第52話:銀髪の勇者
銀髪の女性は、俺とダグラスを交互に見た。
「ところで、ダグラス。こちらの方は?」
「あぁ、カイルってんだ。カイル、こっちはルシア様だ」
「ルシアです。よろしくお願いします、カイルさん」
「あぁ、よろしく」
「それで、カイルとは前に俺が婆ちゃんの墓参りで故郷に戻った時、緊急招集に巻き込まれてな。その時に一緒に戦ったんだよ」
「……緊急招集?」
ルシアは少し首を傾げたあと、何か引っかかったようにダグラスを見る。
「ダグラス。あなた、祖母のお墓参りをしたいから、その週だけ休暇が欲しいというものですから、わざわざ休暇を差し上げたのですよね?」
「……まぁ、そうですけど」
「それなのに、任務を受けていたのですか……?」
「……仕方ねぇだろ。Aランクのロックベアがあの街で見つかるなんて、そうそうねぇんだから……」
「仕方なくありません。休暇とは、休むためにあるのですよ?」
「いや、俺だって最初から戦うつもりだったわけじゃねぇですよ。緊急招集がかかったんだから、見て見ぬふりもできねぇでしょうが」
「ですが……」
ルシアは呆れたようにため息をついた。
「まったく……あなたは休暇を何だと思っているのですか」
「墓参りするための時間?」
「休むための時間です」
どうやらダグラスは、休暇中まで仕事をしていたらしい。
「……それで、その時にカイルさんと?」
「おう。こいつには随分助けられた」
「いやいや、俺はそんな大したことしてねぇって」
俺が手を振ると、ダグラスは呆れたように笑った。
「お前がそれ言うとややこしくなるんだよ」
「なんでだよ」
「なるほど……」
ルシアと呼ばれた女性は、改めて俺のほうを見る。
「では、カイルさんもダグラスと同じ戦士の方なのですか?」
「いや、こいつは農民だ」
「……農民?」
ルシアが目を丸くした。
「おう。ただの農民だ」
「農民……なのですか?」
「そうだぞ。畑耕したり、作物育てたりする普通の農民だ」
念のため説明してみたが、ルシアは俺とダグラスを交互に見ている。
「ですが、先ほど一緒に戦ったと……」
「そこはまぁ、色々あったんだよ」
「色々で済ませるなよ……」
ダグラスが横からぼそっと呟いた。
「いやぁ、でも俺もあの頃からちょっと進化したぞ? 今じゃ意図的に身体強化が使えるようになったからな」
少し自慢げにそう言うと、ダグラスが何とも言えない顔で俺を見た。
「……お前、今まで意図的にそれすらできなかったって、お前の村、どんだけ魔力操作に関する知識がねぇんだよ……」
「仕方ないだろ。農村なんだから」
「いや、農村でも普通はもうちょっとあるわ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
妙に力強く断言された。
どうやら、またラウム村の常識がおかしいらしい。
そんな俺たちのやり取りを聞いていたルシアが、不思議そうに口を開いた。
「ですが、農民のカイルさんが、どうしてこのような場所に?」
「今、勇者パーティーと一緒に旅してるんだよ」
「……勇者パーティーと?」
「おう」
「農民であるカイルさんが、勇者パーティーに?」
「まぁ、そういうことになるな」
俺が頷いた瞬間だった。
ルシアの表情が一気に険しくなった。
「……それは、つまり……勇者パーティーが、農民であるカイルさんを同行させているということですか?」
「まぁ、そうなるな」
「いつからですか?」
「ん? 旅を始めてからってことか?」
「はい」
「そうだなぁ……ラウム村を出てからだから、結構経つな」
「そんな……」
ルシアは何やら深刻そうな顔で俺を見つめた。
「カイルさん。その方々から、何か無理を強いられてはいませんか?」
「……はい?」
「例えば、危険な戦闘を任されているとか」
「いや、まぁ、戦うことはあるけど」
「やはり……!」
「いやいや、待って待って。なんでそこで確信したみたいな顔になるんだよ」
俺が慌てて手を振るが、ルシアは真剣な表情を崩さない。
「勇者に頼まれたから断れない。男なのだから女性を守らなければならない。そう思わされて、あなたの善意を利用されているのではありませんかか?」
「いやいや、違う違う。俺が好きでついて行ってんだよ」
「本当にですか?」
「本当だって」
「ですが……」
「そもそも、あいつらみんな若い女の子だしな。男が女の子を守るために同行するなんて、別に普通のことだろ?」
俺としては、それだけの話なのだが。
「それに、俺が嫌だって言えば、別にあいつらも無理やり引っ張っていくような奴らじゃないぞ」
「……そうでしょうか」
「そうなんだよ」
なぜ本人より疑っているんだ、この人は。
ルシアはますます心配そうな顔になった。
「お願いですから、もうその方々を庇わないでください」
「いや、庇ってるわけじゃ……」
「大丈夫です」
「いや、何が?」
「私が必ず、あなたを救い出してみせますから」
「…………」
どうやら俺は、自分でも知らないうちに酷い目に遭わされていたらしい。
「いや、ほんと大丈夫だからな?」
「無理に強がらなくてもいいのですよ」
「強がってもねぇよ」
どう説明したら信じてもらえるんだろう。
「ルシア様。その辺にしておいたほうがいいですぜ」
それまで黙っていたダグラスが、とうとう口を挟んだ。
「ですが、ダグラス。この方は農民なのですよ?」
「農民なのは間違いねぇですけどね」
「でしたら、やはり……」
「いや、そこだけ聞くとルシア様の言ってることもわかるんですが」
ダグラスは一度俺を見てから、少し困ったように頭を掻いた。
「少なくとも、無理やり戦わされてるような奴じゃありませんよ」
「ですが……」
「それに、こいつは俺と同じくらいには戦えます」
「……ダグラスと?」
「おう」
「AAAランクのダグラスと、ですか?」
ルシアが驚いたように目を見開いた。
「ダグラス、お前、AAから上がったのか?」
「おうよ。つい最近な。今じゃAAAだ」
「おぉ、すげぇじゃん」
「もっと驚けよ。AAAだぞ」
「いや、ダグラスならそのうち上がると思ってたしなぁ」
「それでももうちょっとこう、あるだろ。すげぇ! とか、流石ダグラス! とかよ」
「今すげぇって言ったじゃん」
「気持ちが軽いんだよ、お前は」
「ったく……」
ダグラスは呆れたように頭を掻いた。
その一方で、ルシアは俺のことを改めてまじまじと見つめている。
「……カイルさん」
「ん?」
「本当にダグラスと同じくらい戦えるのですか?」
「いやぁ、流石に今のダグラスとはどうだろうなぁ。こいつAAAになったみたいだし」
「そこで謙遜すんな。余計ややこしくなる」
「だって実際わからんだろ」
俺たちのやり取りを聞いたルシアは、少し考え込んだ。
だが、それでもまだ納得した様子ではない。
「……ですが、戦えるからといって、勇者パーティーに同行しなければならない理由にはなりません」
「いや、だから俺が自分で決めて……」
「ルシア様」
ダグラスが少しだけ真面目な声を出した。
「まずは、助けようとしてる本人の話を聞いてやってくださいよ」
「……私は聞いています」
「聞いてるようで、あんまり聞いてねぇです」
「……」
ルシアが黙り込んだ。
ダグラス、結構はっきり言うな。
「こいつが嫌だって言ってるなら、俺だって止めます。でも、本人が自分でついて行くって決めてんです」
「ですが、その判断自体が……」
「ルシア様」
「……はい」
「本人が決めたことまで取り上げるのは、救うこととは違うんじゃねぇか?」
ダグラスは俺を親指で指しながら続ける。
「少なくとも、こいつは自分で物を考えて、自分で決められる奴です。まずはそこを信じてやってくださいよ」
ルシアはしばらく黙り込んだ。
やがて俺のほうを見て、確認するように尋ねてくる。
「……本当に、あなた自身が望んで同行しているのですか?」
「あぁ」
「誰かに命令されたわけでも?」
「ないない」
「勇者であることを理由に、断れない状況にされたわけでも?」
「それもない」
「……危険な戦闘を無理に押し付けられたりは?」
「それもないって。むしろ俺が勝手に前に出てることのほうが多いかもな」
「……」
「嫌ならとっくに村に帰ってるよ」
「……そう、ですか」
ようやく納得してくれたのか、ルシアの表情から少しだけ力が抜けた。
「分かりました。今すぐ引き離すようなことはいたしません」
「今すぐ……?」
まだ完全には諦めてないのね。
「ですが、無理を強いられていると分かったときは、必ず私が助けますからね」
「あぁ。そのときは俺も止めねぇよ」
ダグラスが苦笑しながらそう返した。
「そこはダグラスも止めるんかい」
「そりゃそうだろ。嫌がってる奴を無理やり連れ回してたら、俺だって黙ってねぇよ」
「まぁ、そん時は頼むわ」
「任せろ」
……なんというか。
ダグラス、ルシアの扱いに随分と慣れてるな。
そんな二人を眺めていて、ふと気づいた。
ダグラスの背中には、さっき修理を終えたばかりの大剣がある。
だが、ルシアは何も武器らしいものを持っていなかった。
もしかして、この人もダグラスに守ってもらってるんだろうか。
「……カイルさん」
「ん?」
「もしかして、私もダグラスに守られているのではないか、と思っていますか?」
「……ぎくっ」
なんで分かった。
「顔に出ていましたよ」
「そんなに?」
「ええ。私とダグラスの武器を交互に見ていましたから」
なるほど。
思っていたより分かりやすかったらしい。
ルシアは俺の反応を見ると、少しだけ胸を張った。
「私は別に、武器を持っていないわけではありません」
「そうなのか?」
「はい。なぜなら私は、私自身の魔力を――」
そう言いながら、ルシアが片手を前へ出す。
その手の周囲へ魔力が集まり始めた。
「お?」
「ルシア様」
ダグラスが低い声を出す。
「はい?」
「やめてください、ルシア様。こんな人通りの多い場所で聖剣を顕現させるのは……」
「……あ」
ルシアが周囲を見回す。
いつの間にか、道を行き交う人たちが何事かとこちらを見ていた。
中には足を止めている奴までいる。
「……そうですね。失礼いたしました」
ルシアは恥ずかしそうに手を下ろした。
集まりかけていた魔力も、そのまま霧散していく。
「いや、俺は別に見せてもらっても……」
「カイル。頼むから煽らないでくれ」
「煽ってないって。ただちょっと見たかっただけで」
「それが煽ってんだよ……」
ダグラスが疲れたようにため息を吐いた。
ちょっと見てみたかったんだけどなぁ、聖剣。
そう思ったが、ダグラスがあまりにも疲れた顔をしていたので、もう一度やってくれとは言えなかった。
「さぁ、ルシア様。そろそろ戻りましょう。二人もお待ちになってるでしょうし。俺の大剣も回収できましたから」
ダグラスがそう声をかけると、ルシアは少し考えてから頷いた。
「……そうですね。確かに、あの二人をいつまでも待たせるのも悪いですからね」
「……あらま、もう行っちまうのか。久々に会えたから、茶でも飲みながら話したかったんだけどな」
「俺もそうしたいんだけどなぁ」
せっかくこんなところで再会できたのだ。
もう少しくらい話していきたかったが、ダグラスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「悪いな、カイル。北の街から第二王都まで大剣を修理に出しに来たうえ、俺が祖母の墓参りにも行ってたからな。ルシア様の旅に若干の遅れが出ちまってんだよ」
「そうだったのか。仕方ないな」
「まぁ、俺のせいでこれ以上遅らせるわけにもいかねぇしな」
「いえいえ、お気になさらず、ダグラス」
ルシアがダグラスのほうへ顔を向けた。
「あなたを救うことも、勇者である私の役目ですから」
「……そういうところは本当にルシア様らしいっすね」
「何かおかしなことを言いましたか?」
「いえ、何も」
ルシアはそう言って、穏やかに笑った。
なんとなくだが、リリアやエリオとは少し違う気がした。
リリアは勇者という立場に色々と思うところがあるようだったし、エリオも自分が勇者であることを、こんなふうに堂々と口にするような奴ではなかった。
だが、ルシアは違う。
自分が勇者であることを、むしろ誇りに思っているように見えた。
ダグラスは俺に向かって軽く手を振った。
「じゃあな、カイル。またどっかで会ったら、そのときはゆっくり話そうぜ」
「あぁ。またな」
「今度は茶くらい飲ませろよ」
「お前が淹れるんだろ?」
「まぁ、そうなるな」
「じゃあ楽しみにしとくわ」
ダグラスが笑う。
ルシアはその隣で、行儀よく俺に頭を下げた。
「それでは、カイルさん。失礼いたします」
「おう。二人とも気をつけてな」
「カイルさんも、お気をつけください」
「あぁ」
ダグラスとルシアはそのまま通りを歩いていく。
ダグラスは最後にもう一度だけ軽く手を上げ、ルシアもこちらへ会釈した。
やがて二人の姿が、人混みの中へ消えていく。
俺はしばらくその後ろ姿を眺めていた。
「……なんか、変わった勇者だったなぁ」
悪い人ではない。
むしろ、かなり良い人なんだろう。
ただ、少しばかり人を助けようとする気持ちが強すぎる気はするが。
まぁ、ダグラスが一緒なら大丈夫だろう。
いつまでもここに立っているわけにもいかない。
「さて、俺もギルドに向かわないとな」
そう呟いて、俺はギルドのある方向へ歩き出した。
道を行き交う人たちの間を抜けながら、さっきのことをぼんやりと思い返す。
聖剣か。
結局見られなかったのは、ちょっと残念だったな。
それに、ルシアが勇者なら、一緒にいたダグラス以外の二人も勇者隊の仲間なんだろうか。
まぁ、その辺りは次に会ったときに聞けばいいか。
そういえば、リリアたちもそろそろ用事を済ませている頃だろう。
ギルドに行けば、そのうち合流できるだろう。
そんなことを考えながら通りを歩いていると、少し離れたところから聞き慣れた声が響いてきた。
「あっ!! カイルさーん! 探しましたよー!」




