第35話:勇者たちの共闘
地面には、エリオの一撃でバラバラになったアッシュウルフの残骸が散乱していた。
その惨状を挟んだ向こう側で、残る四体が唸り声をあげながら身構えている。
さらにその背後では、ダイアウルフが俺たちを見据えたまま、ゆっくりと牙を剥いた。
「残りは五体か……よし」
俺が大鉈を肩に担ぎ、前へ出ようとした、その時だった。
「今回は、私たちに任せてください」
「カイルは見守り役」
リリアとセシルが、俺より一歩前へ歩み出た。
「お、おい。お前ら、何を考えてんだよ……」
俺が声をかけると、リリアは振り返り、柔らかく笑った。
「前回のロックベアの時は、カイルさんに頼りきりでしたから。今回は、私たちにも良いところを見せさせてください」
「そういうこと」
セシルも短く頷く。
口調こそいつも通りだったが、その目は残るアッシュウルフとダイアウルフを真っすぐに見据えていた。
「良いところって、お前らな……。はぁ……無理はすんなよ……」
俺がそう言うと、リリアは少し離れたところに立つエリオへ顔を向けた。
「エリオさん。まだ行けますか?」
エリオは額に浮かんだ汗を腕で拭い、握っていた剣を構え直した。
「……ふぅ……当然だ」
言葉だけなら、いつも通りだった。
だが、先ほどの大技で消耗しているのは明らかだ。
「おいおい……無理しなくてもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、エリオは不満そうに眉をひそめた。
「無理などしていない」
「そうは言ってもなぁ……」
俺がなおも止めようとすると、リリアが小さく笑った。
「カイルさん」
「ん?」
「私たちが良いところを見せておかないと、カイルさんはずっと思ったままですよね?」
「何をだ?」
リリアは少しだけ胸を張ると、俺の口調を真似るように言った。
「この子たちは、俺が守らないといけない、って」
「…………」
思わず言葉に詰まった。
リリアはそんな俺の反応を見て、いたずらが成功した子供のように笑みを深める。
「やっぱり思ってましたね?」
「……いや、まぁ……そりゃあ……」
「カイルは分かりやすい」
セシルまで横から追い打ちをかけてくる。
俺としては、まだ若いこいつらが無理をしているなら、手を貸すのは当たり前だと思っているだけなのだが。
だが、本人たちからすれば、いつまでも守られているばかりでは納得できないらしい。
「だから、今回は見ていてください」
リリアはそう言うと、腰の剣へ手をかけた。
「私たちだって、カイルさんを安心させられるくらいには強いんですよ」
その隣では、セシルが静かに魔力を練り始める。
エリオもまた、二人に並ぶように前へ出た。
「そういうことだ、カイル。あんたは大人しく後ろで見ていろ」
「お前まで言うのかよ……」
俺は困ったように頭を掻きながら、三人の背中を見つめた。
……まぁ、そこまで言うなら、今回は任せてみるか。
「分かったよ。ただし、本当に危なくなったら俺が出るからな」
「はいっ!」
「過保護」
「好きにしろ」
三者三様の返事が返ってくる。
俺は小さく息を吐くと、大鉈を肩から下ろした。
無論、完全に気を抜くつもりはない。
もしこいつらが大怪我をするようなことがあれば、すぐにでも割って入るつもりだ。
だが今は、三人がどんな戦いを見せてくれるのか、少しだけ楽しみにしている自分もいた。
「では、行きます。セシルは援護を。エリオさんは、私が動きを止めたところをお願いします」
「了解」
「分かった。任せておけ」
二人の返事を確認すると、リリアは身体を低く沈めた。
次の瞬間、その全身が白金色の魔力に包まれる。
手にした剣が眩い輝きを放つと同時に、リリアは地面を強く蹴った。
踏み込んだ地面に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「最初から全力って!? リリアの聖剣は一撃限定だろ!?」
俺が声をあげるが、リリアは止まらない。
凄まじい速度で左右に蛇行しながら駆け抜け、一体のアッシュウルフとの距離を瞬く間に詰めた。
「――ハァッ!」
リリアが剣を振り抜いた、その一瞬だけ、白金色の魔力が刀身を覆った。
ロックベアやホーンディアとの戦いで見せた、身の丈ほどもある巨大な聖剣ではない。
元の刀身を、薄い魔力の刃で包み込んだ程度だ。
だが、その一撃はアッシュウルフの胴体を容易く両断した。
リリアは足を止めることなく、その勢いのまま大きく軌道を変え、次の獲物へと向かっていく。
「……なるほど。消耗を最小限に抑えながら、アッシュウルフを斬り倒せるだけの出力を、一瞬だけ出してるのか……」
必要な時に、必要な分だけ聖剣を展開する。
「めちゃくちゃ器用だな……」
俺が感心しながら見守っていると、残るアッシュウルフたちの視線が、一斉にリリアへ集中した。
「……今」
隣でセシルが小さく呟いた。
地面に散らばっていた無数の小石が、ふわりと宙へ浮かび上がる。
次の瞬間、それらは弾丸のような速さで、一体のアッシュウルフへ襲いかかった。
――ドドドドッ!
硬い石が肉へ食い込む鈍い音が連続して響く。
アッシュウルフが立っていた場所には、凄まじい砂埃が舞い上がった。
「……僕も行くか」
少し離れたところで様子を見ていたエリオがそう呟くと、地面を蹴って駆け出した。
先ほどのリリアと比べれば、確かに遅く感じる。
破壊力に特化している分、リリアのように速度で敵を翻弄するタイプではないのだろう。
リリアは右側から。
エリオは左側から。
残るアッシュウルフを挟み込むように距離を詰めていく。
リリアが残り二体となったアッシュウルフへ目を向ける。
身体が地面につきそうなほど深く腰を落とすと、再び猛烈な勢いで地面を蹴った。
その身体が宙へ舞い上がる。
いや、舞ったというより、弾丸のように撃ち出されたというほうが近い。
蹴り出した地面からは、砂塵が壁のように巻き上がっていた。
その膂力から生み出された速度で、リリアは一体のアッシュウルフとの距離を一瞬で詰める。
アッシュウルフは、その姿を捉えることすらできなかったのだろう。
身体をわずかに震わせただけで、反撃の体勢を取る間もなく、横薙ぎの一撃によって切り裂かれた。
だが、リリアが地面へ着地しようとした、その隙を狙って、最後のアッシュウルフが突進していた。
やばいか?
俺は咄嗟に両手両足へ力を込める。
何かあれば、すぐにでも駆け出せるように。
「火よ」
セシルが一言だけ発した、その瞬間。
周囲の温度が一気に跳ね上がった。
次の瞬間、セシルの傍らに巨大な炎の槍が顕現する。
炎の槍は凄まじい速度で空気を切り裂き、リリアへ迫っていたアッシュウルフの身体を貫いた。
燃え盛る炎に包まれたアッシュウルフは、その場へ倒れ込み、瞬く間に焼け焦げていく。
それを見届けたセシルは大きく息を吐くと、その場で膝をついた。
額には、玉のような汗がいくつも浮かんでいる。
残るは、ダイアウルフのみ。
リリアとエリオは左右へ分かれ、巨大な狼へ果敢に攻めかかっていった。
リリアはダイアウルフが繰り出す噛みつきを、蝶のように身を翻しながら寸前でかわしていく。
一方のエリオは、振り下ろされる鋭い爪を、魔力で強化した剣で受け流していた。
だが、ダイアウルフも伊達に群れの長を務めているわけではないらしい。
二人が左右から攻め込んでも、決定的な隙を見せようとはしなかった。
三合ほど攻撃を凌いだ頃には、リリアとエリオの表情にも徐々に焦りが滲み始めていた。
隣で膝をついたセシルも、まだ荒い呼吸を繰り返している。
「……おい、セシル。これからすることは内緒だからな?」
「……え?」
セシルの返事を待たず、俺は足元に落ちていた石を拾い上げた。
狙うのは、ダイアウルフの鼻先。
俺は石を握り込み、全力で投げ放った。
――ビュンッ!
凄まじい風切り音とともに、石が一直線に飛んでいく。
――ゴンッ!!
――ギャッ!?
石は狙い違わず、ダイアウルフの鼻先へ直撃した。
突然の衝撃に、ダイアウルフは悲鳴をあげ、思わず石が飛んできた方向へ顔を向ける。
だが、リリアにとっては、その一瞬だけで十分だった。
身を低く沈めると、一気にダイアウルフの足元へ滑り込む。
その手に握られた剣は、すでに眩い白金色の光を放っていた。
「――エリオッ!!」
リリアが名を叫ぶと同時に、顕現した白金色の聖剣が、ダイアウルフの前脚を叩き斬った。
「分かっているっ!!」
前脚を失い、大きく体勢を崩したダイアウルフ。
その眼前に現れたのは、バチバチと雷を弾けさせる、エリオの巨大な白銀の聖剣だった。
「――ハァァァァッ!!」
エリオは軸足となる左足に全体重を乗せ、力強く地面を踏み込んだ。
そして、巨大な聖剣を横薙ぎに振り抜く。
ダイアウルフは断末魔をあげることすら許されなかった。
雷をまとった白銀の刃が、その巨体を一息に焼き斬ったのだった。




