第51話:図書館と再会と銀髪の勇者
王立図書館・第2王都分館へ入った俺は、受付にいた司書官へ声をかけた。
「すいません。魔王や四魔将について書かれた本を探してるんですけど」
「魔王軍に関する資料ですね。こちらのご利用は初めてでしょうか?」
「ええ」
「館内の閲覧は、一時間につき銅貨一枚となります。書物を館外へ持ち出すことはできません」
「分かりました。じゃあ、とりあえず一時間で」
俺が銅貨を渡すと、司書官は手元の帳面に時刻を書き込んだ。
「資料は二階の歴史資料の棚にございます。場所をご案内いたしますね」
「お願いします」
司書官に案内され、俺は二階の奥にある本棚へ向かった。
「こちらです」
「おぉ……結構あるんだな」
棚には、
『魔王軍の脅威』
『魔王と四魔将』
『魔族との長き戦い』
など、それらしい題名の本が何冊も並んでいた。
「どのような内容をお探しでしょうか?」
「魔王とか四魔将が、実際にはどんな奴らなのか知りたくて。俺、その辺のことをほとんど知らないんです」
「それでしたら、こちらが読みやすいと思います」
司書官が棚から一冊の薄い本を抜き取った。
「王国が一般向けにまとめた入門書です。魔王軍について現在分かっていることが、簡単にまとめられています」
「じゃあ、まずはこれを読んでみます。ありがとうございます」
俺は本を受け取ると、近くの空いている席に座った。
さっそく表紙を開き、最初から目を通していく。
魔王は魔族を束ね、人類の滅亡を企む邪悪な王。
四魔将は、その魔王に仕える四人の強大な魔族。
最初に書かれていたのは、そんな説明だった。
そのまま何枚かページをめくっていく。
だが、すぐに俺は首を傾げた。
魔王がどんな姿をしているのか。
四魔将が男なのか女なのか。
どんな武器を使い、どんな魔法を使うのか。
そういったことは、ほとんど書かれていなかった。
書かれているのは、
『魔王は人類にとって最大の脅威である』
『四魔将は一人で一国の軍勢にも匹敵する』
『決して相対してはならない、恐るべき存在である』
といった話ばかりだった。
「……恐ろしいのは分かったけど、肝心のことが何も書いてないな」
俺は小さな声で呟くと、本を閉じて再び本棚へ戻った。
今度は『魔王軍の脅威』と書かれた本を手に取る。
だが、こっちも似たような内容だった。
もう一冊。
さらにもう一冊。
二冊、三冊と軽く目を通してみたものの、多少言い回しが違うだけで、書かれていることはほとんど変わらない。
「……これ、書いた奴も実際には会ったことないんじゃないか?」
詳しい姿や能力については分からなくても、ほかに何か書かれていないか。
俺は最初に渡された入門書をもう一度開き、今度はゆっくりと目を通していった。
魔王は、その強大な魔力によって魔物を支配し、人々を襲わせている。
そこで、俺は読む手を止めた。
魔王が、魔物を操っている?
そんな話は初めて聞いた。
魔物というのは、魔王に操られて人を襲っているらしい。
俺はこれまでに戦った魔物を思い出した。
サイクロプスはともかく、ブラックボアやホーンディアなんかは、俺から見れば少し凶暴な獣と大して変わらなかった。
こっちを見つければ襲ってくることもあるが、畑を荒らしたり、森の中で暮らしたりしているだけだ。
俺が知らなかっただけなのだろうか。
少し気にはなったが、ひとまず先を読み進めることにした。
四魔将について書かれているのは、魔王に仕える四人の強大な魔族であるということ。
そして現在は、北の最果てに築かれた砦の周辺で、その存在が度々確認されているらしい。
だが、誰がどのように確認したのかまでは書かれていなかった。
何冊か読み比べても、結局詳しいことは分からない。
四魔将を倒せって話なのに、これじゃ何を相手にすればいいのかすら分からねぇな。
俺は小さくため息をつき、さらにページをめくった。
そこで、ある一文が目に留まった。
『魔王軍との戦いが始まったのは、およそ二十年前――』
「……二十年前?」
思わず、その部分をもう一度読み返す。
もっと昔から続いている戦いなのだと思っていた。
だが、この国と魔王軍が戦い始めたのは、ほんの二十年ほど前のことらしい。
思っていたより、ずっと最近の話だった。
結局、本を何冊か読んで分かったことといえば、
魔王は魔物を操り、人々を襲わせているとされていること。
四魔将は北の最果てにある砦の周辺で、その存在が確認されていること。
そして、魔王軍との戦いが始まったのは、およそ二十年前だということ。
「……それだけか」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
魔王も四魔将も、とんでもなく恐ろしい存在だということだけは嫌というほど書かれている。
なのに、肝心のことはほとんど何も分からない。
「……まあ、知らなかった頃よりはマシか」
俺はそう呟くと、開いていた本を閉じた。
ただ、魔王が魔物を操っているという話だけは、どうにも頭に引っかかったままだった。
ふと壁に掛けられた時計を見ると、図書館に入ってからもうすぐ一時間が経とうとしていた。
「おっと、まずい。リリアたち、もうギルドで待ってるかもしれないな」
俺は読んでいた本を受付へ返した。
「すいません。冒険者ギルドへ行きたいんですけど、ここからだとどっちへ向かえばいいですか?」
「図書館を出て右へ進み、二つ目の角を左へ曲がった先にございます。剣と盾が描かれた大きな看板が出ていますので、すぐに分かると思います」
「ありがとうございます」
俺は司書官に礼を言うと、図書館をあとにした。
買い込んだ食材で重くなった背嚢を背負い直し、教えられた道を小走りで進んでいく。
だが、大通りを進んでいる途中、通り沿いの鍛冶屋から聞き覚えのある怒鳴り声が飛んできた。
「おいっ! 修繕費は銀貨五十枚って言ってなかったか!?」
「……ん?」
俺は思わず足を止めた。
今の声、どこかで聞いたことがある。
少し考えると、すぐに一人の男の顔が浮かんだ。
以前、洞窟で一緒に戦ったAAランクの戦士。
「……ダグラスか?」
声が聞こえてきたのは、入口の開いた鍛冶屋だった。
まさかとは思ったが、聞き間違いとも思えない。
俺は一言だけ声をかけるつもりで、鍛冶屋の中へ入ってみることにした。
鍛冶屋の中へ入ると、カウンターを挟んでダグラスと店の主人が向かい合っていた。
カウンターの上には、修繕を終えたらしい黒い大剣が置かれている。
やはり、ダグラスだった。
鍛冶屋の主人が苦い顔をしながら、ダグラスへ言い返す。
「仕方ねぇだろ……! 最初は刃こぼれを直すだけで済むと思ってたんだ。だが、傷んだ部分を削ってみたら、中までひびが走ってやがった。お前の大剣に使われてるのと同じ、最上級の黒鉄を予定より多く使ったんだぞ!」
「だからって、修繕費が金貨一枚ってのはどういうことだよ! 最初は銀貨五十枚って言ってただろうが!」
「……何やってんだ、ダグラス」
俺が声をかけると、ダグラスが勢いよくこちらを振り返った。
「ん? お前……カイルか!?」
「あぁ、久しぶりだな。店の外まで声が聞こえてたぞ」
「いや、この親父が――」
「話は大体聞こえてたから」
俺は二人の間に入り、カウンターに置かれた大剣を見た。
「最初の見積もりが銀貨五十枚。実際に修繕してみたら、予想より傷が深くて金貨一枚になった。これで合ってるか?」
「あぁ」
「そうだ」
二人が同時に答える。
「だったら、親父さんも金額が変わるなら、修繕を続ける前にダグラスへ確認するべきだったんじゃないか?」
「それは……こいつが依頼に出てて、しばらく戻らなかったんだよ」
「でも、何も言わずに修繕費を倍にされたら、ダグラスが怒るのも分かるだろ?」
鍛冶屋の主人は不満そうな顔をしたが、何も言い返さなかった。
「それに親父さんだって、ダグラスみたいな馴染みの客が、今後この店に来なくなったら困るだろ?」
「……まあ、そりゃ困るが」
「ダグラスも、この大剣をきちんと修繕できる鍛冶屋がなくなったら困るんじゃないか?」
「別の鍛冶屋に頼めば……」
「その大剣をまともに直せる職人が、そこら中にいると思ってんのか?」
鍛冶屋の主人に言われ、ダグラスが言葉を詰まらせた。
「……それは、まあ」
「だったら、間を取って銀貨七十五枚でどうだ?」
二人が揃って俺を見る。
「最初の銀貨五十枚はダグラスが払う。増えた銀貨五十枚は、確認しなかった親父さんと、予定より多く黒鉄を使って直してもらったダグラスで半分ずつ負担する。これなら今後も、今まで通り付き合えるだろ?」
「こっちが銀貨二十五枚も被るのかよ……」
「俺も銀貨二十五枚多く払うのか……」
「二人とも不満そうだし、ちょうどいいだろ」
しばらく二人は黙っていたが、先に鍛冶屋の主人がため息をついた。
「……分かった。今回だけ銀貨七十五枚で手を打ってやる」
「俺も、それなら払う」
どうにか話はまとまったらしい。
ダグラスが革袋から金貨を一枚取り出してカウンターへ置くと、主人は不満そうな顔のまま銀貨二十五枚を返した。
「お前、いつからこんな値段交渉が得意になったんだ?」
「農民は、買い叩かれないようにするのも仕事なんだよ」
支払いを終えたダグラスは、カウンターに置かれていた大剣を持ち上げ、背中に背負った。
「じゃあな、親父。また頼む」
「今度は、ここまでひどくなる前に持ってきやがれ」
「戦士に無茶言うな」
どうやら、今後もこの店を使うつもりらしい。
俺はダグラスと一緒に鍛冶屋を出た。
「しかし、助かったぜ。あのままだったら、本当に金貨一枚払わされるところだった」
「銀貨七十五枚も十分高いと思うけどな」
「こいつをまともに直せる鍛冶屋は少ないからな。仕方ねぇよ」
「そういや、ダグラスはなんで第2王都に――」
「ダグラス、探しましたよ」
俺の言葉を遮るように、後ろから女性の声が聞こえた。
振り返ると、そこには長い銀髪の女性が立っていた。
教会の聖女だと言われても納得してしまいそうな、穏やかな顔立ちをしている。
革鎧の上から白い外套を羽織っていたが、腰にも背中にも武器らしいものは見当たらなかった。
「……ダグラスの恋人か?」
「そんなんじゃねぇ。彼女は勇者様で、今の俺の雇い主だ」
「勇者……?」
俺が驚いて女性へ目を向けると、彼女は俺と目を合わせ、柔らかく微笑んだ。




