第47話:七人の祝勝会
宿で汗を流したあと、俺たちは広場に集まり、近くの飯屋へ足を運んだ。
店の扉を開けると、焼けた肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「お肉……!」
真っ先に反応したのは、やはりセシルだった。
そのまま匂いに引き寄せられるように、店の奥へ進んでいく。
「おい、勝手に行くなよ」
「早くしないと、肉が逃げる」
「皿に載った肉は逃げねぇよ」
俺たちは店員に案内され、七人で囲める大きなテーブルについた。
夕食時ということもあり、店内は大勢の客で賑わっている。
酒を酌み交わす男たちの笑い声。
料理を運ぶ店員たちの声。
ついさっきまで命懸けで戦っていたのが嘘のように、ここにはいつも通りの日常が広がっていた。
「注文は決まったかい?」
恰幅のいい店主が、俺たちのテーブルへやってくる。
「肉」
セシルが迷うことなく答えた。
「たくさん」
「それじゃ分からねぇだろ」
俺は店内に掲げられている品書きへ目を向けた。
肉の串焼き、鳥の丸焼き、腸詰め、煮込み料理。
どれもそれほど高くはない。
「銀貨六枚で、七人が腹いっぱい食えるようにしてくれ」
「ぎ、銀貨六枚!?」
店主が目を見開いた。
「そんなにあれば、腹いっぱいどころか、酒も料理も好きなだけ出せるぞ」
「なら、六枚分適当に見繕ってくれ。今日は祝勝会なんだ」
「そいつは景気がいいな! 任せときな!」
店主は嬉しそうに笑うと、厨房へ向かっていった。
「好きなだけ……」
セシルの目が、これまでにないほど輝いている。
「よかったな。好きなだけ食っていいぞ」
「カイル……今日は神様に見える」
「お前の神様、銀貨六枚でなれるのかよ」
「そんなことより、飲み物はどうする?」
ノアが早くも店員へ手を上げている。
俺たちはそれぞれ飲み物を頼み、料理が運ばれてくるのを待った。
ほどなくして、七人分の木製の杯がテーブルへ並べられる。
俺はその一つを手に取り、皆の顔を見渡した。
「それじゃあ……全員無事に帰ってこられたことと、サイクロプスを倒せたことを祝って」
そこで一度、杯を持ち上げる。
「乾杯!」
「乾杯!」
七つの杯が、テーブルの中央でぶつかり合った。
少し遅れて、大皿に盛られた串焼きや腸詰め、鳥の丸焼きが次々と運ばれてくる。
「おおっ! すげぇ!」
ノアが歓声を上げた。
「いただきます」
セシルは目の前に置かれた鳥の丸焼きへ手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさい、セシル。それは皆で分けるものですよ」
クラリスが慌てて鳥の載った皿を遠ざけた。
「早い者勝ち」
「勝ち負けではありません」
「セシルっち、そっちは任せた! 私は腸詰めを確保する!」
「ノアまで何をしているのですか!」
さっそく始まった争奪戦を眺めながら、俺は串焼きを一本手に取った。
どうやら、銀貨六枚で足りるか心配する前に、料理が全員へ行き渡るかを心配したほうがよさそうだ。
「……騒がしいな」
隣に座っていたエリオが、小さく呟いた。
「お前のところも、普段からこんな感じじゃないのか?」
「ノアはいつも騒がしいが、ここまでではない」
「聞こえてるぞ、エリオ!」
向かい側から、ノアが腸詰めを片手に睨んでくる。
「だが……悪くないな」
エリオはそう言うと、僅かに笑みを浮かべた。
しばらくして、最初に運ばれてきた料理の半分ほどがなくなった頃。
エリオが手にしていた杯を、静かにテーブルへ置いた。
「カイル」
「なんだよ」
「今日は……助かった」
珍しく、素直な言葉だった。
「お前が止めてくれなければ、僕は本当に命を使っていた」
「分かってるなら、今度から勝手に死のうとするなよ」
「……肝に銘じておく」
エリオは素直に頷いたあと、改めて俺へ顔を向けた。
「それと、前にも話したことだが……リリアたちとの旅が終わったら、僕の元へ来てほしい」
「えっ?」
次の瞬間、リリアとセシルが左右から俺の両腕を掴んだ。
「ダメです! カイルさんは私たちのものです!」
「そうっ! カイルは私の!」
「俺をモノ扱いすんなっ!」
「……僕は第35勇者隊に来ないかと誘っているだけなんだが」
エリオが呆れたようにため息をつく。
それから、俺の両腕を掴んでいるリリアとセシルを交互に見た。
「だが、お前たちにも故郷に想い人がいると聞いている。その男を放っておいて、カイルに熱を上げていていいのか?」
「想い人……?」
リリアが不思議そうに首を傾げた。
「いないけど?」
セシルも平然と答える。
「……えっ?」
今度はエリオが目を丸くした。
「エリオさん、それは誰から聞いたんですか?」
「カイルだ」
「おいっ! 少しは言い淀めよ!」
エリオは迷うことなく俺を売りやがった。
嫌な予感がする。
リリアとセシルは俺の腕を掴んだまま、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「カイルさん……どうして、私たちに故郷の想い人がいるなんて話したんですか?」
「カイル。説明して」
「いや、それは……」
二人の指が、俺の腕へじわじわと食い込んでくる。
「痛い痛いっ! だって、お前ら妙に具体的に理想の男について話してただろ! あんな具体的なら、実際に好きな奴がいると思うじゃねぇか!」
「それが、どうして故郷の想い人になるんですか!?」
「二人とも同じ孤児院の出身だし、一緒に話してたんだから、故郷にいる奴だと思ったんだよ!」
「違いますっ!」
「違う」
二人が同時に否定した。
「じゃあ、誰のことを話してたんだよ?」
俺が尋ねると、リリアとセシルは一瞬だけ黙り込んだ。
それから、なぜか二人揃って俺から目を逸らす。
「それは……」
「秘密」
「なんだよ。結局、教えてくれないのかよ」
そう言うと、リリアは呆れたようにため息をついた。
「カイルさんは、もう少しご自分のことを客観的に見たほうがいいと思います」
「なんで今、俺の話になるんだ?」
「そういうところです」
「そういうところ」
「どういうところだよ!?」
意味が分からず聞き返したが、二人は答えてくれなかった。
すると、俺たちのやり取りを眺めていたエリオが、面白そうに口元を吊り上げる。
「ふっ……どう考えても、その理想の男性の正体は、カイ――」
――ドンッ!
鈍い音が響き、エリオの言葉が途中で止まった。
リリアが手元にあったフォークを、テーブルへ突き刺したのだ。
「……エリオさぁん?」
リリアはにこやかに笑っている。
だが、その目はまったく笑っていなかった。
「…………」
エリオは突き刺さったフォークを見つめたあと、ゆっくりとリリアへ視線を戻した。
「……か、甲斐甲斐しく働く男性は、理想だよな」
「はいっ! そうですね!」
「エリオ……」
クラリスは呆れたように名前を呼ぶと、堪えきれずに吹き出した。
「いやぁ、エリオがタジタジになってるところなんて、初めて見たなぁ」
ノアも腹を抱えて笑っている。
「何を言おうとしたんだ、お前は……」
俺が尋ねると、エリオは忌々しそうにこちらを睨んできた。
「黙れ、朴念仁が……」
「なんで俺が怒られるんだよ!?」
俺が声を上げると、テーブルを囲んでいた皆が一斉に笑い出した。
その後も、料理が運ばれてくるたびにセシルとノアが我先にと手を伸ばし、クラリスとミナが二人を止める騒ぎが続いた。
リリアも楽しそうに笑い、エリオもいつもの澄ました表情を崩している。
命懸けの戦いを終えたあとの祝勝会。
俺たちの笑い声が絶えることはなく、そのまま楽しい雰囲気の中、ローデンの夜は更けていった。




