第28話:少年勇者と無理やりな加勢
エリオは俺の顔をじっと睨んでいた。
眉間には深い皺が寄り、口元は不満そうに引き結ばれている。
……そんなじっと見られても困るんだが……。
俺がそう思いながら見返していると、エリオは小さく拳を震わせた。
「……な、何を言ってるんだ、お前……僕はお前をさっき馬鹿にしたんだぞ……」
「あら、馬鹿にされてたのか、全然気づかなかったわ。んで、リリア、手伝ってやってもいいか?」
俺はその言葉を適当に流し、リリアのほうへ視線を向けた。
リリアは小さく嘆息する。
それから、俺の目をじっと見つめてきた。
その表情は、すでに半分以上諦めているように見えた。
「……その眼、どうせ止めたって無駄ですよね……?」
「よくおわかりでっ!」
俺はわざとらしく、手のひらをぽんと叩いてみせた。
セシルとミナも、ほとんど同じタイミングで額に手を当てる。
こりゃ駄目だ、とでも言いたげな反応だった。
その時、不意に俺の肩がぐいっと引かれた。
振り向くと、エリオが何とも言えない顔でこちらを睨んでいる。
怒っているようにも、困惑しているようにも見えた。
「勇者様! ご助力を申し出てくださった方になんと無礼なっ!」
クラリスが慌てて止めに入ろうとする。
だが、俺は手のひらを見せて、それを制した。
「……なんのつもりなんだっ……!! 馬鹿にした相手を助けようだって……? しかも、お前は勇者の連れじゃないか! なんの権限があって、決めようとしてるんだっ!」
「……そうさな……確かに俺にリリア達の動向を決める権利はない。リリア達がダメっていうなら、俺は黙ってお前らについていくよ。お前が嫌がってもな」
「なっ!?」
俺の答えは、エリオにとってよほど予想外だったらしい。
彼は目を丸くしたまま、その場で固まった。
その隙に、俺は話を続ける。
「んで、次は助ける理由か。まぁ、正確には助けたくなっちまったってところかな。まずお前の腕に巻かれた包帯。治癒魔法で治ってないところを見ると、だいぶ炎症進んでんじゃないのか? あとで、見せてもらうからな」
「……おいっ!?」
エリオはさらに驚いたように声を上げると、今度は俺の胸倉を掴んできた。
だが、俺は構わず続けた。
「次にお前らの疲れた表情。だいぶ無理してきたんじゃないのか? そんな状態で獣どもと戦えるのか? 死にに行くようなもんだろ。ノアとか言った嬢ちゃんが、生きて帰れるか。って不安がってるのも、捨ておけん」
「……んまぁ……」
「……嬢ちゃんって……あたし、たぶんあんたと歳変わらないと思うんだけど……」
クラリスは感心したように目を丸くしていた。
一方のノアは、嬢ちゃん扱いされたことが少し不満らしい。
……そこに引っかかるのか。
いや、まぁ、年頃の娘に嬢ちゃん扱いは良くなかったかもしれない。
そんなことを考えつつも、俺はエリオへ向き直る。
「こんなところか。助けられるかもしれない命があるのに、それを捨ておけって言われる方が無理あんだろ? どうだ、納得したか?」
「するかっ! そんなもん!! 僕は勇者だぞ! 舐められてたまるかっ!」
エリオの手に、さらに力がこもる。
その寸前で、俺は胸倉を掴んでいるエリオの手首を掴んだ。
「……何を目指してるのかは知らんし、興味もないが。まだお前子供だろ。そんなお前をノコノコと死地に送る大人がどこにいるってんだ? わかったら、手伝わせろ」
「……っ!! ああ、もういい!! そこまで言うなら好きにしろよっ!! 38隊もそれでいいか!?」
手首を掴まれ、動きを封じられたエリオは悔しそうに顔を歪めた。
それでも、ようやく俺の胸倉から手を離す。
「……仕方ありませんね。カイルさんの悪癖が出ちゃったってことで、ここはひとつ協力しますよ……」
「……うん、カイルのほんと悪い癖だね……同世代なのに、なぜか子ども扱いしてくる……」
「流石……うちのパーティ唯一のお父さん」
「最後が余計だわっ!」
思わずミナにツッコミを入れると、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
俺は気を取り直し、にっと笑ってエリオに右手を差し出す。
「んま、ってことは少しの間だが、よろしくな」
「……ふんっ……僕はお前の事を認めるつもりはないからな……」
エリオは俺の手を見ることもなく、ぷいっと背を向けた。
そのままギルドのほうへ歩き出してしまう。
「……あちゃぁ、嫌われちゃったか」
俺はそう言いながら、差し出した右手を下げようとした。
その時だった。
ふいに、柔らかな感触が俺の手を包んだ。
見ると、クラリスが両手で俺の手を握っていた。
少し疲れた顔をしながらも、こちらに向けて精一杯の笑みを浮かべている。
「……どうか、よろしくお願い致します」
その声には、どこか切実な響きがあった。
「おう、よろしくっ!」
俺も笑顔で返し、クラリスの手を軽く握り返した。
こうして俺たちは、先を行くエリオの後を追うようにギルドへ向かった。
***
ギルドに入ると、中は相変わらずの賑わいだった。
冒険者たちは掲示板に張り出された依頼票を吟味したり、朝から安酒を呷って騒いだりしている。
人の声と椅子を引く音、食器のぶつかる音が混ざり合い、朝だというのに随分と騒がしい。
そんな中、エリオは迷うことなくカウンターへ向かった。
俺たちが追いつくより早く、ギルド職員に声をかける。
「……おい、こっちの準備は出来た。あの依頼を受けてやる」
「……承知しました。勇者エリオ様。では、こちらの依頼票にサインを」
ギルド職員は手慣れた様子で、一枚の紙をカウンターに差し出した。
「あと、今回は38隊の勇者と合同で任務にあたる。問題はないな?」
エリオは親指を立て、くいっとリリアたちを指差す。
「ええ、問題ございませんよ」
ギルド職員はにっこりと愛想笑いを浮かべた。
その笑顔を前にしても、エリオの仏頂面は変わらない。
彼は依頼票を受け取ると、乱暴な手つきでサインを書き込んだ。
俺はカウンターに近づき、エリオが受けた依頼内容を横から確認する。
「……ギルド所有の鉱山へと続く道に住み着いたアッシュウルフの討伐……ねぇ……」
「アッシュウルフですかぁ……CCランクのモンスターですねぇ……あれらはホーンラビットよりも群れで動く習性あるから、ある意味Bランクに近いんですよねぇ……」
リリアは顎に手を添え、記憶を探るようにしながらカウンターへ近づいた。
そして、エリオから依頼票を手渡されると、依頼承諾のサインをする。
その筆先が、最後の一画を書き終える寸前だった。
ギルド職員が何かを思い出したように口を開く。
「今回の依頼ですが、アッシュウルフの群れを率いているリーダーが、ダイアウルフの可能性があります」
それを聞いた瞬間、リリアの筆が止まった。
「……ダイアウルフ……ですか? 単独でBBクラスのモンスターですよね……?」
「……はい。ですから、勇者様方へのご依頼となっております」
ギルド職員は、リリア達の動揺を間近に見ながらも、変わらず愛想笑いを浮かべていた。
その笑顔は、どこか事務的だった。
こういう危険な依頼を、何度も勇者隊へ回してきたのかもしれない。
リリア達の空気が凍りつく中、俺はふと疑問を覚える。
「そのダイアウルフって奴は、7mのロックベアと比べたら、どの程度の強さなんだ?」
――7mのロックベアだと!?
――おいっ!! AAクラス以上の冒険者パーティは今ここにいるか!?
――いるわけねぇだろ! そんな高ランク帯なんざっ!!
一瞬で、ギルド内が騒然となった。
掲示板の前にいた冒険者たちが振り返り、酒を飲んでいた連中まで椅子を鳴らして立ち上がる。
さっきまでの喧騒とは、明らかに質の違うざわめきだった。
……あれ?
なんか、思っていたより騒ぎになってないか?
俺は慌てて両手を軽く上げ、大声で周囲に呼びかけた。
「お騒がせしましたーっ! そのロックベアは前回に俺たちが討伐した獣で、今回のダイアウルフの比較対象として聞いてましたーっ!」
その説明で、ようやくギルド内に落ち着きが戻っていく。
とはいえ、冒険者たちの視線はしばらく俺たちに向いたままだった。
どうやら前回のロックベアはAランクと言われていたが、勇者専用任務だけあって、脅威度は単純なAランクではなかったらしい。
エリオもまた、驚いた顔でリリアを見ていた。
「……おい……38隊……」
「そろそろ名前で呼んでください。私はリリア。あっちがセシル。そっちがミナ。そしてあの人がカイルさん」
リリアは順々に指差しながら、名前を挙げていく。
エリオは一度だけ咳払いをした。
それから、改めて口を開く。
「……勇者リリア……さっきのカイルが言ってたのは本当か? 7mのロックベアだと……? AAクラスにぎりぎり届くか届かないレベルじゃないか……通常でも最大5mと聞いてるぞ……」
エリオが驚きながら尋ねると、リリアは胸を張って自慢げに答えた。
「本当です。カイルさんがある戦士が投げた大剣を、やつの首筋に突き立てて、そのまま怪力で、こう……!! 地面に捻じ伏せて動きを封じたあとに、私の聖剣スキルでずばーっと!」
「いや、盛り過ぎ盛り過ぎ……俺、死にかけたし」
リリアが手ぶりを交えて大袈裟に説明し始めたので、俺は慌てて止めに入った。
だが、もう遅かった。
ギルド職員もエリオ達も、信じられないものを見るような目で俺を見ている。
……いや、やめてくれ。
そんな目で見られても、俺はただ巻き込まれて死にかけただけなんだが。
「……で、ダイアウルフはそのロックベアに比べたら、どうなんだ?」
「……あっ、はい! 強敵には違いありませんが、勇者リリア隊が遭遇したモンスターに比べれば、比較にもならないかと……」
ギルド職員は、ようやく仕事を思い出したように説明した。
その答えを聞いて、俺はほっと胸を撫で下ろす。
……まぁ、あのトラックにも匹敵するような馬鹿でかい熊に比べれば、狼の一匹や二匹くらいなら、今回は死にかけることもないだろう……。
「それを聞けて安心したよ。依頼の遂行日時なんか決まってるのか?」
「……そうですね。一週間以内に依頼を完了していただければ、当ギルドからは特になにも」
俺はそれを聞くと、エリオの肩をぽんと叩いた。
「いよっしっ! それなら、任務は昼からにして、先に連れていきたいとこがあるんだ! ついてこいエリオ!」
「……くだらないとこだったら、承知しないぞ、貴様……」
エリオはそう言いながらも、渋々俺についてくるのだった。




