第29話:よく効く家庭用の傷薬のはずなんだが…?
カラントの活気ある市場近く、露天商が並ぶ通路を、俺たちは歩いていた。
俺は露店に並んでいる薬草の類を眺め、品質を軽く確かめる。
問題なさそうなものを見つけるたびに、店主へ声をかけていた。
「おっちゃん、その薬草を一束売ってくれ」
「あいよ、大銅貨二枚ね。なんだ、あんちゃん火傷か?」
「俺じゃなくて、俺の連れがね」
俺はそう言いながら、大銅貨を店主に渡した。
エリオは、一体何をしているんだこいつは、とでも言いたげな顔で、相変わらずこちらを睨んでいる。
さらに俺たちは通路を進んだ。
「おっちゃん、その薬草の束を一束!」
「ん? これなら大銅貨一枚だ。なんだ? 切り傷用か?」
「んまぁ、そんなところかな」
俺はそう答え、また大銅貨を支払った。
エリオはその様子を、苛立たしげにじっと見ている。
露天商が並ぶ通路の端まで来たところで、俺は医療用の真水を見つけた。
「綺麗なおねぇさん! その水の瓶、一個売ってよ!」
「あら、あんた! 口がうまいわねぇ……大銅貨三枚でどう?」
店主のおばちゃんは、そう言いながら口元をにやりと吊り上げた。
「あぁ、こんな綺麗なお姉さんに貢げる俺って、なんてツイてるんでしょうか」
俺が適当な褒め文句を返すと、店主のおばちゃんは照れたようににっこりと笑った。
「……ったく……仕方ないねぇ。二枚でいいよ」
「ありがとう! 綺麗なおねぇさん!!」
こうして、俺は薬草二種類と真水を買い終えた。
その様子を見かねたのか、ついにエリオが眉間に皺を寄せながら問い詰めてくる。
「いい加減にしろっ! なんなんださっきから! 僕はお前の買い物に付き合うために来たんじゃないぞ!!」
「まぁ、そうカッカしなさんな。それに、お前のために買い物してんだからよ」
「……僕のため?」
エリオが苛立ちを残したまま、不思議そうに俺の顔を見上げる。
俺は辺りを見渡し、目的にちょうどよさそうな建物を見つけた。
「おっ、丁度いいな。ちょっとあそこ借りようぜ」
俺が指差した先にあったのは、教会だった。
「え? カイルさん、教会に寄られるんですか……? エリオさんの傷は、とっくにお仲間さんが治癒魔法かけてるんですよ? 二重でかけたところで、効果が果たしてあるのか……」
ミナが不思議そうに聞いてくる。
俺は手をひらひらと振りながら答えた。
「治癒魔法かけてもらいに行くんじゃなくて、ちとすり鉢を借りたくてな。ミナ、ちょっと顔貸してくれ。お前がいれば、教会も道具とスペース貸してくれんだろ?」
「……すり鉢を……?? いいですけど」
ミナは首をかしげながらも了承してくれた。
***
ミナの紹介で、俺たちは無事に教会の医療室を借りることができた。
そこは白い壁に囲まれた清潔な部屋で、ベッドや各種医療用の道具が揃えられていた。
幸い、ベッドを使っている者はおらず、室内にいるのは俺たちだけだった。
俺はエリオを医療室の丸椅子に座らせると、薬の調合に使うカウンター台の上に、先ほど買った薬草と真水を広げた。
「えーっと……すり鉢と、すりこぎ。あと小皿と木匙は……」
「どうぞ……」
俺が道具棚を探っていると、エリオの連れであるクラリスが木匙を見つけ、こちらに手渡してくれた。
「おっ、あんがとよ。ついでなんだが、その背嚢から包帯取ってくれないか?」
「承知しました……にしても、カイルさん、と言いましたか……貴方は薬師なのですか?」
「いんや、ただの農民だよ」
俺はクラリスの質問に、手元を見たまま答える。
そのまま、すり鉢とすりこぎで薬草を潰していった。
「農民!? 農民だって!?」
それまで大人しく座っていたエリオが、驚愕したように声を上げた。
「農民が、七メートルのロックベア討伐に関わった挙句に、さらに薬師の真似事だと!?」
「だぁー、やかましいな、お前は。配合ミスるから少し黙っててくれ」
俺は大声を上げるエリオに、背を向けたまま答えた。
「……配合……そうだよ! 薬師でもないのに、そんな薬草買ったところで、どうするっていうんだ!? 配合率を間違えれば、相乗効果を得るどころか、効能が弱まるんだぞっ!? 知っててやってるのか!?」
「それ知ってんなら尚更黙ってろ。大体こんな傷薬くらい、どこの村でも家庭でちょいちょいって作ってんだろが。ちと集中力がいる程度で」
やかましい、と思いながらも、俺はエリオをどうにか納得させるために説明した。
まぁ、よくある傷薬ではある。
ただ、こいつの効果がよく効くことは、俺の村では周知の事実だった。
そんなことを考えながら作業していると、壁にもたれかかっていたノアが、驚いたように声を上げた。
「……いや、エリオの言う事は正しいよ……何のために薬師って職業があって資格があるのかと思ってるんですか……」
「……はぁ~? こんな傷薬くらいでかぁ? んなわけあるかよ。配合率の許容範囲だって、こいつ結構余裕あるんだぞ?」
俺はそう言いながらも、視線だけはしっかりと手元に向けていた。
ほどよく潰した薬草に真水を加え、今度は火にかける。
青臭い匂いがふわりと立ってきたところで火から下ろし、濾過するための麻布を広げた。
「……どこの村でも……ですか……」
「家庭でちょいちょい……」
リリアとセシルが、信じられないものを見るような目を向けているのが気配でわかった。
「……だから、俺の村ではこれくらい出来て当たり前なんだって……みんな魔法に頼り過ぎなんだよ……」
「……これくらい……ですか……」
クラリスも呆れたような表情を浮かべている。
その手には、背嚢から見つけた包帯が握られていた。
クラリスは包帯を俺の前に置く。
俺は火にかけていた薬汁に医療用アルコールを少量加え、沸騰寸前まで温めた。
そこで火を止め、小瓶に移して少し冷ます。
頃合いを見て、俺は薬汁を包帯の一部にたっぷりと染み込ませた。
「いよっし! 出来たぞ。んじゃぁ、エリオのその包帯変えるから腕を出せ」
「あ……あぁ……」
俺は傷薬を染み込ませた包帯を手に、エリオの近くの丸椅子へ腰掛けた。
その後ろでは、ミナが俺の作った傷薬の小瓶に鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅いでいる。
その様子を目の端で捉えつつ、俺はエリオの包帯をほどいた。
そこには、表面だけ塞がったような、赤く痛々しく盛り上がった肌が露出した。
「最初、染みるけど我慢しろよ」
俺は傷薬の染みた包帯を患部に当て、そのまま巻いていった。
「……っ!!」
エリオが一瞬、強い痛みに耐えるように歯を食いしばる。
「お前、よくこの傷で狼どもと戦う気になったな……」
俺は感心しつつも、手早く包帯を巻いていった。
最初は痛みに耐えていたエリオの表情も、少しずつ和らいでいく。
「……驚いた……まさか、本当に効くとは……」
「……おいおい、痛みが引いただけで治ってるわけじゃないからな? 無理に力いれんなよ?」
エリオは痛みの具合を確かめるように、手を開いたり閉じたりしていた。
「……まぁ、そりゃぁ効くでしょうね……」
ミナは俺が作った薬の小瓶を手にしたまま、俺とエリオをじっと見つめている。
「そりゃ、俺の村に代々伝わるという秘伝の配合比率と調合手順だからな! ……まぁ、よくある家庭のお手軽傷薬ではあるが、効果は俺が一番実感してるし……ってか、ミナ、今なんで効くってわかった?」
一瞬褒められたのかと思ったが、ミナの言葉に引っかかりを覚えた。
「……配合率の許容範囲が結構余裕ある……ですか……ほんと、こんなのよく作れましたよ……そして、これを惜しげもなく使うだなんて……」
「そりゃぁ、エリオのために買ったんだから惜しげもなく使うだろうよ? なんか問題あったか?」
ミナは呆れているのか怒っているのかわからない顔で、俺を見下ろしていた。
「……これ……この小瓶でいくらすると思います? 少なくとも銀貨五枚はしますよ?」
「……え? まじで? そんなにすんの? あんなお手軽傷薬なのに??」
ミナが提示した金額に、俺は思わず聞き返してしまった。
「あれがお手軽ですか……配合率といい、火にかける時間や取り出す時間……全部噛み合わないと、治癒ポーションにはならないんですよ……どこかで一つ失敗すれば、それだけで本当に家庭用の痛み止め程度で終わります。エリオさんのその腕の痛みが、そんな薬で収まるわけないじゃないですか……」
「……まじか……村長に教えてもらった『村に伝わる秘伝の作り方じゃぜ!』って仕込まれた治療薬が、街だとちゃんと価値があるんだな……」
ミナの言葉に、俺は素直に驚いていた。
一方で、リリアとセシルは今までの話を聞いて、呆れるように天を仰いでいる。
「……うん……カイルさんの農民の基準がもうわかんないや」
「……なんなの、あの村……」
若干引かれている気もする。
俺は同じようになんとも言えない表情を浮かべていたクラリスへ声をかけた。
「クラリスさん、とりあえずエリオに治癒魔法かけてやってくれ。今の状態なら多少効くと思うからよ」
「え? ……えぇ、わかりました」
クラリスは戸惑いながらも、言われるままにエリオの腕へ淡い光をまとった治癒魔法をかけていく。
「……確かに効いてるみたいですね……」
「?? ……そりゃそうだろ? 痛み止め以外に、その薬は自己治癒力を少しだけ高めてくれる効果もあんだからよ」
その言葉を聞いた瞬間、エリオとクラリスの顔から血の気が引いた。
同時に、ミナが「ヒュッ」と息を吸う音が聞こえた。
「……これだけの痛み止めの効果があるのに加えて、治癒力の強化だって……?」
「……いや、ちょっと待ってください……それって……いえ……別にお支払いできない額でもないのですが、それ一回分ですよね……」
なぜかしどろもどろになる二人を見て、俺はどうやら支払いを求めると思われているらしいと気づいた。
慌てて訂正する。
「いや、いいっていいって! かかったのは大した金額でもないしよ! 金取る気ないって!!」
「……カイルさん、中級以上のポーションの価値ってご存じですか? 銀貨十枚前後ですよ……? あと、ポーション作りって、素材にかかるお金が、じゃなくて、その技術に支払われる代物なんですよ……?」
そう言うと、ミナはますます頭を抱えた。
「リリアの連れってヤバいね……」
ノアが呆れた様子でリリアを見る。
「……いや……もう慣れてたんですが、ちょっと今回のはドン引きです……」
「……カイル……お見合いしたら引く手あまただよ、きっと」
リリアとセシルが、呆れたように俺を見ている。
………村長。
あんたが普段何気なくやっていた薬作りが、なんだか凄いことになったよ。
……あんた、村長やる前に何してたんだ。
俺は呆れた様子の皆を見ながら、一人大きなため息をついていた。




