第42話:巨人種サイクロプス
「……ここか」
エリオが低い声で呟いた。
ローデンの街を出てからしばらく。
俺たちは、サイクロプスが出没しているという穀倉地帯へと辿り着いていた。
だが、目の前に広がっていた光景は、俺が想像していたものとは随分と違っていた。
辺り一面に広がる畑は踏み荒らされ、育っていた作物は無残に潰されている。
ところどころには大きく抉れた地面や、倒れた柵。
少し離れた場所には、屋根の半分ほどが潰れた小屋まで見えた。
「……酷いですね」
リリアが小さく呟く。
「ああ」
エリオは周囲を見回しながら、表情を険しくした。
「これだけ荒らされているなら、近くにいる可能性も高い。全員、警戒して進もう」
「分かりました」
リリアたちがそれぞれ武器を手に取る。
俺も背負っていた大鉈を抜き、そのまま肩に担いだ。
荒れ果てた畑の中をしばらく進んでいると、先を歩いていたエリオが突然足を止めた。
「……これは」
俺たちも、その視線の先を見る。
そこには、地面に深く刻まれた巨大な足跡が残されていた。
俺の胴体くらいなら、すっぽり収まってしまいそうなほど大きい。
「……これが、サイクロプスの足跡ですか?」
リリアが恐る恐る近づいていく。
「ああ。大きさから見ても、例の個体で間違いないだろうな」
エリオが足跡を覗き込みながら答えた。
その周囲には、折れた柵や踏み潰された作物が散乱している。
少し先では太い木が根元からへし折られ、地面には巨大な岩が半分ほどめり込んでいた。
恐らく、投げつけられたものだろう。
「……こんな岩を……」
セシルが小さく呟いた。
いつもの落ち着いた表情は消え、僅かに顔が強張っている。
リリアも黙ったまま、地面にめり込んだ岩を見つめていた。
……まぁ、怖いよな。
俺だって、こんなもんを投げてくる奴と好き好んで戦いたいとは思わない。
「大丈夫だ」
「え?」
リリアが俺を見る。
「お前らは、俺が絶対守ってやるから」
「……」
リリアとセシルが揃って目を丸くした。
少しして、リリアがなんとも言えない表情を浮かべる。
「……私たち、一応勇者隊なんですけど……」
「知ってるよ」
「本来は、私たちがカイルさんを守る側なんですが……」
「そうだったのか?」
「そうですよっ!」
リリアが少しだけ頬を膨らませる。
その隣で、セシルが小さく息を吐いた。
「ですが……不思議ですね」
「ん?」
「カイルにそう言われると、本当に大丈夫な気がしてきます」
「おいおい。そこは勇者として否定するとこじゃないのか?」
「今だけは甘えさせてください」
「それなら、私はカイルさんに守ってもらいます!」
それまで黙っていたミナが、元気よく手を挙げた。
「ちょっと、ミナ!」
「仕方ないじゃない。私、戦闘タイプじゃないし」
「それはそうですけど……」
「それに、リリアもセシルも安心した顔してるよ?」
「うっ……」
リリアが言葉に詰まり、セシルも気まずそうに目を逸らした。
「ふふっ。二人とも素直じゃないなぁ」
「……まぁ、全員まとめて守ってやるよ」
さっきまで強張っていた三人の表情が、少しだけ和らいだ。
それなら、言った甲斐もあったというものだろう。
「んじゃ、行くか」
「はいっ」
リリアが少しだけ元気な声で返事をした。
俺たちは再び足跡を追うようにして、荒れ果てた穀倉地帯を進んでいく。
それから少し歩いたところで、今度はエリオが無言で足を止めた。
「……」
その視線の先には、何頭もの家畜が倒れていた。
牛や羊だろうか。
どれも身体の一部を大きく食い千切られ、辺りの地面には黒く乾きかけた血が広がっている。
「……っ」
クラリスが小さく息を呑んだ。
ノアも何も言わず、険しい表情でその光景を見つめている。
エリオはしばらく黙っていたが、やがて剣の柄をギュッと握り込んだ。
「クラリス、ノア」
「……はい?」
「大丈夫だ」
二人がエリオを見る。
「お前らは、僕が守ってやる」
「……」
クラリスとノアが揃って目を丸くした。
しばらく呆気に取られていた二人だったが、先に口を開いたのはクラリスだった。
「……なんですか? カイルさんのがうつりました?」
「エリオらしくないねぇ」
ノアまで面白そうに笑う。
「……うるさい」
エリオは僅かに顔を逸らしながら、気恥ずかしそうに答えた。
……あらまぁ。
昨日まで随分と一匹狼っぽいことを言っていたくせに。
あいつもちゃんと、男の子してるんだなぁ。
俺はそんなことを、しみじみと思った。
それからさらに穀倉地帯を進み、少し離れた場所にある雑木林へと差しかかったときだった。
「……止まれ」
先頭を歩いていたエリオが、片手を上げた。
全員が足を止める。
「どうした?」
「……いる」
エリオが低い声で答えた。
その視線の先。
木々の隙間から、何か巨大なものがゆっくりと動いているのが見えた。
「……あれが」
リリアが息を呑む。
しばらくして、その巨体が雑木林の奥から姿を現した。
でかい。
昨日、支部長から七メートルを超えると聞いてはいたが、実際に見ると想像していた以上だった。
太い腕。
岩のように盛り上がった筋肉。
そして、顔の中央にある巨大な一つ目。
「……サイクロプス」
エリオが剣を抜いた。
それとほぼ同時だった。
「グォォォォォッ!!」
サイクロプスが腹の底まで響くような唸り声を上げた。
「気付かれた!」
リリアが剣を抜き、セシルたちも一斉に杖を構える。
「リリアとカイルは僕と前へ! クラリスとミナは後ろへ下がれ! ノアとセシルは援護を頼む!」
「分かりました!」
「了解」
クラリスとミナが後方へ下がり、ノアとセシルがその前で杖を構えた。
だが、サイクロプスは俺たちへ向かって走ってくることはなかった。
代わりに、近くに生えていた木の幹を両腕で掴む。
「……おい」
次の瞬間。
ミシミシと嫌な音を響かせながら、一本の木が根元から引き抜かれた。
「嘘でしょ……」
セシルが呆然と呟く。
「まさか、あれを投げるつもりかい?」
ノアが顔を引きつらせた。
サイクロプスは引き抜いた木を軽々と持ち上げると、大きく身体を捻った。
「全員、避けろ!」
エリオが叫ぶ。
「グォォッ!」
サイクロプスが木を投げ放った。
凄まじい勢いで回転しながら、一本の木がこちらへ飛んでくる。
「きゃっ!」
後方にいたクラリスとミナが、咄嗟に身を屈めた。
ノアとセシルも横へ飛び退こうとするが、あの大きさじゃ避けきれない。
「ったく……!」
俺は大鉈を両手で握り、全員の前へ出た。
「カイル!?」
「うぉらぁっ!」
飛んできた木の幹を目掛けて、大鉈を思い切り振り抜く。
――バキィッ!!
大きな音とともに、木の幹が軌道を変えた。
そのまま俺たちの横を掠めるように飛んでいき、地面へ叩きつけられる。
土煙が一気に舞い上がった。
「……」
誰も声を出さない。
「た、助かりました……」
後ろから、クラリスの呆然とした声が聞こえてきた。
ノアも構えたまま、信じられないものを見るような顔で俺を見ている。
俺は大鉈を肩に担ぎ直しながら、サイクロプスを見る。
「いきなり木を投げてくるとはな……」
支部長の話じゃ、岩を投げるとは聞いていたが。
どうやら、使えるものなら何でも武器にするらしい。
「……カイル」
「ん?」
「まさか今のを、スキルも使わずに弾いたのか……?」
「大鉈は使ったぞ」
「そういう意味じゃない」
なんだよ。
大鉈も使わずに、あんなもんを弾けるわけないだろうに。
「来ます!」
リリアの声に、俺たちは再び前を向いた。
サイクロプスは地面を揺らしながら、今度こそこちらへ向かって走り出していた。




