第4話:さらば、我が故郷
翌朝、早朝。
リリアたちがまだ別室でスヤスヤと寝ている頃。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、旅立ちの支度をしていた。
「あー……もうすぐ収穫の時期だったのになぁ……」
そんなことを言いながら、隠し金庫から財産の一部を持ち出した。
「一応、武器になるもんなんかあったかねぇ……」
ひとしきり思い出していく。
うーん……手斧か、牧草を収穫する際の三又フォークか……。
とりあえず、あいつらが起きる前に飯でも作っておこう。
そう思い、台所に行き、米を研ぎ、卵と薄切りの肉でなんちゃってベーコンエッグと、サラダと汁物を用意していく。
……まるで家政婦だな、こりゃ……。
小一時間で朝食の準備を済ませて、書き置きを残しておく。
『先にご飯食べててください。貴女たちの装備を取ってきます』
……お母さんかっ!!
そうセルフツッコミを入れながら、俺は自宅を出て、リリアたちの装備の手入れを頼んである緑色の屋根の家に向かった。
「村長~、おはようございまーす」
そう言いながら、家の扉をノックした。
「おはよう、カイル。こんな朝早くからどうしたんだい?」
俺は村長に事情を話した。
「……そうかい。お前さんが勇者様御一行と旅をか……」
「いや、別に旅にそのままついて行く気はないですよ。安全な街まで連れてったら帰ってきますって」
「……勇者様御一行が頼りなかった時は、どうするんじゃ?」
村長は、俺が今一番聞いてほしくないことを聞いてきた。
昔からこの爺さんは変なとこが鋭いんだよなぁ……。
「……そ、そん時は、頼りになりそうな戦士が見つかるまで付き合おうかと……」
「……ま、お前さんの性格を考えるとそうなるわな」
村長は呑気に茶を啜りながら答えた。
「お前さんに任せてる区画はどうすべか?」
区画……俺が村から譲り受けた農業区画だ。
「……そこなんですよねぇ……誰に任せたらいいもんか……」
「ふむ…………まぁ、そこはザックでよかろうよ」
まぁ、そうなるわな……でもなぁ……。
「ザックも自分の担当区画があるから、俺の区画の面倒も見るってのは結構大変なんじゃないですか?」
「ま、大丈夫だべよ。なんせあいつは顔見知りも多いし、ご両親も健在だべよ」
確かにザックは顔見知りもいるし、ご両親も今もバリバリ働いている。
「捨て子のお前さんとは、そこが大きな違いだわなぁ」
「あっ!? 酷い!! 俺が何気に気にしてることをっ!!」
そう……俺はこの村の近くで捨てられているところをこの爺さんに拾われて、村で面倒を見られていたのだ。
「カイル、お前まだそんな事気にしてたんかぁ? 親の顔だって覚えてねぇべさ。それに乳飲み子から面倒見てやってんだから、いい加減吹っ切れたらどうだべさぁ?」
「デリカシー!! デリカシーがないですよ! 村長ッ!!」
カラカラと笑う村長。
俺は村長のこういうところが嫌いではなかった。
なぜなら――。
「んまぁ、お前さんはとっくの昔からこのラウム村の大事な家族だべさ。とりあえず、落ち着いたらいつでも戻ってくるべさ」
俺の親の話になると、必ずこうやって「ラウム村の家族だ」と言ってくれるからだった。
何度この言葉に救われたことか。
「わかりましたよ。んじゃあ、とりあえず数か月くらいで見積もっておいてください」
「おぅ、任された。んま、これも社会勉強とでも思って、羽伸ばしてこい。ついでにうちと取引する商会を見つけてきてもいいんだべよ?」
……ちゃっかりしてるぜ、このじじぃ。
「……善処します……」
相変わらず楽しそうにカラカラと笑う村長からリリアたちの装備を受け取り、俺はザックの家に向かった。
……断られたら、どうしましょう……。
***
「と、いうわけだザック」
「……あいよ」
だよなぁ……普通は断りますよ……ね???
「え???」
「なんだ、その顔は……」
不思議そうに俺の顔を見るザック。
いや、二つ返事で了承するお前のほうが、俺にとっては不思議なんだが……。
「……嫌じゃないの? 大変じゃないの?」
「……別に? それに勇者様御一行からの依頼だろ。無下に断れないだろ」
……勇者ってやっぱ格がお高いんですね……。
「なんか悪いねぇ……」
「ま、仕方ねぇよ。それより、お前護身用の武器はどうすんだ? 農具持っていくか?」
ザックは俺を心配そうに見てきた。
「んー……悩み中……。一応、農具は村の財産でございますし……」
「ふむ…………なら、これ持ってけよ」
ザックは壁に立てかけてあったものに目をやった。
「家を増築する際に使う予定だったんだけど、まぁ今のお前にはぴったりだろ」
「……ありがてぇ!! 恩に着るぜザックの兄貴ッ!!」
「おぅおぅ、そのまま一生恩に着てろ」
そんな軽口を叩き合ったあと、俺はザックからある武器を受け取り、自宅に戻った。
「戻ったぞ~」
戸を開けて声をかけると、奥の間からトコトコと駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「おかえり、カイル」
そう言いながら声をかけてきたのは、リリアだった。
「おう」
麻袋から三人の装備を取り出した。
「出る準備はできているか?」
「うん、セシルもミナも出来てるけど……カイル……その丸太なに……?」
俺がザックから武器と称して渡された丸太に、リリアが目を見張る。
「ザックお手製の棍棒だ」
「……いや、ただ木を削り出した丸太じゃん、それ……」
リリアは呆れたように俺を見た。
「そうかぁ? 結構いいと思うんだけどなぁ」
俺はザックお手製の棍棒――もとい、元は家の増築に使う柱だった丸太を肩に担ぎながら首を傾げた。
太さは俺の腕より少し太いくらい。
長さは俺の背丈より少し短い。
ザックが渡す直前に軽く加工してくれて、表面はきちんと削られていて、握るところには滑り止めの布まで巻かれている。
見た目は確かに丸太だが、持ってみると意外と手に馴染むのだ。
「カッコ悪ーい」
リリアは遠慮なくそう言った。
「武器にカッコ悪いもカッコいいもあるかよ」
「……そりゃあ、そうだけどさ……」
そこへ、荷物をまとめ終えたセシルとミナが奥の間から出てくる。
「……カイル、それなに?」
セシルは俺が担いでいる丸太を見て、疑問符を顔に浮かべた。
「ん? 棍棒だけど……」
「どう見ても丸太……」
「丸太ですね……」
ミナも複雑そうな顔で俺の武器を眺めた。
「いいんだよ、別に。これは護身用なんだから」
「護身用……勇者パーティの貴重な前衛枠の武器が丸太って、世間様から見られたらどう思われるんでしょうか……」
ミナがますます怪訝な顔をする。
「……勝手に前衛にするんじゃないよ……あくまで俺は農民なんだから……補助要員くらいに思っておいてくれ」
半ば無理やり連れていくというのに、すっかり俺に前衛をやらせる気の三人を見て、若干の不安がよぎる。
(俺、ほんとにただの農民なんだけどなぁ)
期待した眼差しを背に受けながら、俺も事前に荷物をまとめていた背嚢を担いだ。
「んじゃあ、短い間にはなると思うがよろしくな、勇者様」
そう言われたリリアは笑い、
「大丈夫ですよ! きっと長い付き合いになると思いますよっ!」
セシルとミナは後ろでうんうん、と頷きながら、
「カイルは心配しすぎよ」
「そうそう。貴重な家事洗濯係兼前衛を私たちが逃がすはずがないじゃない」
と、同意していた。
俺はがっくりと肩を落としながら、家を出た。
「はぁ……早く俺の代わりが見つかることを祈るよ」
面倒くさいことになったと思いながらも、この子らに何かあれば目覚めが悪いのも事実。
ちゃんとした前衛はすぐに見つかるだろう。
それまでは……さらば我が故郷。
そう思いながら、元気よく前を歩く勇者たちの背中を追いかけた。
こうして俺は、ザックお手製の棍棒を片手に、勇者様御一行と一緒に村を出ることになった。
……いや、本当にこれでいいのか、俺の農民生活。




