第25話:別れと北行きのミートサンド
ギルドを出ると、朝の陽射しが通りに差し込んでいた。
肩に担いだ大鉈の重みを確かめながら、俺はなんとなく歩き出す。
……うん。
重い。
だが、悪くない。
丸太の棍棒とは違うが、これはこれで手に馴染む。
農具ではない。
農具ではないのだが……解体用の道具と言われると、妙に納得してしまうあたり、自分でも少し嫌だった。
「さて……そろそろ俺は行くぜ」
ふいに、横を歩いていたダグラスが足を止めた。
「行くって、どこへだ?」
俺が聞き返すと、ダグラスは肩を竦める。
「言ったろ。俺は祖母の墓参りに帰ってきたってな。いつまでもお前らについて回るわけにもいかねぇさ」
「……そっか」
そうだった。
ダグラスは、別に俺たちの仲間というわけではない。
今回の任務で、たまたま一緒に戦ってくれただけだ。
それでも、ロックベアとの戦いでこの人がいなければ、俺たちの誰かは間違いなく死んでいた。
そう思うと、簡単に別れの言葉を出せなかった。
「ありがとな、ダグラス。助かったよ」
俺がそう言うと、ダグラスは少しだけ目を細めた。
「そいつはお互い様だ」
そう言って、俺の肩に担がれた大鉈をちらりと見る。
「俺も久々に、面白ぇもんを見られたからな。普通の農民は、ロックベアに吹っ飛ばされて翌朝に大鉈担いで歩いてねぇんだよ」
「……やめてくれ。俺もそこはちょっと気にしてる」
俺が苦笑すると、リリアたちも少しだけ笑った。
昨日の戦いを思い出せば、笑えるようなことではない。
だが、今こうして笑えるだけで、俺たちはちゃんと生き残ったのだと実感できた。
ダグラスはリリアたちへ視線を向ける。
「勇者様方も、無茶はほどほどにな」
「はい。ダグラスさんも、お気をつけて」
リリアが真面目に頭を下げると、セシルとミナもそれに続いた。
「助かりました。貴方が居なかったら、かなり危なかったと思います」
「本当にありがとうございました」
「なに、礼を言われるほどのことじゃねぇよ。俺は俺の仕事をしただけだ」
ダグラスは照れくさそうに鼻の下をこすった。
その仕草が妙に人間臭くて、俺は少し笑いそうになった。
「旅を続けてりゃ、いずれまた会うだろうさ。そんときまで無事でいろよ」
「ああ」
俺は大鉈を肩から下ろし、地面に立てかけた。
そして、ダグラスへ右手を差し出す。
ダグラスは一瞬だけ俺の手を見たあと、力強く握り返してきた。
分厚く、硬い手だった。
剣を握り続けてきた男の手。
俺の、鍬や鉈を握ってきた手とは、少し違う。
それでも、不思議と似たものを感じた。
「元気でな、カイル」
「ダグラスもな」
互いに短く言葉を交わし、手を離す。
ダグラスは背を向けると、大きな剣を背負ったまま、ゆっくりと通りの向こうへ歩いていった。
その背中が人混みに紛れて見えなくなるまで、俺たちはしばらくその場で見送っていた。
「……行っちゃいましたね」
リリアがぽつりと呟く。
「そうだな」
俺は大鉈を担ぎ直し、小さく息を吐いた。
出会ったばかりのはずなのに、妙に寂しい。
不思議なものだ。
村を出てから、まだそれほど経っていない。
それなのに、こうして一度肩を並べて戦った相手と別れるのは、思ったよりも寂しいものだった。
……旅ってのは、こういうものなのかもしれない。
「さて、と」
俺は気持ちを切り替えるように、リリアたちのほうを向いた。
「それで、俺たちはこれからどうするんだ?」
俺が尋ねると、リリアは考えるまでもないというように答えた。
「次はカラントの街へ向かいます」
「カラント?」
聞き慣れない街の名前に、俺は首を傾げた。
……とはいえ、俺はラウム村からほとんど出たことがない。
トルカも、ベルクスも、今回の旅で初めて知った街だ。
地理のことを聞かれても、正直さっぱりである。
畑の区画なら、目をつぶっていても歩けるんだけどなぁ。
「はい。ここから馬車で北へ半日ほど進んだ先にある街です」
「北か……そういえば、トルカからここに来るときも北上してたよな」
前の街であるトルカからベルクスへ向かった時も、たしか北へ進んでいた。
ギルドの護衛任務を受けたから、という理由もあった。
だが、こうして改めて考えると、俺たちの進む方向は最初から決まっていたようにも思える。
「そうです」
リリアは小さく頷いた。
「私たちが向かうのは、北の果てにある魔王領ですから」
その言葉が出た瞬間、空気が少しだけ重くなった。
リリアだけではない。
セシルも、ミナも、表情をわずかに曇らせている。
勇者の使命。
王都からの任務。
魔王領。
その言葉の一つ一つが、彼女たちの肩に重くのしかかっているのだろう。
……まったく。
こんな年頃の女の子三人に背負わせるには、ずいぶんと大きすぎる荷物だ。
「……そっか」
俺は頷き、努めて明るい声を出した。
「なら、次はそのカラントって街だな。何か名物料理でもあるといいんだけどな」
そう言うと、リリアは少しだけ驚いたように俺を見た。
それから、無理にではあるが、いつものように笑ってみせる。
「そ、そうですね! 何か美味しいものがあるといいですね!」
「……これも旅行か何かと思えば、少しは気が楽になるかもね」
セシルがぽつりと呟いた。
「今後のことを暗く考えても仕方ありませんしね」
ミナも静かに頷く。
「そうそう。腹が減ってちゃ、魔王領どころか隣町にも行けん」
「そこはカイルさんらしいですね」
リリアがようやく小さく笑った。
うん。
とりあえず、今はそれでいい。
魔王領がどうとか、勇者の使命がどうとか、考えるべきことは山ほどある。
だが、山ほどあるからといって、今ここで全部背負い込んでも仕方ない。
とりあえず、次の街へ向かう。
そのために馬車を手配する。
その前に飯を確保する。
人間、やるべきことを小さく分ければ、案外どうにかなるものだ。
……まぁ、その小さく分けた結果、俺が飯係になるのは納得いかないけど。
「では、私たちは馬車の手配をしてきますね」
リリアがそう言って、街道馬車の停留所があるほうへ目を向けた。
「カイルさんはどうします?」
「んー……俺は少し買い物してくるわ。馬車の中で食えるものがあったほうがいいだろ」
「それは助かりますけど……また当然のように自分のお金で払おうとしないでくださいね」
「飯代くらい別にいいだろ」
「その“飯代くらい”を積み重ねると、旅費が消えるんです」
「……ミナ、妙に現実的だな」
「現実を見ないと、食費で死ぬパーティーなので」
そう言われて、リリアとセシルが気まずそうに視線を逸らした。
……なるほど。
主にこの二人のせいか。
「ま、今回は軽く買ってくるだけだよ。馬車の中で腹が減ったら困るだろ」
「そういうところが、お母さんなんですよ」
「だから、それはやめろ」
もはや反射でツッコむ。
リリアとセシルが少し笑ったのを確認してから、俺は三人と別れ、中央通りのほうへ歩き出した。
***
目当ての屋台は、以前と同じ場所に出ていた。
肉の焼ける香ばしい匂いが、通りにふわりと漂っている。
昼時にはまだ早いが、すでに何人かの客が列を作っていた。
俺が近づくと、屋台の店主がこちらに気づき、にやりと笑った。
「おっ、兄ちゃんじゃねぇか。また来てくれたのかい」
「約束したからな。この街にいるうちにまた来るって」
「律儀だねぇ。で、今日は一人か?」
「いや、連れの分もだ。ミートサンドを四つ頼む」
「あいよ。あの嬢ちゃんたちの分もってわけだな」
店主は手慣れた様子で、焼いた肉をパンに挟んでいく。
じゅう、と肉の脂が鉄板の上で音を立てた。
そこに刻んだ野菜と、酸味のあるソースらしきものを軽くかける。
うん。
やっぱり美味そうだ。
「今日はどこか行くのかい?」
「ああ。次はカラントに向かうんだとさ」
「カラントか。北へ向かうってことは、冒険者稼業も大変だな」
店主はそう言いながら、ちらりと俺を見た。
その目には、軽い冗談だけではないものがあった。
「まぁ、俺は冒険者じゃなくて、ただの農民なんだけどな」
「ただの農民が大鉈担いで、嬢ちゃんたちと北へ向かうかよ」
「……それは俺も少し思ってる」
俺が苦笑すると、店主は豪快に笑った。
「ははっ! まぁ、事情は知らねぇが、頑張れよ、兄ちゃん。あの嬢ちゃんたち、あんたを頼りにしてるみたいだったからな」
「……そう見えるか?」
「見える見える。買い出しに行かせてる時点で、だいぶ信頼されてるよ」
「それ、信頼っていうか使いっ走りじゃないか?」
「男なんざ、惚れた女や大事な女のために走らされてなんぼだろ」
「話が急に雑になったな」
俺が呆れると、店主は笑いながら包みを四つ並べた。
「ほらよ。ミートサンド四つだ」
「いくらだ?」
「今日は少し負けておくよ。これから北へ向かうんだろ? 景気づけだ」
「いいのか?」
「いいんだよ。次にこの街へ戻ってきた時、また買いに来てくれりゃあな」
店主はそう言って、にっと笑った。
まったく。
この街は、変なところで人が温かい。
「ありがとな。助かる」
「おう。無事に帰ってこいよ、兄ちゃん」
「……ああ」
俺は代金を支払い、包まれたミートサンドを受け取った。
紙越しにも、焼きたての温かさが手に伝わる。
カラント。
北上。
魔王領。
考えれば考えるほど、厄介な言葉ばかりが頭に浮かぶ。
けれど、今はこの温かいミートサンドを持って、三人のところへ戻ればいい。
少なくとも、それだけは俺にもできる。
「さて、と……」
俺は包みを抱え直し、リリアたちが待つ停留所へ向かって歩き出した。




