第31話:毛皮と交渉と雪解け?
エリオは、俺の顔をじーっと見つめながら、怪訝そうに眉をひそめていた。
「……スキルも何もなくて、あの馬鹿でかい鉈を投げたのか?」
「投げたな。昔から投擲は得意なんだよ。野鳥とか兎とかが畑に入ってきたときに、小石投げて追っ払ってたからな……」
そう言っていると、リリアが近づいてきて、苦笑いを浮かべながら付け加えた。
「カイルさんの言う野鳥とか兎を、真に受けないほうがいいですよ……。それ、普通にモンスターのほうですから……」
……別に、たかが爪が異様に長い鳥と、角が生えた兎の類だろうに。
獣には変わりない。
むしろ、剣や魔法のある世界で、そんなものに苦戦していたら、命がいくつあっても足りはしない。
俺がそんなことを思っていると、エリオはふいっと顔を背けながら聞いてきた。
「……なんで僕を助けたんだ」
その手は固く握られており、時折、わずかに震えていた。
勇者である自分が、一市民に助けられた。
その事実を、恥じているようにも見えた。
俺は顎に手を当て、空を眺めながら少しだけ考える。
「……エリオはさ、誰かを助けるときに『僕は勇者だから、義務として助けないといけない』とか考えるのか?」
「……そんなの、考えるわけもない。動けて当たり前だ」
エリオは拳を握りしめたまま、じっと地面を見つめていた。
俺はそんなエリオの頭に手を置き、軽くポンポンと撫でる。
「まぁ、そういうことだ。お前に怪我がなくて良かったよ」
「……余計な真似を……」
エリオはそう言うと、俺の手を軽く払いのけ、じっとこちらを睨んだ。
その顔を見て、俺はフッと笑う。
まぁ、十五歳の少年が素直に礼を言えるほど、世の中は簡単にできちゃいないか。
俺はそのまま、大鉈が突き刺さったアッシュウルフのもとへ歩き出した。
ちょうどノアとクラリスの横を通った際、ノアが近づいてきて、俺の手を両手で包み込んだ。
「ありがとう。助かったよ」
「ええ、本当に……ありがとうございました……」
クラリスも駆け寄ってくると、深々と頭を下げた。
「いえいえ。貴女方にも怪我がなくて、本当に良かった」
俺がそう答えると、ノアとクラリスはほっとしたような顔を浮かべ、エリオのもとへ歩いていった。
その様子を見送ってから、俺はアッシュウルフに突き刺さった大鉈を引き抜く。
ずるり、と肉を裂く感触とともに、刃が抜けた。
俺は大鉈を肩に担ぎ、辺りを見渡す。
なだらかな斜面と、剥き出しの岩肌が続く道。
その先には、獣影一つ見当たらなかった。
「ふーむ……このままここにいても、たぶん獣どもは今日は戻ってこないだろうな……」
「じゃあ、どうするの? 今日はここで切り上げる?」
セシルが辺りを注意深く見ながら、ミナと一緒に俺のほうへ近づいてきた。
「そうさな……まぁ、今日はここで一旦切り上げるか。エリオの体調も本調子じゃないみたいだしな。とりあえず、使えそうなものだけ回収してから帰るか」
「……え? 回収って……まさかカイルさん!?」
ミナは俺がこれから何をするのか察したようで、慌てて声をあげた。
だが、俺はそのまま担いでいた大鉈を振り上げる。
そして、アッシュウルフの亡骸目掛けて、一気に刃を振り下ろした。
――ズバッ!!
「うわわわっ!!」
ミナの悲鳴を聞きながら、俺はアッシュウルフの革を剥いでいく。
「見るのが嫌なら離れてていいぞー」
そう声をかけつつ、淡々と解体作業を進めた。
ミナが「うえぇ……」と顔を引きつらせながら離れていくのを横目に、俺は手際よく皮を剥いでいく。
毛皮は思ったよりも厚く、ところどころ灰色がかった黒い毛並みが残っていた。
多少傷はついているが、胴回りの状態は悪くない。
これなら、素材屋に持ち込めばそれなりの値で買い取ってもらえるだろう。
その様子を遠目に見ていたエリオが、驚きの声をあげた。
「なっ……何をしてるんだ、カイルは!?」
エリオの声を背中で聞き流しながら、俺は一匹目の毛皮を剥ぎ取った。
丁寧に丸め、その毛皮を担ぎ上げると、今度はエリオの近くに転がっていたアッシュウルフの亡骸へ近づく。
「何って、回収だよ、回収。これを素材屋に持ってくと、そこそこの値で買い取ってくれるんだよ」
そう言ってから、俺はふと思い出したようにセシルへ声をかけた。
「あっ、セシル! すまんが、そいつの死体は焼いておいてくれ! 近くに別の獣が寄りつかないように!」
「……はいはい。ほんと、カイルはこういうところだけ手際がいいよね」
セシルは渋々といった顔つきで、剥ぎ取り終わったアッシュウルフに向けて手をかざした。
その指先から魔力が広がり、魔法の構成が始まっていく。
俺はそれを確認すると、丸めた皮を地面に置き、もう一体の解体作業に入った。
エリオたちは、その様子を信じられないものを見るような顔で見つめていた。
……まぁ、都会の子たちからすれば、討伐直後の獣をその場で解体するなんて、なかなか見る機会もないのだろう。
俺からすれば、せっかく仕留めた獲物をそのまま放っておくほうが、よほどもったいない話なのだが。
「……カイルさんって、本当に何者なんですか……?」
ぽつりと、クラリスが呟く。
その声に、ノアもこくこくと頷いていた。
俺は大鉈を動かしながら、いつものように答える。
「だから、ただの農民だって」
その瞬間、リリアとセシルとミナが、そろって深いため息を吐いた。
……なんだよ。
農民は、獲物の解体くらいできて当たり前だろうに。
***
その後、カラントの街に戻った俺たちは、エリオたちを連れて、そのまま街の商業区を目指して歩いた。
周りの市民からは、大きな灰色の毛皮を担いだ俺を奇異の目で見られているのを感じる。
まぁ、街中で魔物の毛皮を担いで歩いている男なんて、そうそういないだろうしな……。
道具屋、ポーション屋、雑貨屋などが集まった通りの奥に、少し古びた木製の建物がぽつんと建っていた。
看板には、大きく『素材買い取ります』と書かれている。
「おっ、ここだここだ。入ろうぜ」
「……本当にそんなものが売れるんだろうな……?」
懐疑的な視線を送るエリオを横目に見ながら、俺はその扉を開けた。
中に入ると、カウンターの奥で恰幅のいい店主が座っていた。
「いらっしゃい。買い取りでいいのかい? それとも業者の方かな?」
「買い取りだ」
俺の言葉に、店主はにこっと笑った。
その前のカウンターに、俺は二体分のアッシュウルフの毛皮を置く。
店主は早速、虫眼鏡を取り出し、毛皮をじっくりと鑑定し始めた。
「……いいですね……狼の毛皮ですか。これはなめして冬の外套に使われますので、非常に需要がございますよ」
「……本当に売れるんだな……。でも、所詮は皮だろ……。せいぜい大銅貨八枚くらいが関の山じゃないのか……?」
エリオは感心しながらも、そう呟いた。
その言葉を聞いて、店主はにっこりと笑う。
「いえいえ! これほど綺麗に取られた皮なら……そうですね! 銀貨一枚と大銅貨二枚でいかがですか!?」
「……ふむ……そこそこ良い値で売れるんだな……。でも、解体技術がないと出来ないことを考えると、安いのか高いのか……」
エリオは顎に手を置き、ふーむ、と悩むように毛皮を見ていた。
店主はにこにこと笑っている。
どうやら、俺たちがその金額で満足したと思い込んでいるようだった。
俺は、ニヤリと口元を吊り上げる。
「……おいおい、店主さんよ。鑑定が足りてないんじゃないか?」
「はい?」
「こいつは、ただの野生の狼の毛皮じゃなくて、アッシュウルフの毛皮なんだぜ? ホーンラビットの皮ですら銀貨の価値があるのに、アッシュウルフがそんな安値なわけないだろぉ?」
そう言うと、店主は慌てて虫眼鏡を構え直し、再び毛皮を入念に見始めた。
「……むむっ……!? 確かに……確かに野生動物にはない皮の剛性に、艶のあるしなやかな毛……。防具としても外套としても非常に需要がある素材ですね……。しかし、よくぞまぁ、こんなに綺麗に解体できたものだ……。むむっ……銀貨六枚でどうですか!?」
「六枚だって!?」
エリオが驚いたような声をあげた。
だが、俺はにんまりと笑う。
「十枚だ。そんな良い毛皮なら、お貴族様にもさぞかし需要があるんだろ?」
「むっ……むむっ……」
店主は悩むように毛皮を見つめ、口元に手を当てて考え込んだ。
俺は毛皮を軽く叩きながら、何でもないように言う。
「嫌なら他をあたるが?」
「わかりましたっ! せめて八枚! 八枚で何卒!!」
店主が懇願するような瞳で、俺のことをじっと見つめた。
……まぁ、こんなもんだろう。
これ以上粘っても時間が惜しい。
「……いいだろう。取引成立だ」
「ありがとうございますっ!」
俺が右手を差し出すと、店主は間髪入れずに俺の手を固く握った。
「「「「「おーーっ!」」」」」
エリオを除く五人が、なぜか喝采の拍手をした。
……なんなの?
今のって、なんかの見世物なの?
俺はそう思いながら、店主がカウンターに置いた銀貨八枚を受け取り、革袋へ入れた。
店主はその様子を見ながら、最大限の愛想笑いを浮かべる。
「旦那、もしまた手に入ることがあれば、その時はぜひ……」
そう言って、手もみしながら笑いかけてきた。
俺は少し考える素振りを見せてから、
「あぁ、もし取り逃がしたアッシュウルフと遭遇して、綺麗に倒せたら、また寄るよ」
そう愛想笑いを返し、俺たちは店を出た。
素材屋を出ると、セシルがじとっとした目で俺を見上げてきた。
「カイル、性格悪い」
「なんでだよ」
「もし遭遇したら、って言い方。今、王都からの依頼でアッシュウルフが近くにいることを、あの店主は知らなかったみたいだよ?」
セシルの言葉に、俺は肩をすくめた。
「商売なんてもんは情報戦よ、情報戦。それに、一般市民には情報が隔離されてるだろうと思ってな。まさに、知る人ぞ知るってやつよ」
「……悪い大人だ」
「やかましいわ」
そう返しつつ、俺は革袋の重みを確かめた。
銀貨八枚。
思ったよりいい稼ぎになった。
「そうだ。この金で、ちと遅いが昼飯にしようぜ」
俺がそう言うと、リリアたちの顔がぱぁっと明るくなった。
「やったーっ!」
「お肉がいい」
「セシルは本当にぶれませんね……」
リリアが喜び、セシルが即座に肉を所望し、ミナが呆れたようにため息をついた。
そんな様子を見ていたエリオが、少し気まずそうに口を開く。
「……じゃあ、僕らも今日のところはここで。明日また、鉱山への門で会おう」
「何言ってんだよ。お前らも一緒に来いよ」
「……は?」
エリオが怪訝そうに俺を見た。
「腹減ってんだろ? ちょっと奮発してやるよ」
「……お前は、僕への印象は悪くないのか……?」
その問いに、俺は少しだけ考え込んだ。
エリオは気まずそうに顔を伏せている。
さっきまでの生意気な態度とは違う。何かを少し後悔しているかのような表情だった。
「別に気にしてねぇよ」
「……でも、僕はお前に色々と……」
「こんな世の中だ。男の子は、ちょっとくらい元気なほうが可愛いんだよ」
そう言って、俺はエリオの肩を軽く叩いた。
「ほら、行くぞ」
俺はそのまま、飯屋がある繁華街へ向かって歩き出した。
だが、エリオはすぐにはついてこなかった。
その場に立ち尽くしたまま、俺の背中をじっと見つめている。
それから、小さく、本当に小さく呟いた。
「……父親がいたら、こんな感じなんだろうか……」
「……聞こえてんぞ」
「っ!?」
エリオは弾かれたように顔を上げた。
俺は振り返らずに、片手をひらひらと振る。
「ほら、さっさとついてこい!! 飯屋がしまっちゃうだろ!」
「……っ、わかった!」
エリオは少しだけ声を詰まらせながら、それでも俺たちのあとを追ってきた。
その横では、クラリスとノアがどこか安心したような顔をしている。
リリアたちはというと、いつものように腹を空かせた顔で、すでに昼飯の相談を始めていた。




