第50話:王都散策
リリアたちと別れた俺は、食材を買うため、商店街へ続く通りを歩いていた。
しばらく道なりに進んでいると、ふいに大きな円形の建物が見えてきた。
「なんだ、ありゃ……」
見た目は、まるで前世で見た古代ローマの闘技場のようだった。
興味をそそられた俺は、買い出しの前に少しだけ近くで見ていくことにした。
建物の正面には、
『第2王都大訓練場』
と、大きな文字で書かれていた。
開かれた入口から中を覗くと、訓練場はいくつかの区画に分かれていた。
手前の区画では、屈強な兵士たちが訓練をしている。
その隣では、冒険者と思われる男たちが、木剣を片手に激しく打ち合っていた。
「ほぉ……こんな施設があるんだなぁ……」
俺が物珍しそうに眺めていると、入口を見張っていた兵士が近づいてきた。
「……ん? なんだ、お前は?」
どうやら、怪しまれてしまったらしい。
「あ、いや、すみません。何をする建物なのか、ちょっと気になって」
「……なんだ。どこかの田舎から出てきたのか、お前?」
兵士は呆れたような顔で俺を見た。
「ここは王都と北方を結ぶ中継拠点だからな。兵士も冒険者も、日夜鍛錬を欠かせない。そういう場所だ」
「なるほど……」
俺は兵士の説明に頷いた。
「しかし、そんなことも知らずにここまで来るとは……どこかの商人の荷物持ちか?」
兵士はそう言いながら、俺の背中へ視線を向けた。
「いや、だが、その大鉈は……」
どう答えようかと悩みながら、俺は初めて出会ったときのリリアたちの姿を思い浮かべた。
「ちょっと新人冒険者の子たちが俺の村に立ち寄ったときに、俺のこの上腕二頭筋に惚れ込んで、スカウトされちゃって」
そう言って、俺は片腕を曲げて力こぶを作ってみせた。
「なんだ、そりゃ……」
兵士は呆れた顔をしていたが、俺の腕を見ると、その目を少し見開いた。
「……冗談みたいなことを言いやがるが、相当鍛えてるな」
兵士は今度は、俺の背中にある大鉈へ視線を向けた。
「それに、その大鉈……お前、やっぱり戦士じゃないのか?」
「ぶっぶー。ただの力自慢の農民でした。残念っ!」
俺の答えを聞いた兵士は、思わず吹き出した。
「ははっ……なんだ、ただの一般人か」
しかし、すぐに少し残念そうな顔になった。
「お前ほど鍛えられた肉体があれば、戦士にもなれると思うが……どうだ? 一度、鑑定を受けてみたらどうだ?」
その言葉を聞き、俺は以前、一緒に戦ったAAランク戦士のダグラスにも、同じようなことを言われたのを思い出した。
俺はふっと笑った。
「前にも似たようなことを言われたんだけどな。昔、俺の村に来た鑑定士には、これといった戦闘職への適性は見られないから、大人しく農民をやっておけって言われてね」
兵士はそれを聞くと、再び残念そうな顔をした。
「……そうか。それは残念だな。その新人冒険者たちも、ここまで無事に送り届けたなら十分だろう。お前も命を落とす前に、さっさと故郷へ帰ったほうが身のためだぞ」
どうやら、俺のことを心配して言ってくれているらしい。
俺はにこやかに笑って答えた。
「……ああ、考えておくよ」
そう言って、俺は大訓練場をあとにした。
大訓練場を離れた俺は、再び商店街へ向かって歩き出した。
少し進むと、通りの両側にいくつもの露店が並び始めた。
野菜や果物を売っている店もあるが、特に目につくのは、乾燥肉や乾燥豆、固焼きのパンといった日持ちする食料だった。
兵士や冒険者が多い街だから、旅に持っていける食料の需要も多いのだろう。
「さて、どこで買うかな……」
いくつかの露店を見て回ったあと、俺は乾燥肉と調味料を並べている店の前で足を止めた。
「いらっしゃい! 兄ちゃん、旅の食料を探してるのか?」
「ああ。この乾燥肉、少し見てもいいか?」
「好きに見てくれ。北で仕入れた肉を使ってるから、味も日持ちも保証するぞ」
俺は積まれていた乾燥肉を一つ手に取り、硬さや匂いを確かめた。
少し塩気は強そうだが、そのまま食べるだけでなく、細かく刻んでスープに入れても使えそうだ。
「この乾燥肉を二袋。それと岩塩、乾燥させた香草を一袋ずつ。全部でいくらだ?」
「それなら、大銅貨八枚だな」
「六枚」
「いきなり二枚も値切る奴があるか!」
店主が目を剥いた。
「この乾燥肉、端の部分が多くて形も不揃いだろ。それに、香草も隣の店で売ってた袋より少ない。まとめて買うんだから、六枚でいいだろ」
「よく見てやがるな……。だが、六枚じゃ売れねぇ。七枚だ」
「じゃあ、そこの乾燥豆を一袋つけて七枚」
「お前、さらに増やすのかよ!」
「なら、別の店も見てくるか……」
俺が立ち去ろうとすると、店主は慌てて呼び止めた。
「待て待て! 分かったよ! 乾燥豆もつけて、大銅貨七枚だ!」
「よし、買った」
俺は大銅貨七枚を渡し、乾燥肉と調味料、それに乾燥豆を受け取った。
品物を背嚢へ入れていると、店主が呆れたように俺を見てくる。
「兄ちゃん、本当に冒険者か? 商人じゃないのか?」
「どっちでもない。農民だよ」
「農民ってのは、みんなそんなに値切るのか……?」
「さあな。村じゃ作った物を売ったり交換したりするのは普通だったけど」
相手の言い値で買っていたら、いくら金があっても足りない。
商売は情報戦だ。
そのあともいくつかの露店を回り、小瓶に入った油や乾燥させた果物を買った。
商店街を一通り見て回る頃には、背嚢は来たときよりも随分重くなっていた。
「ま、こんなもんか」
欲しかったものは一通り揃った。
あとは、少し街を見て回るとしよう。
露店の並ぶ通りを抜けると、俺はリリアとセシルがいるはずのギルドへ向かって歩き始めた。
「……ぶらつくのもいいけど、さすがに目的もなく歩き回るってのもなぁ……」
そう呟きながら通りを歩いていると、少し先に大きな石造りの建物が見えてきた。
入口の上には、大きな看板が掲げられている。
『王立図書館・第2王都分館』
「図書館か……」
そのまま通り過ぎようとしたところで、俺はふと足を止めた。
「……そういや俺、この世界の四魔将とか魔王とか、そういうの全然知らないんだよな……」
リリアたちと旅をするようになってから、何度も耳にしてきた名前だ。
だが、魔王がどんな存在なのか。
四魔将が何者で、どうして北の最果てにいるのか。
そういうことを、俺は一度もちゃんと調べたことがなかった。
ラウム村で暮らしていた頃、村長やザックたちが魔王や四魔将について話しているところなど、一度も聞いたことがない。
村の周りにはモンスターもいたが、村人たちは畑を荒らす獣と同じように扱っていた。
魔王に怯える者もいなければ、王国と魔族の戦いを気にする者もいなかった。
魔法やスキルが存在するだけの、少し変わった世界。
ラウム村にいた頃の俺にとっては、それくらいの認識でしかなかった。
「せっかく図書館があるんだし、少しくらい調べてみるか」
ギルドへ向かうのは、そのあとでも遅くないだろう。
俺は進む方向を変え、王立図書館の入口へ向かった。
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