第5話:お母さんって、呼ばないで
勇者たちと他愛ない雑談をしつつ、下山を始めてから数時間が経過したころ。
「しかし、勇者様って呼ばれてるってことは、やっぱ目標は魔王討伐とかなのか?」
話題も尽きてきた頃合いだったため、なんとなく聞いてみた。
「……んー、どうなんでしょう。最終目標はそこなんですが、果たして私たちに倒せるかどうか」
リリアは自信がなさそうに呟いた。
いや、自信なくていいんか?
そう思った矢先に、横を歩いていたセシルが口を開いた。
「まぁ、無理でしょうね。私たちの目的はせいぜい前線を押し上げるくらい。最高の戦果で、どこかで四魔将と遭遇した際に討ち取れれば大金星くらいね」
セシルはいつになく冷淡に言い放つ。
その顔には何かを諦めるというよりは、どこまでも現実を見た達観した表情が窺えた。
「ふむ……つまり、リリア達の代では人類の生存権を押し上げて、あとは子孫に引き継ぐって感じなのかぁ」
ゲームの世界とは違って、やはり現実は思っていたより計画的で、無茶はしない方針なのだと俺は自然と理解していた。
「んー……まぁ、そうなるんですかねぇ?」
リリアは疑問符を浮かべたような顔で問いかけてきた。
どうやらリリアの内では、自分の代で決着をつけたいようだ。
猪に負ける割には、芯がしっかりしている。
「そういえば、魔王ってやっぱ馬鹿でかい赤いトカゲとか、巨大な白狼とかを引き連れてるもんなのか?」
なんとなく、よくあるファンタジー世界の生き物――ドラゴンやフェンリルを連想して聞いてみた。
だが予想外にも、それを聞いたミナは驚いて吹き出していた。
「そ、それってもしかして、ドラゴンとかフェンリルのこと言ってます?」
「あ、やっぱいるのね」
空想上の生き物がいることに、胸の内で期待感が高まる。
だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「あんなの魔王でも従えるなんて出来ませんよ。あれらが攻めてきたら、国を挙げての総力戦です」
ミナは青ざめた顔で答えた。
「……まぁ、幸いあれらは人類圏の行動範囲には入ってない最果ての山々に住んでるから、変に刺激しなきゃ戦うことがないのだけが救いね。ってか、カイルの村って、そんな常識もないのね……やっぱド田舎だったのかな?」
……あ、酷い。セシルがさらっと俺の故郷ディスってる……。
「なんか俺の故郷ディスってね?」
思わず思っていた事を口にしてしまい、セシルが気まずそうにした。
「ディスってるつもりはないけど……ほら、一応常識だし……」
気まずいのか、俺の顔を見ようともしない。
まぁ、あんまりいじるのも可哀想か。
「セシルぅ、そこは素直に謝ったほうがいいよぉ? カイルさんとはこれからなが~いお付き合いになるんだから」
リリアが助け舟を出してくれたようだが、長い付き合いになると断定するのはやめておくれ……。
あのスローライフ、結構気に入ってんだから……。
セシルは俺のほうへ改めて向き直り、申し訳なさそうに口を開いた。
「……ごめん……別にカイルのことを馬鹿にしたつもりはないから……」
「別にそれはわかってるから、大丈夫だって。ま、これからは都会っ子の君たちに手取り足取り教えていただきたいもんだね」
別にこれ以上いじる気もなかったので、素直に胸中を明かした。
「……いや、だから、本当に悪いと思ってるから」
……手取り足取りのくだりを皮肉とでも感じたのだろうか、セシルが更に気まずそうにしている。
「「…………」」
リリアもミナも、俺の次の発言は何かと心配そうにしているのがわかった。
「……いや、別に変な意味で言ったんじゃなくて、素直に田舎者だから教えてくれって意味だからな……別に怒ってないからな」
そこまで言うと、ようやくセシルの顔はパァっと明るくなり、
「わかった! なら、これからは私が色々とカイルに仕込んであげるからね!」
そう嬉しそうに言うのだった。
……うん、わかりやすいかも。この子。
「……セシルさん……」
「ちょろいですね」
リリアとミナは呆れたように告げた。
うん、どうやら二人も同じように感じたようだ。
言われたセシルはというと、
「……ふっ……女ってのはこれくらいわかりやすいほうが男ウケがいいんだよ。わかってないな、お二人さん」
堂々と胸を張って、とんでもないことを言い放った。
うん、前言撤回。
この子、全然わかりやすくない。むしろ、怖い。
俺とリリアとミナが、なんとも言えない空気感の中、暫く下り坂を進むと、あたりの草むらから、ザザザッと何かが動く音が聞こえた。
草むらを確認しても姿は見えず、草むらだけが何かにぶつかり激しくうねっている。
まぁ、この状況はどう見ても――。
「囲まれたみたいだな」
そう言い、肩に担いでいた棍棒を下ろし構えた。
「カイルさんっ! ここは私がっ!」
そう言い、リリアは剣を構える。
その瞬間、草むらから一匹の角が生えたウサギ。
ホーンラビットがリリアに向かって飛び掛かってきた。
「フッッ!!」
リリアは一気に剣を振り下ろし、ホーンラビットを一刀両断した。
「……よしっ!」
リリアは小さくガッツポーズをしたが……。
――シャァッ!!
草むらから、獰猛な鳴き声と共に俺の横で構えていたセシル目掛けて、更にもう一匹のホーンラビットが飛び掛かってきた。
セシルは突如の奇襲で動きが固まっていた。
「っ!?」
セシルが咄嗟に身構えるよりも早く、俺は拳でホーンラビットを叩き落とし、そのまま思い切り蹴り飛ばした。ホーンラビットは風切り音を立てながら、遠くの地面に身体を擦り付けるように激突し、絶命した。
「……カイルッ!?」
セシルが俺を見上げたが、俺はそのままリリアに警告を飛ばす。
「リリアッ! こいつらは群れで動くことが多い獣だ! 一体見たら、十体はいると思えよ!」
リリアは周囲を警戒するように身構えた。
「ってことは、あと八体!!」
ミナは後ずさるように後退していた。
どうやら、この子は戦いにはまだ慣れてないようだ。
「ミナ」
俺は彼女の肩を掴んだ。
「ひっ!?」
その瞬間、彼女の肩が震え上がったのを確認した俺は、
「セシルと同様に、俺の側を離れんなよ」
ニッと笑いかけると、ミナは、
「……はいっ!」
安心したように頷いた。
それを見たリリアは口を尖らせながら、
「いいなぁ!! 私も女の子扱いされたーい」
と、聞こえるように言ってきた。
「そこは勇者様なんだから、頑張ってください」
そう言いながら、飛び掛かってきたホーンラビットを棍棒で薙ぎ払い、轢き潰すように吹き飛ばす。
「「……うわぁ……」」
なんか、セシルとミナから凄い尊敬の眼差しを感じるのは気のせいだろうか……。
たかが、角の生えた凶暴なウサギだぞ、こいつら……。
三体目を難なく潰された様子を見たホーンラビットどもは、それ以上襲いかかってくることはなかった。
俺は死体となったホーンラビット三体を確認し、
「ふむ……今夜の夕食はウサギ鍋かな」
なんとなく呟いた。
「た、食べられるんですか?一応モンスターですよ?」
リリアは顔を引きつらせながら聞いてきた。
「いや、だから獣だし……。それに君らが俺の家で食べてた肉も、あの猪肉だから」
言うべきか一瞬悩んだが、ここは言うべきだろう。
「ブラックボアの肉……」
リリアは複雑そうな顔を浮かべた。
うーん、伝えるべきだったかな……。
だが、セシルとミナは意外にも、
「ふむ……ブラックボア、美味しかったですね……」
「ホーンラビットはどうなんです?」
と、興味津々な様子だった。
「え?あ、うん。可食部はそんなに多くはないけど、下処理さえすれば、ちゃんと美味しいから安心しなよ」
素直に教えると、
「なら、今日は鍋ですか」
「カイルさん連れてきて正解でしたねぇ。携帯食じゃなくて温かいご飯食べられそうです!」
どうやら二人は俺の作る飯が大層気に入ってくれたようだ。
……家政婦か俺は……。
「リリアは、それで構わないか?」
なんとなく確認をした。
「うーん……まぁ、カイルさんが美味しいというならそうなんでしょう……」
どうやら、彼女も俺の料理の腕を信じてくれたようだ。
いや、料理人じゃなくてただの農民なんだけどな……。
ま、とりあえず今日の野宿のときの夕飯がすんなり決まって良かった。
明日の昼には、街にも着くだろう。
***
その日の夜。
「美味しいっ! おかわりくださいっ!」
「はいはい、どうぞたーんとお上がりよ……って、おい!?」
さっきまでの不信感はどこへやら。既に三杯目のおかわりを続けるリリアに対して、俺は思わずツッコんだ。
「あ……流石に遠慮なさすぎですか?」
「いや、別にそういう事じゃないんだが、ついさっきまではモンスターの肉は……とか言ってなかったか……?」
そう聞きながらも、椀におかわりを盛り付けて渡すと、リリアは嬉しそうかつ気まずそうに答えた。
「い、いやぁ……食べてみると案外気にならないというか、家畜の肉よりも歯ごたえがあって、これはこれで、というか……」
……なんというか、素晴らしい適応能力……流石勇者というわけか……。
驚愕しつつリリアを見つめていると、横からセシルとミナが口を挟んできた。
「カイルの料理が美味いというのもあると思う」
「そうそうっ! 誇っていいと思いますよ! 将来はいいお嫁さんになれますっ!」
二人とも褒めてくれるのはいいが、ミナくん……普通はお婿さんじゃないのかな……。
そんな他愛ない談笑をしながら、楽しく夕飯を済ませた俺たちは、片付けを始めた。
「しかし、料理はいいけど洗い物が面倒なんだよなぁ」
ごちゃっとした椀や鍋やらを見つめて俺は嘆いた。
近くに川でもあればいいんだが。
そう思っていると、横からミナが何やら面白そうに声をかけてきた。
「おやおや、カイルさんともあろう方がお困りのようですね。お手伝いしてあげましょうかぁ?」
自信たっぷりにニマニマと笑うミナを見て、俺は返事をした。
「……一昨日までげっそりしてた奴がよく言うわ、ほんと」
俺の家に泊めたときは疲労困憊といった様子だった彼女からすると、今の姿はまさに別人といったところだ。
「あはは……なんでしょうね。カイルさんのご飯食べてからは、なんだか元気が湧いてくるんですよ。これぞ母の愛情みたいな?」
「お母さんにしないで……」
思わずツッコミを入れる。
だが、彼女の元気さには安心できる。
少なくとも疲労困憊な彼女を連れて旅などは無理がある。
「でぇ?どう手伝ってくれんだ?」
水でガンガン洗いたいところだが、飲料用の水は節約したい。下手に手伝われて水が無駄に減ったら、たまったものではない。
だが、彼女の解決策は意外なものだった。
「こうするんですよ。『クリーンアップ』」
彼女が謎の呪文を唱えると、椀や鍋などの汚れがみるみるうちに落ちていった。
「……すげーな。まさかこれ魔法?」
「そうですよ?農村だとなかなかお目にかかれないですよね?軽い汚れくらいなら、これで一発で落ちます」
流石ファンタジー世界……便利なものもあるもんだ。
「ありがとよ。助かった」
「いえいえ! 貴重な前衛兼、パーティーのお母さんの一助になれて、私も鼻が高いです」
「だから、お母さん呼びはやめろ……まぁ、いい……とりあえず明日に備えてお前らはさっさと寝ろ」
変な呼び名は放っておき、さっさと寝るように伝えた。
それを聞いていたリリアが話しかけてきた。
「何言ってるんですか、カイルさんもちゃんと寝ないと駄目ですよ」
「見張りはどうすんだよ」
流石に森の中の野宿だ。全員ぐっすりなんかしてられない。
そう思ったが、セシルが何やら妙な石を持って近づいてきた。
「魔物避けの石に魔力込めたから、これで一晩は安心して寝られるよ」
セシルの顔には、どっと疲労感が滲み出ていた。
どうやら、魔法とやらは何でもかんでも便利に解決できるようにはできていないようだ。
「……わりぃな。助かるよ」
素直に礼を伝えた。そんなセシルは、
「いいよ。代わりに明日の朝ご飯は大盛りで」
……リリアといいセシルといい、よく食う子たちだこと……。
俺は苦笑して答えた。
「わかったわかった。明日はサービスしてやるよ」
「やった」
こうして、俺たちは簡易テントに入り、休むことにした。
……まぁ、こういう生活も悪くはない。




