第24話:農民と大鉈
教会の治療院を出ると、外の空気がやけに冷たく感じた。
洞窟の中にいた時間が長かったせいか、それとも半日ほど寝ていたせいか、陽の光が少し眩しい。
時刻を見れば、朝の九時をちょうど回ったところだった。
「そういえば、報奨金って貰ったのか?」
ふと思い出し、俺はリリアたちに聞いてみた。
「貰いましたよっ! なんと銀貨四十枚でしたっ!」
リリアが嬉しそうに顔を輝かせる。
「おっ、すげーじゃん。三十枚くらいって言ってたのに、十枚多くもらえたんだな」
「支部長さんが言うには、通常よりも大きな個体だったそうで、少し多めにくれたんですっ!」
なるほど……やはり勇者に任せるだけあって、普通の任務とは危険度が違うんだな……。
昨日、セシルが言っていたことが頭をよぎる。
報酬が多いということは、それだけ危険だったということだ。
改めて考えると、よく全員で戻ってこられたものだと思う。
「しかし、ってことは五人で割って、ダグラスには八枚か」
俺がそう言うと、ダグラスはふっと笑った。
「俺は俺でギルドから貰ってあるよ」
そう言って、軽く肩を竦める。
なるほど……以前に言っていた、勇者に同行すると手当が出るってのは、こういうことか……。
そんな話をしているうちに、通りの先から焼いた肉とスープの匂いが漂ってきた。
腹が鳴りそうになるのを感じて、俺は思わずそちらへ視線を向ける。
「お、あそこ開いてるな。朝飯にしようぜ」
俺たちはギルド通りの角にあった大衆食堂へ入り、空いていた奥の席に腰を下ろした。
店の中には、朝から仕事に向かうらしい冒険者や職人たちの姿がちらほらとある。
湯気の立つ鍋の匂いと、焼けた肉の香ばしさが混ざっていて、寝起きの身体には少し強いくらいだった。
俺たちが頼んだのは、黒パンと具だくさんの豆スープ、それに塩漬け肉を軽く焼いたものと、ゆで卵だった。
朝食としては少し重い気もしたが、昨日ロックベアと死闘を繰り広げた身としては、これくらい腹に入れておいたほうがいいだろう。
「すみません、私の分は大盛りでお願いしますっ!」
「私も」
リリアとセシルが当然のように追加注文する。
……うん。
この二人は朝から元気だな。
いや、元気なのはいいことだ。
昨日のことを思えば、こうして普通に腹を空かせているだけで、なんとなく安心する。
「しかし、ギルドってどんな武器を貸してくれんだろうなぁ」
運ばれてきた朝食を口にしながら、俺は疑問に思ったことをそのまま口にした。
「まぁ、普通は剣とか槍とかだな」
ダグラスは黒パンをスープに浸しながら答えた。
「棍棒とかは……? 俺、剣術とか槍術とか習ったことないし……」
「お前が使ってたバカデカい棍棒なんぞは、まぁ置いてないな」
その答えに、俺は肩を落とした。
「……だよなぁ……」
あの棍棒は、ザックが作ってくれたものだ。
武器というより、俺の手に合わせて作られた道具に近い。
あれと同じものを普通のギルドに求めるのは、さすがに無理があるのだろう。
「カイルさんなら、その辺の鉄の棒でも武器になるんじゃないですか?」
ミナがしれっと言うと、ダグラスは苦笑しながら答えた。
「こいつの馬鹿力じゃ、鉄の棒のほうが先に音を上げるさ」
「……確かに……」
「……おい、人を化け物扱いするような言い方はやめてくれ……」
思わずツッコむと、ダグラスとミナはそろって苦笑した。
「わりぃ、わりぃ。褒めてんだよ」
「そうですよぉ」
褒め言葉にしては、ずいぶん雑な扱いである。
やれやれ……と俺が肩を竦めていると、ダグラスがふと思いついたように口を開いた。
「……そういや、カイルにお似合いの武器があったのを忘れてたぜ」
ダグラスはニヤリと口元を吊り上げた。
その顔が、妙に楽しそうだった。
……それ、本当に武器か?
朝食を終えた俺たちは、食堂を出てギルドへ向かうことにした。
腹が膨れたせいか、さっきまで妙にふわついていた身体にも、少しずつ力が戻ってくる。
通りには朝の仕事に向かう人や、装備を整えた冒険者たちの姿がちらほらと見えた。
ベルクスの街は、もうすっかり一日を始めている。
俺たちが洞窟で死にかけていたことなど、この通りを歩く人たちには関係ないのだろう。
それが少し不思議で、同時に少しだけありがたかった。
ダグラスの言う、お似合いの武器とやらが何なのか。
胸の奥に小さな引っかかりを覚えながら、俺たちはギルドの大きな扉の前まで歩いていった。
扉を開けると、ダグラスは手慣れた様子で受付嬢に話しかけた。
「よぉ、すまねぇ。武器を借りたいんだが」
「……これは、ダグラスさん。あなた様には昨日、新たに剣を貸し出したはずですが?」
「いや、俺のじゃねぇ。後ろの兄ちゃんのだ」
ダグラスは親指で俺を指した。
「すいませんねぇ。村から持ってきた棍棒が折れちゃいまして……」
俺がそう言うと、受付嬢は目を見開いた。
「カイルさんっ!? もう起き上がって平気なんですか!?」
「ん? 平気平気。もしかして心配かけちゃいました?」
俺がへらへらと笑って返すと、受付嬢は慌てた様子で立ち上がった。
「支部長がお呼びですっ! どうぞこちらへ!」
「支部長が?」
そう言われ、俺たちは受付嬢に連れられて、奥の執務室へ案内されることになった。
扉を開けると、執務机で筆を執っていた支部長が、こちらを見るなり慌てて立ち上がった。
「カイルさんっ!? 目を覚まされましたか! 良かった……!」
「これはどうも、支部長さん。ご心配おかけしちゃいました?」
「心配しましたよ! ロックベアの爪をまともに受けたと聞いておりましたので……!」
その顔には、以前リリアたちに見せたような、人を消耗品として見るような色はなかった。
驚きと安堵が入り混じったその表情を見て、俺はようやく、自分が思っていた以上に心配をかけていたのだと気づいた。
「死ぬかと思いましたけど、みんなが俺を街まで連れて帰ってくれましたし、ミナの治療魔法のおかげで、今はすっかりピンピンしてますよ」
俺はそう言って、ぐっと拳を握り、軽く腕を曲げて見せた。
「……まったく、あなたという人は……」
支部長は呆れたように息を吐いたが、その表情はどこか柔らかかった。
無理に責めるでもなく、ただ本当に安心しているように見える。
こういう顔をされると、少しだけ居心地が悪い。
「それで、ちょっとギルドに頼みたいことがあって。武器を貸してくれてるんだろう? 俺にも貸してくれないかな?」
俺は支部長に頼み込んだ。
「カイルさんの武器ですか……。あの巨大な棍棒に匹敵する武器となると……」
支部長は顎に手を当てて考え込んだ。
すると、横にいたダグラスが口を開いた。
「支部長さん。武器について俺から提案なんだが……モンスター解体用に使う大鉈を一振り貸してやってくれないか?」
「大鉈、ですか」
「ああ。剣や槍より、そっちのほうがこいつには合ってる」
支部長は少し考えたあと、小さく頷いた。
「……確かに、あの手の道具をカイルさんが扱えば、十分に武器になりましょう。わかりました。こちらへ」
支部長はそう言うと、執務室を出て俺たちを案内した。
「……なんか俺のイメージだと、ギルド職員が持ってきてくれるもんだと思ってたんだけど……」
地下倉庫に続く階段を下りながら、俺はぼやいた。
階段を下りるにつれて、空気が少しずつ冷えていく。
石壁に囲まれた通路には、鉄と油の匂いが薄く漂っていた。
普段、畑や山で嗅ぐ土や草の匂いとはまるで違う。
ここは、武器を置く場所なのだと、そんな当たり前のことを妙に実感した。
「普通はそうしておりますが、あれらは一般人が持ち歩ける品ではありませんからね。解体職人も、退役した戦士や、元から肉体強化の素養を高く持っている方が就く仕事ですから」
……一体どんなものを渡す気なんだ……。
そんなことを考えているうちに、俺たちは地下の倉庫前に着いた。
支部長が重厚な扉をゆっくりと開けると、そこには剣や槍、斧のほかに、人の丈ほどありそうな大鉈が置かれていた。
ただ置かれているだけなのに、妙な圧がある。
刃は厚く、柄も太い。
武器というより、大型の魔物を肉ごと断ち割るための道具。
そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。
「さぁ、あちらをどうぞ」
支部長に促され、俺は置かれていた大鉈に手を掛ける。
ずしりとした重みが手に伝わる。
だが、不思議と持ち上げにくさはない。
「……いいね。丁度いい重さだ。棍棒の代わりにちょうどいいや」
俺は大鉈の重量を確かめるように、ゆっくりと持ち上げた。
その瞬間、支部長がほんの少しだけ身を引いた。
たぶん、俺がこの場で振り回すと思われたのだろう。
さすがにそこまで非常識ではない。
……たぶん。
俺は刃の角度だけを軽く変え、手の中で重心を確かめる。
厚い刃が、倉庫の薄暗い灯りを鈍く反射した。
「似合ってるじゃねぇか、カイル」
ダグラスがうんうんと頷く。
「カイルさん、かっこいいですっ!」
「鬼に金棒……いや……」
「セシル、それたぶん処刑人」
物騒なことを言うセシルとミナは置いておいて、俺は支部長に礼を述べた。
「ありがとうございます。丁度いい武器を貸していただきまして……ちなみに、お代は……?」
俺がおそるおそる聞くと、支部長は胸元から一枚の紙を取り出し、なにやら書き留めていく。
そして、にっこり笑い、その紙を俺に手渡した。
「受付にこの額をお納めください。今回は勇者様方への同行装備という扱いにしておきます」
俺はその紙に書かれた額を確認した。
「……銀貨一枚か。安いのか高いのかわからんな……」
「安いほうだぜ。普通に借りたら銀貨五枚はするからな」
ダグラスが横から解説する。
「カイルさん、私が言うのもなんですが……勇者様方のこと、よろしく頼みましたよ」
そう言って、支部長は俺に手を差し出した。
俺はその手を握り返し、地下倉庫を後にした。
受付に戻ると、俺は先ほどの紙を渡し、銀貨一枚を支払った。
「はい、承りました。ご返却はどの街のギルドでも結構です。ただし、紛失された場合は、その代金として銀貨二十枚をお支払いいただきますので、ご注意ください」
受付嬢が淡々と説明する。
……二十枚。
元値、結構するんだな……。
俺は借りたばかりの大鉈を肩に担ぎ、ギルドの外へ出た。
思ったよりもしっくりくる。
……しっくりきてしまった。
農民として、それでいいのかはわからない。




