第30話:アッシュウルフと少年
エリオの治療を終えた俺たちは、その後、教会を後にした。
その際、俺が作ったお手製傷薬の残りは、教会に寄付することにした。
一応、ミナが言うには、それなりの価値があるものらしい。
作った大部分をエリオの腕の治療に使ってしまったので、その残りが、果たして回復薬として機能するかは微妙なところだったが……。
「それ、真水と医療用アルコールで正しい手順で希釈すれば、痛み止めとして充分機能しますので」
と、ミナが言うので、俺は医務室で使わせてもらった道具代の代わりに、それを寄付することにした。
「これ、医務室を借りた際に作成した薬なんですが、良ければお使いください。連れが言うには、薬師に希釈してもらえば、痛み止め薬としては機能するそうなんで……」
そう言って、俺が小瓶を渡すと、受け取った教会の人はまじまじと小瓶を見つめた。
「勇者リリア様のお連れ様は、薬師でございましたか……。でも、よろしいのですか? こちら、中級ポーションの類ですよね……? そのような価値あるものを寄付していただいても……?」
「いいんですよ。人々の役に立つのが、薬師としての本分ですから……」
俺はにっこりと愛想笑いを浮かべて答えた。
もはや、今ここで「俺、農民なんですよ!」と言うと、また面倒なことになりかねない。
「……薬師と来ましたかぁ……」
「……そんな腕の太い薬師がいるかな……」
リリアとセシルが、珍獣を見るような目で俺を見てぼやいていた。
……やかましいわ。
俺はそう思いながらも、それを口にはせず、足早に教会を去るのだった。
教会を出た俺たちは、ギルドから依頼を受けた、坑道へ続く道付近に住み着いたアッシュウルフを討伐するため、鉱山へ続く門へと向かっていた。
鉱山方面を見上げると、そこには大きな山が広がっていた。
「でけー山だなぁ……」
「そうですね。ギルドや王都は、ああした鉱山をいくつも所有しているそうです。ギルドで貸し出す武器なんかも、そこで採れた素材を使っているとか」
横を歩いていたリリアが、俺を見上げながら教えてくれた。
「なるほどね……」
俺たちはそのまま門の近くまで歩みを進める。
そこには、門番と思しき屈強な男が二人、立ちふさがるようにして待っていた。
「……冒険者か? 何の用だ? ここは鉱山へと続く門だ。街の出入り口ではないぞ」
片手に槍を持った男が、俺たちをじっと見つめる。
そんな中、エリオが一歩前に出て、ギルドからの依頼書を差し出した。
「僕たちは勇者隊だ。王都からの依頼で、坑道に続く道に住み着いたアッシュウルフ共を始末するためにここへ来た」
「……失礼しました。勇者様」
門番の一人が依頼書を確認するなり、敬礼し、門へと続く道を開けた。
そのまま俺たちは門を潜り、坑道へと続く、岩肌が露出した長い斜面を見上げた。
遠くに見える鉱山と、今俺たちがいる場所から、ざっと目算するに往復三時間はかかる道のりではなかろうか……。
そんなことを考えながら道を見上げていると、セシルが気だるそうな顔で俺をじっと見つめてきた。
「カイル、おんぶして」
「……子供かお前は……」
俺はそんなセシルの要望を一蹴すると、前を歩き始めた。
「リリア、殿を頼む」
「わかりました」
リリアは返事をし、隊の一番後ろについた。
エリオは、その様子を不思議そうに見つめている。
「クラリスさんとノアさんは、隊列の真ん中にいてくれ」
俺に言われたクラリスとノアは、黙って頷き、隊の中央へ移動した。
「お、おいっ!」
エリオは不満げな顔を浮かべ、ツカツカと俺の横に並ぶと、面白くなさそうに眉をひそめた。
「エリオ、お前は俺の真後ろだ。俺が迎撃し損なったときに、後ろのクラリスさんとノアさんを守れ」
「ふざけるなっ! 先頭を歩くのは勇者だろうっ! なんで農民のお前が先頭を歩いている!?」
抗議の声を聞き、俺は頭をボリボリとかきながら答えた。
「なんでって、男の俺が女の後ろで守られてたらカッコつかないだろ。あと、お前いま怪我してるし」
「リリアが殿に立つのはわかった。だが、僕がお前に守られるなんてのはごめんだっ!」
エリオはそう言うと、俺を追い抜き、ズカズカと前を歩き始めた。
……やれやれ。
俺はそう思いながら、エリオの背中を見つめつつ歩みを進めた。
その背中を見ながら、俺はあることを考えていた。
まだ肉体が発達しきっていない。
背もリリアたちと大差ない。背中の厚さも、女子とそこまで変わらないように見える。
「なぁ、クラリスさん。エリオって今いくつなんだ?」
「確か、今年で十五になったばかりだとか……」
「……ふむ……」
俺はクラリスとノアを眺めた。
クラリスは、エリオのところの治癒魔法使い。
ローブの上から革鎧を着込んだ、簡素な格好をしている。だが、防具の上からでもわかる体格の良さから見るに、恐らく今は十八か十九歳といったところだろう。
ノアは……斥候だろうか。
動きやすそうなズボンに革鎧を身につけ、腰には一本の大型ナイフを身につけていた。年頃は十七歳程度といったところか。
「ノアさんは……エリオの隊での役割はなんなんだ? 斥候役か?」
「斥候って……カイルさん、なんかうちのおじいちゃんみたいな言い回しを……。あたしの役割は魔導士だよ」
その身なりで魔導士かよ……。
俺は思わずセシルを見つめた。
セシルは普段通り、ローブの上から外套をまとった格好をしている。特に目立った武器を持ち歩くのでもなく、俺が知っているファンタジー世界の杖なんかも持ち歩いていない。
俺の視線に気づいたのか、セシルがうやうやしく答えた。
「……なに? 私が武器を扱えるように見える?」
確かにそう言われると、セシルの細腕で武器を振り回している姿は、とても想像できるものではなかった。
「……いや、俺が村で想像してた魔導士とは、ちょっと違ったから面食らっただけだ」
俺がそう肩をすくめると、先を歩いていたエリオが声をあげた。
「何を長々と話しているんだ。置いていくぞ」
「へいへい……」
俺は仕方なく、エリオに追いつくため足を速めた。
しばらく岩肌が露出した見晴らしのいい斜面を歩いていると、前方にいくつかの黒い獣影が見えた。
その獣影もこちらに気づいたのか、急速に距離を縮めてくる。
どうやら、アレが……。
「みんな! 構えろ! アッシュウルフだっ!」
エリオはそう言うと、剣を抜き放った。
俺もその号令に応え、背中から大鉈を抜く。
近づいてきたアッシュウルフは三体。
体長はおよそ一・五メートル。
大型犬をさらに引き伸ばし、狼らしいしなやかさと獰猛さを足したような姿だった。
そのうち二体は蛇行しながら走り回り、一体だけがそのまま真っ直ぐ駆けてくる。
「リリアッ! 後衛組は任せた!!」
「はいっ! お任せくださいっ!」
一体が突っ込んできた隙に、残りの二体が不意打ちを仕掛けるか、そのまま後衛組を襲う算段なのだろう。
……この世界の獣は、どうにもそういう戦術みたいなものを平気で使うタイプが多い……。
そんな考えをよそに、一体のアッシュウルフがエリオに向かって、猛烈な勢いで飛びかかった。
「フッッ!!」
エリオは剣を抜き放ち、右斜めへと斬り上げた。
だが、アッシュウルフはそれを左へ跳んでかわす。
それでもエリオは崩れない。右足に乗せていた重心を左足へ移すだけで剣を切り返し、アッシュウルフが着地しようとした瞬間の隙を狙い、袈裟斬りを放った。
……技術は本物だな。
俺がそう思った、その瞬間だった。
アッシュウルフは身を捻り、エリオの剣へ真横から食らいついた。
刃を牙で噛み止め、そのまま首を大きく振る。
「ぐっ……!?」
エリオの体勢が崩れた。
アッシュウルフは剣を咥えたまま身体を低く沈め、エリオの腕ごと地面へ引きずり倒そうとする。
「エリオッ!!」
俺は大声でエリオの名を呼んだ。
「大丈夫だっ! カイルは、クラリスたちを守っていろっ!」
エリオはそう言うや否や、一瞬、魔力がエリオの剣を包むのが感じ取れた。
聖剣スキルを発動して、そのままアッシュウルフを頭ごとかち割るつもりか。
だが、すぐに剣を包んだ魔力が霧散していく。
エリオの顔にああからさまな焦りの色が浮かんでいるのがわかり、俺は全力で地面を蹴った。
「……クソッ!」
エリオが悪態をつく。
そのままアッシュウルフが首を勢いよく引くと、エリオの片足が宙に浮いた。
体勢が完全に崩れたとわかるや否や、アッシュウルフは剣から顎を離し、エリオ目掛けて大きな口を開けて飛びかかった。
俺は間一髪のところで滑り込み、そのままアッシュウルフの顎を蹴り上げた。
「……!?」
エリオが目を丸くして、俺を見つめていた。
だが、それに構っている暇はない。
俺はそのまま、大鉈でアッシュウルフの首を縦に斬り落とした。
宙を舞うアッシュウルフの首。
驚愕しながら俺を見上げるエリオの顔。
リリアを警戒して、セシルとミナには完全に接近できない一体のアッシュウルフ。
そして、護衛がついていないクラリスとノアのもとへ疾走する、もう一体のアッシュウルフ。
クラリスの前に立ちはだかり、大型ナイフを抜き構えるノア。
俺は状況を一瞬で判断すると、宙に浮いたアッシュウルフの首を掴んだ。
そのまま左足を大きく前に出し、全力でアッシュウルフの首を、クラリスとノアを狙って飛びかかったアッシュウルフへ投げつける。
――ギャンッ!?
突如、横から仲間の首をぶつけられ、アッシュウルフの身体が吹き飛んだ。
アッシュウルフは宙を舞いながら、俺のほうをギリッと睨みつけた。
次はお前だ。
そう言いたげな獰猛な瞳を見ながら、俺は全力で右足を地面へ叩きつけた。
そして、右手に持った大鉈を、地面に着地しようとするアッシュウルフ目掛けて投擲する。
全力で投げつけた大鉈は、そのままアッシュウルフの胴体を勢いよく貫いた。
――ギャッッ!!
短い断末魔をあげたアッシュウルフは、そのまま地面に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
一瞬で二体が倒されたことに気づいた残りの一体は、
――キュゥゥンッ!
そう悲鳴をあげながら、尻尾を巻いて逃げ出した。
「……ふぅー……あっぶねぇ……」
俺は額に流れた冷や汗を腕で拭い、そのままみんなに向かって声をあげた。
「一応聞くけど、怪我した奴はいないよなー?」
「こっちはなんともないでーす」
そう元気に返事をするリリア。
一方、クラリスとノアは、信じられないといった表情で俺のことをじっと見ていた。
「なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
そう言うと、二人は無言のまま、ブンブンと首を横に振ってみせた。
俺はそのまま隣を見る。
そこには、まだ座り込んだままのエリオがいた。驚いた顔で、俺が大鉈を投げつけて倒したアッシュウルフの一体を見つめている。
「……大丈夫か? 立てるか?」
俺はそう言って、エリオに右手を差し出した。
「……お前、ほんとになんなんだよ……。農民なのか、薬師なのか、戦士なのか……」
エリオは驚愕の顔を浮かべながら、ゆっくりと右手を差し出してきた。
俺はその手を掴み、ぐっと引き上げる。
「そりゃ、純度一〇〇パーセントの農民だよっ! スキルもなんもねぇんだからっ!」
俺はニヤッと笑う。
そのとき、目の端に、リリアとセシルとミナが頭を抱え、やれやれと首を振っている姿が一瞬見えた。




