第27話:勇者って一人じゃないの?
翌朝、俺たちは宿屋を出て、朝食を食べに飯屋へ向かっていた。
リリアとセシルは、まだ眠そうにあくびを噛み殺している。
対照的に、ミナはよく眠れたのか、すっきりとした顔をしていた。
「なんだ? あんまり寝られなかったのか?」
二人の様子を見ながら声をかけると、リリアが眠たげに目を擦った。
「ちょっと昨日、寝る前に三人で話し込んじゃいまして……」
「……壮大な議論であった……」
セシルも昨夜のことを思い出すように、ぼそりと呟いた。
そんな二人に、ミナが楽しそうに横から口を挟む。
「私はさっさと寝ちゃいましたけどね。恋バナしてる二人はほっといて」
クスクスと笑うミナに、リリアとセシルが同時に顔を赤くした。
「こっ、恋バナではありませんよっ!! 理想の男性の話ですよっ!」
「そ、そう! 恋じゃなくて、これは憧れっ!」
真っ赤になって言い返す二人を見て、俺は即座に理解した。
なるほど……二人とも故郷に想い人がいるのか。
「だ、第一、今は勇者としての職務中なんだよっ! パーティ内の風紀に関わるよっ!」
「そうっ! 風紀っ! 大事っ!」
ミナは相変わらず楽しそうに笑っている。
リリアとセシルは、顔を赤くしたまま必死に抗議を続けていた。
……これは、さすがに少し可哀想だな。
俺は仕方なく、二人の援護に回ることにした。
「……まぁまぁ、いいじゃないの。二人とも可愛い盛りなんだし、きっと故郷の想い人も、お前らの帰りを首を長くして待ってるよ。だから、勇者としての仕事を終わらせて、さっさと好きなやつの元に帰ろうな?」
……なかなか良いフォローが出来たんじゃないだろうか?
そう思いながらリリアとセシルの反応を待つ。
すると二人は、なぜかさらに顔を赤くした。
しかも、その顔には羞恥だけでなく、怒りのようなものまで浮かんでいる。
「カイルさんのバカッ!」
「アホッ!お父さんっ!!」
二人はそう言うなり、腰をひねって俺の足にローキックを叩き込んできた。
「イタッッ!! ってか、お父さんって悪口なのっ!?」
二人は俺の反応に一応満足したのか、フンスカと肩を怒らせながら先を歩いていった。
その場に残されたのは、俺とミナだけだった。
「……俺、地雷踏んじゃったかね?」
そう尋ねると、ミナはいまだに楽しそうに肩を揺らしていた。
「……どうなんですかね?」
ミナは笑いをこらえながら、少しだけ歩調を速める。
「さ、仕方ないから追いかけましょう、カイルさん」
「ハイハイ……お父さんは大変だわ…年頃の娘がいると…」
「ふふっ…どういう意味ですかそれ?」
俺は楽しそうに先を歩くミナと、そのさらに前を歩くリリアとセシルを追いかけるのだった。
***
少し歩くと、ギルド近くに小さな料理屋を見つけた。
俺たちはそのまま店の扉を開ける。
店内には長いカウンター席があり、奥には四人掛けのテーブル席が三つほど並んでいた。
すでにカウンター席は半分以上埋まっていて、奥のテーブル席にも一組のパーティが座っている。
「いらっしゃい。奥のテーブル席にどうぞ」
店主の奥さんと思われる女性に案内され、俺たちは奥のテーブル席についた。
俺は背負っていた鞘入りの大鉈を、店内の壁際に立てかける。
「お兄さん、随分大きな武器を使うのね……それ、振れるの……?」
店主の奥さんはメニューを片手に、大鉈へ目を釘付けにしていた。
店内にいた客の何人かも、ちらちらとこちらへ視線を向けてくる。
「んな、振れますよぉ~。戦士の人だって大剣振り回してるじゃないですかぁ~」
俺はそう言いながらメニューを受け取ったが、周囲の目はまだ懐疑的だった。
その時、隣のテーブル席に座っていた男が、こちらに聞こえるような声で呟いた。
「女を連れ回して、振れもしない武器を見せつけるとは、世も末だな……」
俺は声のしたほうへ目を向ける。
片肘をついて朝食を口に運びながら、こちらを見ることもなく嘲笑してきたのは、リリアたちと同年代くらいの少年だった。
「やめてください、勇者様。恥ずかしいです」
「……黙れよ」
勇者と呼ばれた少年は、連れの女性に窘められて面白くなかったのか、今度はこちらをじろりと睨んできた。
……は?
今、この人、この少年のことを勇者って言ったか……?
「……奥さん、俺たちも彼らが食べてるものを頼むよ」
「え……えぇ……わかりました」
店主の奥さんは、俺が怒るとでも思っていたのか、少し意外そうな顔で頷いた。
俺が少年のほうへ向き直ると、少年は不機嫌そうに眉を寄せる。
「なんだよ。僕に何か言いたいのか? 言っとくが、僕は勇者だぞ? その意味、わかってるよな?」
「そうかい、勇者様だったか。それは奇遇だな。俺の連れも勇者様でな。とりあえず、お前さんには聞きたいことがある。飯食ったら、少し話せないか?」
少年は俺をキッと睨みつけた。
だが、俺が見ていたのは、その目つきではない。
ところどころ包帯が巻かれた腕。
疲労の滲んだ顔。
彼が連れている二人の女性も、どこか疲れたような表情をしていた。
「別に取って食おうってわけじゃない。少し話したいだけだ」
そう言うと、少年は肩をすくめた。
「ちっ……わかったわかった。あとで話を聞いてやる」
そう言って、彼は片肘をついたまま俺から顔を背けた。
そのやり取りを、リリアたちは気にした様子もなく黙って見守っていた。
唯一、口を開いたことといえば、
「あっ! すいません! 私の分、大盛りでお願いしますっ!」
「私もっ!」
リリアとセシルが、そろって大声を上げたことくらいだった。
……変わらんね、キミら……。
***
朝食を摂った俺たちは、先ほど話すと約束した少年勇者たちと共に店を出た。
周りには、少し心配そうにこちらを窺っている者も何人かいたが、俺は別に彼らと喧嘩をしたいわけじゃない。
ただ話がしたいだけだ。
ギルドがある通りの真ん中には、小さな噴水があった。
その縁にゆっくりと腰掛けた少年勇者は、じろりと俺を睨む。
「それで、話ってなんだよ」
「別に簡単なことさ。お前ら、本当に勇者なのか?」
どの世界にも、勇者を騙る者はいる。
この少年らもそれと同じなのではないか。俺はそう思っていたのだが、
「……は? 何を聞くかと思えば、それだけ? 勇者に決まってんだろ。ほら」
そう言うと、少年は胸元から紋章を取り出してみせた。
俺はそれをじっと確認する。
確かに、リリアが身につけているものと全く同じものだった。
「……どういうことだ? 王都から任命されてるのは、リリアたちだけじゃないってことか?」
「……どこから来たんだよ、あんた。どんな田舎で暮らしてたんだよ」
少年は、大きくため息をついた。
俺は慌ててリリアへ視線を向ける。
リリアは気まずそうに胸元へ手をやり、俺から目を逸らした。
「……言ってませんでしたっけ? 勇者って一人じゃないんだって……」
「……言ってないな……」
俺たちの間に、なんとも言えない空気が流れた。
すると、セシルが一歩前に出て、少年へ声をかける。
「私たちは第38勇者隊です。あなたは?」
「僕らは第35勇者隊だ。なんだよ、その連れに説明してなかったのかよ」
少年はまた大きくため息をついた。
セシルはその様子をつまらなさそうに見ながら、淡々と返す。
「まさか、こんな魔王領から離れた街で別動隊と会うとは思っていませんでした。いずれ説明するつもりではいましたけど」
「まぁ、私たち以外にも勇者がいますよ、と言ったところで、大した意味もないと思ったので」
リリアも静かに補足する。
……確かに、リリアが説明したところで、じゃあ俺は別の勇者に就きますね、とはならなかっただろうが……。
「……はぁ……説明は欲しかったな……俺はてっきり、勇者を騙る少年だと思ってたよ……リリアたちも反応ないから、よくあることなのかと……」
俺は自分の顔を手で覆いながら、天を仰いだ。
「少年じゃない。僕にはエリオという名前がある」
エリオと名乗った勇者は、噴水の縁からゆっくりと立ち上がった。
それからリリアたちへ視線を向けると、口元を吊り上げる。
「……ちょうどいい。第38勇者隊。王都からの任務が来てるんだ。手伝え」
エリオはリリアたちを値踏みするように見た。
「……勇者様。それが人に頼む態度ですか。恥ずかしいです」
「そうだよぉ、エリオ~。あたしたちのリーダーがそんなんじゃ、恥ずかしくて世間様に顔向けできないよぉ」
二人の女性に咎められ、エリオは面白くなさそうに顔をしかめる。
「うるさいな……この隊のリーダーは僕だ。クラリスとノアは黙って従ってろ」
そう言われたクラリスとノアは、慣れた様子で呆れたように首を振るだけだった。
「……なぜ私たちが、第35勇者隊に協力しなければならないんですか?」
「別に、私たちは私たちだけで任務を完遂できます。手柄の山分けにも興味はありません」
「と、いうことなので、どうぞお引き取りください」
リリアたちは、つまらぬものを見るような目でエリオを見て、きっぱりと言い放った。
クラリスと呼ばれた女性は、呆れたように息を吐く。
「……ほら、だからこうなるんですよ」
「……はぁ……アッシュウルフの群れの撃退かぁ……生きて帰れるかなぁ……」
ノアと呼ばれた女性も、諦めたように空を仰いだ。
「……うるさいなっ!! 別に僕らだけでも十分やれるだろっ!!」
エリオは手を振り上げ、クラリスとノアを黙らせるように怒鳴った。
その様子を見て、俺は思わず口を挟んでいた。
「……なぁ、別に手伝ってもいいんじゃないか?」
「……は?」
エリオは、信じられないものでも見るような顔で俺を見た。




