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モブ転生 戦闘適性なしの農民ですが、なぜか勇者パーティーの前衛をやっています  作者: ブヒ太郎
エリオ編

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第46話:隻腕隻眼の勇者

 ローデンの街へ戻る頃には、すっかり日が傾いていた。


 そのまま宿へ戻りたいところだが、まずはギルドへ討伐完了の報告をしなければならない。


 俺たちは重い足を引きずりながら、ローデンのギルドへと向かった。


「ただいまー……」


 扉を開けると、ギルドの中は妙に騒がしかった。


「王都への申請書はできたか!?」


「今、支部長に確認印をいただいています!」


「聖銀の片手剣は武器庫にあるんだろうな?」


「はい! 王都から支給されたものが一本あります!」


 何人もの職員が書類を抱え、慌ただしくギルド内を行き来している。


 その騒ぎの中心に、一人の女性が立っていた。


 年齢は、二十代後半くらいだろうか。


 使い込まれた革鎧を身につけ、その身体には似つかわしくない鋼鉄の片手剣が、腰の鞘に収まっていた。


 そして、何よりも目を引いたのは――片腕がないことだった。


 片方の袖は途中で折り畳まれ、紐で固く縛られている。


 隻腕の女性は、慌ただしく動き回る職員たちを急かすこともなく、ギルドの中央に静かに佇んでいた。


「すみませーん。サイクロプスを倒してきたんだけど、報告ってどこですればいいんだ?」


 俺が声をかける。


 その瞬間、騒がしかったギルド内が急に静まり返った。


「……ん?」


 何事かと思って辺りを見回す。


 職員たちの視線は、俺の顔――ではなく、肩に担いでいる魔核へと釘づけになっていた。


 まあ、人の頭ほどもある魔核を担いでいれば、目立つのも当然か。


 一人のギルド職員が恐る恐る近づき、俺の肩に載せられた魔核を覗き込む。


「そ、その大きさ……まさか、サイクロプスを討伐されたのですか!?」


 驚きに満ちた声が、ギルド中に響き渡った。


「まあな。さすがに今回は、死人が出るかと思ったよ」


 俺が笑って答えると、職員は顔色を変えた。


「い、今すぐ支部長にお伝えしてきます!」


「ああ、頼む」


 職員は抱えていた書類を近くの机へ置くと、そのまま奥の部屋へ駆け込んでいった。


 またしばらく待たされるのだろうか。


 早く風呂に入りたいんだけどなぁ……。


 そんなことを考えていると、ギルドの中央に立っていた隻腕の女性が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。


 その顔を正面から見て、俺は初めて気づいた。


 片方の目が、黒い眼帯で覆われている。


 どうやら、失っているのは片腕だけではないらしい。


 隻腕にして、隻眼。


 残された一つの目が、俺の肩に載せられた魔核を見たあと、リリアたちを順番に見渡していく。


 鋭い目だ。


 疑っているというより、俺たちの力量を測ろうとしているように見える。


 やがて、女性はゆっくりと俺たちの前まで歩いてきた。


「AAAランクを倒せたのか?」


 低く、落ち着いた声だった。


 女性は俺の肩にある魔核へ、もう一度目を向ける。


 それから、残された目を僅かに細めた。


「年若い、お前たちが?」


「誰だ、あんた。初対面の相手に、ずいぶん失礼じゃないか」


 エリオが不機嫌そうに言った。


 その言葉を聞き、俺は思わず苦笑する。


 女を連れ回して、振れもしない武器を見せつけるとは、世も末だな。


 俺と初めて会ったとき、そんなことを言ってきたのは誰だったか。


 お前がそれを言うかねぇ……。


 だが、隻腕の女性は気分を害した様子もなく、残された片目を僅かに細めただけだった。


「それもそうだな。名乗るのが遅れた」


 女性は俺たちの前へ向き直る。


「私はモリア。第25勇者隊の勇者だ」


 モリアはそう名乗ると、そのまま言葉を続けた。


「このギルドから救援依頼を受けて、この先にある第二王都から駆けつけたのだが……どうやら、無駄足だったようだな」


 なるほど。


 第二王都から救援に呼ばれるってことは、この人も相当な手練れなんだろう。


 俺は改めて、目の前に立つ隻腕の女性を見つめた。


 エリオはモリアの言葉を聞くと、なぜか少し誇らしげに胸を張った。


「それは一足遅かったな。AAAランクのサイクロプスなら、この男――カイルが倒した」


「おいっ!?」


 何を全部俺の手柄みたいに言ってんだ。


 モリアは残された片目を俺へ向け、頭から足元まで確かめるように眺めた。


「……ほぉ。装備は一般人のようだが、実はAAAランクの戦士なのか?」


「一般人であることには間違いない」


 エリオが真顔で答える。


「農民の方ですからねぇ」


 リリアまで、のんびりと付け加えた。


「人型のモンスターかも」


「おい、セシル」


 俺が睨むと、セシルは口元に手を当てた。


「ふふっ」


 こいつ……。


 モリアは冗談を言っている様子のない三人を見渡したあと、訝しげに眉を寄せた。


「……信じられんな。勇者でも苦戦し、場合によっては全滅するAAAランクを、戦士ですらない一般人が倒したというのか?」


「俺だけの力じゃねぇよ。みんなで力を合わせて倒したんだ」


 実際、エリオがサイクロプスの弱点を教えてくれなければ、俺は今もあの化け物を殴り続けていたかもしれない。


 だが、リリアは不思議そうに首を傾げた。


「……そうでしたっけ?」


「僕らは浅い傷を入れたくらいだな」


 エリオが淡々と答える。


「私は肌を少し焼いただけ」


 セシルも続いた。


「左に同じく」


 ノアまで、小さく手を上げる。


「お前らっ!? そこは話を合わせるのが一般常識じゃねぇのか!?」


 なんで誰も功績を受け取ろうとしないんだ。


 俺一人に押しつけられても困るんだけど。


 モリアはしばらく黙って、俺たちのやり取りを眺めていた。


 やがて、残された目を僅かに細める。


「……面白い男だな」


「この状況のどこを見て、そう思ったんだよ……」


「もし第二王都で会うことがあるなら、そのときは世話になるやもしれん」


 モリアはそう言って、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


 そのとき、ギルドの奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 支部長室の扉が勢いよく開き、中から支部長が飛び出してくる。


「サイクロプスを討伐したというのは、本当か!?」


 支部長は俺たちの姿を見つけると、早足でこちらへ近づいてきた。


 そして、俺が肩に載せている巨大な魔核を見るや否や、その場で足を止める。


「その大きさ……まさか、本当に倒してしまうとは……!?」


 支部長の顔が驚愕に染まった。


 どう見ても、俺たちが無事に戻ってきたこと自体が予想外だったような反応だ。


「……おいおい、支部長さんよ」


 俺は肩に載せていた魔核を両手で抱え直す。


「まさか、俺たちが全滅するかもしれないとか思ってたのか?」


「いやいや、そんなことは……」


 支部長は慌てたように両手を振った。


 だが、そこで僅かに言葉を詰まらせる。


「とはいえ、最悪の場合は全滅。うまくいっても、救援が到着するまで時間を稼いだ末に敗走する……そのくらいには考えていた」


「ほとんど全滅すると思ってたんじゃねぇか」


「だからこそ、接敵したその足で討伐まで成し遂げるとは、思ってもみなかったのだ!」


 支部長は誤魔化すことを諦めたのか、開き直るように声を上げた。


 なるほど。


 それで、第二王都にいるモリアへ救援を頼んでいたわけか。


 俺たちが命懸けで戦っている間に、ちゃんと助けは向かってきていたらしい。


 間に合ってないから、危うく全員まとめて畑の肥料になるところだったけどな……。


「しかし、本当に皆、大きな怪我もなく無事で何よりだ」


 支部長は改めて俺たちを見渡し、安堵したように胸を撫で下ろした。


「もし敗走して戻ってきた場合は、こちらにいるモリア殿へ聖銀の剣を貸与し、君たちにも治療を受けてもらったうえで、共に再度討伐へ向かってもらう予定だった」


「……聖銀の剣?」


 聞き慣れない名前に、俺は首を傾げた。


「なんだ、それ?」


「聖銀という希少金属で作られた剣だ。ミスリルとも呼ばれている」


 エリオが答える。


「魔力を通せば、たちどころに鋼鉄すら両断するほどの刃になるという。市場に出ることは滅多にないが……買い取ろうとすれば、確か金貨百枚は下らないんだったか?」


「その通りだ」


 支部長が頷いた。


「金貨百枚……」


 まさか、剣一本にそれほどの価値があるとは思わなかった。


「……本来は、そんなもんを使わなきゃ斬れない奴だったのか、あいつ」


 俺は自分の肩に載せている巨大な魔核へ目を向けた。


「でも、確かにリリアとエリオの聖剣スキルでもまともに斬れなかったんだ。普通の剣じゃ、まず無理か……」


 そんな化け物の首を、よくこの大鉈で斬り落とせたもんだ。


 改めて考えると、我ながら随分と無茶をしたらしい。


「討伐対象がいない以上、私がここに残る理由もないな」


 モリアはそう言うと、俺たちへ背を向けた。


「ではな、カイル。縁があれば、また会おう」


「ああ。またな」


 俺が片手を上げると、モリアはそのままギルドをあとにした。


 隻腕にして隻眼。


 見た目からして只者ではなかったが、結局、どれほど強い勇者なのかは分からずじまいだったな。


 俺がモリアの出ていった扉を眺めていると、支部長が一度手を叩いた。


「さて。それでは、報酬の話をしよう」


「おっ、待ってました」


 俺たちはそのまま、二階にある支部長室へと案内された。


 部屋へ入ると、すぐに職員が人数分のお茶と菓子を運んでくる。


 俺は目の前に置かれた、湯気の立つお茶へ目を落とした。


 いつもの報酬の受け取りなら、受付で事務的に済ませるだけだ。


 それなのに、今回はわざわざ支部長室へ通され、お茶と菓子まで出てきた。


 どうやら、普段とは少し違う話になるらしい。


 全員が席につくと、支部長は机の上で両手を組んだ。


「まず、持ち帰ってもらったサイクロプスの魔核についてだが……金貨二枚で買い取らせてもらいたい。いかがだろうか?」


「き、金貨二枚ですか!?」


 リリアが驚きの声を上げる。


「銀貨に換算したら、二百枚ですよ!?」


「マジかよ……」


 俺も驚きを隠せなかった。


 魔核一つで銀貨二百枚。


 命懸けで戦ったとはいえ、とんでもない金額だ。


 だが、そんな俺たちとは対照的に、エリオは小さく鼻を鳴らした。


「ふっ……」


「なんだよ、エリオ」


「いや。金貨二枚で話が終わるはずはないと思ってな」


 エリオは支部長へ視線を向けた。


「第25勇者隊のモリアを第二王都から呼び寄せ、聖銀の剣の使用許可まで王都へ申請していた。それほど危険な相手を討伐したんだ」


 そこで一度言葉を切り、僅かに口元を吊り上げる。


「魔核の買い取りだけで済ませるつもりではないんだろう?」


 支部長の表情が僅かに引きつった。


「……やはり、気づいたか」


 小さく息を吐くと、観念したように椅子へ深く腰かける。


「確かに、魔核そのものの査定額は金貨二枚だ。だが、今回は極めて緊急性の高い任務だった。穀倉地帯と周辺の村を救った功績も、無視するわけにはいかん」


 支部長は指を一本立てた。


「特別報奨として金貨一枚を加え、合わせて金貨三枚。これでどうだろうか?」


「き、金貨三枚ですか!?」


 リリアが目を大きく見開いた。


「銀貨に換算すれば三百枚……七人で分けても、一人四十枚以上ですよっ!」


「肉、肉、肉……」


 隣から、セシルの呟きが聞こえてきた。


 お前は銀貨四十枚を全部肉に変えるつもりか。


「ふむ。支払いは銀貨のほうが都合がよさそうだな」


 支部長がセシルの様子を見ながら、僅かに笑みを浮かべた。


「……僕は、今回の報酬の分け前をカイルに決めてもらいたい」


「おいっ!?」


 突然話を振られ、俺は思わず声を上げた。


 エリオは椅子に座り直すと、胸の前で腕を組む。


「今回、残念ながら僕たち勇者隊が討伐に貢献したとは、とても言えない。サイクロプスを仕留めたのはカイルだ。それについて、つべこべ言う気はない」


「そうですね。私も賛成です」


 クラリスも、エリオの言葉に頷いた。


「私がしたことといえば、エリオに魔力を渡したくらいですから」


「それを言うなら、私もです」


 ミナも小さく手を上げる。


「私とセシルっちの合体ファイアランスも、防がれちまったしなぁ」


「……痛恨の極み」


 セシルが悔しそうに俯いた。


「そうですね……」


 リリアも、自分の剣へ目を落とす。


「あの場で、私たちにできたことなんて何かあったのでしょうか……」


「おいおい、お前ら……」


 確かに、サイクロプスの首を斬り落としたのは俺だ。


 だが、エリオが弱点を教えてくれなければ、俺はいつまでも再生する顔面を殴り続けていた。


 あの場で、リリアやエリオが命を懸ける覚悟を見せなければ、俺も自分の魔力を使おうなんて判断はできなかっただろう。


「ふむ……」


 支部長は俺たちの顔を順番に見渡した。


「私はてっきり、君たちに同行していた戦士が活躍したものと思っていたが……戦士ですらない一般人が、そこまでの働きをしたというのか。にわかには信じ難いな」


 支部長は改めて俺へ目を向けた。


「カイル君だったな。君はどうする?」


「……ちゃんと、きっちり公平に分けさせてもらうよ」


 俺は迷うことなく答えた。


「ってことで、支払いは銀貨で頼む」


 その言葉を聞いた支部長は、一瞬だけ目を丸くした。


 それから、愉快そうに声を上げて笑う。


「ふははっ! 金貨三枚を独り占めすることもできたというのに、迷いがないな!」


「あいつを一人で倒したわけじゃないからな。当然だろ」


「分かった。では、銀貨三百枚で用意させよう」


 支部長がそう答えた瞬間、セシルの目が僅かに輝いた。


 ……本当に全部、肉に使うつもりじゃないだろうな。


 しばらくして、俺たちの前に銀貨三百枚が用意された。


 七人で分ければ、一人あたり銀貨四十二枚。


 それぞれが自分の取り分を受け取ると、机の上には六枚の銀貨が残った。


「残りは六枚か……」


 七人で分けるには、一枚足りない。


 だからといって、さらに細かい硬貨へ崩して分けるのも面倒だ。


 俺はしばらく考えたあと、机の上に残った銀貨をまとめて手に取った。


「よし。この六枚は、今晩のうちに全部使っちまおう」


「全部ですか?」


「ああ。せっかく全員無事に戻ってきたんだ。これで祝勝会をやろうぜ」


「そんな……せめて、それくらいはカイルさんの懐に入れてしまっても……」


 リリアが遠慮がちに言った。


「いいんだよ。それに、あんな戦いのあとだしな。俺もお前らと一緒に、ぱーっと使ったほうが気分がいい」


「そういうことでしたら……」


 リリアはまだ少し申し訳なさそうにしながらも、最後には頷いた。


「……僕たちも参加していいのか?」


 エリオが珍しく遠慮がちに尋ねてきた。


「何言ってんだ。お前らも含めた七人の祝勝会に決まってるだろ」


「そうか……」


 エリオは僅かに目を見開いたあと、小さく笑みを浮かべた。


「なら、遠慮なく参加させてもらおう」


「皆で無事に戻ってこられたのですから、今夜くらいはよいかもしれませんね」


 クラリスも穏やかな笑みを浮かべる。


「よっしゃ! そうと決まれば、うまい店を探そうぜ。私、もう腹ぺこなんだよなぁ」


 ノアが嬉しそうに立ち上がった。


「やったぁ! お肉! お肉!」


 それに続いて、セシルも両手を上げて喜ぶ。


「はぁ……セシルったら。まだお肉を食べるなんて決まってないでしょ?」


 ミナが呆れたようにため息をついた。


「いや、肉でいいだろ。今日は好きなだけ食え」


「カイル、大好き」


「現金な奴だな……」


 銀貨六枚もあれば、七人で腹いっぱい食べても十分すぎるだろう。


「ってことで、一度宿へ戻って汗を流したら、広場に集合な」


「分かりましたっ!」


 命懸けの戦いも、これでようやく終わりだ。


 今夜くらいは、七人揃って何も考えずに騒いでも罰は当たらないだろう。


 ……セシルとノアを腹いっぱいにさせたら、銀貨六枚で本当に足りるのか。


 それだけが、少し心配だった。


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