第26話:馬車と悩み
カラントへ向かう街道馬車は、ベルクスの北門を出ると、ゆっくりと街道を進み始めた。
荷馬車ほどではないが、道の凹凸を拾うたびに、車輪がごとごとと音を立てる。
座席は向かい合わせになっていて、俺の隣にはミナ。
向かい側にはリリアとセシルが座っていた。
馬車の窓から見えるベルクスの街並みは、少しずつ後ろへ流れていく。
「ほら、冷めないうちに食べようか」
俺は膝の上に置いていた包みを開いた。
途端に、焼いた肉の香ばしい匂いが馬車の中にふわりと広がる。
包みを一つずつ手渡すと、ミナが受け取りながら俺の顔を見上げた。
「カイルさん、これ気に入ったんですか?」
「気に入ったっていうか、屋台のおっちゃんと約束しちゃってな」
「義理堅いですね、カイルさんは」
リリアがくすりと笑いながら、ミートサンドを受け取る。
「まぁな。俺は約束は守る男だからな」
「……約束を守る男、か」
セシルは包みを受け取ったものの、どこか浮かない顔をしていた。
「ん? どうした、セシル。どこか痛むのか?」
俺が覗き込むと、セシルはふるふると首を横に振った。
「そうじゃない……勇者の任務のことで、ちょっとね……」
「……なんだよ。一人で抱え込んだって仕方ないだろ」
俺はミートサンドを頬張りながら、セシルのほうへ視線を向けた。
セシルはしばらく包みを見つめていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「前に、カイルに謝ったじゃない? 巻き込んで、ごめんって……」
「えぇ!? 二人でそんな話をいつしてたんですか!?」
リリアが食い気味に身を乗り出してきた。
「いや、ベルクスの街で寝られない時に、ちょっと裏庭でな……」
「それで思ったんだ。勇者の任務は命がけ……それ自体はわかってたけど、今回の任務から、ちょっと一段上がった感じがした」
リリアの驚きをセシルは受け流し、手元のミートサンドへ視線を落とした。
包み紙を押さえる指先が、かすかに震えている。
「……そうだね。今までの任務は、主に危険区域の調査とか、Cランクモンスターの群れの討伐とかがメインだったしね。討伐依頼にしても、Bランクくらいのモンスター一体の討伐だった」
リリアはセシルの隣で、少しだけ目を伏せた。
「それが今回は、Aランクのロックベア……怖かったね、セシル」
そう言って、リリアはセシルの頭をそっと撫でた。
「このまま北上して魔王領に近づくほどに、モンスターの強さは上がっていく……私たち、これからも生き残れるのかな……」
普段の淡々とした顔は、そこにはなかった。
セシルはミートサンドを膝の上に置いたまま、視線を落としている。
その声には、不安と恐れが滲んでいた。
「……でも、私たちは勇者です」
ミナが静かに口を開いた。
「北の最果てにある魔王領。その勢力を削ぐのが、私たちに課せられた使命です。拒むことも、逃げることもできません」
淡々とした声だった。
だが、その横顔には覚悟というより、どこか諦めに近いものが混ざっているように見えた。
「だからね、カイル」
セシルはようやく顔を上げ、俺を見た。
「こんなことに巻き込んで、ごめんね。って、改めて伝えたくて……」
その目は、何か許しを乞うように揺れていた。
膝の上では、指先がまだわずかに震えている。
俺は、ふぅ、と息を吐いた。
その瞬間、セシルの肩が小さく跳ねる。
俺が次に何を言うのかを、怖がっているようにも見えた。
「……謝られるようなことじゃねぇよ」
俺はミートサンドを一口齧ってから、できるだけ何でもないことのように続けた。
「俺もここまで来ちまったんだ。だったら、怖い時くらい横にいさせろ。役に立つかどうかはともかくな」
その言葉を聞いた瞬間、セシルの肩から力が抜けた。
膝の上で震えていた指先も、ようやく包み紙から離れる。
隣のミナも、張り詰めていた息をそっと吐いた。
「ふふんっ……やっぱりカイルさんですねっ! 私は最初から、そう言ってくれると思ってましたよっ!」
リリアは鼻を鳴らし、どんっと胸を張って得意げにしてみせた。
「だそうだ。だから、セシルもミナも、今は食え。冷めるぞ」
「……うん。ありがとう」
「……はい」
二人が小さく頷いたことで、ようやく馬車の中の重苦しい空気が少しだけ和らいだ。
セシルはミートサンドを手に取り直し、今度は小さく一口齧る。
ミナもそれを見て、ようやく自分の分の包みに口をつけた。
……勇者様御一行と言われていても、年頃の若い娘たちだ。
誰かを心のよりどころにしたくなる時だってあるんだろう。
俺にどこまで出来るかなんて、わからない。
それでも、やれるところまではやってみるか。
安心したのか、三人は少しずつ普段通りの他愛ない雑談を始めた。
馬車の中は、先ほどまでとは打って変わって、明るい雰囲気に包まれていく。
その空気に俺もほっとしながら、窓の外へ視線を向けた。
遠ざかっていくベルクスの街並みが、馬車の揺れに合わせて、ゆっくりと後ろへ流れていった。
それからしばらく、馬車は街道を北へ進み続けた。
途中、窓の外にはなだらかな丘陵地帯が広がり、遠くには背の低い森が見えた。
畑らしきものもちらほらと見えたが、ラウム村のように広く開けた農地ではなく、街道沿いに小さく切り開かれたものが多い。
俺からすると、どこか窮屈そうな畑だった。
……まぁ、俺の村を基準にするのが間違っているんだろうけど。
やがて日が傾き始め、空が赤みを帯びる頃になって、御者が前方を指差した。
「見えてきましたよ。あれがカラントの街です」
俺は窓から身を乗り出すようにして、その先を見る。
夕焼けの中に、石造りの外壁がぼんやりと浮かび上がっていた。
遠目に見た限りでは、ベルクスと同じくらいの規模はありそうだ。
門の周辺には何台もの馬車が並び、荷を下ろす商人や、列に並ぶ旅人たちの姿が見える。
街道沿いの草地では、門を待つ人たちが腰を下ろし、荷物の確認をしていた。
「へぇ……思ったより大きな街だな」
「カラントはベルクスと同じくらいの規模ですね。王都ほどではありませんが、このあたりでは大きいほうの街です」
リリアが窓の外を見ながら教えてくれる。
「街道沿いにあるから、人の出入りも多い。商人も冒険者も、それなりに集まる街だよ」
セシルも少しだけ元気を取り戻したのか、いつもの調子で補足した。
俺たちはそのまま街の中へ入り、まっすぐ大通りを進んでいった。
「とりあえず、宿屋を探すか。リリア、明日の予定はどうする?」
「そうですね……一応ギルドに顔を出して、王都からの依頼がなければ、備品を買い足して次の街へ向かいましょう」
リリアは一瞬だけ考えるように目を伏せ、それから通りの先へ視線を向けた。
そこには、重厚な木の扉を構えた大きな建物がある。
一目で、この街のギルドだとわかった。
「了解。そしたら、あとは飯屋か」
俺が辺りを見渡していると、セシルが通りの先にある建物を指差した。
「あっ! あそこが良いっ!」
指差された先から、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
どうやら、大衆向けの焼肉屋らしい。
「いいですねっ! 夕飯はあそこで食べましょうっ!」
……お前ら、ほんと肉好きだな……。
「わかったわかった……そしたら、あとは宿屋か……」
俺たちは焼肉屋をいったん通り過ぎ、大通りから外れた道へ入った。
その通りには、酒場を併設した宿がいくつも並んでいた。
その中で一軒だけ、酒場のない小さな宿を見つける。
「あそこにするか……空いてるといいんだけどな」
そのまま石畳の道を進み、小さな宿屋の扉を開けた。
「いらっしゃい。何名様で?」
カウンターの奥に腰掛けていた宿屋の店主が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「四人だ。男一人と女三人。空いてる部屋はあるかい?」
「あるよ。三人部屋と一人部屋でいいか? 料金は一泊、銀貨一枚と大銅貨五枚だ」
俺が頷くと、ミナはパーティーの共有財産が入った革袋から代金を取り出した。
「ちなみに、四人部屋はありますか?」
ミナが木の受け皿に硬貨を置こうとした、その時だった。
リリアが横から割り込み、カウンターに身を乗り出す。
「一応、空いてるは空いてるが、銀貨二枚だ。いいのか?」
店主がぶっきらぼうに答えると、リリアは勢いよく俺を振り向いた。
「どうですか!? カイルさん、たまには一緒の部屋で寝ませんか!?」
「リリア、名案。カイル、親睦を深めるいいチャンスだよ」
セシルがぐっと親指を突き出す。
「どこが名案だ……親睦の深め方を一回学んでこい……」
俺が呆れて二人の提案を退けると、ミナは小さく笑いながら代金を支払った。
こうして俺たちは荷物を預け、先ほど通り過ぎた焼肉屋へと足を向けた。
「「やっきにく! やっきにく!!」」
リリアとセシルは、楽しそうに石畳の道を進んでいく。
俺とミナはその後ろ姿を眺めながら、ゆっくりとあとをついて行った。




