい。カイルさんなら、また食材でも見てるんじゃないかと思って」
「俺の行動、だいぶ読まれてんな……」
俺が苦笑すると、隣にいたセシルが真顔で俺を見る。
「カイル、迷子」
「わりぃ、わりぃ……って、迷子にはなってないわ」
「でも、私たちが探しに来た」
「それはお前らが勝手に探しに来ただけだろ」
「じゃあ、迷子じゃなかった?」
「最初から迷子じゃねぇよ」
「そっか」
セシルはどこか満足そうに小さく頷いた。
……こいつ、俺をからかいたかっただけだな。
「それより、カイルを探してたらお腹減った」
セシルが俺に向かって少し唇を尖らせる。
「俺を探してたせいなのかよ」
「うん」
「そこは迷わず肯定するんだな……」
俺は辺りを見渡し、街の時計を確認した。
いつの間にか、時刻は十一時を過ぎている。
「もうそんな時間か。ミナを探して、昼飯に行くか」
俺がそう言うと、リリアはニコリと笑った。
「そうですね。そしたら教会に行きましょう。そこでミナが教会機関の方に報告を上げてるはずなので」
「教会機関……?」
「……あっ」
俺が聞き返すと、リリアは一瞬だけハッとしたような顔をした。
だが、すぐにいつもの表情に戻る。
「そういえば、カイルさんにはちゃんと説明してませんでしたね」
「教会とは別物なのか?」
「いえ。教会機関というのは、この国にある教会や、そこに所属する聖職者をまとめている組織のことです」
「じゃあ、今から行く教会も教会機関なのか?」
「はい。町や村にある教会は、基本的にすべて教会機関に属しています」
「なるほどな。それなら、普通に教会って言えばいいんじゃないか?」
「普段はそれで通じるんですけど、勇者隊への随行や報告に関わる時は、教会機関と呼ぶことが多いんです」
「そういうもんか」
「そういうものです」
俺たちはそのまま、ミナのいる教会へ向かって歩き出した。
「教会機関に所属している聖職者の中には、私たち勇者と一緒に行動する人たちがいるんです。ミナも、その一人ですね」
「じゃあ、ミナは教会機関からリリアのところに派遣されてるのか?」
「はい。勇者が怪我をした時に治癒を施したり、戦闘では私たちの援護をしたりするのが主な役目です」
「なるほどなぁ。勇者を支えるために、一緒に旅してるわけか」
「まぁ……それも間違ってはいないんですけど」
リリアが少し言いづらそうに言葉を濁した。
「他にも何かあるのか?」
「……勇者の監視です」
「監視?」
「はい」
リリアは前を向いたまま、小さく頷いた。
「勇者が勝手な行動をしていないか。任務をきちんとこなしているか。そういったことを教会機関へ報告するのも、同行している聖職者の役目なんです」
「へぇ……」
その話を聞いて、俺は思わず二人の顔を見た。
「いや、ちょっと驚いたな。俺はてっきり、三人は幼い頃から知ってる仲だと思ってたよ」
「幼い頃から、ですか?」
「おう。なんか三人とも、ずっと一緒にいる感じだったからさ」
リリアは少しだけ目を丸くしたあと、隣を歩くセシルへ視線を向けた。
「私が幼い頃から知ってるのは、同じ孤児院で育ったセシルだけですね」
「私たち、仲良し」
セシルはそう言うと、リリアの肩を両手で掴んだ。
「はいはい、仲良しですね」
「うん」
満足そうに頷くセシルを見ながら、俺は少し考え込んだ。
「なんか複雑なんだな、やっぱ……」
勇者と、その仲間。
今までずっと三人で旅をしているから、なんとなく普通の友達同士だと思っていた。
だが、実際には勇者と魔導士、それに勇者を治療しながら、その行動を教会機関へ報告する聖職者。
俺がそんなことを考えていると、セシルが珍しく真面目な声で口を開いた。
「別に、ミナだって好きで監視役なんかしてないよ」
「ん?」
「それに、友達であることには変わらない」
セシルはリリアの肩から手を離すと、少し俯いた。
「こんな時代じゃなかったら、もっと普通の暮らしをして、普通の友達として……」
そこで言葉を止める。
いつもなら適当なことを言って俺をからかってくるセシルが、珍しく暗い顔をしていた。
「……そうだな」
俺はセシルの頭に手を置き、ぽんぽんと軽く撫でた。
「普通の暮らしができるように、とっとと四魔将を倒すか、もしくはそれと同じくらいの功績を出して、三人で任務から解放されるよう頑張ろうな」
「……うん」
セシルは俺の手を払いのけることもなく、小さく頷いた。
それからしばらく歩き、俺たちは教会へと辿り着いた。
大きな扉を開けて中へ入ると、一人のシスターがこちらに気付き、声をかけてくる。
「こんにちは。お祈りでしょうか?」
「いえ、私たちは第38勇者隊です」
リリアがそう名乗ると、シスターはすぐに察したように小さく頷いた。
「……少々、お待ちください。随行治癒士を連れてまいります」
そう言い残すと、シスターは教会の奥へと歩いていった。
以前、エリオの傷ついた腕を治療するために教会の一室を借りた時も、俺たちはすぐに奥へ案内された。
あの時はエリオの治療で頭がいっぱいだったから気にしていなかったが、今回も第38勇者隊と名乗っただけで、すぐに話が通じた。
町が違っても、勇者隊への対応はきちんと共有されているらしい。
なるほど。
これが教会機関ってことか。
しばらくすると、教会の奥からミナが姿を現した。
「お待たせしました。すいません、報告に手間取ってしまいまして」
ミナは俺たちに気付くと、少し早足でこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫。私たちもさっきまでカイルさんを探してたところだし、ちょうどいい時間だよ」
「カイルさんを?」
「うん。迷子だった」
「だから迷子じゃねぇって」
セシルは俺の言葉を無視すると、今度はミナのほうを見た。
「ミナ、私お腹減った」
「はいはい。そしたら、みんなでお昼ご飯に行きましょうね」
「賛成」
そんなやり取りをしながら、俺たちは四人で教会を出た。
昼飯を食べる店を探しながら歩いている途中、俺は先ほどの話を思い出してミナに声をかける。
「なぁ、ミナ」
「はい?」
「さっき言ってた報告って、どんな報告してたんだ?」
「あぁ、それですか」
ミナは少し困ったように笑った。
「第38勇者隊にしては随分早い到着だな、って話になりまして」
「俺たち、そんなに早かったのか?」
「かなり早いみたいですよ。それに、『ギルドからも、第38勇者隊が今までとは比較にならないほど戦果を挙げていると聞いてるが、何か変わったことでもあったのか?』と聞かれまして」
「へぇ」
「それで、カイルさんを仲間に入れてから、すごいすいすい任務をこなせるようになったんです、って説明したんですけど……」
そこでミナが少しだけ遠い目をした。
「まぁ、いつもの『それは本当に農民なのか?』から始まってしまいまして……」
「またそれかよ……」
「はい……。カイルさんが農民だというところから説明し直すことになって、報告がすごく長引いてしまいました……」
昼飯を食べるために、俺たちは教会の近くにあった飯屋へ入った。
ちょうど昼時ということもあって店内はそこそこ混んでいたが、奥の四人掛けの席が空いていたので、そこに座る。
注文を済ませ、料理を待っていると、向かいに座ったリリアが俺のほうを見た。
「そういえば、カイルさん。買い出しに随分時間かかってたみたいですけど、何か目ぼしいものでも手に入れたんですか?」
「ん? いや、買い出し自体はすんなり終わったぞ」
「そうなんですか?」
「おう。ただ、大訓練場とか図書館とか、興味惹かれるものを見つけてな。そっちで時間がかかった」
「大訓練場……」
リリアが少し興味を示したように呟く。
すると、その隣でセシルが俺の顔をじっと見た。
「カイルが図書館……」
「……なんだよ」
「別に~?」
そう言いながら、セシルは何故かニマニマと笑っている。
「なんだ、その顔は」
「なんでもない」
「絶対なんか思ってるだろ」
「気のせい」
こいつ……。
俺がセシルを睨んでいると、何か思い出したのか、リリアが「あっ」と声を上げた。
「そうだ、カイルさん」
「ん?」
「エリオさんもギルドの裏で稽古つけてもらってたじゃないですか。私も稽古つけてくれませんか?」
「いや、あれは俺がエリオに稽古をつけてもらってたわけで!」
「途中から逆な気がしてた」
すぐさまセシルが口を挟んでくる。
「逆じゃねぇよ」
「でも、カイルさんがエリオさんに怪我させないように頑張ってましたよね」
今度はミナまで加わってきた。
「ミナまで何言ってんだよ……」
「だって、本当にそんな感じでしたよ?」
「ほら」
「ほら、じゃねぇ」
俺が二人に言い返していると、リリアがテーブルに少し身を乗り出した。
「カイルさんなら安心して打ち込めると思うんです!!」
目が輝いている。
俺は思わず頭を抱えた。
「……普通、逆なんじゃないか……?」
稽古を頼む相手に安心して打ち込めるって、どういう意味だよ。
「……駄目なんですか?」
「いや、駄目ってわけじゃ……」
「エリオさんは良いのに?」
「その言い方は反則だろ……」
そんな言い方されたら、断りづらいじゃねぇか。
俺は小さくため息をついた。
「……わかったよ。昼飯食ったら、少しくらいなら付き合う」
「本当ですかっ!」
「あぁ。ただし、俺は別に剣の先生でもなんでもないからな」
「はいっ!」
嬉しそうに返事をするリリアを見ながら、俺はもう一度ため息をついた。
……なんで俺が、勇者の稽古相手をすることになってるんだろうな。




